アルゼンチン空軍(アルゼンチンくうぐん、スペイン語: Fuerza Aérea Argentina、略称FAA)は、アルゼンチンの空軍組織。
1912年に陸軍航空隊として発足。1935年には初の国産機となるAe.MB2攻撃機を14機配備するなど、早くから国産機を配備した空軍である。1944年には200機がアルゼンチンでライセンス生産されたカーチス ホーク75(固定脚の廉価版)を主力として欧州各国の空軍に次いで空軍として独立した。
第2次世界大戦後はイギリスからグロスター ミーティア・アブロ ランカスター、アメリカからF-86Fを導入する一方で、COIN機であるFMA IA 58 プカラを開発して周辺国との国境紛争に対処した。また、アドルフ・ガーランド中将やハンス=ウルリッヒ・ルーデル大佐など、旧ドイツ国防軍の空軍将校を顧問として招き、指導を受けている。
1982年のフォークランド紛争では、A-4やミラージュIIIを運用してイギリス海軍の艦船アンテロープ、コヴェントリーなどを爆撃で撃沈するなど活躍する一方で、シーハリアーとの空中戦では3機が撃墜されるなど空戦では劣勢であった。現在は国産練習機FMA IA 63 パンパを運用する一方、現有機の近代化を計画中である。
2018年時点で現役兵約12,900人が所属。
空軍参謀総長は空軍大将が任命され、任命権は大統領が有している。このほかには空軍参謀次長、空軍総監査官、空軍総書記官が置かれ本部には4つの部が置かれている。
国営企業である国家航空の運営も空軍参謀総長の責任の下で行なっている。本部の下には3つの任務別司令部の他に航空管区司令部が置かれている。
Christopher Langton,The Military Balance 2007, Routledge
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