『さよならドビュッシー』は、中山七里による日本の推理小説。
ピアニスト岬洋介が登場する「岬洋介シリーズ」の第1作で、第8回『このミステリーがすごい!』大賞大賞受賞作。太朗想史郎の『トギオ』とダブル大賞受賞となり、応募作の『バイバイ、ドビュッシー』に加筆して中山の初の単行本として刊行された。売上は25万部を突破。
作品の構想が練られた頃は二ノ宮知子の漫画『のだめカンタービレ』がブームとなっており、著者の中山は、今世間に求められているのはこういう作品なのだろうと思い、音楽の力を武器に闘う少女の物語にしたいと考える。そして執筆前にはマーケティングも実施し、音楽をベースに韓流のようなアップダウンのあるストーリー展開になるよう意識して、ミステリーを読まない層でも本の世界に入っていきやすくしたことが功を奏したと語っている。
2013年に映画化および漫画化。2016年にテレビドラマ化。
ピアニスト志望で特待生として音楽科への推薦入学が決まっている香月遥は、ピアノ教師の鬼塚に叱責されながらも自らの腕を磨くため、日々練習に明け暮れていた。2か月前にスマトラ沖地震で突然家族を失い、以降香月家に身を寄せている従姉妹の片桐ルシアとは同い年で共通点も多く好みも合い、ピアニストになるという夢も同じだったため、2人はまるで姉妹のように仲が良く、遥の父・徹也はルシアを養子にする話を進めていた。そんな2人を、悲劇が襲う。遥の両親や、同居している叔父の研三が用事で家を空け、介護士の綴喜みち子も家に帰ってしまった夜遅く、香月家当主である香月玄太郎の部屋から出火し、あっという間に3人がいた香月邸の離れは全焼してしまう。
全身大やけどを負ったものの、形成外科医の新条の移植手術により奇蹟的に命を取り留め、顔も以前と寸分違わぬものに再生される。しかしカエルのように醜い声、見た目は元通りになったもののちっとも思い通りに動かない指、そして何より自分しか助かることができなかったことに対してのショックは大きかった。そして2か月後の退院に合わせ、香月家の顧問弁護士・加納が持ってきた玄太郎の遺言書の内容にさらなる衝撃を受ける。そこには、「総資産(12億7000万)のうち2分の1を遥に譲り渡す。ただし、相続分は信託財産に組み込み、音楽教育および音楽活動に対する資金として供用される。」と書かれていた。図らずも最大の遺産相続人となってしまったが、火傷が完治しないにもかかわらず予定通り旭丘西高等学校音楽科に入ったことでクラスメイトからは嫌味を言われ、学校からは特待生として入学した以上、何らかの結果を出し続けなければならないという条件も突き付けられ、喜びよりも戸惑いの方がはるかに大きかった。あれだけ期待をかけてくれていた鬼塚にすら冷たい態度をとられ、ピアニストの夢も諦めそうになるが、そこで鬼塚の弟弟子だという岬洋介がレッスン役を買って出る。
目指すのはアサヒナ・ピアノコンクール。二人三脚で連日厳しい練習を続けていたが、家の階段の滑り止めが剥がされていたり、松葉杖の留め金がゆるめられていたりと身の危険を感じるようになる。さらには、母・悦子が荒薙神社の石段から落ちて亡くなるという悲劇が香月家を襲う。しかし現場を調べた岬はこれが事故でないことを早々に見抜き、犯人に思い当たる。そして岬は、もう遺産目当てで殺人が起こることはないと確信する。そして迎えた6月21日、アサヒナ・コンクール第一次予選。下諏訪美鈴の演奏に圧倒され、舞台袖で辛辣な言葉をかけられながらもなんとか一次予選を突破。しかし結果を確認して裏口から出ると、そこには榊間刑事に任意同行をかけられる綴喜みち子の姿があった。いきさつを知っているらしい岬は、明日のコンクール本番が終わったら全てを説明すると告げる。
そして本選当日。全身全霊をかけた演奏を終えて結果発表を待つステージ袖で、岬は真相を話し始める。
先祖代々の土地を売った土地成金や地主が多数住んでいる高級住宅地の中でも周辺から「お屋敷町」と呼ばれている一帯にあり、その中でも高台に建っている。
作品中に登場した曲目
『このミステリーがすごい!』大賞の選評では、評論家の大森望が「ハンデを負った少女が辛いリハビリとレッスンに耐える音楽スポ根ものでありながら、『エースをねらえ!』の宗方コーチや“トゥシューズに画鋲”的ないじめの要素も取り入れた王道のエンターテインメント作品である」、書評家の茶木則雄が「緊迫感に富んだコンクールでの描写は特筆に値し、終盤で大掛かりなトリック(多少違和感はあったものの修正可能な範囲)が炸裂するなど音楽ミステリとして極めて上質である」と評価したのに対し、書評家の吉野仁は「インドネシアからの帰国子女が大人の日本人が使うような表現を多用したり、物事の説明がしつこいなど粗い部分も目立つ。この一作を書き上げるのに必要としたのと同じ時間と労力を推敲にあてなくてはならない。」と、受賞に反対するものではないとしながらも厳しい意見を述べている。
著者と同じ第8回このミス大賞出身の七尾与史は自身のブログで「お世辞抜きで本当にすばらしい。過去の佳作を除いた全ての大賞受賞作の中で最高峰。2次選考の選評で村上貴史が述べていた“ピアノという楽器・音楽・そして人が生きようとする力がしっかりと表現されており、その力が読み手を一気に結末まで引きこんでいく”という意見に同感である。」と語っている。
俳優の妻夫木聡は雑誌『ダ・ヴィンチ』2010年9月号で「前半は完全な青春ものなのに最後に大どんでん返しがあっておもしろかった。引き込まれて思わずクラシックのCDを買ってしまいました。」と述べ、そのコメントは文庫化された際の帯でも採用された。
エピソード・ゼロ。香月玄太郎&介護士・綴喜みち子コンビが主役の連作短編集。
JT公式WEBサイト「ちょっと一服ひろば」に無料WEB掲載されている短編。形成外科医の新条要が主役。2015年3月、「平和と希望と」と改題し、『サイドストーリーズ』(角川文庫)に収録された。
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本作を原作とした映画が2013年1月26日より新宿ピカデリー他で全国公開された。原作の大きなトリックは変わらないが、ミステリー性より主人公の秘めた心情面に重点をおいた構成となっており、恋愛的要素も描かれている。
主演は橋本愛。監督は利重剛。岬洋介役を演じる“クラシック界の貴公子”こと現役ピアニストの清塚信也は、今までドラマ『のだめカンタービレ』の玉木宏や映画『神童』の松山ケンイチのピアノ演奏の吹き替えを担当していたが、本作が俳優デビューとなる。
2013年12月21日にWOWOWで初放送された。
遥の従姉妹で帰国子女のルシアは両親が危険な国へ行くことを理由に祖父に預けられる。しかしその後、両親は行方不明となる。
16歳になった遥は両親や祖父に囲まれながらピアニストを目指すが、ルシアは看護学校に入るという。また、ピアニストになって私のためにクロード・ドビュッシーの「月の光」を弾いてほしいと語る。その晩、祖父と従姉妹とともに火事に巻き込まれ、ただ一人生き残った遥も全身に大けがを負う。祖父の遺産が12億円入るが、信託でピアニストになる準備と演奏活動のためにしか使えないという。遥は不自由な肢体やブランクを理由に、それまで師事してきた鬼塚に指導を断られるが、司法試験を合格したにもかかわらずピアニストになったという岬が引き受ける。遥はイジメにもめげずに、夢を実現させるべくコンクールに向けて練習を積み重ねる。そんな中、彼女の周辺で遺産関係者に次々と不可解な出来事が起こる。その真実を語るべく、演奏会を前に遥が岬に話し始める…。
俳優としての活動も顕著である利重剛にとっては『クロエ』(2001年)以来の長編監督作品となる。当初は別の監督が撮る予定であったが、「お芝居が撮れる監督が必要」という製作サイドの判断で、俳優経験のある利重に白羽の矢が立った。偶然にも清塚と利重の自宅が近所であったため、少しの疑問でもすぐに連絡し合って近所のファミリーレストランで話し合うことができ、演技のトレーニングやリハーサルも含めて事前の準備を入念に行うことができたという。
岬洋介役の清塚信也は元々原作者・中山七里のファンであり、以前「読んで感想を聞かせて欲しい」という手紙と一緒に本を送られていたことがあったが、この抜擢は「ミュージシャンとして自分の世界を持っていて、演技力より人として興味ある方に出て欲しい」という監督の意向によるもので、全くの別口であったことを後で知って驚いたと話している。清塚はピアノ指導に使う言葉やセリフなど細部に渡ってアドバイスするなどして脚本作りにも積極に関わり、「手首で呼吸する」など実際のピアニストでなければ出てこないような表現が多数採用された。演奏面でも玄太郎がヨーロッパで買ってきたという設定に相応しいピアノ探しから参加し、演奏シーンは利重ではなく清塚がOKを出すまで撮影が続けられた。しかし利重もまた、通常は事前に録音された音源に合わせて弾くフリをして撮影されることが多い演奏シーンを撮影と録音を同時に行うことにこだわり、リストの超絶技巧練習曲「第4番マゼッパ」を清塚が弾くシーンでは、演奏からセリフのやり取りまでを1カットで撮影することを何度も何度も続けたため、子供の頃から1日12時間ピアノの練習をしてきた清塚も舌を巻くほどの壮絶な現場になっていたという。
ほとんどピアノ演奏の経験が無く、楽譜を覚えることから始めたという橋本愛にピアノ教える役も映画のストーリーと同様に清塚が務めたが、「鍵盤の押さえる順番を教えたら、全てを彼女は覚えてしまった。とにかく短期記憶が素晴らしく、天性のリズム感を持っている。」と脱帽したエピソードを話している。コンクールの場面は北名古屋市の名古屋芸術大学で450人の聴衆エキストラが見つめる中撮影されたが、予選に送り出すシーンでは、教えたことがちゃんと出来るかどうか、本当の先生のような心情で舞台袖から送り出したという。そして橋本の「アラベスク」「月の光」の演奏シーンを無事に撮り終えた後は、清塚が朝から夕方までホールに詰めていたエキストラに向けてプチリサイタルを開き、それに驚いて感動するエキストラの表情も撮影され、劇中で実際に使用された。
撮影は2012年8月の約1か月間、名古屋市役所やメニコンANNEXのHITOMIホールなど名古屋市内を始め、愛知県内各地で行われた。火事のシーンは実際に建物を燃やして撮影されたが、危うく出演者が火傷しそうになる場面もあった。
公開に先駆け、2013年1月17日に銀座ヤマハホールで行われたこの映画の完成報告スペシャルイベントでは、清塚信也の伴奏で歌手の泉沙世子が主題歌である「境界線」を歌うコラボレーションも実現。また、利重や原作者の中山七里も一緒にステージに登場し、1月12日に誕生日を迎えた主役の橋本愛を「ハッピーバースデートゥーユー」の合唱やグランドピアノのかたちをしたケーキで祝った。
発売・販売元はキングレコード。
原作者の中山七里は、「この小説はピアノ曲や協奏曲をまるまる文章で表現することに挑戦した“読む音楽”で、だからこそ成立する物語なのだから映像化することに意味はないと考えていたが、実際に完成した作品を観てみると、そんな自分の思惑を一気に飛び越えた作品になっていて驚いた。“音楽”が完全に主役の1人になっており、主人公がピアノで周囲の評価を一変させるシーンでは鳥肌がたった。馬鹿がつくほどの映画ファンとして観ても、大傑作だ。」と絶賛した。
本作を原作としたコミックスが2013年1月に発売されている。
『さよならドビュッシー 〜ピアニスト探偵 岬洋介〜』(さよならドビュッシー ピアニストたんてい みさきようすけ)のタイトルで、2016年3月18日に日本テレビ系『金曜ロードSHOW! 特別ドラマ企画』として放送。東出昌大はこの作品でテレビドラマ初主演を務めた。2021年12月16日に日本映画専門チャンネルでも放送される。
ピアノ初心者である東出は、撮影4か月前に家に突然送られてきたという電子ピアノを使って練習を重ね、黒島もピアノの先生が演奏する映像を何度も見ながら指の位置と音を憶えてひたすら同じように手を動かすという作業を繰り返し、400人近くのエキストラを前にクライマックスのピアノ発表会での演奏シーンを撮影した。
制作は約5年前にプロデューサーの荻野哲弘が原作に感銘を受け、1人で企画書を作ることから始まった。3年前に作家の横幕智裕と2人でプロットを練り、2年前に寺田敏雄と脚本を作り始めた。岬が元検事という設定であったり、火事で亡くなるのは遥の祖母でドラマオリジナルキャラクターである真田恭子で、玄太郎は恭子と親しい下宿先の主として登場するなど、原作とは異なる部分もあるが、テレビ放送に先駆けて3月12日・13日に行われた特別先行試写会にも姿を見せた原作者の中山七里は、「原作にあるエピソードを過不足なく入れていただいて、なおかつ、膨らませて入れていただいたという感触があります。非常に理想的な映像化だと思います。」と太鼓判を押している。
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