AKB48(エーケービーフォーティーエイト)は、日本の女性アイドルグループ。秋元康のプロデュースにより、2005年に東京・秋葉原(東京都千代田区外神田)を拠点として活動を開始した。運営会社および所属事務所は株式会社DH、所属レーベルはEMI Records(ユニバーサル ミュージック)。AKB48グループにおいて最初に発足したグループである。結成から約19年間にわたり、現在も活動を継続している。チーム制は休止中である。
東京・秋葉原に専用の劇場である「AKB48劇場 (AKB48 Theater) 」を持つ。「会いに行けるアイドル」をコンセプトにこの劇場にて、ほぼ毎日公演を行うことを特徴としている。マスメディアを通した遠い存在ではなく、ファンがメンバーを身近な存在として感情移入し応援して、その成長過程を共有するスタイルがファンの支持を得ている。
AKB48には、正規メンバーと研究生を合わせて約50人のメンバーが在籍している(現在のメンバー数は「AKB48のグループ構成#AKB48の構成」を参照)。2010年11月には正規メンバーが48人、2013年3月には全メンバーが88人でギネス世界記録に認定された。
姉妹グループとして日本国内にSKE48・NMB48・HKT48・NGT48・STU48が、日本国外にJKT48・BNK48・MNL48・AKB48 Team SH・AKB48 Team TP・CGM48・KLP48がある。AKB48に姉妹グループを含めた場合には「AKB48グループ」、「AKBグループ」、または「48グループ」と総称される。
2005年12月8日、AKB48劇場で初公演を行った。2006年2月1日にシングル『桜の花びらたち』でインディーズデビュー、同年10月25日にシングル『会いたかった』でデフスターレコーズからメジャー・デビューした。2007年にいわゆる「アキバ枠」で『第58回NHK紅白歌合戦』に出場するものの、当時は「秋葉原のオタク向けアイドル」のイメージが強かったこともあり、世間の関心は薄かった。2008年1月に地上波テレビ初の冠番組『AKB1じ59ふん!』の放送が開始した。同年8月にデフスターレコーズからキングレコード(You, Be Cool!)にレーベルを移籍、10月に発売した10thシングル『大声ダイヤモンド』から徐々にCD売り上げが増え始める。2009年に、14thシングル『RIVER』で初のオリコンウィークリーチャート1位を獲得すると、その後発表する楽曲が次々と1位を獲得し、マスメディアから「AKB現象」「国民的アイドルグループ」と呼ばれる。2010年8月の17thシングル『ヘビーローテーション』は、シングルの連続初動売上50万枚突破やオリコン登場週数120週、オリコン週間カラオケチャート48週連続1位などの記録を残している。2011年に22ndシングル表題曲「フライングゲット」が第53回日本レコード大賞の大賞を、2012年に26thシングル表題曲「真夏のSounds good !」が第54回日本レコード大賞の大賞を受賞した。日本ゴールドディスク大賞でも、2011年(2010年対象)から7年連続で「シングル・オブ・ザ・イヤー」(邦楽部門)を、2012年から3年連続で「アーティスト・オブ・ザ・イヤー」(邦楽部門)を受賞した。2023年2月27日、ユニバーサルミュージック内のEMI Recordsへのレーベル移籍と4月26日に同レーベルから61stシングルをリリースすることを発表した。
CDシングル売り上げは、2011年10月に23rdシングル『風は吹いている』で1000万枚、2013年3月に28thシングル『UZA』で2000万枚、2014年12月に38thシングル『希望的リフレイン』で3000万枚、2015年12月に42ndシングル『唇にBe My Baby』で3615万8000枚を超え、アーティスト別のCDシングルの総売り上げ日本一を記録し、2016年9月に45thシングル『LOVE TRIP/しあわせを分けなさい』で、オリコンが1968年より集計を開始して以来初めて4000万枚を突破、2018年9月に53rdシングル『センチメンタルトレイン』で5000万枚を突破した。2020年3月に57thシングル『失恋、ありがとう』の発売でシングル総売り上げが5603万3000枚となり、自己記録を更新した。2020年3月時点のアルバム総売り上げは664万1000枚である。
2005年のチームAのデビュー公演では、入場者72人のうち一般の観客は7人だった(65人は関係者)が、約2か月後の2006年2月4日に初の満員(定員は250名)を記録している。同年4月にはチームKの初公演が行われ満員となるが、3日目には半減するなどの不安定な時期を経て、定員に対して観覧応募数が上回る高倍率な状態が続いている。2009年1月には、劇場公演のオンデマンド配信を開始している。劇場外では、2006年11月に日本青年館で初のコンサートを開催。2007年3月から4月には東京・名古屋・福岡・大阪を巡る全国ツアーを開催。2008年9月には中華人民共和国・北京で行われた文化交流行事のなかで、チームBが日本国外初のライブを行っている。2011年7月に西武ドームでAKB48グループによるコンサートを開催して以降、2012年8月には東京ドームでコンサートを開催、2013年7月から8月にかけては全国5大ドームツアーコンサートを開催している。2014年3月には旧国立競技場でAKB48単独コンサートを開催、同年8月には東京ドームでは初のAKB48単独コンサートも行っている。「AKB48のコンサート一覧」を参照。
2009年6月から7月に、シングル選抜メンバーを決める第1回選抜総選挙を実施、2018年まで毎年開催している。2012年からは、地上波でのテレビ中継が行われた。2010年9月に、同じくシングル選抜メンバーを決める第1回選抜じゃんけん大会を実施、このイベントも2018年まで毎年開催しているが、第5回からはAKB48のシングル選抜を決めるものではなくなった。さらに2011年1月に、AKB48初のドキュンタリー映画『DOCUMENTARY of AKB48 to be continued 10年後、少女たちは今の自分に何を思うのだろう?』が公開となった。同年3月の東日本大震災後に、チャリティー活動として「誰かのために」プロジェクトを開始している。
2008年に名古屋市・栄を拠点とするSKE48が結成されたのを皮切りに、日本国内外に複数の姉妹グループが結成されている。「#姉妹プロジェクト」を参照。
2011年6月にはチーム4が、チームB以来4年半ぶりの新チームとして発足した。2014年4月にチーム8が発足し、約9年間活動した後、2023年4月30日をもって活動休止となった。チーム8は他のチームと異なりトヨタ自動車のサポートを受け、メンバーは各都道府県別のオーディションにより、それぞれの代表とした。「#チーム」を参照。
メンバー構成は、不定期で行われるオーディションで研究生として加入し、適時正規チームへの昇格人事が行われる一方で、不定期に卒業者も出るなど大人数グループであるため流動的である。チームの体制は、2010年に初めて「組閣」と呼ばれるAKB48内で大規模なチーム再編が行われて以降、2012年の2回目はAKB48と姉妹グループ間での兼任と日本国外移籍を含む再編、2014年の3回目は国内AKB48グループ内での兼任・移籍と乃木坂46からの兼任を含む再編、2015年の4回目は姉妹グループの兼任解除を含む変更およびNGT48新設に伴う移籍・兼任、2017年の5回目は姉妹グループからの兼任が解除される一方で、チーム8メンバーは全員がチームA、K、B、4のいずれかのチームとの兼任となった。2023年4月末のチーム8活動休止に伴い、チーム8メンバーは兼任先の専任メンバーとなった。同年10月にはチーム制が休止となった(「#編組略史」を参照)。
AKB48は、「アイドルはテレビやコンサート会場でしか会うことができない」とする従来の固定観念を根底から覆し、結成以来「会いにいけるアイドル」のコンセプトのもとで、専用劇場での高頻度の公演や徹底したファンサービス(握手会・写真会など)によりアイドルとファンとの距離を縮め、アイドルをより身近な存在にする取り組みを継続して行っている。
AKB48は、発足した当初はメジャー・デビューを目標にしていたが、2006年8月20日にメジャー・デビュー決定をファンに報告した。その後、公式ブログのタイトルは「AKB48〜メジャーデビューまでの軌跡」から「AKB48〜TOKYO DOME までの軌跡」に変更され、東京ドームでのコンサート実現に目標を置いていたが、この目標も、2012年8月24日から8月26日に開催された『AKB48 in TOKYO DOME 〜1830mの夢〜』で達成された。目標達成により公式ブログのタイトルは『〜1830mから〜』に変更された。
メンバーは、特に初期に加入した者を中心に「AKB48は一つの通過点」とする認識を持つ者が多い。すべてが歌手を目指しているわけではなく、女優・ファッションモデルなど志望する職業は様々である。一方で歌手や女優などへのステップではなく、佐藤亜美菜(4期生・元メンバー)以降には明確にAKB48での活動自体を目標としている者も現れている。
AKB48は「恋愛禁止」がルールになっていると言われており、メンバーも公言しているが、一方で秋元康は特にルールとして規定したものではないと語っている。前田敦子によれば、AKB48に在籍中の16歳の時に恋愛で恋人に裏切られた「ショックで秋元(康)先生たちにも話さないとやっていけないくらい」辛くなり、恋愛で「グチャグチャになったのが結構きっかけ」になって、AKB48で恋愛禁止のルールができた。2022年における運営サイドの見解は、「恋愛禁止のルールはなく、メンバーそれぞれが自覚を持って活動することで成り立っている」である。
グループ名「AKB48」のアルファベット部分のAKBは、ホームグラウンドが位置する秋葉原(あきはばら、AKIHABARA)、または秋葉原の俗称の秋葉(あきば、AKIBA)に由来する。48の由来は、「『おニャン子』とか、何か単語が入ると、古くなるので、商品開発番号みたいな無機質なものにしたい」とする秋元康の意思である。初期の構想では1軍24人に2軍24人の計48人だった。戸賀崎智信は、結成当初の所属事務所であるoffice48の社長(芝幸太郎)の好きな数字が48であったため、50人程度のグループをつくるなら48人にしてくださいと言われたと述べている。
当初募集告知をした際には、「秋葉原48プロジェクト」と銘打っており、NTTドコモとのメンバー募集タイアップCMなどを始め、インディーズデビュー当時の各種メディアでは「Akihabara48」とされていたこともあるが、後にグループ名も「AKB48(エーケービーフォーティーエイト)」に統一された。その名のとおり正規メンバーが48人程度で活動していた時期が長くあった。グループのメンバーやマスメディアが、「AKB48」を省略して単に「AKB」と呼称・表記することもある。「AKB48」は株式会社AKSの登録商標である。
「AKB48」の名称は、プロジェクトの拡大に伴い姉妹グループなどを含める場合もある。「AKB48」は、主に以下の3つの意味で用いられる。
2および3の意味の場合、「AKB48グループ」、「AKBグループ」、または「48グループ」とも呼ばれている。
1の意味での「AKB48」のシングルや派生ユニットに姉妹グループのメンバーが参加して活動している。
ドン・キホーテ秋葉原店(ミナミビル)8階にある専用劇場「AKB48劇場」がAKB48の活動の始まりの地であり、この劇場をホームグラウンドとして活動している。同店5階にはDVDやグッズを販売する「AKB48 SHOP」が併設されていたが、2015年12月に閉店した。
専用劇場で行われるコンサートは全て「公演」と銘打っており、グループ活動の中心となっている。公演は全てオリジナル曲で行われている。一部の楽曲を除き、総合プロデューサーの秋元康が作詞を行っている。秋元康は1つの公演につき1,000曲以上のデモテープを集め、何日もかけてそれらを聴きながら使用する楽曲を選んでいる。2009年6月から10月までシアターGロッソ(東京ドームシティアトラクションズ)をセカンドフランチャイズとして、不定期で公演を行っていた。
AKB48の楽曲の歌詞は大別すると「BINGO!」「スカート、ひらり」などの「(女性視点からの)擬似恋愛的な歌詞」、「ポニーテールとシュシュ」「ヘビーローテーション」などの「(男性視点からの)恋愛/青春賛歌的な歌詞」、「RIVER」「チャンスの順番」などの「自己言及的な歌詞」の3タイプが存在する。初期段階では従来の女性アイドルの楽曲の歌詞では定番ともいえる「(女性視点からの)擬似恋愛的な歌詞」が存在していたが、ヒットのきっかけとなったシングル『大声ダイヤモンド』がリリースされたころを境にそれらはあまり多くはみられなくなり、「(男性視点からの)恋愛/青春賛歌的な歌詞」と「自己言及的な歌詞」の2つが主流になっていった。
岡島紳士・岡田康宏による書籍『グループアイドル進化論』での記述によれば、女性目線の歌詞から男性目線の歌詞への変遷は、ファン層自体の変化が関連している。従来の日本の女性アイドル文化におけるアイドルファンといえば「ファッションなどに興味の無い男性のアキバ系アイドルオタク」といった印象になりがちであるが、AKB48では握手会や劇場公演などアイドルとファンが直接的に接触する機会が多いこともあって「アイドルからみられる」ことをファンも意識するようになり、見た目にも気をつかう若い男性ファンや女性ファンの割合も増えている。それに呼応するように、擬似恋愛的な歌詞はあまり必要とされなくなり、青春観を疑似体験したり掛け声を通じてステージ上のアイドルと感情を共有できるような楽曲が増えている。
宇野常寛は、「私」を一人称とした女性目線の歌詞から「僕」を一人称とした男性目線の歌詞への変遷について、アイドルがファンに対して「ここではない、どこか」への憧れを一方的に提示する超越的アイドルではなく、アイドルとファンが協力して「いま、ここ」を肯定して実り豊かなものに彩っていくことを志向する内在的アイドルのコンセプトがはっきりと歌詞が反映されはじめたと説明している。さらに、男性目線の歌詞の楽曲と同様に後期になって増え始めた「自己言及的な歌詞」の楽曲については、AKB48が一種の社会現象といえるほどヒットしていったことに伴ってAKB48自身を歌うことがそのまま社会を歌うことにつながり、そしてそのことに対して作詞者である秋元康が自覚的であるがゆえだろうと述べている。
斎藤環は、秋元康によるAKB48の楽曲の歌詞を「絶望荒野と化したJ-POP業界においてひときわ輝いている」と評価し、「ヤンキー性」の要素が歌詞に織り込まれていることに注目している。AKB48のメンバーに注目してもオタク受けする渡辺麻友とヤンキー受けする板野友美の両者が存在するようにバランスがとられているが、秋元自身がオタク性とヤンキー性の両方を持った特異なタイプの人間であり、「マジスカロックンロール」「Beginner」など歌詞にはヤンキーに特有の刹那主義や反知性主義的な価値観を掲げながらも、同時に自覚的にそういった振る舞いをしている意識がみられるバランスが絶妙なのである。このような意識は「サヴァィヴ系/バトルロワイヤル系」の傾向ともつながるものである。
脚本家・作詞家の佐藤大は、同じく秋元康が手がけたおニャン子クラブの楽曲の歌詞は言葉遊びや内輪受けを狙ったものが多かったのに対し、AKB48の楽曲の歌詞は主観的で直球であると対比し、「自分がどうあるべきか」を鼓舞するシステムが内包された歌詞がAKB48のメンバー個人への教育になっていると評している。
衣装は、株式会社オサレカンパニー所属の茅野しのぶを中心とする専門の衣装スタッフが一手に担当している。衣装デザインには各楽曲が持つコンセプトに基づいた統一性があるが、一着一着が各メンバーのキャラクターやイメージ、体形に合わせて調整が加えられているため、その総数は5万着を超える。シングル曲のミュージック・ビデオ (MV) 衣装は、完成した新曲の音源が秋元康のオーダーとともに茅野の元に届けられ、秋元の意向をつかめるまでデザイン画を描き、提出する工程となっている。
メンバーが着用する衣装のデザインは、結成当初のTシャツとデニムから始まり、初期はシンプルなチェック柄の女子高生の制服をモチーフとした形が多かった。2009年の『第1回AKB48選抜総選挙』のころから、世間にもメンバーのキャラクターが浸透し始めて衣装も変化していく。13thシングル表題曲「言い訳Maybe」の衣装の赤チェック柄がAKB48のイメージを形成するものとなったこともあり、14thシングル表題曲「RIVERは、メンバーの個性が世間に伝わるようにメンバー別に衣装をデザインを仕上げ、今日に続く制作工程が形成された。
秋元康が副学長を務めた京都造形芸術大学秋元ゼミの学生のデザインが、「桜の花びらたち」や「スカート、ひらり」などの衣装に採用されたこともある。2017年3月25日には、シングルや劇場公演の衣装ほか、コンサートや歌番組で着用した特別衣装など1,102着の衣装を掲載した『AKB48 衣装図鑑 放課後のクローゼット〜あの頃、彼女がいたら〜』が宝島社より発売された。2023年7月27日から8月8日まで、初期から最新までの衣装ほか、メンバーが卒業コンサートで着用したドレスなど約250点の衣装を展示した『AKB48 大衣装展〜オサレカンパニーの世界〜』が大丸東京店にて開催された。
AKB48には日本国内に5つ、日本国外に8つの姉妹グループがあり、AKB48グループの各グループ間には「兼任・移籍制度」がある。兼任とは、所属元グループに在籍して活動しながら、兼任先グループのメンバーとしても活動することである。移籍とは、所属元グループの籍を離れ、移籍先グループに所属して活動することであり、AKB48グループ内での異動となる。組閣などにより、兼任の解除や兼任先の変更のほか、兼任先グループにそのまま移籍となったメンバーもいる。特殊な形態ではあるが、2014年には、AKB48グループと乃木坂46相互間の「交換留学」と称した兼任も松井玲奈(当時SKE48)と生駒里奈(当時乃木坂46)の2人を対象に行われた。
AKB48ではCD購入者を対象にした握手会を実施しており、ファンがメンバーと直接握手や会話ができる機会として「会いにいけるアイドル」のコンセプトを果たす役割を担っている。2005年12月16日、機材故障により中止された劇場公演の代替として行われた握手イベントがきっかけとなって実施され、その後はCDのリリースに合わせて定期的に行われるようになった。AKB48の握手会には、「全国握手会」と「大握手会」の2種類がある。
「全国握手会」は、シングルCDのリリースに合わせて日本全国のエリア(北海道・東北・関東・中部・関西・中国・九州)単位で開催されている握手会である。参加するには、シングルCD(初回限定盤)に封入されている「イベント参加券」が必要であり、どのエリアでも事前予約なしに自由に参加できる。全メンバーではなく一部のメンバー(20人程度)が参加し、1レーンに1メンバーではなく複数のメンバーが担当することもある。開催日ごとに使用できる「イベント参加券」のシングルタイトルが指定される。当日はライブやイベントも行われる。
「大握手会」は、CDのリリースごと基本的に関東地方(一部、大阪市など)で実施されている握手会である。「個別握手会」とも呼ばれる。参加するには、劇場盤CDに添付されている参加券が必要であり、リリース前に所定のウェブサイトから「日程」「メンバー」「時間帯」を指定して申し込み、劇場盤CDを抽選により予約購入する。原則としてAKB48メンバーだけではなく国内のAKB48グループメンバー全員が参加し、各メンバーが1人で1レーンずつを担当する。メンバーによって割り当てられる時間の長さ(90分単位の部数)が異なる。メンバーは私服での参加が原則となっている。「大握手会」では、握手会だけではなく「写真会」と呼ばれる携帯電話の写真撮影機能を使ったメンバーとのツーショット写真撮影や「サイン会」が行われることもある。
CDは購入特典として、「握手券」や「イベント参加券」だけではなく「選抜総選挙」や「リクエストアワーセットリストベスト100」などのファン参加型イベントの投票券が添付される場合がある。多くの作品に「生写真」と呼ばれるランダム絵柄のメンバーの写真が添付されている。同一タイトルのCDにType-A、Type-Bなど複数のバリエーションを設けている。
AKB48は専用劇場を設置して公演を行う方法でアイドルとファンの距離を縮めることに成功したが、同時にファン同士の結びつけを強めることにもなった。特に劇場前のロビーは見知らぬファン同士が知り合うきっかけとなる空間として機能している。オンライン上でも、ソーシャル・ネットワーキング・サービスが台頭したことからそれらを利用して交流を深める動きが見られる。
公式ファンクラブ「柱の会」の運営を2006年8月22日より開始した。しかし、1人複数口の会員登録が可能な会員登録制度や、これが起因となった公演チケットのインターネットオークションでの転売などが問題となり、2011年9月30日をもって廃止した。同年12月8日よりこれに代わる新たな公式ファンクラブ「二本柱の会」が発足した。その後、エンターテインメント市場の変化を受けて、2021年12月31日をもって「二本柱の会」は閉会し、ファンクラブとしての機能は、モバイル版公式サイトである「AKB48mobile」に一本化された。
2022年12月7日をもって「AKB48mobile」をリニューアルすると同時に「AKB48 Official Fan Club 「柱の会」」に名称を変更した。「柱の会」の名称は、旧ファンクラブが2011年に廃止されて以来約11年ぶりの復活となる。
運営側は、ファンの意見を積極的に取り入れている。劇場が混雑していなかったころは、プロデューサーの秋元康が直接劇場でファンから意見を聞いていたこともあり、ヒットしてからもスタッフが間接的に伝えている。特に初期段階は運営スタッフ側に芸能関係の経験が少なかったため、チケットの販売・抽選や整列の具体的な方法などについてファンからアドバイスを受けていた。岩崎夏海がアシスタントプロデューサーをしていたころは、彼がインターネットに強かったことから電子掲示板2ちゃんねるやブログに書き込まれた公演についてのファンの反応をまとめて秋元康に伝えていた。
結成当初はメンバー全員が「office48」に所属していたが、マネジメントや露出展開の強化を図るために、卒業後も継続して芸能活動ができるように、2007年に大島麻衣・板野友美・河西智美が「ホリプロ」に移籍したのをきっかけに一部メンバーが他の芸能事務所へ移籍することが発表された。
一部のメンバーを除いて、「office48」から「AKS」に所属変更がなされた。これ以降は、新たに研究生として加入したメンバーも、最初は「AKS」に所属するようになり、他の事務所からのオファーがあったメンバーが移籍するようになった 。「office48」に残ったメンバーは移籍組として扱われている。グループ自体が「AKS」に所属しているため、移籍組メンバーもAKB48としての公演や活動を行う場合は「AKS」の管轄となる。
2010年3月25日のコンサート『AKB48 満席祭り希望 賛否両論』で、AKS所属で残る7期生まで全メンバーに、芸能事務所へ移籍打診がアナウンスされた。
2012年3月25日のコンサート『業務連絡。頼むぞ、片山部長! in さいたまスーパーアリーナ』最終日には、初日公演の時点ですでに正規メンバーとして活動していた9・10期生のメンバーの芸能事務所への移籍打診がアナウンスされた。
以降しばらくは、現役メンバーのAKSからの移籍は行われなかったが、2017年に小嶋真子がサンミュージックプロダクションへ移籍し、加藤玲奈・向井地美音がプロダクション尾木の子会社で提携する「Mama&Son」へ移籍した。
2020年1月20日、AKSは社名を「Vernalossom」(ヴァーナロッサム)に変更するとともにAKB48のマネジメント業務を行わず、運営会社として4月予定で設立する「株式会社AKB(仮)」に移行・独立させることを発表した。同年4月1日、AKSは同日付で「株式会社Vernalossom」に社名を変更するとともに、新会社「株式会社DH」(ディーエイチ)にAKB48の事業を譲渡することを発表した。これに伴い著作権表示は「©AKS」から「©AKB48」に変更された。
2020年以降は、毎年メンバーの数名がDHから他の芸能事務所へ移籍している。
AKB48のシングル表題曲を歌うメンバーをファンによって選出する一種の人気投票で、2009年より毎年開催されていたイベントであるが、2018年を最後に以降は開催されていない。被選挙権を有するのは、SDN48を除く日本国内AKB48グループの全メンバーおよび、AKB48から日本国外グループへの移籍メンバーであった。第1回から第4回までは在籍するメンバー全員が候補者となっていたが、第5回以降は立候補制を導入しており、第5回に限っては4年以上在籍した卒業メンバーの立候補も認められた。第10回は日本国外グループ所属メンバーの全員に被選挙権が付与された。
選抜総選挙に続いて2010年から毎年開催されていたメンバー選抜イベントであるが、2019年以降は開催されていない。勝敗が確率的に平等であり、偶然性によって決まるじゃんけんの結果のみで選抜メンバーを決定する。
選抜総選挙は、メンバーに対するファンの支持によって順位や票数が決まる人気投票であるために、マスメディアに露出する機会の多い人気メンバーが有利になるという欠点がある。選抜じゃんけん大会は、人気や知名度が低いメンバーにも平等にチャンスが与えられるために考案された。AKB48の正規メンバーと予備戦を勝ち抜いた研究生が本戦に参加できる。第2回から日本国内の姉妹グループのメンバーにも出場権が与えられた。勝負は1回勝負のトーナメント方式で行われる。
第1回から第4回までは上位16人を決定し、総選挙同様1位になったメンバーがセンターポジションを務めるAKB48のシングル曲の選抜メンバーとなった。第5回は優勝者のソロデビューに変更されるなど回を追うごとに優勝を含む上位入賞メンバーへの処遇は変化している。
AKB48グループの各チームのメンバーが、日本のプロ野球ドラフト会議を模した方式によって、新規にチームに加入するメンバーを選出するオーディションイベント。
第3回ドラフト会議ではメンバーが候補者を選択・指名をするのではなく、各チームを推すファンのインターネットによる投票で選択・指名する方式が採用された。
AKB48の所属メンバー数人で結成された派生ユニットがある。テレビ番組の企画や企業とのコラボレーションやタイアップなどで結成された期間限定のものと、特定の企画に拘らず活動するものがある。最初のユニットは、2006年11月にテレビ番組の企画で結成されたほね組 from AKB48で、シングルも発売している。特定の企画に拘らず活動するユニットは、2007年4月に結成されたChocolove from AKB48(活動休止)を皮切りに、ノースリーブス、渡り廊下走り隊7(2014年2月9日解散)、フレンチ・キス(2015年11月5日解散)、Not yet(大島優子卒業に伴い活動休止)、DiVA(2014年解散)が結成されており、それぞれシングルやアルバムを発売している。
数人のメンバーがソロの音楽活動を行っている。2008年に大堀恵が、2010年にテレビ番組の企画に基づき増田有華、奥真奈美がシングルを発売した。その後、2011年に板野友美がシングルを発売し、続いて前田敦子、岩佐美咲、渡辺麻友、指原莉乃、松井咲子、河西智美、柏木由紀、高橋みなみ、倉持明日香がシングルまたはアルバムを発売している。
その他、2012年に秋元康がGoogle+上で発足を発表した「部活動」(活動休止状態)がある。
東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の被災者支援を目的としてファンに対して義援金拠出を呼びかけたり、チャリティーソング・チャリティーイベントを企画するなどといった活動が行われている。このような義援金プロジェクトが広く社会に支持されているとして、2011年5月から日本赤十字社の活動を広く周知する「赤十字オフィシャルメッセンジャー」に起用された。
東日本大震災後の2011年5月より被災者支援のため(2015年までは毎月1回の割合で)、東北地方各地の被災地で無料のミニライブと握手会を行っている。被災地外からファンが集まることを防ぐため直前まで告知せず、観覧者は会場周辺の被災者に限定している。姉妹グループも含めたメンバーの中から毎回6人程度が交代で参加している。
2012年から、厚生労働省の肝炎総合対策推進国民運動事業「知って、肝炎プロジェクト」のスペシャルサポーターを務めている。2016年には、木﨑ゆりあがプロジェクトのオリジナルテーマソング「笑顔の明日」に歌唱メンバーとして参加した。メンバーがイベントである年次ミーティングに出席するほか、厚生労働省が推進する当プロジェクトの啓発活動にも参加している。2020年11月30日には、警察庁生活安全局長より「特別防犯支援官」を委嘱され、SOS47のメンバーに加わった。2022年7月25日には、肝炎対策事業功労者厚生労働大臣表彰を受賞した。下記は、活動事例である。
OUC48プロジェクト(オーユーシーフォーティーエイトプロジェクト)は、「おうち」(OUCHI、自宅)から日本を元気にすることを目的に2020年4月15日に発足したプロジェクト。2019年12月に発生した新型コロナウイルス感染症の流行により、2020年4月7日に日本国内で出された緊急事態宣言を受けて、メンバーが主体となって発足した。プロジェクトの第一弾として、メンバーがそれぞれの自宅で撮影して合成した「365日の紙飛行機」(おうちver.)をYouTubeのAKB48公式チャンネルで公開した。4月16日には、SHOWROOMを使用して「OUC48おうち公演」の生配信を開始した。チーム8が「集まれエイトちゃん!G8首脳かいぎっ」と題し、チームメンバーの中から8人をテーマに沿って選び、テレビ会議でトークする配信を行っている。5月7日には、メンバーが講師となってAKB48の楽曲の振り付けを教える「振りコピ Sounds good ! OUC48 サビ振付講座」をYouTubeのAKB48公式チャンネルで開始した。その他、ネット配信によって様々な活動を展開している。
2020年6月1日よりAKB48所属のメンバーはOUC48との兼任という形式で活動を行うことになった。
2007年9月22日には初の日本国外での公演として、チームBが北京の中国芸術研究院で開催された「日中文化人懇談会2007」に参加した。2009年にはパリ・ニューヨーク・カンヌで、2010年にはロサンゼルス・ソウル・シンガポール・モスクワ・マカオなど、2012年にはワシントンD.C.などでライブを行った。
2011年5月15日より、シンガポールで日本国外で初の定期公演を開始した。
2011年12月8日、Google+上での交流サービス「AKB48 Now on Google+」を開始した。メンバーが書き込んだ記事は、英語・中国語・韓国語・タイ語・インドネシア語に翻訳されて配信される。
2019年11月1日と2日にはバルセロナでライブを行った。
以下の2か所に存在する。以前は香港・シンガポール・台湾にも出店していた。
2008年に名古屋市・栄を拠点とするSKE48が、2009年にAKB48劇場を本拠地とする第二のグループとして20歳以上のメンバーのみを集めたSDN48が、2010年に大阪市・難波を拠点とするNMB48が、2011年に福岡市・博多を拠点とするHKT48が、2015年に新潟市を拠点とするNGT48が、2017年に瀬戸内地方7県(兵庫県・岡山県・広島県・山口県・徳島県・香川県・愛媛県)を拠点とするSTU48が、それぞれ結成された。
日本国外でも、2011年にインドネシア・ジャカルタを拠点とするJKT48が、2012年に中華人民共和国・上海を拠点とするSNH48が、2017年にタイ・バンコクを拠点とするBNK48が結成された。さらに2018年には、台湾・台北を拠点とするTPE48、フィリピン・マニラを拠点とするMNL48、中華人民共和国・上海を拠点とするAKB48 Team SH、ベトナム・ホーチミンを拠点とするSGO48が結成された。BNK48、TPE48、MNL48については、2016年3月26日に横浜スタジアムで開催された『祝 高橋みなみ卒業”148.5cmの見た夢”in 横浜スタジアム AKB48単独コンサート』で、同年中に始動することが発表されたものの、3グループとも2016年内での発足には至らなかった。
2017年12月27日にインド・ムンバイを拠点とするMUM48が2018年に誕生することが発表されたが、プロジェクトは中止となった。2018年7月30日にはTPE48のライセンス契約解消が発表され、同年8月26日にAKB48 Team TPとして再始動した。
2019年6月19日には、インドでデリーのあるインド北部を拠点とするDEL48とムンバイを拠点とするMUB48の2グループを同時に立ち上げるプロジェクトが発表された。2019年10月26日には、同年6月に発表されていたタイで2グループ目となるチェンマイを拠点とするCGM48が結成された。同年12月にはDEL48が結成された。
2021年12月5日、ベトナムのSGO48が、新型コロナウイルス感染症の流行による活動面での制約などを理由として12月22日に解散することが発表された。2022年7月13日、インドにおける新型コロナウイルス感染症による不安定な状況を理由として、DEL48が活動終了し解散、MUB48は事業終了となった。
2024年1月1日、マレーシア・クアラルンプールを拠点とするKLP48が発足した。
AKB48には正規メンバーと正規メンバーではない「研究生」と呼ばれるメンバーがいる。AKB48には「チームA」「チームK」「チームB」「チーム4」「チーム8」の5つのチームがあり、正規メンバーは原則いずれか一つに所属することになる。AKB48劇場での劇場公演は、原則としてチーム単位で行われている。研究生は、バックダンサーや正規メンバーのアンダーや前座として公演に出演する。研究生のみの公演(研究生公演)も実施されている。
2018年1月に発行された『AKB48グループ プロフィール名鑑2018』(宝島社)では、チームAのように同じ者が再度キャプテンに就任した場合(高橋みなみ・横山由依)、キャプテンが同じでも組閣によってメンバー構成が変わった場合(峯岸チーム4)には、活動を開始した西暦年の省略表記を付けて「'10高橋チームA 」「'14高橋チームA」、「'13横山チームA」「'15横山チームA」、「'13峯岸チーム4」「'14峯岸チーム4」とメンバー・プロフィールでのチーム異動履歴で編集上の区別をしているが、公式サイトの表記は、いずれも「高橋チームA」「横山チームA」「峯岸チーム4」である。
各チームのキャプテン・副キャプテンの在任期間の一覧。
チームAキャプテン
チームKキャプテン
チームBキャプテン
チーム4キャプテン
チームA副キャプテン
チームK副キャプテン
チームB副キャプテン
チーム4副キャプテン
下記については、子記事でそれぞれ解説している。
「AKB48の劇場公演」の各節を参照 : 通常公演の歴史、構成・演出、特別公演
「AKB48のコンサート一覧」の各節を参照 : 主催コンサート全般、リクエストアワー、チーム8全国ツアー、客演を含むライブイベント
「AKB48の出演一覧」の各節を参照 : イベント出演、テレビ、ラジオ、CM、映画、ネット配信
「AKB48関連の楽曲一覧」の各節を参照 : 劇場公演曲、シングル曲、アルバム曲、配信曲・未音源化曲、関連ユニットの楽曲、アレンジ曲
「AKB48のタイアップ一覧」
「AKB48の関連作品」の各節を参照 : シングル盤、アルバム盤、映像作品(劇場公演、コンサート、テレビなど)、MV一覧、印刷物(雑誌・新聞連載、書籍、写真集、カレンダー、漫画作品など)、ゲーム、パチンコ・パチスロ機、派生ユニットの関連作品
AKB48が登場する以前に、同じく秋元康が1人のスタッフとしてプロデュースに参加しデビューした日本の女性グループアイドルとして、1980年代に活動したおニャン子クラブがある。おニャン子クラブの特徴である、「素人の少女をオーディションで選び、50名前後の大人数グループにする」「(うしろゆびさされ組・うしろ髪ひかれ隊など)数名のメンバーを選んで派生ユニットとして売り出す」「メンバーと同世代ぐらいの若いファンを主なターゲットする」といった点はAKB48にも受け継がれている。おニャン子クラブは『夕やけニャンニャン』をはじめとするテレビ番組を活動の中心としたのに対して、AKB48は専用劇場を持ち劇場公演を主な活動として立ち上げられたプロジェクトであるという点、おニャン子クラブが新しいメンバーが加わることがなかったのに対してAKB48は「従来メンバー卒業、新入生加入」の新陳代謝があるという点で異なっており、おニャン子クラブは番組の視聴率の低下に伴ってデビューから2年ほどで解散したが、AKB48は2005年の結成から16年を経た2022年現在も活動を継続している。おニャン子クラブはメンバーがオーディションを通過してデビューしていくさまをテレビで放送することによって、「舞台裏」の様子を視聴者に公開してリアリティをアピールするという手法をとりながらも審査や放送内容を運営サイドがある程度コントロールすることが可能だったのに対して、AKB48は2009年後半ごろまでは、それほど積極的にはテレビ番組に出演しておらず、「会いに行けるアイドル」というコンセプトの通りにテレビ番組という中間項をも排除してファンとアイドルの間の距離を極限まで縮めたといえる。
おニャン子クラブの解散後、決定的な人気を獲得する女性アイドルがなかなか登場しないアイドル冬の時代や1997年から現在まで活動を継続しているモーニング娘。などのヒットを経て、地下アイドル文化を背景にその手法を導入する形式で2005年にAKB48が結成される。AKB48の初期のファンにはモーニング娘。(あるいはそれを含むハロー!プロジェクト)のファンが流入したとみられるため、AKB48が人気を博した理由としてモーニング娘。が10年以上も解散せずに活動を持続していることがあるという見解もある。
2009年ごろにAKB48が爆発的にヒットしたのに少し遅れて、日本ではKARAや少女時代をはじめとする韓国のK-POPガールズユニットが人気を獲得している。AKB48が「成長する過程をファンに見せる」ことをコンセプトの1つとしているのに対し、K-POPの女性アイドルユニットの多くはデビューまでの間に数年単位の練習期間を設定しており、初舞台の段階から完成度の高いパフォーマンスを披露できるという点が異なる。秋元康は、K-POPのガールズユニットが常に一定のクオリティを保持し続けられることをプロとして評価できるとしつつ、対照的にAKB48の魅力はどのタイミングでも同じAKB48は存在しないことであると述べている。
コラムニストの中森明夫は、「アイドルは時代の反映ではなく、時代の先取りである」との持論がAKB48にも適用できるとしている。すなわち、美空ひばりが「戦後の高度経済成長」、山口百恵が「経済の低成長時代」、松田聖子が「バブル景気」をそれぞれ先取りしたのと同様に、AKB48は従来的なモデルでは経済復興が困難な日本でいかに楽しむか、というテーマを先取りしたという見解を示している。
経済学者の田中秀臣や評論家の宇野常寛らは、2000年代以降の日本のポップカルチャー批評で用いられるコンテンツの類型化をAKB48に当てはめている。
田中は、ファンがメンバーのブログを読みコメントすることは、ファンがメンバーの「小さな私的物語」に自己を接続しようとしている、つまり「セカイ系」的な行動だと指摘した。さらに、選抜総選挙に代表される競争原理は宇野が「ザヴァイヴ系/バトルロワイヤル系」と名付けた2000年代に特有の時代意識を反映したもので、AKB48にはセカイ系とサヴァイヴ系の両方の要素があると指摘した。
宇野は、AKB48のメンバーがAKB48という大きなゲームのプレイヤーとして動員されるという意味では、AKB48は「バトルロワイヤル系」の代表例、つまり「大きな物語」(社会全体に共有される価値観)が崩壊したポストモダンの社会において「大きな物語」の代替として「大きなゲーム」を利用するメカニズムに当てはまると主張している。
一方、宇野は、女性のみからなるコミュニティであるAKB48は「空気系」の特徴も持つと主張している。AKB48というコミュニティの内部では、メンバー間の親密な交友関係(擬似同性愛的な関係)を匂わせることがブログなどを通じて事実上の男性ファンへのサービスとして行われたり、メンバーが出演するテレビドラマに同性愛関係を読み込んだ同人誌が(女性ファンによって)コミックマーケットで売買されたりするが、これらは空気系作品の二次創作的な受容と類似したところがあるという。しかし同時に、前述の競争原理の導入によって、空気系にありがちな予定調和を効果的に破壊している面もあると指摘している。
宇野や斎藤環は、AKB48のメンバーのキャラ(キャラクター)がファンから消費されていて、それが運営戦略と密接にかかわっているとの見解を述べている。各メンバーのキャラは必ずしも固定的ではないものの、おおむね役割分担がなされており、メンバーが人気を維持できるか否かは容姿やスタイル、歌唱力といった要素よりもキャラの確立の成否に依存している面があるという。
斎藤は、チーム別のサブグループ編成や選抜総選挙という序列付けによって、メンバーのキャラが固定されやすく認識されやすいシステムになっており、さらに握手会をはじめとするふれあいを重視したコンセプトによりファンはメンバーのキャラ形成に直接的に関与できるという幻想にかきたてられるようになっていると述べている。
このように小集団内部で(人気の度合いを表す)序列化とキャラの分化が同時進行するという構造は、日本の現代の学校で生徒間に自然に形成される序列であるスクールカーストの構造と同型だと指摘した。宇野は、この斎藤の論を踏まえて、上述の「中間項としてのテレビ媒体を短絡してファンとの距離感を縮める」という手法が、ファンコミュニティと運営サイドの相互作用でメンバーのキャラを循環的に生成・強化させていると主張した。
ファンは、劇場公演やブログでの些細な発言などから得られる、メンバー間の友人関係や性格といった様々な情報をインターネット上のコミュニティなどで共有し、それは例えばウィキペディアなどに投稿されることによって、集合知的に蓄積される。このようなファンコミュニティの後押しを受けて、各メンバーのキャラ設定は効率的に生成されていく。それに加えて、今度は運営サイドがそのキャラ設定を元にした(あるいはあたかも二次創作のように、それを元に少しアレンジが加えられた)キャラをメンバーに出演するテレビドラマの役柄などとして与え、それをファンが消費することにより、もともとのキャラの認識が強化されるというフィードバックが働くという。宇野はこれを「キャラクター消費の永久機関」と名付けた。
AKB48の日本国内外での姉妹グループの展開について、田中秀臣は、ローカル化とグローバル化の同時進行(グローカル化)を行っている側面があると指摘している。
AKB48の人気が高まるにつれ、2010年ごろからAKB48のグループ名をもじってアルファベット略語+数字のユニット名を創作して作品や広告などに用いる、オマージュものが複数登場するようになった。同様にAKB48選抜総選挙のシステムに似せたり、企画名に「総選挙」を付けた類似の人気投票企画も登場する。
田中秀臣は著書『AKB48の経済学』(2010年)で、当時日本の音楽市場での影響力を増しつつあったAKB48のビジネスモデルを分析し、AKB48は不況下にも強い「デフレカルチャー」のひとつだという説を提唱した。
2000年代以降のCD不況の中、J-POPのアーティストはコンサートで収益金を確保するスタイルが主流になり、入場料金は高額になりがちであった。これに対し、AKB48の劇場公演のチケットは一般的なアーティストのライブに比べれば、はるかに安価に設定されており、写真集をはじめとする関連商品の価格も相場より低めに設定されている。これは収入の低い若者のアイドルオタクにターゲットを絞ったマーケティング戦略であるという。
AKB48のメンバーの多くがブログやTwitterを開設しており、ファンはそれをチェックするという形で、事実上出費の伴わない消費を行っているが、これもデフレ文化の典型として解釈できる。同時に、文化経済学に関する著書のある経済学者タイラー・コーエンが「心の消費」と呼んだ金銭を移動させることのない非経済的活動のひとつとも捉えられるという。
金子勝は、AKB48のビジネスモデルは低価格路線の維持のために、低賃金労働で従業員を搾取するユニクロの経営手法と類似しており、デフレ経済を定着させるものだと批判している。これに対して田中はそもそもアイドル市場は日本経済に影響を与えるほどのスケールではなく、結果と原因を取り違えている。つまりAKB48の経営手法がデフレーションを生むのではなく、デフレーションという経済状況に適応するために生まれたのが、AKB48の戦略であると反論している。
これに関連して、田中は『日本経済復活が引き起こすAKB48の終焉』(2013年)で、アベノミクスを通じた日本経済の復調により、デフレ経済が解消されインフレーションになればAKB48の人気は後退する、あるいは終焉を迎えるのではないかとの見方を述べている。
30年間にわたって多国籍企業のグローバル戦略を研究してきたハーバード・ビジネス・スクール教授のフアン・アルカーセルは、AKB48のグローバル展開を教材にした"AKB48:Going Global?"を書き、この教材はMBAプログラムの「国際競争戦略」という授業で使われている。
運営会社AKSが電通と組んでフランチャイズ方式で日本国外に進出するフォーマットを輸出し、現地でアイドルグループをつくるというAKB48のビジネスモデルがアジアで受け入れられた。AKB48の「体験型エンターテインメント」というビジネスモデルが他国の人々にとって新鮮で魅力的であるという。
AKB48やその姉妹グループ関連のビジネスは、おもに音源を提供する旧来の音楽CD単体販売の推進ではなく、「握手券」や希少価値のある機会提供、高価で取引される特典など複合商品としてセット販売、それらのバリエーション展開を特徴とする「AKB商法」と俗称される。
所定のCD1枚につき投票券が1枚封入されている「AKB48選抜総選挙」で、熱心なファンが自分の応援するメンバーの順位を上げるために、1人で大量に購入する事例が複数報じられ、『Everyday、カチューシャ』発売時には、一部のファンが1人で数百枚から数千枚を購入していることがテレビでも報道されている。同様に、握手券1枚あたりの時間や人数が限られていることから、長時間の握手や複数のメンバーとの握手のために複数枚を購入する例があるほか、種類を設けたCD・DVD特典の「生写真」や待受け画像付きの着うた配信でも、同様の例がある。
2008年1月に『AKB48 2nd Anniversary スペシャルフォトアルバム』が、定価5万400円(税込)で2,000冊限定販売された。特典として発売から7年10か月後の2015年12月8日開催予定の『AKB48劇場オープン10周年祭』招待券が付属されていた。本イベントは、実際に2015年12月6日にザ・プリンス パークタワー東京で『AKB48劇場オープン10周年記念祭』として開催された。
商品の転売によって利益を得ようとする者が増えているため、『ポニーテールとシュシュ』の劇場盤握手会から身分証明書による本人確認を強化し、転売しにくい仕組みになっている。
バリエーション展開は音楽CDとしての価値のみを主体とせず、握手券などとのセット販売すること特徴があり、それらの拡張、展開は新たなビジネスモデルの開発として「画期的なもの」と評価されることがある。しかも、それらのバリエーションは、オリコンチャートで「同じタイトルの曲」として集計されるメリットも享受できる。
弊害について音楽評論家の富澤一誠は、「CD不況の中、ビジネスのアイデアとして評価できる」とする一方で「特定のファンなど『取れる所から取る』発想が前面に出すぎると、(音楽以外の要素で)ランキングや売り上げが高まる半面、国民に広く親しまれる作品は生まれにくくなる」と指摘している。
音楽CDに特典やバリエーションを付して、音楽CDとして同一タイトルと見なされる商品が、バリエーション違いで複数購入されるように展開する手法は、国内外のアーティストらが既に試行しており、AKB48に特有の商法ではないとする意見もある。商品の複数購入は、客の自由意志に基づくもので販売者側が強要しているわけではないと捉えることもできる。しかしながら、複数枚購入の極端な例(特典サービスの差)も少なくなく、これらの手法に対しての批判もある。
握手券や投票券だけを目当てにしてCDを大量購入し、券を抜き取り、CDのみを中古書店などに即売却したり、インターネットオークションに原価を遥かに下回る価格で出品されていたりする例があり、極端なものではCDショップ近辺に廃棄される例も報告されている。
シングル『桜の花びらたち2008』の劇場で販売するCDに期間限定で44種のソロポスター1枚をランダムで付け、全44種のポスターが揃えば特別イベントに参加できるという企画が、AKB48の公式ブログで2008年2月25日に告知されたが、後日、独占禁止法の定める「不公正な取引方法」にあたるおそれがあるとソニー・ミュージックエンタテインメントならびにデフスターレコーズの法務担当から指摘があり、企画は中止となって未開封の商品とポスターの持ち込みによる払い戻しが行われた。1回も同じポスターが出ることなく全44種のポスターが揃う確率が、77京1468兆8909億1789万4000分の1であることから、インターネット上を始めとして批判が相次いだ。さらに、ポスター付のCDがAKB48劇場カフェのみで販売されたこと、限定とされた販売期間が2008年2月26日から3月2日までの5日間であったことも批判の対象となった。
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