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ユーロビジョン・ソング・コンテスト2012


ユーロビジョン・ソング・コンテスト2012


ユーロビジョン・ソング・コンテスト2012こと第57回ユーロビジョン・ソング・コンテスト(英語: Eurovision Song Contest 2012、フランス語: Concours Eurovision de la chanson 2012)は、アゼルバイジャンのバクーにて2012年5月に開催された。前年の2011年大会でエルダル・ガスモフとニガル・ジャマルの歌う「Running Scared」が優勝したことによりアゼルバイジャンが本大会の主催権を獲得した。準決勝は2012年5月22日と24日に、決勝は5月26日に開催される。決勝に参加できるのは26か国のみであり、準決勝1と準決勝2からそれぞれ10か国ずつが選出され、これに加えて「Big 5」のイギリス、イタリア、スペイン、ドイツ、フランス、そして主催国アゼルバイジャンが決勝に参加する。前年大会への参加を見送ったモンテネグロのユーロビジョン・ソング・コンテストが今大会に復帰し、合計42か国が参加した。優勝したのはスウェーデン代表のロリーンであった。

会場

2011年5月16日、バクーの国旗広場(National Flag Square)近くに、本大会のために2万3千人収容の会場を建設する計画が発表された。しかし5月19日には、3万7千人収容のトフィク・バフラモフ・スタジアムか、ヘイダル・アリエフ・コンプレックス(Heydar Aliyev Sports and Exhibition Complex)を会場候補として発表した。2011年8月4日、2011年8月4日には、国旗広場ちかくにバクー・クリスタル・ホールを建設することが発表された。会場の基礎工事は2011年10月14日に完了した。2012年9月から10月にかけて開催されるFIFA U-17女子ワールドカップにむけて修復が進められているトフィク・バフラモフ・スタジアムが予備会場として指定された。

ユーロビジョン・ソング・コンテスト主催者である欧州放送連合により公式発表される前の2011年9月8日、アザド・アゼルバイジャンTV(Azad Azerbaijan TV)は、バクー・クリスタル・ホールが会場となると報道した。2011年10月31日、アゼルバイジャンの国営放送であるイジティマイ・テレビジョン(İctimai Television)総裁のイスマイル・オマロフ(İsmail Omarov)は、会場の決定は運営委員会によって2012年1月に決定されると発表した。2012年1月25日、バクー・クリスタル・ホールが会場となることが正式決定された。会場は最大で2万3千人を収容可能であるが、本大会では観客数の上限を1万6千人とした。

人権問題

アゼルバイジャンが大会の主催に向けて巨額の投資をしていることについて、多数の西側諸国のメディアが「アゼルバイジャンの貧弱な民主主義と人権擁護を糊塗するもの」として論じた。アラブの春に誘発された2011年アゼルバイジャン抗議運動(2011 Azerbaijani protests)の時に収監されたエルヌル・マジドリ(Elnur Majidli)は、アゼルバイジャンに対するイメージ改善のために釈放されたものの、依然多くの政治犯が収監されている。ヒューマン・ライツ・ウォッチは大会の前夜に「抗議に対する暴力的鎮圧」を報じ、アムネスティ・インターナショナルは、大会に至るまでずっと続いている「表現の自由、反論、NGO、批判的な報道関係者など、事実上アリエフ政権を批判するあらゆる人々に対する強権的な抑圧」を非難した。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、会場となるバクー・クリスタル・ホール建設のためにマンションの解体・住民の強制退去をしているとしてバクー市政府を批判した。また、自由経済支援協会(The Public Association for Assistance to Free Economy)は、強制退去は人権侵害であり、法的正当性がないとした。しかし、英国放送協会(BBC)は、会場建設のために既存の建造物を破壊する必要はないと他社メディアにて報じられていると報道した。欧州放送連合は大会が政治とは無関係であること、そしてアゼルバイジャン政府が建設は大会とは無関係と主張していることに言及している。

ロリーンは大会に参加するアーティストとして唯一、アゼルバイジャンの人権活動家に会った。後にロリーンは、「アゼルバイジャンでは人権は常に侵害されている。そのことに沈黙すべきではない。」と話した。アゼルバイジャン政府報道官はこれに対して、大会は「政治利用されるべきではない」として批判し、欧州放送連合に対してこのような活動家との接触をしないよう求めた。スウェーデンの外交官はこれについて、欧州放送連合、スウェーデンのテレビ放送局、ならびにロリーンは大会のルールに反することはしていないと応じた。

5月26日、反政府のフラッシュ・モブが発生したものの、警察によってすぐに解散させられた。活動家らは、大会が終わることで国際社会は再びアゼルバイジャンへの関心を失い、更なる弾圧に直面することになるとの懸念を表明した。

決勝でドイツからの投票結果を発表する際、アンケ・エンゲルケ(Anke Engelke)は「今夜は誰も自国に投票することはできない。しかし投票ができること、選択肢があることは素晴らしいことだ。アゼルバイジャンの旅路に幸福あれ。ヨーロッパはあなたがたを見ている」と述べた。これはアゼルバイジャンの人権問題を暗に示唆したものと考えられ、各国からの得点発表でこの問題に触れたのは彼女だけであった。

イランとの緊張

イラン政府高官はアゼルバイジャンがユーロビジョン・ソング・コンテスト2012を主催することに反対を表明した。イランの聖職者であるアーヤトッラーのモハンマド・モジタヘド・シャベスタリ(en:Mohammad Mojtahed Shabestari)やジャファル・ソブハニ(Ja'far Sobhani)はアゼルバイジャンを「反イスラム的」として非難し、バクーではプライド・パレードが開催されるとした。これに対してバクーのイラン大使館前で抗議運動が起こり、イランの指導者らをからかうスローガンが掲げられた。アゼルバイジャン大統領府の公共・政治問題長官アリ・ハサノフ(Ali Hasanov)は、バクーで同性愛者のパレードが開かれるとの話は事実ではないとし、イランに対してアゼルバイジャンの内政問題に干渉しないよう求めた。イランはこれに対して、バクー駐箚の大使を召還した。アゼルバイジャンはバクーで大会が開催されることに関するイランの声明に関して公式に謝罪するよう求め、後にイラン駐箚の大使を召還した。アゼルバイジャン国防省は、バクーで開催されるユーロビジョン・ソング・コンテストを標的としたテロリスト攻撃を回避したと発表し、バクー・クリスタル・ホールやJWマリオット・アブシェロン・バクー・ホテル、ヒルトン・バクー・ホテルなどが標的とされていたことを明かした。

大会概要の発表とチケット発売

チケットの販売は2012年2月28日より開始され、オンラインで購入できる。

主催放送局

主催放送局であるイジティマイ・テレビジョン(İctimai Television)は、欧州放送連合に加盟しており、アゼルバイジャンの公共放送である。アゼルバイジャンの通信・情報技術省の副大臣イルティマス・マンマドフ(İltimas Mammadov)は、自国の電話回線網は大会主催のために不足はないと発表した。アゼルバイジャン最大の通信会社・アゼルセル(Azercell)が大会のパートナー通信会社に指定された。2011年12月1日、ブレインプールTV(Brainpool)は、自社が大会の制作パートナーとなったことを発表し、イジティマイ・テレビジョンはドイツ開催の前年大会における番組制作会社の能力を高く評価しているとした。

形式

2011年6月29日の会合では、投票方式に関する見直しが決定され、各参加者の演技中に視聴者投票できる2011年の方式から、演技終了後に視聴者投票を開始する2010年以前の方式に戻されることとなった。また、視聴者投票と審査員投票を1:1の重みで足しあわせる投票方式が2012年大会でも維持されることも決定された。

2011年11月24日に発表された2012年大会の公式ルールでは、2つの準決勝からそれぞれ10か国ずつが決勝に進出し、これに加えて主催国と「Big 5」の合計26か国が決勝に参加するとされた。ユーロビジョン・ソング・コンテストの決勝に26か国が参加するのは2003年大会以来、2度目のことである。

準決勝の組分け

準決勝の振り分けと出場順は、2012年1月25日にバクーのブタ・パラス(Buta Palace)にて実施された。

無条件で決勝に出場できる6か国(アゼルバイジャン、イギリス、イタリア、スペイン、ドイツ、フランス)以外の参加国は、まず過去の投票傾向に基づいて6つの組に分けられた。そして、各組からそれぞれ半分が、5月22日に実施される準決勝1に、残り半分が同24日に実施される準決勝2に振り分けられた。またこのときに出場順も概ね決定され、リハーサルの実施順序や、準決勝に参加しない6国がどちらの準決勝に投票するかも決められる。

視覚デザイン

大会の視覚デザインは、今大会のテーマである「Light your fire!」に沿ったものとなる。このテーマは、アゼルバイジャンのニックネームである「火の国」に由来している。

参加国

2012年1月17日、欧州放送連合は43か国の参加を発表した。モンテネグロの公共放送であるモンテネグロ・ラジオテレビジョン(Radio Televizija Crna Gora)は、2009年大会以来大会に復帰することを表明した。モンテネグロの参加は、2009年大会でのアンドレア・デミロヴィッチ以来であった。ナゴルノ・カラバフをめぐって主催国アゼルバイジャンと交戦状態にあるアルメニアは、この時点で参加を予定していたが、後に参加者の安全上の問題により参加を取りやめると発表した。ポーランドはUEFA EURO 2012やロンドンオリンピックとの予算の競合を理由として不参加を決定した。

再出場のアーティスト

本大会に参加するアーティストのうち4人が、過去のユーロビジョン・ソング・コンテストに参加した経歴がある。マケドニア代表のカリオピはユーロビジョン・ソング・コンテスト1996に「Samo ti」で参加したものの、予選落ちとなり本戦出場を逃した。アイスランド代表のJónsi と、セルビア代表のジェリコ・ヨクシモヴィッチ はともにユーロビジョン・ソング・コンテスト2004に参加している。

2004年大会ではジェリコ・ヨクシモヴィッチは「Lane moje」を歌って2位、Jónsiは「Heaven」を歌って19位であった。アイルランド代表のJedwardは2011年大会に「Lipstick」で出場し、決勝8位となっている。

結果

準決勝1

自動的に決勝進出が決まっている6国のうち、アゼルバイジャン、イタリアおよびスペインは準決勝1を国内中継し、投票に参加する。

準決勝2

自動的に決勝進出が決まっている6国のうち、イギリス、ドイツおよびフランスは準決勝2を国内中継し、投票に参加する。

決勝

得点表

審査員および視聴者による投票は、欧州放送連合と監査法人プライスウォーターハウスクーパース(PwC)が検査・確認した上で合算され、各国からの得点が算出される。2012年6月18日、欧州放送連合は審査員票・視聴者票を分けた準決勝および決勝における投票の詳細を発表した。

準決勝1

準決勝1 - 審査員票と視聴者票

準決勝2

準決勝2 - 審査員票と視聴者票

決勝

決勝 - 審査員票と視聴者票

12点

以下の表は決勝戦において、最高得点である12点がそれぞれどの国からどの国に与えられたかを示す:

Collection James Bond 007

その他の国

  • アンドラ - 2011年10月19日、アンドラは、資金難を理由に本大会に参加する予定がないことを発表し、さらに欧州放送連合からの脱退の計画があることを明らかにした
  • アルメニア - 2012年3月7日、アルメニアは参加を取りやめることを発表した。これは、2012年2月28日にアゼルバイジャンの大統領イルハム・アリエフが「我らの主敵は世界中に住むアルメニア人と、彼らにコントロールされた欺瞞的な汚職政治家どもである。」と語ったことによるものであった。アルメニアは参加締切り後の参加取りやめに対して罰金が課された上、欧州放送連合の要求に応じない場合は将来の大会参加拒否といった更なる罰則が課されることとなる。アルメニアは1994年以来ナゴルノ・カラバフ紛争でアゼルバイジャンと交戦状態にある。
  • チェコ - 2011年11月24日、チェコ共和国は、チェコ・テレビの放送予定の公表をし、その中で本大会に参加しないことを発表した。
  • リヒテンシュタイン - 2011年11月26日、リヒテンシュタインで唯一の放送事業者である1FLTV(1FLTV)が、2011年の3月および10月に発行された欧州放送連合の公式文書の中で、欧州放送連合の加盟資格を与えられる予定であることが記されていると発表され、リヒテンシュタインの大会参加の可能性が開かれたと報じられた。しかし2011年11月29日、これらの文書は誤りであることが確認され、リヒテンシュタインはまだ大会に参加する資格を持っていないことが明確になった。
  • ルクセンブルク - 2011年12月31日、ラジオ・テレビジョン・ルクセンブルクは、ルクセンブルクは今大会に参加しないことを発表した。
  • モナコ - 2011年11月23日、ジュネーヴで開催された欧州放送連合の会合の中で、モナコが今大会への復帰を検討していると言及された旨、報じられた。しかし2011年12月3日、かつてモナコのユーロビジョン代表団の長を務めたフィル・ボスコ(Phil Bosco)がフランス語のウェブサイトに対して、モナコの放送事業者テレ・モンテ・カルロ(Télé Monte Carlo)は、大会参加に十分な資金がないために、近い将来に大会に復帰する意志はないと語った。
  • モロッコ - フランス代表団へのインタビューの中で、新たに欧州放送連合に加盟した2M TVの下でモロッコがユーロビジョン・ソング・コンテストに復帰する「可能性が高い」と語った。30年以上の年月を超えてのモロッコの大会復帰については、ジュネーヴでの欧州放送連合の会合でも言及された。
  • ポーランド - 2011年12月16日、ポーランド・テレビの公式フェイスブックにて、ポーランドは2012年大会への参加を見送ることが公表された。後に、ポーランド・テレビはUEFA EURO 2012およびロンドンオリンピックとの予算の競合を理由にユーロビジョン・ソング・コンテストには参加しないことを発表した。また、2013年大会への参加の可能性は排除しないとした。

他の賞

マルセル・ブザンソン賞

マルセル・ブザンソン賞は、エストニアのタリンで開かれたユーロビジョン・ソング・コンテスト2002より始まったもので、決勝での優れた参加曲に対して与えられる。この賞の創始者はChrister Björkman(1992年大会のスウェーデン代表で、後に大会のスウェーデン代表団長を務める)とRichard Herrey(ユーロビジョン・ソング・コンテスト1984のスウェーデン代表・Herreysのメンバー)であり、賞の名前はユーロビジョン・ソング・コンテストの創設者であるマルセル・ブザンソン(Marcel Bezençon)にちなむ。賞には記者賞、アーティスト賞、作曲者賞の3つの部門がある

OGAE

OGAE(フランス語: Organisation Générale des Amateurs de l'Eurovision、英語: General Organisation of Eurovision Fans)は、ユーロビジョン・ソング・コンテストの2大ファンクラブのうちのひとつであり、ヨーロッパ各地に支部がある。ユーロビジョン・ソング・コンテストは1956年に始まったものであるが、OGAEは1984年にフィンランドで発足した。ユーロビジョン・ソング・コンテストに参加したことのある国はOGAEの支部を持つことができるとされ、レバノンを含む広範な国々に支部を有する。2004年に発足したOGAE Rest of Worldには、その他の国々が加入することができる。毎年、同ファンクラブでは非営利のコンペティションを実施している

各国のOGAEの支部による投票はOGAEの恒例のイベントとなっており、2012年大会でも各国支部による投票が行われた。OGAEによる投票結果の上位5位は以下のとおり:

脚注

注釈

出典

外部リンク

  • 公式ウェブサイト

Text submitted to CC-BY-SA license. Source: ユーロビジョン・ソング・コンテスト2012 by Wikipedia (Historical)