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ユーロビジョン・ソング・コンテスト1989


ユーロビジョン・ソング・コンテスト1989


ユーロビジョン・ソング・コンテスト1989こと第34回ユーロビジョン・ソング・コンテスト(フランス語: Concours Eurovision de la chanson 1989)は、1989年5月6日(土曜日)にスイスのフランス語圏の主要都市ローザンヌ パレ・ド・ボーリューで開催された。 製作:SRG SSR スイス放送協会。
プレゼンターは、tsr(SRG SSR傘下フランス語テレビ局)のニュース・キャスタージャック・ドゥシュノーとイタリア系で元ミス・スイスのタレントロリータ・モレナ。開催地で使われるフランス語、スイスの公用語であるドイツ語、イタリア語、ロマンシュ語に加え、英語、スペイン語も使用した。
オープニング・アクトはセリーヌ・ディオンが担当し、前年度の優勝曲「私をおいて旅立たないで」と初の英語曲「哀しみのハートビート」を歌った。後者は、翌年にはアメリカのヒットチャートビルボードでトップ10入りした。
放送時間:3時間11分。

参加国

キプロスの復帰により、1増22ヶ国となった。
開催国スイスは初めてロマンシュ語の代表を選出した。

以下参加国の出場回数及び中継テレビ局一覧(各国本部のみ記載)

  • (34) スイス放送協会 (tsrテレヴィジオン・スイス・ロマンド, DSR独語放送, TSI伊語放送)

( )内数字は参加回数
・カナダ、日本でも生中継を放送した。

規則の変更

  • 今大会では12歳以下の出場者が2組(イスラエル代表ジル、フランス代表ナタリー・パック)あり、極端な低年齢者化がマスコミが批判したため、EBU欧州放送連合は、翌1990年度より、出場資格を16歳以上とする規定を導入した。
  • 最高得点が複数以上の場合、12点の多い国を優勝、12点が同数の場合10点の多い国が優勝、10点も同数の場合は両社とも優勝と定めた。

投票方法

変更なし。 各国の審査員が気に入った他国の10曲に投票。お気に入り順に12,10,8-1点として採点。 演目終了後、国際電話でつながれた各局のスポークスマンが出場順に口頭で発表。 プレゼンターが復唱確認し、スコアボードに加算された。

結果

優勝はユーゴスラビア代表リヴァの「ロック・ミー」。ユーゴとして唯一の優勝となった。2位となったイギリス代表ライヴ・レポートのリード・ヴォーカル、ライ・カルアナは「ユーゴは自分たちより遥かに下だと思っていた」と述べたが、差は僅か7点だった。

得点表

12点

以下の表は、最高得点である12点がそれぞれどの国からどの国に与えられたかを示す:

歌詞

各曲の歌詞については以下を参照のこと
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出典

英語版・フランス語版

脚注


Text submitted to CC-BY-SA license. Source: ユーロビジョン・ソング・コンテスト1989 by Wikipedia (Historical)

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