211系電車(211けいでんしゃ)は、1985年(昭和60年)に登場した直流近郊形電車である。当初は日本国有鉄道(国鉄)により、国鉄の分割・民営化後は東日本旅客鉄道(JR東日本)、東海旅客鉄道(JR東海)、西日本旅客鉄道(JR西日本)により設計・製造された。
陳腐化した111系・113系・115系に代わる近郊形電車のフルモデルチェンジ車として、同系列の置き換えを目的に開発された。
軽量ステンレス製車体や構造の簡便なボルスタレス台車、サイリスタチョッパ制御より簡便かつ安価に回生ブレーキが使用可能で抵抗制御を基本とした界磁添加励磁制御、応答性の高い電気指令式ブレーキ、簡易的なモニタ装置等、省エネルギーや保守費用低減に配意した新機軸が各所に採用されている。これらは結果として通勤形電車の205系で先に採用されたが、本来は「次期近郊形電車」を念頭に開発されたシステムである。このシステムは民営化後のJR新型車両にも多数採用されている。
1ユニットあたりの力行性能の向上により、電動車比率を下げ、2M3T編成で25 ‰までの勾配でも通常の使用が可能であり、新製コストや運用コストの低減を狙った設計とした。これにより、2M3T編成でも113系・115系の2M2T編成と同等以上の走行性能を持つ。
国鉄時代には首都圏地区に250両、名古屋地区に8両、計258両が製造され、国鉄分割民営化時には前者はJR東日本に、後者はJR東海に引き継がれた。分割民営化後にはJR東日本で325両、JR東海で242両、JR西日本で2両、計569両が製造され、総計では827両が製造された。その後、JR東日本では東海道線113系の編成に挿入された2階建グリーン車(サロ124形・サロ125形)34両が本系列に編入されている。
本項ではグリーン車・「ゆめじ」を除く各車の共通事項について述べる。
車体は、片側3か所に両開きの扉を設けた国鉄近郊形電車の基本的構成であるが、両端の側出入口の位置を若干車端に寄せた配置としている。外板間の車体幅は113系など従来車の2,900 mmから初めて2,950 mmまで拡大され、裾絞りが大きくなっている。また暖地・平坦線用の113系と寒地・勾配線用の115系の機能を統合し、細部の仕様変更を行うことで両系列の取替に対応している。
前面形状は従来と同じ貫通型である。205系と同様、前面の窓周りを黒い塗装でまとめているが、205系(後期に製造された一部や改造車を除く)では縁のみに用いられたFRPを全体に用い、白いFRP製部材で覆い軽快な印象に仕上げた。この前面形状は415系1500番台や民営化後の新型車両にも採用されている。
座席は0・1000番台が従来と同様のセミクロスシートを採用するが、長距離通勤客の増加に伴う混雑に対応するため、オールロングシートの2000・3000・5000・6000番台が製造された。クロスシート・ロングシートともバケットタイプとし、クロスシートはシートピッチ1,490 mmのままでスペースと通路幅を広げ、ロングシートは1人分の幅を広げた。また、セミクロスシート車も混雑緩和のため415系700番台同様、車端部をロングシートとした。
国鉄時代は付属編成のみがオールロングシートとされたが、国鉄分割民営化後の増備車はオールロングシートが基本となっている。
MM'ユニット車の主電動機は120 kWのMT61形が採用された。性能は375 V・360 A、全界磁定格回転数1,540 rpm、35 %界磁定格回転数3,080 rpmである。これは713系向けに開発されたものを使用している。
MT61形の定格出力は従来のMT54形と同じだが、低回転域のトルクを381系向けのMT58より強化(MT54とMT58の中間の特性)したうえ、従来の近郊形電車よりも大きめの歯車比を採用し、定格速度を113系・115系より6.5 km/h低い46.0 km/hとしたため、逆にユニット当たりの引張力は6,690 kgfから7,580 kgfへと1割強大きくなった。一方で、許容回転数を上げて最弱め界磁率を35 %まで取り、高速性能を確保した。2M3T編成においても113系・115系の2M2T編成を上回る走行性能を発揮できるのはこれらによるものである。
1M方式(非MM'ユニット車)車の主電動機はMT64形で、定格端子電圧がMT61形の2倍の750 V、定格電流が半分の180 Aとされているが、速度特性は極力MT61形にそろえられている。このシステムは後に213系用として初採用されたが、本来は本系列の横須賀・総武快速線への投入を構想した際、MT比2:3(15両編成時6M9T)では不足する走行性能と、電動車を増やすコストをバランスさせるために開発されていたもので、当初からMM'ユニット方式との混用が想定されていた。
主制御器は205系のCS57形に抑速ブレーキの機能を追加したCS57A形である。抑速ブレーキは40 km/h以上で作動する。
電気ブレーキは、添加励磁装置を用いて回生ブレーキを行う。高速域では界磁電流を弱く、主回路電流を強くし、速度の低下とともに界磁電流を強めながら主回路電流を減ずるよう制御することで、一定の回生ブレーキ力が確保される。78 km/h以上からブレーキをかける時は電動機は並列つなぎで、それ以下からの場合は直列つなぎで回生ブレーキを開始する。並列つなぎで開始した場合は60 km/h前後で直列つなぎに切替えるが、切替の際に端子電圧を急に半減することはできないため、抵抗を挿入しながら回路を切替え、その後抵抗が抜かれる。
低速では界磁電流を強めても回生電圧が架線電圧を下回るため、30 km/h前後で回生ブレーキが失効する。
運転台はデスク型で、横軸のマスコンハンドルと縦軸のブレーキハンドルを配した2ハンドル式である。
順番は過去からの慣例に準ずる。本形式は国鉄時代から分割民営化後にかけて製造されているため、それらを分けて記述する。なお、国鉄時代に製造された形式の中には民営化後に製造された形式もある。また、車両の向きは、東海道本線基準で東京駅方を奇数(北・東)向き、神戸駅方を偶数(南・西)向きとする。
211系の基本形式。東海道線向けの暖地仕様車で、0番台はセミクロスシート、2000番台は制御車のトイレ対向部を除きロングシートとなっている。東京地区には0・2000番台が、名古屋地区には0番台が投入された。
国鉄時代は、東海道線東京口用のグリーン車2両組込の0番台10両基本編成 (TcTMM'TTsTs'MM'Tc') 6本と2000番台5両付属編成 (TcTMM'Tc') 5本の計85両が製造され、田町電車区(後の田町車両センター)に配置された。1986年(昭和61年)3月3日のダイヤ改正から営業運転を開始した。
グリーン車は、従来1両にトイレ・洗面所と専務車掌室を装備することが通例であったが(一例 : サロ110形1200番台)、本系列ではトイレと洗面所のみ装備のサロ211形と専務車掌室のみ装備のサロ210形とに分けて製造し、これを組合せて運用されている。これにより、サロ110形(1200番台)に対し定員が一列4名増の64名に増加している。シートピッチはこれまで通り970mmとしたが、車体が従来より広くなったことを生かして、通路幅600mmを確保したまま座席幅を475mmに広げ(従来車は450mm)、背もたれはフリーストップ式とし、傾斜角度も従来よりやや大きくした。2階建グリーン車登場後、アコモデーション格差解消のため、背面テーブル、中肘掛と立客用の手摺が追加設置されている。
導入当初、東海道線の東京駅 - 平塚駅間以外では喫煙が可能であったため、ロングシート車を含む各車両(除く禁煙車)に灰皿を設けていた。ロングシート車は出入台の袖仕切横と妻部に設置した。しかし、後の禁煙区間の拡大にともない、グリーン車を含め全車禁煙となり灰皿は撤去された。後述する2階建グリーン車は当初より禁煙車として登場したため、灰皿は最初から設置していない。
JR東日本では、1988年度から1991年度までに基本編成8本と付属編成9本の計125両を増備した。従来、ロングシート車(2000番台)は付属編成のみであったが、基本編成もロングシートの2000番台車とされた。国鉄製造分と比較し、JR東日本化後の増備車(2000番台のN21・N56編成以降)では以下のような変更点がある。なお、増備分では1989年(平成元年)3月以降、2000番台15両(日本車輌製N32・N64編成)を除いて、全車両が川崎重工業製となっている。
グリーン車も定員増加を図るため、2階建のサロ213・212形とされた。従来の編成は平屋構造のサロ211形・サロ210形の組み合わせで連結していたが、新造の2階建グリーン車と編成を組替、14編成中12編成が2階建車と平屋車をそれぞれ1両ずつ組込んだ。0番台はサロ211形+サロ212形の組成で、2000番台は後述の2編成を除きサロ210形+サロ213形の組成である。編成中の2階建て車両の連結位置を4号車にそろえるため、サロ210形は引き通しを引替え、サロ213形 (1 - 6) は引通しを両わたりで製造の上、方向転換して組成している。1990年と1991年に増備された2編成(N31・N32編成)は平屋グリーン車を新製すると輸送力の増強にならないことから、グリーン車をサロ213形+サロ212形で新製し、初めて2階建グリーン車2両連結となって登場した。編成中のサロ213形は、当初から正規の位置に連結されているため、引通しは片わたりとなっている。
サロ213形のトイレは、サロ211形の和式から、同時期登場の651系に準じた洋式とされた。トイレ入り口のドアは、当初は折戸式であったがのちに外吊式引戸に改造された。
近年、優先席部分の吊り革をE233系タイプの物に交換したほか、2008年秋頃より、検査時などに張り替えるシートのモケット地を製造時のすおう(蘇芳)色から青緑色の柄付きのものに変更している。
2011年秋からは田町車両センターにE233系3000番台の投入が開始され、同系列の増備に伴い2012年4月23日をもって同センター配置の本系列の定期運用を終了し、置き換えが完了した。置き換え完了後の同年5月12日・13日には東京駅 - 伊豆急行線伊豆急下田駅間で営業運転終了を記念する団体臨時列車が運行された。
国鉄民営化前年の1986年(昭和61年)11月ダイヤ改正時に、名古屋地区において117系を6両編成から4両編成化して東海道線快速の増発が実施された。この際、増発分の車両不足を補うため0番台4両編成 (McM'TTc') 2本が川崎重工業で製造された。
登場当初は東京地区用と異なり、先頭車の電気連結器と自動解結装置が非設置(代わりにジャンパ栓を装備。このため東京地区用とはスカート周りの造作に違いがある)で、外装は東海地区のイメージカラーとした青色の帯に白のピンストライプを入れた独自カラーであった。その後、同車を引継いだJR東海のコーポレートカラーがオレンジ色となったことから、1988年に他車と同じ湘南色帯に改められた。これと同時期に電気連結器と自動解結装置も設置されている。
サービス改善の見地から、車掌スイッチの取り付け位置の変更を行い、運転室背面窓の拡大を行った。
民営化後はJR東海に継承され、その後の増備が後述のロングシート車である5000番台車に移行したことから、JR東海が所有する211系では8両のみセミクロスシート車となっている。また、クモハ211形0番台はこの2編成のみとなっている。
0・2000番台の構造を基本に東北本線(1990年以降は宇都宮線と案内)と高崎線の使用に配慮した寒地仕様車で、115系非冷房車の置換え用として登場した。1000番台はセミクロスシート車、3000番台はロングシート車で、ともにスノープラウ(排雪器)、耐雪ブレーキ、半自動ドア、レールヒーターなどの耐寒耐雪装備がなされている。前述の0・2000番台より早い1986年2月18日から営業運転を開始した。
編成は、東海道線用0・2000番台と異なり普通車のみの5両編成 (McM'TTTc') で、1000・3000番台とも同じである。国鉄時代には、セミクロスシート車1000番台11本とロングシート車3000番台22本の計165両が製造され、民営化後は東海道線用と同様にロングシートの3000番台のみが1991年までに40本増備されている。国鉄時代には、1000番台×1本+3000番台×2本で15両編成を組むように計画されたため、1000番台と3000番台の運用も分けられていたが、民営化後は共通運用となった。なお、JR化後の増備車(クモハ211形・モハ210形・クハ210形の車番3023以降)は前述の2000番台と同様の設計変更が行われている。
新製配置は1000番台が全車両新前橋電車区(現・高崎車両センター)で、3000番台は当初クモハ211形・モハ210形・クハ210形の車番3001 - 3046が新前橋電車区、3047 - 3062が小山電車区(現・小山車両センター)配置であったが、2000年からE231系が小山電車区に新製配置になったことにより、同年12月に新前橋区に配置が集約されている(その後一部が幕張車両センターに転出)。そのため、上野駅発着列車では宇都宮線列車よりも高崎線列車の運用のほうが多かった。
優先席の吊革は全編成でE233系タイプのものに交換済みである。
0・2000番台と同様に、2008年秋頃より、モケット地をすおう色から青緑色に交換しているほか、順次PS33E形シングルアーム式パンタグラフへの取り替えおよび増設(一部)が行われた。
前述した田町車両センターに続いて、2012年度に高崎車両センター向けにもE233系3000番台250両が投入された。また宇都宮線小金井駅 - 黒磯駅間での5両編成での運用は、2013年8月24日から運用を開始した205系600番台の転入により置き換えが行われた。
2013年3月16日のダイヤ改正で宇都宮線上野駅発着の運用を終え、翌2014年3月15日のダイヤ改正で高崎線での運用からも撤退し、都心への乗り入れが消滅した。また、同年3月24日をもって宇都宮線小金井駅・宇都宮駅 - 黒磯駅間での運用も終了した。さらに、宇都宮線と両毛線の直通列車2往復のうち、宇都宮線小山駅 ‐ 黒磯駅間の1往復の運用は2017年3月3日、小山駅 - 宇都宮駅間の1往復の運用は2019年3月16日のダイヤ改正で廃止されたため、宇都宮線での3ドア車両(烏山線直通列車は除く)の定期運用は消滅した。
JR東海発足後の1988年に登場し、1991年までにクモハ211形77両(5000番台48両・5600番台20両・6000番台9両)、モハ210形68両、クハ210形77両(5000番台57両・5300番台20両)、サハ211形20両の計242両が製造された。2M3Tを基本とするJR東日本の0・2000番台などとは異なり、4両 (McM'TTc' = 2M2T) または3両 (McM'Tc' = 2M1T) を基本とする電動車比率の高い編成となっている。
名古屋・静岡都市圏で使用されることから、ラッシュ対策のため、座席はオールロングシートとし、当初はトイレをすべて省略した。また室内からの展望に配慮して、213系と同様に前面貫通扉と運転室助士席側の窓を下方に拡大した。
室内は、乗降扉の客室側を化粧板仕上げとし、床敷物も暖色系の2色とした。電動車では床面の主電動機点検蓋を省略したことと、主電動機の冷却ファン形状を変更したことにより車内の静粛性を高めたほか、座席は0・2000番台などに比べてクッション材を厚く、奥行きを深く変更したことで座り心地の向上を図っている。網棚はパイプ棚となっている。なお、電気連結器・自動解結装置の装備に伴い、ジャンパ連結器が省略されたことから、前頭部のスカート形状が同社所有の0番台と異なる。また各車両両端4つのドアにはドア締切表示灯が設置され長時間停車時などドアカット時に表示する。車体側面には車外放送用スピーカーが設置されており、車掌がボタンを押しながらマイクを使用すると放送が可能な仕組みになっている。台車はボルスタレス台車であることは同じであるが国鉄時代製造分と異なり、牽引装置が積層ゴム式からZリンク式に変更され、形式名称がC-DT56・C-TR241に改められている。
補助電源は、従来車の三相交流440Vから直流600Vとしたことから、従来車のブラシレス電動発電機に代わってDC-DCコンバータを採用し、冷房装置もDC-DCコンバータから供給される直流電源によるインバータ制御方式の集約分散式C-AU711D-G1形2基に変更された。除湿機能も付加されている。
長期にわたって製造されたため仕様変更も多く、1次車から4次車までに分類される。
1988年7月に4連×4本16両、3連×6本18両の計34両が神領電車区に投入され、中央本線で運用を開始した。側面行先表示機は幕式でなく、省メンテナンスを考慮したLED式になった。1段表示のため表示窓の天地が低くなり幕板部の飾り帯と同じ高さとなったのが特徴である。そのため、日本語と英語を同時に表示することができず、両語が交互に表示される。4連は快速運用にも充当された。
老朽化した103系・113系の置き換えおよび列車増発、編成増強のため1988年11月から1989年3月までに4連×16本64両、3連×11本33両の計97両が神領電車区に、3連×11本の計33両が大垣電車区に投入された。これにより東海道線での運用も開始された。
1次車のLED式の側面行先表示機は視認性に難があったため、本次車からは天地寸法はそのままで幕式に変更された。またコンプレッサは容量の大きいものに変更された。なお、サハ211形とクモハ211形5000番台の増備は2次車で終了となる。
静岡地区への投入も始まり、1989年7月に3連×17本51両が製造されたが、今回の増備車では新しい区分番台が起こされた。
1・2次車では短距離運用が主体であることからトイレを省略していたが、車両の増備に伴い中央本線での快速運用が増加した。このため長距離利用客からトイレがないことへの不満が続出し、クハ210形にトイレを設置した5300番台が登場した。同時にクモハ211形にも狭小建築限界トンネルの存在する中央本線中津川以北や身延線への入線に備え、屋根の一部をわずかに切下げ、狭小建築限界トンネル対策パンタグラフC-PS24A形を装備した5600番台が登場した。
まず3連×6本が神領電車区に投入され、1・2次車の4連からサハを抜き取り、それを組み込むことで4連化した。残る11本は、神領区にクハ210形5300番台が必要であったこと、静岡地区投入車に身延線の運用を考慮したクモハ211形5600番台が必要だったことから、神領区の2次車4連×11本のクハ210形5000番台と新製車のクハ210形5300番台と差し替えた。差し替えられたクハ210形5000番台は、クモハ211形5600番台を含むユニットと3連を構成し、静岡区に投入された。この編成変更で5000番台系列初の転属車が発生した。
2次車からの変更点は、側面方向幕が幕式のまま天地寸法が拡大(0番台と同様のサイズとなる)されたほか、将来の最高速度を120km/h対応を考慮して増圧ブレーキを準備工事とした点である。
クハ210形5300番台は、トイレ部分の明かり窓を廃止し、便所対面側の座席は2000番台同様に背もたれはロングシートと同じ高さのクロスシートとした。
1990年3月にクモハ211形5600番台とクハ210形5300番台車を含む3連×3本が神領電車区に投入された。トイレなしで残っていた1次車4連×3本からサハを抜き取り、それを組み込むことで4連化した。この増備で神領区の4連は全車トイレつきとなった。
さらに静岡地区増備車として新区分番台、1M仕様車であるクモハ211形6000番台が登場している。C-CS59A形主制御器やC-MT64形主電動機を搭載するなど、走行装置は213系5000番台と同仕様であり2両編成での運転が可能となった。なおトイレは2連のため省略となり、クハ210形5000番台の連番で新製された。2連×3本6両が静岡運転所に配置され、輸送力増強用として御殿場線に投入された。
3次車からの変更点は、先頭車助士席側上部の列車番号表示器を当初から省略して、車外スピーカーの取り付け位置が、窓間の吹き寄せから冷房装置キセ内に変更された。そのため、冷房装置は側面のスリット形状が変更されたC-AU711D-G4形に変更になった。側面方向幕はサイズは3次車と同様だったが、幕の書体がJR東海タイプの書体に変更された(ローマ字表記も頭文字のみ大文字のタイプに変更)。また211系6000番台については客室内貫通扉が213系5000番台や311系と同様の窓面積が大きいタイプに変更された。
1991年3月には6000番台増備車2連×6本12両が静岡運転所に投入された。この増備車では側窓が一部を除いて固定式に変更されている。なお、6000番台は、御殿場線での運用に適さず、今回の増備車とともに全車が東海道線での運用中心に変更された。
西日本旅客鉄道(JR西日本)では国鉄からの継承車両はなかったものの、ジョイフルトレイン「スーパーサルーンゆめじ」用として2両のみ211系を導入している。
「ゆめじ」は1988年4月10日の本四備讃線茶屋町駅 - 宇多津駅間(本四備讃線と宇野線岡山駅 - 茶屋町駅間と予讃線宇多津駅 - 高松駅間を総称して瀬戸大橋線の愛称が付けられた)の開業時に新製され、快速「マリンライナー」用のグリーン車クロ212形と同構造の3両編成であった。車体帯はピンク■と青■で、3両編成1本(ただし、クロ212-1001は213系に区分される) が在籍していた。
快速「マリンライナー」用の電動車は1M方式の213系であるが、この編成を含むパノラマ車は車体強度確保のため普通鋼製車体となった。電動車はユニット方式の211系(クモロ211形・モロ210形)となった。またこの編成はJR西日本の直流電化区間の全線運用を可能にするため、耐寒耐雪構造および最高運転速度が120km/hとされており、編成を組むクロ212形は1000番台として区別されている。
新製時から、岡山電車区(岡山電車区電車センター所属だった時期もあり)所属の213系に、当編成をクモロ+モロ、クロに分割のうえ組込んで使用されることもあった。
1988年度グッドデザイン商品(現在のグッドデザイン賞)に選定された。
後述の転用改造により0番台グリーン車4形式が改造された。なお、これらの車両にはすべてグリーン車Suicaシステム導入に伴うR/W(リーダ / ライタ)が座席上に取り付けられている。
後述の置換えおよび転用により113系2階建グリーン車の2形式が211系へ改造編入された。改造工事は鎌倉総合車両センター、東京総合車両センター、大宮総合車両センターで施工した。
主な改造内容は
2006年3月、JR東日本は宇都宮線・高崎線の上野駅発着列車のグリーン車連結率を100%にすることを決定した。上記の組み込みを完了しただけでは80%程度であったため、7月までにE231系基本編成8本と付属編成6本の計110両を追加投入し、211系のグリーン車非組み込み編成を置換えた。
前述のようにグリーン車組み込みは10両基本編成17本が組成されることとなり、3000番台34本を使用して行われた。これに付属編成分として17本が残されたため、残る110両(5両×22本)分をE231系の投入によって捻出。これらの編成のうち70両(5両×14本)は、海岸線沿いを走行し塩害による腐食などが進んでいる房総地区各線の113系の置換え用として、幕張車両センターに転用することになった。残りの40両は、宇都宮線・高崎線の輸送力増強分に振り向けられた。2006年7月ダイヤ改正では上野口の15両運用が増加したため、宇都宮駅 - 黒磯駅間(一部小金井駅 - 黒磯駅間)で運用されていたE231系5両運用が211系5両運用(一部5両+5両運用もあり)に変更された。
転用編成は、前面種別表示器をLEDから幕式への復元(一部)と、車体帯色を変更した上で大宮総合車両センターなどから2006年8月以降順次出場した。車体色は255系・E257系500番台と同色の「房総色」とされた。編成番号はマリ401 - 414と付番され、2006年10月21日から運用を開始した。
路線カラーによる行先表示は、113系が行先なのに対し、211系は先頭車前面上部が路線を、側面上部には路線を上に、行先を下に表示していた。転用後も半自動ドアスイッチは残されたままであり、2006年12月2日からは、千葉駅や蘇我駅を除き、駅での停車時間が5分以上ある場合に、扉横の半自動ドアスイッチの通年使用が行われていた。
この房総地区転用車は、京浜東北・根岸線から転用される209系2000・2100番台の導入拡大により、2013年(平成25年)3月16日ダイヤ改正をもって運転を終了した 。
2007年11月から房総地区の一部編成で集電効率を上げる目的でパンタグラフを2基に増設する改造が行われた。増設されたパンタグラフはシングルアーム式のPS35C形となっており、前後で異なる形態となった。この2基パンタグラフ化に使用されたパンタグラフは、中央線で活躍していた201系の廃車発生品である。この改造はマリ402 - マリ410の9編成に行われ、改造後はマリ501 - マリ509に編成番号が変更された。また、パンタグラフ増設改造の対象外となったマリ401・マリ411 - マリ414はそれぞれマリ401・マリ405 - マリ408に変更された。
高崎車両センター所属の車両でも2008年10月頃から一部の編成でパンタグラフが2基に増設された。なお、これらの編成に関しては増設分に加え既存のものもシングルアーム式のPS33E形に交換されている。
2008年2月から房総地区のマリ403編成を皮切りに半自動扉スイッチがE233系タイプに交換された。高崎車両センター所属車でも、2006年末から2007年にかけて普通車の車外の半自動扉スイッチがE231系タイプに交換された。
また、2009年2月頃から一部の編成で車内の半自動扉スイッチが205系3000番台とほぼ同じタイプのものに交換された(現時点ではクハ・クモハのみ交換)。なお、基本編成のサロに関しては転用時にE231系タイプのものを設置している。
2013年3月16日のダイヤ改正より、他線区で余剰になった一部編成が長野支社管内で既存車両の一部を置き換える形で営業運転を開始すると発表された。2012年6月以降、元幕張車両センター所属および元高崎車両センター所属の一部車両が順次、長野総合車両センターへ転属している。老朽化が顕著な豊田車両センターの115系を淘汰するため、2013年3月15日にはダイヤ改正に先駆けて大糸線で営業運転に投入された。2014年3月以降の運用範囲は中央本線・篠ノ井線・信越本線・飯田線へ、2014年6月以降は中央本線立川駅まで運用を拡大している。
JR東日本所属車は、前述のグリーン車置き換え(東海道線用)および組み込み(宇都宮線・高崎線用)が終了してから、乗務員室(クモハ・クハ)にデジタル無線対応工事が順次施工された。これは1986年から各車両に搭載されている列車無線装置(主に新Aタイプ無線)が老朽取替の時期を迎えたことと、特に首都圏では大雪や雷雨などの際に、全線区一斉の情報連絡や指令伝達を実施するなど高い利用率となっており、指令通話回線の増強に迫られたためである。また、列車支援運行業務の充実を図るため、指令通告、徐行区間情報、車両機器状態監視等の列車・地上間のデータ通信需要も拡大していることから、それらを可能とする無線システムへの変更を目的として設置している。
この搭載工事が施行された車両では、乗務員室の天井付近2か所から装置の入った箱が客室側網棚の上へ張り出しているのが特徴である。また、運転台には「デジタル無線対応済み」と表記されたシールが貼付されており、小型の簡易モニタ装置(E231系などに搭載されているTIMSモニタに表示が酷似しているが、ICカードに記憶された時刻表やデジタル列車無線運用時に必要な情報を表示する程度の機能のみ)を設置している。
高崎車両センターのグリーン車と連結している先頭車では、3号車のクモハ211形にはデジタル無線が設置されていなかったが、6号車のクハ210形には設置されていた。
本系列の運用継続にあたり、延命化改造工事として2024年度中に高崎車両センター所属車10編成に対し「屋根上のベンチレーター撤去と幕板(塞ぎ板)の設置」および「屋根上修繕作業」を施行する計画が公表された。
なお、発表されていないものの長野総合車両センター所属車も施工の対象となっており、2024年3月11日にN306編成が上記の改造を施した状態で同センターを出場している。
前面方向幕は当初は「普通」「快速」などの種別表示のみだったが、1990年から普通列車充当時には行先(ローマ字併記)を表示するように変更された。1991年から大垣区、神領区の5000番台車は前面方向幕は書体がJR東海タイプの書体のものに変更された。0番台は側面方向幕のみ変更され前面方向幕は変更されなかったが、1998年に前面もJR東海タイプの書体に変更された。1999年には下記の側面方向幕の変更に伴い種別表示のみに変更された。
1999年には、東海道本線に313系が大量増備され、高速ダイヤに移行したことから、最高速度を120km/h対応とする改造工事が施された。台車へのヨーダンパ設置やブレーキの増圧対応工事のほか、側面行先表示器も311系と同様の列車種別幕と行先幕を別個にした方式のものに変更された。また、311系・313系のLED式車内案内表示器を操作するための操作盤と、それを車掌が動作確認できるようにLED装置を、乗務員室内に設置している。2000年には車内外の号車表示が取り外された。
2005年には、バリアフリー化対応としてドアチャイムの取付とクハ210形への車椅子スペースの新設が行われた。米原側ボックス席を1組撤去の上、2人掛ロングシートを移設してその跡への設置となっている。さらに集電装置をシングルアーム式のものに交換したほか、転落防止幌の取り付け、吊り手の増設も行われている。
2004年10月から2006年3月にかけて東海道線で運用されていた国府津車両センター所属の113系がE231系に置換えられるのに伴い、211系仕様で製造され113系に組み込まれていた2階建グリーン車34両(サロ125形5両・サロ124形29両)を211系に改造編入することとなった。平屋車を併用していた東海道線用グリーン車はグリーン車をすべて2階建車に置き換えることとして、2階建グリーン車34両のうち24両(サロ125形4両・サロ124形20両)を東海道線用に改造編入した。また、平屋車とそれとペアを組む2階建車12組を捻出し、残りの10両とともに宇都宮線・高崎線に転用することとした。また、113系撤退後の2006年3月18日のダイヤ改正から東海道線・伊東線でもグリーン車Suicaシステムが運用開始となることから、それに対応するための改造も実施されている。なお、後に新製されたサロ213形+サロ212形2組に動きはなく、グリーン車Suicaシステム対応改造を施して東海道線東京口で引き続き運用された。
東海道線用211系グリーン車の全面2階建化によって捻出される平屋+2階建(サロ211+サロ212×6組とサロ210+サロ213×6組)の12組と、東海道線で運用していた113系のE231系への置換えに伴って余剰となるサロ125形1両・サロ124形9両(計34両)を活用し、宇都宮線・高崎線用211系にもグリーン車を連結することとなった。これにより、5両編成を2本合わせてサハ2両を抜き、グリーン車2両を両編成の向い合う先頭車間に連結するという組成変更を行った。これは貫通編成時に編成を丸ごと方向転換する必要があること、211系の場合普通車の付随車であるサハにはトイレ未設置であり、貫通編成にした場合にサハへのトイレ設置工事が必要なことなどによる。グリーン車の組み込みは3000番台34本を使用して行われ、2006年9月までに10両基本編成17本が組成された。登場当初は、乗務員室に従来の編成番号札も存置したまま新たな編成番号札を追加したが、全17編成が出そろったことから、従来の編成番号札は取り外された。
当初は、1000番台も使用して組成変更が行われる予定であったが、1編成あたりの定員に差が出ることや、後述のE231系投入計画の変更に伴い房総地区への転出が予定されることから、組成変更の予定はなくなった。1000番台は付属編成として使用された。
新旧編成表
また、グリーン車Suicaシステムを導入するため、全座席の上部にSuicaをタッチするためのリーダ / ライタも設置された。
グリーン車組み込みにより編成から外され余剰となったサハ211形3000番台34両は全車廃車となり、2006年5月30日に4両、6月14日に6両、7月9日・23日と8月8日にそれぞれ8両ずつが長野総合車両センターへ回送され、その後解体が行われた。なお、長野総合車両センターに留置しきれなかった車両は、長野駅の留置線や北長野駅の側線、豊野駅の中線に留置された。
廃車・解体されたサハ211形3000番台は以下の通りである。
113系2階建グリーン車34両(サロ125形5両・サロ124形29両)を改造編入し、上記のサハ34両を廃車したため、組成変更の前後で211系の総両数に変化はなかった。
なお、同じ頃に両毛線前橋駅 - 前橋大島駅間で踏切事故に遭い、側面が大破したクハ210-3013の復旧に際し、廃車となったサハ211形の車体の一部分を切り取り再利用している。
東海道線・宇都宮線・高崎線に連結されていた211系グリーン車の組み合わせは、初期のものを含めて、大きく分けると以下の4通りが存在した。なお、全て前者が5号車で後者が4号車である。
また、「田町」は旧田町車両センター所属の略、「高崎」は高崎車両センター所属の略である。
田町車両センターおよび高崎車両センター所属の本系列は、2011年度から増備が再開されたE233系3000番台によって置き換えが進められた。これは2015年3月の上野東京ライン開業に向けた措置である。
田町車両センター所属車は2012年4月23日をもって定期運用を終了した。高崎車両センター所属車についても、E233系3000番台を基本編成17編成・付属編成16編成(250両)投入して置き換えを進め、2013年3月15日をもって宇都宮線上野口の定期運用を終了。2014年3月14日をもって高崎線での定期運用も終了し、定期運用は両毛線のみとなっていた。
置き換えられた車両のうち、グリーン車は2014年12月までに全廃。他の付随車も廃車が進められる一方、電動車・制御車は長野地区や高崎地区ローカル運用に転用されている。
車体帯:■■
田町車両センター所属車両:210両(最大在籍時)
使用線区
運用
編成表
車体帯 : ■■
高崎車両センター所属車両 : 122両
使用線区
運用
編成表(旧C・B・A編成)
車体帯:■■
幕張車両センター所属車両:70両(最大在籍時)
使用線区
運用
編成表
車体帯:■■
長野総合車両センター所属車両:192両
使用線区
編成表
以下は2023年10月1日時点での状況である。投入開始以来ロングシートの収容力を活かし、使用各線の主力車両となっていたが、2006年10月1日のダイヤ改正で東海道本線名古屋地区で使用されていた大垣車両区の3両編成20本が、同車両区の313系の増備および静岡車両区の113系や115系を置換えるため、同年10月中に一部を除き静岡車両区へ転属し、静岡地区で313系とともに使用されている。
JR東海では2022年から本形式置き換えのため315系の導入が開始されており、2025年度までに全車引退が予定されている。2022年3月に神領車両区の0番台8両(K51,K52編成)と静岡車両区の5000番台12両(LL2,LL3,LL5,LL10編成)が廃車された。2022年4月に神領車両区の5000番台9両(K105,K115,K116編成)が廃車された。2022年11月から2023年3月にかけて神領車両区の5000番台24両(K101-103,K107,K108,K110,K113,K114編成)が廃車された。2023年6月から9月にかけて神領車両区の5000番台42両(K2,K4,K9,K12,K16,K19,K104,K106,K109,K111,K112,K117編成)が廃車された。
新製時の名古屋地区向け0番台車は神領電車区(現・神領車両区)に配置されていたが、営業に供されるのは東海道本線のみで、中央本線での運用は出入区回送のみにとどまったことから、1989年に大垣電車区(現・大垣車両区)に転出した。
1989年7月の金山総合駅開業に伴うダイヤ改正では、同時に新設された新快速に311系や117系とともに211系0番台が充当された。翌年のダイヤ改正で311系が増投入されたため新快速運用からは1年弱で撤退したが、2000年から313系5000番台の登場する2006年8月まで土曜、休日の上り1本だけ新快速を担当した。
2007年以降は掛川駅・浜松駅 - 豊橋駅間の普通列車を中心に運用され、311系との併結運用も存在したが、2011年3月ダイヤ改正では豊橋駅・岡崎駅 - 岐阜駅間または大垣駅 - 米原駅間の普通列車を中心に運用されるようになり、2006年以来5年ぶりに新快速の運用が復活したが、豊橋駅以東の運用は消滅した。なお、検査入場による代走は311系にて行われていた。
2011年9月に0番台が再度神領車両区に転配され、関西本線で朝と夕方以降の列車に運用されるようになった。中央本線では早朝と夜間に神領車両区への入出庫回送を兼ねた1往復の運用が2014年3月改正まで存在したが、以降は神領車両区への回送列車のみ入線している。120km/h運転に対応することから代走には313系1000・1100番台が使用されるが、313系が検査離脱で代走できない場合は211系5000番台が使用される。
JR東海では2010年から2012年にかけて313系が増備され、国鉄時代に製造された117系などを代替したが、同じく国鉄時代に製造された0番台は2022年3月まで継続して使用された。315系への置き換えに伴い、2022年3月6日で運用を終了し、翌日3月7日に廃車回送された。
2003年9月30日まで快速「マリンライナー」として岡山駅 - 高松駅間で使用されていたが、2003年10月1日に快速「マリンライナー」が213系から223系5000番台および四国旅客鉄道(JR四国)の5000系に置換えられ、213系(クロ212形0番台と1000番台を含む)および「ゆめじ」編成による快速「マリンライナー」の運用が終了した。
「ゆめじ」編成は瀬戸大橋線開業時に当時の皇太子・皇太子妃夫妻を乗せて走行した実績がある。
1997年3月には全車リニューアル工事が施工されている。その後は、岡山電車区に所属し団体専用列車などに使用され、特に毎年元日には、岡山駅 - 琴平駅間で「こんぴら初日の出号」、「こんぴら初詣号」として運転された。
2010年3月7日に岡山駅 - 大野浦駅間で実施されたさよなら運転「ファイナルラン さよなら!スーパーサルーンゆめじ号」での運用をもって、営業運転を終了し、同年4月14日に吹田工場に回送され、同年6月30日付けで廃車となった。
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