Aller au contenu principal

サン=ルイ島


サン=ルイ島


サン=ルイ島 (サン=ルイとう、île Saint-Louis) は、シテ島と並んで「パリ発祥の地」と呼ばれ、パリの中心部に位置するセーヌ川の中州。パリ4区に属し、ノートルダム・ド・パリのあるシテ島のセーヌ川上流、東側(ノートルダム大聖堂の後ろ側)にある。

古くから大貴族や著名人が邸宅を構える最高級住宅街として知られ、世界的大富豪ロスチャイルド家も邸宅を所有していた(現在はカタールの王族に売却)。日本人では女優の岸恵子が住む。

名前の由来は聖王ルイ(サン・ルイ)である。ただし、彼が建てたサント・シャペルは下流のシテ島にある。また、フランス革命期には「友愛島」(île de la Fraternité) と改称されたこともある。

観光名所

  • ヴェルサイユ宮殿建設にも従事したバロック建築の建築家ルイ・ル・ヴォーが手がけた建築物群
    • サン=ルイ=アン=リル教会 (fr:Église Saint-Louis-en-l'Île)
    • ロザン邸 (en:Hôtel de Lauzun)
    • ル・ヴォー邸 (Hôtel Le Vau)
    • ランベール邸 (fr:Hôtel Lambert)
  • ブルトンヴィリエの離れ (:fr:Le pavillon de Bretonvilliers)
  • シュニゾ邸 (fr:Hôtel Chenizot)
  • パリの有名なアイスクリーム屋ベルティヨンは、サン=ルイ=アン=リル通り29番地から31番地に店を出している。

サン=ルイ島とつながっている橋

この島に渡れる橋は以下の5本である。

  • サン=ルイ橋
  • トゥルネル橋
  • ルイ・フィリップ橋
  • マリー橋
  • シュリー橋

サン=ルイ島にゆかりのある有名人

  • ポール・セザンヌ - 画家。サン=ルイ島のケ・ダンジュー (アンジュー河岸通り、Quai d'Anjou) 15番地に居住。
  • シャルル・ボードレール - 詩人。6区オートフイーユ通り (Rue Hautefeuille) 13番地生まれ。1842年から1845年までサン=ルイ島に住んでいた。ル・ルグラティエ通り (Rue Le Regrattier) 6番地に居住。また、ケ・ダンジュー15番地にも一時居住。
  • カミーユ・クローデル - 女性彫刻家。1899年から1913年までケ・ド・ブルボン (ブルボン河岸通り、Quai de Bourbon) 17-19番地のジャソー館 (Hôtel de Jassaud) 1階にアトリエがあった。同館17番地箇所は歴史的記念物。
  • レオン・ブルム - 政治家・首相。14区モンパルナス大通り (Boulevard du Montparnasse) 126番地のほか、フランス人民戦線期にケ・ド・ブルボン25番地に住んでいた。その邸宅は元は1662年に国王ルイ14世の秘書官だったアントワーヌ・モロー (Antoine Moreau) のものだった。
  • ヘレナ・ルビンスタイン - 実業家、化粧品会社・ビューティサロン経営者。1934年、買い取ったケ・ド・ベチュヌ (Quai de Béthune) 24番地の歴史的記念物エスラン館 (Hôtel d'Hesselin) を建て替えた。
  • ジョルジュ・ポンピドゥ - 政治家・大統領・首相。同上建て替えられたケ・ド・ベチュヌ24番地建物に居住し、1974年に最期を迎えた。慈善家で妻のクロード (Claude Pompidou ) も2007年に同館で死去。
  • ルイ・ド・フュネス - 世界的に著名なフランスの国民的喜劇王。同上ケ・ド・ベチュヌ24番地建物にアパルトマンを所有していた。また、姉マリア・ド・フュネス (Maria de Funès) が1993年に亡くなるまでおよそ20年間サン=ルイ島ブタレル通り (Rue Boutarel) 界隈に住んでいた。
  • クロード・モーリアック - 作家。ノーベル文学賞作家フランソワ・モーリアックの子。同上ケ・ド・ベチュヌ24番地建物に亡くなるまで居住。
  • マルト・ビベスコ - 作家、ルーマニア"ワラキア大公妃"。ボヤールのビベスコ家 (en, fr)、ワラキア大公 (en)ゲオルゲ (fr) の孫ジョルジュ (fr) の妻。夫ジョルジュが1941年に死去、故国が共産化したため1948年から1973年までサン=ルイ島ケ・ド・ブルボン (Quai de Bourbon) 45番地に住んでいた。同45番地は1919年-2004年までビベスコ家の所有で、娘プリシーラが2004年に亡くなるまで、他に外交官アントワーヌ・ビベスコがパッシーや同45番地に居住した。
  • ナンシー・キュナード(英女性詩人、前衛芸術家、反差別政治運動家) - 英船舶会社キュナード・ライン相続人の英上流階級 (en) の出。ベル・エポック後の狂騒の20年代におけるルイ・アラゴンやトリスタン・ツァラ、エズラ・パウンドら各著名詩人のミューズ。1920年代、サン=ルイ島ル・ルグラティエ通り (Rue Le Regrattier) に居住し、1930-1934年の間、パリ6区ゲネゴ通り (Rue Guénégaud) 15番地で出版社アワーズ・プレス(Hours Press)を経営した。
  • マリ・キュリー - 化学者。1912年から1934年までサン=ルイ島に住んでいた。
  • ルネ・ゲノン - サン=ルイ島に住んでいた。
  • アルーン・タジェフ - 地質学者・火山学者。サン=ルイ島に住んでいた。
  • ジョルジュ・ムスタキ - 歌手。サン=ルイ島に住んでいた。
  • クロード・サロート - 女性ジャーナリスト。16区に生まれ、サン=ルイ島にも住む。
  • パスカル・セヴラン - テレビ番組司会者・シンガーソングライター。サン=ルイ島に住んでいた。
  • 岸恵子 - 日本の女優。結婚以来、日本を離れサン=ルイ島に居住
ランベール館 (Hôtel Lambert) 居住者
  • シャトレ侯爵夫人 - 数学者、物理学者。ランベール館 (Hôtel Lambert) に居住。
  • アダム・イエジィ・チャルトリスキ(ポーランド貴族のチャルトリスキ公爵)
    • ロシア帝国外相も務めたが、ポーランド独立の11月蜂起に失敗し、パリに亡命(「大亡命」)してきた多数のポーランド貴族のうちランベール館に居住し、"ランベール派"と呼ばれた。
  • アルトゥロ・ロペス・ウィルショー
    • チリ人の億万長者実業家。両性愛者。第二次世界大戦後ランベール館を各室アパルトマンに分けて分譲賃貸。死去時に居住していたヌイイ=シュル=セーヌの館は、市が買い取り博物館 (Musée des automates) に改装。
  • アレキシス・ ド・レデ
    • 第3代ローゼンベルグ=レデ男爵アレクス・フォン・ローゼンベルク=レデ (Oskar Dieter Alex von Rosenberg-Redé, 3rd Baron von Rosenberg-Redé)。オーストリア=ハンガリー帝国出身ユダヤ系一族の銀行家。耽美主義者。上記ウィルショーと共にランベール館に居住。
  • モナ・フォン・ビスマルク(ソーシャライト、ファッションアイコン)
    • ケンタッキー州出身の米国人。生涯5度結婚し、4度目にドイツの"鉄血宰相"オットー・フォン・ビスマルク侯の孫アルブレヒト・フォン・ビスマルク=シェーンハウゼン伯(Count Albrecht von Bismarck-Schönhausen (1903–1970年))と結婚(1955-1970年)。シャネルやマドレーヌ・ヴィオネ、ランバン等による"ザ・ベスト・ドレッスド・ウーマン"にアメリカ人では最初に選ばれ、雑誌「ヴァニティ・フェア (Vanity Fair)」の"International Best Dressed List" 等にも掲載。バレンシアガのミューズ。サン=ルイ島のランベール館の一室(アパルトマン)、その後5番街やイエナ橋近く16区ニューヨーク大通り34番地、イタリアカプリ島等に居住。1983年の死後、16区のタウンハウスは米人アーティスト等のパリ居住を支援する財団になり、さらに米文化紹介のモナ・ビスマルク・アメリカン・センター (Mona Bismarck American Center) になる。
  • ミシェル・モルガン - 女優。ヌイイ=シュル=セーヌ生まれ、ランベール館の一室に居住。
  • ギー・ド・ロチルド - パリ・ロチルド家当主の銀行家。ランベール館を購入し、後年下記カタール王族アブドッラー・ビン・ハリーファに売却。
  • アブドッラー・ビン・ハリーファ・アール=サーニー - カタール王族、元カタール首相。

脚注

関連項目

  • パリのセーヌ河岸
  • パリの空の下 (歌詞の中で登場する)
  • サン=ルイ島 (セネガル共和国)

外部リンク

  • フランス観光開発機構 シテ島、サン・ルイ島(日本語)


Text submitted to CC-BY-SA license. Source: サン=ルイ島 by Wikipedia (Historical)


Langue des articles



INVESTIGATION

Quelques articles à proximité

Non trouvé