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上雄信内駅


上雄信内駅


上雄信内駅(かみおのっぷないえき)は、北海道(留萌支庁・現在は宗谷総合振興局)天塩郡幌延町字雄興(ゆうこう)にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線の駅(廃駅)である。電報略号はミオ。利用者僅少に伴い2001年(平成13年)7月1日に、下中川駅、芦川駅と共に廃駅となった。

廃止直前は普通列車が2往復しか停車しなかった。また、秘境駅の1つとされていた。

歴史

当地はタンタシャモナイと呼ばれた地域で、現在の雄興地区では最も早く入植がはじまったとされている。入植初期は船で対岸の天塩町タツネウシへ渡るなどしていた。のちに雄信内駅付近とを結ぶ道が開通するが、タンタシャモナイ地区と雄信内駅の間には急峻な山が天塩川に突出しており、道路もその山の中腹を削ってつけられたためよく不通となった。

この道路はタンタシャモナイ地区が戦後開拓地となったことで拡幅されているが、さらに列車利用の便を図って当地に仮乗降場が設けられることとなった。

  • 1956年(昭和31年)5月1日:日本国有鉄道宗谷本線の糠南仮乗降場(現・糠南駅) - 雄信内駅間に上雄信内仮乗降場(局設定)として新設開業。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となると共に駅に昇格。上雄信内駅となる。
  • 1990年(平成2年)
    • 3月10日:営業キロ設定。
    • 11月9日:同日から翌日にかけての暴風で乗降所が倒壊。
  • 2001年(平成13年)7月1日:利用者僅少に伴い廃止となる
  • 2021年 (令和4年)10月20日:駅舎が同じ町内の問寒別集落にあるゲストハウスで展示開始。

駅名の由来

当駅の所在する地(雄信内)において、より天塩川の上流に位置するため、「上」を冠する。なお旧地名のタンタシャモナイはアイヌ語の「タンタサモナイ(tanta-sam-o-nay)」(今・和人・いる・沢)からとされる。

駅構造

廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の南側(稚内方面に向かって左手側)に存在した。分岐器を持たない棒線駅となっていた。

仮乗降場に出自を持つ無人駅となっており、駅舎は無いがホーム出入口附近に待合所を有していた。ホームは稚内方(西側)にスロープを有し駅施設外に連絡していた。駅と集落の間は歩道、車道ともに通じておらず、牧場の私有地を通らなければ往来できなかった。

利用状況

  • 1992年度(平成4年度)の1日乗降客数は0人。
  • 2000年度(平成12年度)の1日乗降客数は3人。

周辺

廃駅後はすべての施設が撤去され、現在は跡形もなくなっている。

  • 天塩川 - 駅の南。
  • 下平橋
    • 前述の山の中腹の道の代替として、1965年(昭和40年)に雄信内駅 - 当駅間の線路を付け替えた際の旧線を町道として転用したもの。付け替えに関しては雄信内駅#その他を参照。
    • 駅跡周辺へ到達する現状唯一の道路であるが、下平橋の老朽化から2017年現在、駅跡周辺の居住者移転も視野に代替路線が検討されており、今後橋梁点検の結果から方針を検討していくこととなっている。

隣の駅

北海道旅客鉄道
宗谷本線
糠南駅 - 上雄信内駅 - 雄信内駅
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脚注

関連項目

  • 日本の鉄道駅一覧

Text submitted to CC-BY-SA license. Source: 上雄信内駅 by Wikipedia (Historical)