『ボレロ』(仏: Boléro)は、フランスの作曲家、モーリス・ラヴェルが1928年に作曲したバレエ曲である。同一のリズムが保たれている中で、2種類の旋律が繰り返されるという特徴的な構成を有しており、現代でもバレエの世界に留まらず、広く愛される音楽の一つである。2016年5月1日、本国フランスにおいて著作権が消滅した。
この曲は、バレエ演者のイダ・ルビンシュタインの依頼により、スペイン人役のためのバレエ曲として制作された。当初、ラヴェルはイサーク・アルベニスのピアノ曲集『イベリア』から6曲をオーケストラ編曲することでルビンシュタインと合意していたが、『イベリア』には既にアルベニスの友人であるエンリケ・フェルナンデス・アルボスの編曲が存在した。ラヴェルの意図を知ったアルボスは「望むなら権利を譲りましょう」と打診したが、ラヴェルはそれを断って一から書き起こすこととした。
作曲は1928年の7月から10月頃にかけて行われた。同年の夏、アメリカへの演奏旅行から帰ってきたラヴェルは、海水浴に訪れていたサン=ジャン=ド=リュズの別荘で友人ギュスターヴ・サマズイユにこの曲の主題をピアノで弾いてみせ、単一の主題をオーケストレーションを変更しながら何度も繰り返す着想を披露した。当初は『ファンダンゴ』という題名が予定されていたが、まもなく『ボレロ』に変更した。
Boleroとはスペインで18世紀末ころにセギディーリャの一種として作り出された3/4拍子を特徴とする舞曲である。軽やかな身のこなしからvolar(飛ぶ)という言葉に関連があるという説がある。この舞踊は1780年にスペインの舞踏家S.セレソによって創作され、ギターとタンバリンの伴奏に踊り手が1人または2人組でカスタネットを鳴らしながら複雑なステップを踏む。
初演は1928年11月22日にパリ・オペラ座において、ヴァルテール・ストララムの指揮、イダ・ルビンシュタインのバレエ団(振付: ブロニスラヴァ・ニジンスカ)によって行われた。翌年、イダ・ルビンシュタインが持っていた演奏会場における1年間の独占権がなくなると、『ボレロ』は各地のオーケストラによって取り上げられる人気曲となり、世界の一流オーケストラが『ボレロ』の演奏を拒否するだろうと考えていたラヴェルをおおいに驚かせた。1930年1月にラヴェルはコンセール・ラムルー管弦楽団を指揮し、同曲の録音を行った。
日本初演は、1931年1月28日に日本青年館にて、ニコライ・シフェルブラットと新交響楽団(NHK交響楽団の前身)により行われた。
セビリアのとある酒場。一人の踊り子が、舞台で足慣らしをしている。やがて興が乗ってきて、振りが大きくなってくる。最初はそっぽを向いていた客たちも、次第に踊りに目を向け、最後には一緒に踊り出す。
ハ長調で、一般的な演奏では、この曲の長さは15分程度である。 この曲は、次のような特徴を持つ。
これだけを見ると極めて単調なように思われるが、実際の演奏は非常に豊かな色彩をみせる。曲は、スネアドラムによる後述のリズムが刻まれる中、フルートによって始まる。フルートはAの演奏を終えるとスネアドラムと同じリズムを刻み始め、代わってクラリネットがAのメロディーを奏でる。このように、次々と異なった楽器構成によりメロディーが奏でられ、メロディーもリズムも次第に勢いを増していく。そして最後には、フルート、ピッコロ、オーボエ、オーボエ・ダモーレ、コーラングレ、クラリネット、ファゴット、コントラファゴット、ホルン、トランペット、ピッコロ・トランペット、トロンボーン、テューバ、チェレスタ、ハープ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスという大編成で、圧倒的な重厚さ(並行3度や5度を組み合わせたりもしている)でA、Bのメロディーを演奏すると、曲は初めてA、Bのメロディーを離れた旋律に移り、長3度高いホ長調に転調。再びハ長調に戻り、ほぼ全ての楽器がボレロのリズムを演奏。大太鼓、サスペンド・シンバル、タムタムも加わり最高潮を迎え、最後の2小節で下降調の終焉を迎える。現代音楽のミニマル・ミュージックに通じる展開である。
『ボレロ』はラヴェルゆかりのスペインの民族舞踊であるにもかかわらず、自筆スコアの研究ではトライアングルとカスタネットが作曲過程で抹消され、逆にE♭クラリネットとソプラノ・サクソフォーンが追加されるなど、そのルビンシュタインの「スペイン人役」という出自に反して民族色が消された上、ラヴェルが立ち会った録音は総譜の指示あるいは舞踊としての『ボレロ』よりテンポが遅いものばかりで、指揮者のトスカニーニの実演に接したラヴェルは、そのテンポの速さに激怒し、トスカニーニと口論にまでなったという(しかし、ラヴェルの弟子のマニュエル・ロザンタールは、著書『ラヴェル──その素顔と音楽論』のなかで、この有名な逸話は真実ではないと語っている)。
基本リズムは以下のようになっている。
このリズムを、スネアドラム(小太鼓)が、最初から最後まで同じテンポで演奏する。
後に段々とリズムを刻む楽器が増えていく。
メロディはパターンA(16小節)とパターンB(16小節)があり、この2つのパターンが、以下のように繰り返される。
メロディを奏でる楽器は以下のように変化する。なお、数字はA/Bの両パターンを通しで振っている。以下、楽器名の後にAパターンかBパターンかを示す。
次にあげる楽器の他に、終始スネアドラムが鳴っている。
曲中、旋律が完全に並行音程で重ねられている箇所があるが、オーケストラの中で非常に新鮮に響くこの効果は、パイプ・オルガンで日常的に使用される倍音の組み合わせを採り入れた手法と言われている。実際に奏する鍵盤にとって倍音関係にある音の発音されるパイプ群が並行音程を保って装備されており、それらを自在に組み合わせることによって種々の倍音構成を特徴づけるという技術は、パイプ・オルガンにおいて複雑な音色を生み出す常套手法である。上記9.箇所においては、ホルンの実音が基音とみなされ、それに対して第2倍音をチェレスタが、第3倍音をピッコロが、第4倍音をチェレスタが、第5倍音をピッコロが、それぞれの楽器の実音によって重ねられることで輝かしい音色が生み出されている。実際のパイプ・オルガンにおいての例としては、ストップを8' + 4' + 2 2/3' + 2' + 1 3/5'の組み合わせによってホルンパートを奏すると、実際と全く同じ音の組み合わせができあがる。また、それらをもっと高次倍音とみなして別の組み合わせで同じ効果をもたらすこともできる。詳しくはストップを参照。
国際楽譜ライブラリープロジェクトにあるオリジナルスコア等(いくつかの国ではパブリックドメインではないことに注意)。
単純な構成とそこから醸し出される豊かさから、この曲は人気があり、様々な場面で使われている。
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