株式会社スタジオジブリ(英: STUDIO GHIBLI INC.)は、日本のアニメーション制作会社。日本動画協会準会員。日本テレビホールディングスおよび日本テレビ放送網の子会社。通称「ジブリ」。長編アニメーション映画の制作を主力事業としている。
1990年代中期以降は、短編アニメーション映画の制作および実写映画の企画、日本国外のアニメーションの公開やDVDの販売、小冊子『熱風』の発行を行う出版事業や音楽事業、加えて三鷹の森ジブリ美術館への展示物定期制作など、関連事業は多岐にわたる。また、他社テレビ作品の動画グロスも請け負っている。
1985年6月15日、東映アニメーション出身の原徹が設立したトップクラフトを前身に、徳間書店の出資によって子会社として株式会社スタジオジブリ設立。当時の同社社長である徳間康快が、初代代表取締役社長に就任した。ただし、実質的な経営財務責任者はトップクラフトに引き続き原のままであった。当時はスタジオジブリ関連書籍の大半が徳間書店から出版され、同社の他メディア展開推進の中核的存在でもあった。
設立当初からしばらくの間は、映画の興行収入が水物であることを鑑みて、いつでも終わりにできるよう社員の雇用はせず、作品ごとに70人ほどのスタッフを集めて完成すると解散する方式を取っていた。アニメーターは他社同様に業務委託契約による歩合制で、場所も吉祥寺の貸しビルのワンフロアーだった。しかし、1989年公開の『魔女の宅急便』のヒットを機に、宮崎駿の提案によってスタッフの社員化と固定給の導入、新人の定期採用と育成という方針に転換し、スタジオの安定経営のために、宣伝にも積極的に取り組むようになった。同年7月の映画公開のタイミングで発売された『アニメージュ』に、研修生採用試験の募集広告を掲載。一次試験はオリジナルの企画書による書類選考、二次試験は宮崎と高畑勲の設問による記述式で東京都で行われた。合格者のうち、10月に入社した者は1期生、1990年に入社した者は2期生と数えられ、1期生には小西賢一、村田和也、2期生には安藤雅司、笹木信作、吉田健一らがいる。また、細田守もこの試験を受けており、結果は不合格だった。この研修制度はこの1回限りで終了し、その役割は1995年と1998年に開催された東小金井村塾に引き継がれた。
1997年に、徳間書店の社内カンパニー導入により一旦は徳間書店に吸収合併されるが、2005年に宮崎、高畑、鈴木敏夫が取締役である株式会社スタジオジブリが、過去の作品も含めたスタジオジブリ作品の営業権を、100億円から200億円の対価で徳間書店から譲渡されることで、再び分離・独立する。
2014年に制作部門を解体し、一時アニメーション制作から撤退。以降、会社本体は存続させるが、主な事業形態を三鷹の森ジブリ美術館の運営管理や作品関連グッズや版権の管理事業に移行し、新たに作品制作に動き出す際に再びスタッフを集めるという体制となる。
2022年、愛知県長久手市の愛・地球博記念公園にジブリパークを開園した。
「スタジオジブリ」の名称は、サハラ砂漠に吹く熱風に由来しており、第二次世界大戦中のイタリアのカプローニの偵察爆撃機の名称でもある。
スタジオジブリのマークは、『となりのトトロ』に登場するトトロが描かれている。また、スタジオジブリの第2レーベルで実写映画部門の「スタジオカジノ」の名称は、スタジオの所在地である梶野町から命名された。
2005年の徳間書店傘下からの独立に際して、「ジブリ」の名称を徳間書店から買い取らなければならなくなった。宮崎駿が買い取りに消極的な姿勢を示して鈴木敏夫もそれに同意し、新しい名称として宮崎が「シロッコ」という案を出したが社内での評判がよくなく、結局「ジブリ」の名称を継続することとなった。
スタジオジブリも一アニメーション制作会社であり、常に映画を制作しているわけではない。そのため、様々なアニメーションの下請けとしてクレジットされることもある。
この項目では、過去に公開された全てのスタジオジブリ作品の、日本国内における配給収入および興行収入、観客動員数をランキングにして示す。データは、日本映画製作者連盟による。
日本では、1999年まで配給収入が用いられてきたが、2000年から興行収入に切り替わっている。
2023年現在、日本のアニメーション映画の興行収入トップ10のうち、4作品はスタジオジブリ制作である。
日経BPコンサルティングが、2001年から毎年実施しているブランド・ジャパンのコンシューマー市場調査結果によると、スタジオジブリは2002年から2006年まで、消費者から最も評価されているブランド部門の上位5位以内に毎年ランクされていた。共感するブランド部門では、2002年から5年連続で1位に選ばれている。
電通ヤング・アンド・ルビカムが、2007年に実施したブランドに関する世界最大の消費者調査ブランド・エナジーのパワーランキングにおいて、スタジオジブリは2位に選ばれた。
ベルリン国際映画祭の金熊賞やアカデミー賞の長編アニメーション賞、ヴェネツィア国際映画祭の金オゼッラ賞を受賞するなど、国際的にも高い評価を受けているスタジオジブリ作品であるが、そこに至る道のりは平坦ではなく、現在もその評価は一様ではない。
スタジオジブリ作品は早くから日本国外の映画祭に何度も出品したが、一般大衆レベルでスタジオジブリ作品が早くから受容されていたのは香港である。1987年に『天空の城ラピュタ』が『天空之城』のタイトルで公開され、興行収入はその年の香港における外国語映画2位となる、1300万香港ドルのヒットとなった。1988年には『風の谷のナウシカ』が『風之谷』のタイトルで1070万香港ドル、同年に『となりのトトロ』が『龍猫』のタイトルで1100万香港ドルの興行収入を挙げた。いずれも、1997年時点で香港における日本映画の上位に食い込む好成績だった。以後も『魔女の宅急便』が『魔女宅急便』のタイトルで1990年に公開されるなど、スタジオジブリ作品は香港で上映されていった。
その後、スタジオジブリ作品はニューヨーク近代美術館などで回顧展が開かれたり、『千と千尋の神隠し』が映画批評を集計するサイトRotten Tomatoesでほぼパーフェクトに近い点を記録したり、同作がアカデミー賞の長編アニメーション賞を受賞したり、国際的なフランス人漫画家メビウスが自分の娘に「ナウシカ」と命名したりと高い評価を受ける一方、『ゲド戦記』の原作者で小説家でもあるアーシュラ・K・ル=グウィンは、本作の原作改変部分やディティールの弱い絵などに強い違和感を示した。
フランスでも宮崎駿監督作品の正式な紹介は遅れ、1993年のアヌシー国際アニメーション映画祭では、『紅の豚』が長編部門の作品賞を受けるものの、1995年の劇場公開では興行的に惨敗した。
アメリカ合衆国にも『風の谷のナウシカ』が輸出されているが、配給権を得たのは低予算C級映画で知られるロジャー・コーマン配下の会社であった。116分の本編は95分にカット、ストーリーも大幅に改竄されて、『Warriors of the Wind』と題してアメリカ合衆国内で短い期間劇場公開されたのちにビデオで販売され、さらにはヨーロッパ各国にも転売された。この『Warriors of the Wind』は、宮崎監督作品のファンたちの間では悪評が高い。このアメリカ合衆国向け短縮版は宮崎に無断で作成されたものだったが、この一件で宮崎とスタジオジブリは自社作品の輸出に当たってはノーカット公開を要求するようになった。その後のアメリカ合衆国では、1989年に『天空の城ラピュタ』が『Castle in the Sky』のタイトルで小規模な劇場公開があったが、欧米では本格的な劇場公開は行われず、正規ルートでのビデオ発売も遅れたため、不法コピーの海賊版が出回っていた。アメリカ合衆国での興行収入は、スタジオジブリ作品では『借りぐらしのアリエッティ』が1920万ドルで1位、『崖の上のポニョ』が1509万ドルで2位、『千と千尋の神隠し』が1005万ドルで3位となっている。これは公開館数の違いもあるが、『借りぐらしのアリエッティ』のポスターや予告編は、旧来のスタジオジブリ作品に比べてディズニー色が強くなっている。『崖の上のポニョ』公開時から、キャスリーン・ケネディやフランク・マーシャルが英語吹き替え版の製作総指揮を務めるようになった。後述のGKIDSとスタジオジブリの新たな結びつきが生まれる中、『風立ちぬ』はそれまで公開された宮崎監督作品や『借りぐらしのアリエッティ』と同様、ディズニーが北米の配給権を取得している。
2018年に、『となりのトトロ』が北京や上海など中国の約50都市で劇場公開。中国本土で約6000館におよぶ、スタジオジブリ作品初の大規模な上映となった。2019年には、約9000館で『千と千尋の神隠し』が初公開された。
2024年には、スタジオジブリが第77回カンヌ国際映画祭において、名誉パルム・ドールを受賞した。
アメリカ合衆国で独立系の配給会社GKIDSとスタジオジブリの関わりは、2011年にニューヨークのIFCセンターで開催された特集上映に始まり、2012年から『コクリコ坂から』の劇場公開と2013年にはビデオ販売が行われた。続いて、2014年に『かぐや姫の物語』が、2015年に『思い出のマーニー』がそれぞれ公開され、2013年にタッチストーン・ピクチャーズで配給された『風立ちぬ』から、2016年にソニー・ピクチャーズ クラシックスで配給された『レッドタートル ある島の物語』まで、4年連続でスタジオジブリ作品がアカデミー賞の長編アニメーション賞にノミネートされた。
北米で、GKIDSは過去のスタジオジブリ作品全ての配給権を保有して、レトロスペクティブ上映を実施。2016年から2017年にかけて『もののけ姫』や、2日間に400館以上で『千と千尋の神隠し』のリバイバル上映が行われ、それまで一般の劇場では上映されていなかった『おもひでぽろぽろ』や『海がきこえる』が初公開された。さらに、2016年からイベント上映を共同で手掛けるファゾム・イベンツとは、毎月1本のスタジオジブリ作品を上映するスタジオジブリ・フェストを、2017年から2019年にかけて毎年開催。2日から3日間の日程で、『天空の城ラピュタ』は648館、『風の谷のナウシカ』は751館、『魔女の宅急便』は753館で公開されるなど、吹き替え版と字幕版の両方が上映されている。
2017年よりGKIDSは北米で、それまでディズニーによってビデオが販売されていたスタジオジブリ作品の再発売を開始した。アメリカ合衆国外では、フランスなどで引き続きディズニーによってスタジオジブリ作品の流通が手掛けられた。
2016年にスタジオジブリと『レッドタートル ある島の物語』を共同制作したワイルドバンチは2020年、フランスにおけるスタジオジブリ作品のすべての権利を取得した。新作である『アーヤと魔女』も含まれる。フランスでスタジオジブリ作品をリリースしていたディズニーのライセンス契約は、失効した。ワイルドバンチは、これまでにもスタジオジブリ作品の海外販売を担当していた。
2019年まで、スタジオジブリはインターネットでの動画配信に消極的だったが、動画配信サービスの爆発的な普及を受け、動画配信サービス会社と組むことで今までDVD購入または海賊版での鑑賞手段しかなかった海外におけるスタジオジブリ作品の認知度向上にもつながると判断した。
2019年、GKIDSはアメリカ合衆国において、ワーナーメディアのMaxとスタジオジブリ作品のストリーミング配信における独占契約を締結したと発表した。サービスが開始される2020年から、21作品が配信されている。GKIDSは2019年から北米で、Maxと同じ21作品のダウンロード販売を開始した。販売されるプラットフォームはAmazon.com、Apple TV、Google Play、ソニー、マイクロソフト、Fandango at Home、ファンダンゴ・メディアである。
2020年に、Netflixはフランスのワイルドバンチより、アメリカ合衆国と日本を除く世界約191か国での配信権を獲得。同年2月から4月にかけて、21作品を順次配信すると発表した。
2022年、スタジオジブリはディズニー傘下のルーカスフィルムとの共同による短編アニメーション映画『禅 グローグーとマックロクロスケ』を制作したことを発表し、同年11月から定額制動画配信サービスのDisney+にて配信を開始した。同作が配信される国と地域に日本も含まれるため、他社との共同制作ながらも、スタジオジブリ作品が日本の動画配信サービスで配信される、初めての事例となった。
2023年、ロシアの国営通信社であるタス通信は、同国の動画配信サイトのキノポイスクなどで配信されているスタジオジブリ作品が、同年6月以降は同国内で配信視聴できなくなることを報じた。2022年に開始したウクライナ侵攻に伴い、配信権の更新ができなかったものと推測されている。その後、ロシアの配給会社ロシアン・ワールド・ビジョンが一部のスタジオジブリ作品の配給権を獲得し、視聴不可から一転して、継続になる見込みになったと同月26日にインタファクス通信が報じた。
2024年、MaxとNetflixはスタジオジブリ作品のストリーミング配信契約を延長した。併せて、同スタジオの最新作である『君たちはどう生きるか』を同年内に配信予定であることも発表した。
2024年現在、前述の『禅 グローグーとマックロクロスケ』を除き、日本向けの動画配信サービスではダウンロードとストリーミング共に行われていない。2023年10月に、スタジオジブリが定額制動画配信サービスのHuluを運営している日本テレビ放送網の傘下に入ることを同年9月に発表したが、スタジオジブリ作品が同サービスにて配信される可能性について、スタジオジブリ社長に就任した福田博之は「今のところ現状と何も変わっていない」と述べている。
なお、スタジオジブリ作品のうち、『火垂るの墓』は著作権の権利を新潮社と原作者の野坂昭如が保有しており、スタジオジブリは原作の出版権を保有していない事情から、インターネットでの動画配信の対象外となっている。
1980年代までは、脇に俳優が起用されることもありつつ、主役級には主に声優事務所に所属する専業声優が起用されていたが、1990年代以降の作品では、主役や主要人物の声はテレビドラマなどで有名な俳優が多く起用されており、これらは往々にしてスタジオジブリ作品の特徴として語られるが、舘野仁美によれば「俳優さんの仕事の中で声の仕事だけが専門化していったのは、1970年代くらいから」であり、宮崎駿や高畑勲は「昔ながらのやり方で役に合う俳優さんを選んでいるだけ」であったという。また、宮崎は特に高畑のキャスティングのセンスには、全幅の信頼を置いていたという。しかし、名前が売れている俳優を起用すればテレビ番組などで勝手に映画の宣伝をしてくれるため、宣伝費や広告費が必然的に浮くからとも鈴木敏夫は述べている。声優の選考に関して、『千と千尋の神隠し』の完成報告記者会見で宮崎は、「自分の中のイメージができあがったあと、プロデューサーが次々に持ってくる声から選んでいる」と答えている。
外国メディアからのインタビューの中では、「日本の女性声優はコケティッシュで男性の気を引きたがっているかのような声の持ち主しかいないので、『ハウルの動く城』の荒地の魔女役について、我々は日本の女性声優をまったく欲しくなかった」と述べている。ドキュメンタリー『「もののけ姫」はこうして生まれた。』では、ナウシカ役などを演じた島本須美が、職業上の仮面を引き剥がせず、宮崎の要求する演技に応えられない様子が収録されている。
『もののけ姫』以後も、役名がクレジットされないキャラクターに、文学座所属の俳優が多く起用される傾向にある。
もともと、スタジオジブリは『風の谷のナウシカ』の商業的な成功をきっかけに設立されたプロダクションであり、当初は同作制作の中心人物であった宮崎や高畑が監督する、長編アニメーション映画の制作を主力事業としていた。そのため、社内では常に宮崎・高畑を頂点にして回っている一面があった。しかし、1990年代の時点で宮崎・高畑両監督ともすでにベテランであり、とりわけ国民的映像作家としての地位を固めていた宮崎の後継者の確保はスタジオジブリの経営にとっては大きな長期的課題の1つであり、比較的早い段階からさまざまな試みがなされていた。スタッフの正社員登用の開始に併せて演出家育成を制度化し、村田和也らを輩出した。
1995年、近藤喜文監督作品『耳をすませば』が公開。近藤はスタジオジブリの設立以前から数多くの宮崎・高畑監督作品を支え、また、当時のスタジオジブリ作画陣の代表格ともいえる敏腕アニメーター・キャラクターデザイナーとして、同作の成功により宮崎・高畑の最良の後継者と認知され、スタジオジブリの内外から大きな期待を集める存在になった。しかし、その近藤は1998年に47歳で病死してしまう。
その後のスタジオジブリでは、長編アニメーション映画で宮崎・高畑の後釜を担える力量を認められた監督候補推として近藤に代わるだけの人材が決定的に不足しており、組織内の人材育成も難航を極めていた。また、それまでも含めて、育成だけではなく外部からも今までに主に若手・中堅世代で注目したクリエイターを何名か監督候補として招いて、制作作業に携わらせているものの、スタジオジブリの社風に馴染めず降板したケースが少なくなかったという。過去には、『天空の城ラピュタ』の次作に企画されていた『アンカー』の押井守、『魔女の宅急便』の片渕須直、『ハウルの動く城』では東映アニメーションから出向していた細田守の降板などが伝えられている。長編実写映画では、『式日』の庵野秀明と『サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS』の本広克行を制作し、こちらは公開している。
このような状況を指して、庵野は1996年の時点で既に「宮崎におんぶにだっこのスタジオジブリの環境では、後継者は育ちませんよ」と指摘しており、のちには「当のスタジオジブリ経営陣であるはずの鈴木をして、スタジオジブリは宮崎と高畑の2人のためのスタジオであり、人材が育つわけがない」と発言している。鈴木は、スタジオジブリの若手・中堅世代のアニメーター育成のために、テレコム・アニメーションフィルムからベテランアニメーターの大塚康生を招聘したが、その大塚の主なアドバイスは「宮崎の言うことは、右から聞いたら左へ流しなさい。自分の好きなように描け」というものであったといい、前述の近藤はその発言を受け入れたことで頭角を現した1人だったという。近藤没後の2001年、『千と千尋の神隠し』の作画監督を担当した安藤雅司もまた、「ある意味、スタジオジブリを壊していかなくてはいけない」と、スタジオジブリの方法論に従うだけの現状を危惧し、実際に制作中にスタジオジブリの外からアニメーターを積極的に受け入れるなどしていた。
鈴木は2006年、『ゲド戦記』の制作にあたって、当時三鷹の森ジブリ美術館の館長でそれまでアニメーション制作の仕事は実質未経験であった、宮崎の長男の宮崎吾朗を監督に起用する人事を行った。これは鈴木が「前提としてスタジオジブリの今後を考え、当の鈴木を含め宮崎や高畑が高齢であるため」と発表当初のインタビューで述べており、つまりは事実上の後継者の育成の一策として起用したものであると認めている。しかし、この吾朗の監督起用については、宮崎と鈴木の意見が真っ向から対立しており、2010年にも鈴木は質疑応答の中で「宮崎はいまだに『ゲド戦記』を吾朗に撮らせたことについて、僕のことを許していないんですよ」と明かしている。
2009年頃からは、宮崎の主導によるスタジオジブリ経営5か年計画がスタート。最初の3年間は若手の起用、最後の2年間は超大作の制作に充てるというプランで、この計画の第1弾としてスタジオジブリ生え抜きの米林宏昌の『借りぐらしのアリエッティ』が、第2弾として吾郎の『コクリコ坂から』が制作された。超大作として『風立ちぬ』が制作され、宮崎は長編映画からの引退を発表。2014年には『思い出のマーニー』制作終了後に制作部門が解体され、以降の長編アニメーション映画は、他のアニメーションスタジオと同じようにフリーのアニメーターを作品ごとに集め制作するスタイルに変わり、その最初の作品である『レッドタートル ある島の物語』は、海外のアニメーターであるマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットを監督に抜擢している。
『借りぐらしのアリエッティ』を試写室で観た宮崎の第一声は、「スタジオジブリ育ちの演出がはじめて誕生した」とコメントを寄せている。宮崎・高畑は東映アニメーション出身、他の監督たちも他社からの移籍であり、純粋なスタジオジブリ出身の監督としては米林が初となった。
他方で鈴木は、経営再建中だった徳間書店の傘下から2005年にスタジオジブリが独立した際の資本金が1000万円であったのは、それが宮崎、高畑、鈴木の3人で拠出できる金額であったからで、宮崎・高畑の2人が引退したらスタジオジブリも終わるのが基本という旨のことも述べている。
2016年には、鈴木と鈴木の下で仕事を学んだ石井朋彦により、スタジオジブリ初の公開師弟対談が行われた。
スタジオジブリでは、制作にあたって多くの作品でロケーション・ハンティングを行ってきた。ただし、それらはあくまで架空世界のイメージを得るためであり、客観的現実世界をなぞった設定を作るためではない。実在の風景もまた、原作に向き合う態度と同様に、インスピレーションを得るための素材に過ぎない。宮崎駿は、ロケーション・ハンティング中に写真を撮る習慣がないとも言われている。あくまで、自己の両眼で確認した情報・印象を主観的に記憶する思考パターンであるという。
一方で、高畑勲はリアリズムを重視し、『火垂るの墓』や『平成狸合戦ぽんぽこ』などでは現実舞台に忠実な物語を展開した。
2010年代まで、スタジオジブリ作品の映像は、日本テレビ放送網が放映権を独占していることや、『魔女の宅急便』からは日本テレビ放送網が出資に加わっている関係などから、日本テレビ系列以外のテレビ局で放映されることは非常に少なかった。しかし、2020年代からは他局でも映像が流されることが増えており、2022年のジブリパーク開園の際には日本テレビ系列や同パークを共同運営している中日新聞系列以外の放送局でも、ニュース報道や特別番組の放映をすることが非常に多かった。
なお、2020年公開の『アーヤと魔女』については、日本放送協会での放映履歴がある。これは、日本放送協会とその子会社であるNHKエンタープライズが同作品の製作に携わっているためであり、この事情から2024年に放映するまで、日本テレビ系列での放映はされなかった。
2021年、スタジオジブリの公式Xアカウントが開設された。IDは「@JP_GHIBLI」である。開設の目的は、当時制作中であった『君たちはどう生きるか』のプロモーションである。開設の翌日には22万人以上のフォロワーを獲得し、スタジオジブリのファンたちからは様々な歓喜の声があがった。この時、最初の投稿には以下のように綴られた。
『君たちはどう生きるか』の制作状況や、ジブリパーク開園に向けての情報発信、スタジオジブリ作品の関連画像の提供、また、スタジオジブリに関する日常風景を写した写真、さらには金曜ロードショーとのコラボ企画など、様々な投稿があげられていたが、『君たちはどう生きるか』公開後の2023年、同アカウントを閉鎖すると発表し、同年11月にアカウントが完全に削除された。この時、最後の投稿には以下のように綴られた。
スタジオジブリは、1997年に徳間書店に吸収合併された。徳間書店は社内カンパニー制を導入していたため、スタジオジブリは徳間書店の一カンパニーとなった。その後、徳間書店は1999年に事業部制を導入したため、スタジオジブリは徳間書店の一事業本部となった。徳間書店から分離・独立した2005年からは、再び株式会社となった。
日本各地に、スタジオジブリグッズを販売する専門店は多数ある。東京駅八重洲口地下の東京キャラクターストリート内に営業するどんぐりガーデン、名古屋市に営業するめっせ、日向市に営業するむさしや、鹿児島市に営業するあみゅの森、高知市や宮崎市などに営業するどんぐり共和国などである。また、金曜ロードショーでスタジオジブリ作品を独占的に放映する日本テレビ放送網のグッズを扱う日テレ屋でも、スタジオジブリグッズが販売されている。
一方で、ゲーマーズやアニメイトではほとんどスタジオジブリグッズが販売されていない。
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