後藤 正文(ごとう まさふみ、1976年12月2日 - )は日本のミュージシャン、ボーカリスト、ギタリスト、作詞家、作曲家、コラムニスト。ロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル、ギター担当。「Gotch」(ゴッチ)名義でも活動する。
ASIAN KUNG-FU GENERATIONでの活動についてはASIAN KUNG-FU GENERATIONの#概要や#来歴の節を参照。
デビュー以前の各時期に影響を受けた音楽については本項の#影響を受けたアーティストなどの節を、アルバムやライブの履歴については本項の#作品および#ライブの節を参照。
1976年12月2日に静岡県島田市に生まれる。静岡県立島田高等学校では野球部に入っていたが、レギュラーにはなれなかった。高校卒業後、1年間東京都立川市で浪人生活を送った後、関東学院大学経済学部の夜間部に進学。在学中の1996年にASIAN KUNG-FU GENERATIONを音楽サークル内で結成。大学卒業後は、小さな出版社の営業として働いており、このときの経験から裏方の気持ちがわかると語っている。2003年ASIAN KUNG-FU GENERATIONのメンバーとして、メジャー・デビュー。
2011年の東日本大震災の際には、ソロでチャリティ活動を積極的におこなっており、おもにライブ会場で募った通称「ゴッサン基金」を元に、現地のニーズに合わせた物品を購入し被災地へと送る活動を実施した。また同年には、《The Future Times》というおもにインタビュー記事で構成される「未来について考える新聞」を自費発行。同年配信限定リリースした初のソロ音源「LOST」(ヴォーカルにYeYeを迎える)の売上は、同誌の運営資金とした。
2013年ごろよりザ・タイマーズを模した覆面バンド「エセタイマーズ」の一員も務めている。2014年の『Can’t Be Forever Young』以降、Gotch名義で複数のソロ・アルバムをリリースしており、ライブ活動もおこなっている。《朝日新聞》や《ロッキンオン・ジャパン》などでコラムニストとしての活動もおこなっており、複数の書籍が刊行されている。
後藤はソロ活動について、音楽がだれでも発信できるようになってきて、一方で技術がコンピューターに置き換わり誰でもいい仕事が増えているが、その危機感から、だれでもよくない、この人でないとできないことを追求したと述べている。
小学生のころはサザンオールスターズ、井上陽水、マイケル・ジャクソンなどをカー・ステレオで聴いていた。とくにサザンオールスターズは、両親が大ファンであったため印象に残っており、『KAMAKURA』(1985年)は当時もカッコいいと思っていたが、2020年現在に聴いても凝ったサウンド・デザインだと感じると語っている。また、ジャニーズのアイドルも好きであったという。自分で初めて買ったCDはTHE BLUE HEARTSの「青空」(学生時代は 「TRAIN-TRAIN」や「リンダリンダ」のような激しい曲のほうがよかったが、当時売っていなかった)である。
バンドへの興味という点では、中学生のころ聴いていたユニコーン(とくに奥田民生)の影響が大きかったという。高校時代は、パンクやオールディーズなどの洋楽も聴き始めている。その後、浪人時代にオアシス、ベック、ティーンエイジ・ファンクラブなど傾倒し、リーフ、フー・ファイターズなどのライブにも足を運んだという。とくに、曲作りにはオアシスのノエル・ギャラガーの影響が大きく、当時は作詞もノエルを真似ていたという。大学卒業前の時期には、eastern youth、ナンバーガール、サニーデイ・サービスなどの影響を受けて、日本語での作詞をはじめている。
その他好きなアーティストは、ウィーザー、ティーンエイジ・ファンクラブ、レディオヘッド、thee michelle gun elephantなど。また、親交の深い細美武士の大ファンであり、インタビューなどで細美による楽曲を高く評価している。
2007年9月22日付のASIAN KUNG-FU GENERATIONの公式サイト上の日記において、デビューごろのインタビューで友人のことを話して傷つけてしまったことを後悔しており、職業柄好奇心にさらされることは当然かもしれないが、生活があるのでプライベートについてはノーコメントを貫きたい、そっとしておいてほしい、という旨のコメントを発表している。
「SEALDsとか見ていると、『おじさんたちが黙っててどうするんだ』って、ちょっと恥ずかしくなりますし」と共感を寄せている。 。
2014年9月23日「さようなら原発全国大集会」にエセタイマーズで出演。「もうだめだろ 安倍政権 もうやめとけ 安倍政権 あべしね」と歌う。 その後のMCにおいて、「僕ら詩人でしょ?比喩です。政治生命こそ死を。詩人としてね。あべしね。4文字だよ。」と話した。
「Rolling Stone日本版」2015年7月号において、「今、どんなことにピンと来ていますか?」といった質問に対し、「どうやったら早く安倍政権が終わるかっていうことを考えていますね」「最悪のタイミングで、最悪の人が総理大臣になっていると思います」と答えた。
2022年7月8日、安倍晋三銃撃事件の発生に際し「最悪のニュースに動揺してほとんど動けずにいました。ここに言葉を綴るかどうかについても逡巡しました。こんなことは許せない。安倍晋三さんの回復を祈ります。」と、自身のTwitterに投稿。
後日、後藤は自身のnoteを更新し、「俺自身の胸に手を当てれば、過去に吐いた言葉の呪力で自分の心が焼かれるのは仕方がないことだと思う。表現の自由は、自由に評価されることを含んでいる」とした。
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