超低床電車(ちょうていしょうでんしゃ)は、客室床面の高さが極めて低い電車のことである。主に路面電車に使用される。
乗客は、高さが低いタイプの停留場のプラットホーム(場合によっては地上)からほぼ段差無く乗降し、客室内部に出入りできるので、乗降性が優れている。
超低床電車の床面高さは、おおむね300 - 350 mm程度に設定されている。世界で最も低床なものはウィーンのULF形であり、その床面高さは180 mmである。従来の路面電車車両は車輪と動力装置を床下に設ける構造であったが、超低床電車では、小径車輪採用による車軸の低下化、車軸を廃止した左右独立車輪式台車、フローティング車体の使用、電子機器の屋根上への配置などの技術を用いて客室床面を下げている。完全低床とは、客室中央通路が全長に亘って100 %低床化されている設計を指す。部分低床とは100 %未満の設計を指す。
超低床電車は、客室床面をプラットホーム(場合によっては地上)とほぼ同じ高さに近づけることにより、プラットホーム・乗降口・客室中央通路床面の間の乗降客の動きをバリアフリー化することを目的に開発された。
路面電車の停留場はプラットホームの高さが低く、また、プラットホームが設置されていない停留所もあるため、従来車両では乗降の際に車両側のステップ(段差・階段)を用いる必要がある。しかし、この方法では乗降に時間がかかるうえ、老人や障害者の乗降にも支障がある。車両によっては扉幅が狭く、介助者が付いても車椅子の乗降が物理的に不可能な場合があった。
なお、東京都交通局都電荒川線や東京急行電鉄世田谷線では、専用軌道の比率が高いことから、超低床電車を用いず、プラットホームの高さを嵩上げすることでバリアフリー化を実現している。
低床路面電車車両は欧米の都市で1910年代頃から現れている。多くは出入口付近のみを低床化したものだが、ヘドリー・ドイル・ステップレス・ストリートカーのように台車以外の部分を全て低床化したものもある。100 %低床車両は、ドイツのコッペル社が1934年に床面高さ380 mmの4輪電動客車をエッセンに納入している。これは第二次世界大戦中の1943年まで使用されたが、その後、この試みは途絶えていた。
再び動きが出てくるのは1980年代後半のヨーロッパ各国である。パワーエレクトロニクスの発展により、機器の小型化が実現、これと車軸の廃止や動力伝達方式の工夫が組み合わさり、様々な形態の車両が生み出されていく。その始まりは、スイス(ヴェヴェイ市)のACMV社が1984年に製造した2車体連節車のBe4/6形で、ジュネーヴに納入された。これは、台車は通常の構造で、それ以外の部分の床を下げた部分低床車である。
さらにその後、車内の70 %が低床構造となっている部分超低床電車を実現するために、各メーカーは、車両両端の動力台車以外には、車軸を廃止した構造の非動力台車を採用し、低床部分を拡大している。フランスのグルノーブル(アルストム社TFS-2型を1987年に導入)、イタリアのトリノ(1988年 - 1989年・フィアットもしくはフィレマ製5000型)、スイスのベルン(1989年、ACMV社製Be 4/8)などがこのタイプである。
一方、車内全体が低床構造となっている100 %低床車としては、イタリアのソシミ社が1989年に4軸ボギー車のS-350が世界初の事例である。動力台車の外側に各車輪専用の主電動機を取りつけた方式が特徴で、この方式は後にABB社と共同開発したユーロトラムとして普及する。フランスのストラスブールの車両(1994年導入)がこの一例である。
ドイツでは、「ドイツ公共輸送事業者協会(Verband öffentlicher Verkehrsbetriebe; VÖV; Association of Public Transport Companies)」により1982年に研究組織が作られ、1991年には独立操舵式車輪と外側にモーターを持つ車両が生まれている。
しかし、同国で大規模に普及したのは、AEG社(実質に買収された旧MAN社の鉄道車両部門)が1989年に試作し、翌1990年からブレーメン市電で営業運転に導入されたGT6N形から始まった、ブレーメン形と呼ばれる路面電車車両である。車輪を繋ぐ車軸がなく、車体下部に設置された電動機からカルダンシャフトを介して動力が伝達される車体装架カルダン駆動方式が特徴である。
一方、従来ドイツ最大の路面電車メーカーであったDUEWAG(デュワグ)社は当初、前述のVÖVタイプが開発の中心であり、70 %低床型NGT6C型車両(カッセルへ1990年導入)、40 %低床型GT8DMNZ型車両(フライブルクへABB社とともに1993年導入)、ハブモーターを使用した100 %低床型車両(フランクフルト・アム・マインのTyp R,1993年導入)を始めていた。しかし問題も多く、超低床型の主流からは次第に後塵を拝する形となり、巻き返しを図って新設計のコンビーノを開発し、1996年にデュッセルドルフ市に導入された。これは片側の2つの車輪を一つのモーターで駆動する直角中空軸積層ゴム駆動方式を採用している。
このほかに、オーストリアのウィーンでは連節部に取り付けた各車輪を垂直方向から駆動する方式(ULF形、1992年試作・1994年以降量産、SGP製)を取り入れている。またBN・ボンバルディア社(+GECアルストム)はハブモーターを使用した100 %低床のT2000型をベルギーのブリュッセル(1993年)に導入した。LHB Salzgitter 及び ADtranz(後にアルストム及びボンバルディア)は70 %低床のNGT8D型を1994年にマクデブルクへ導入している。
フランスではアルストム社がTFT-2の技術(およびADtranzやフィアットの部門の買収)に基づき、新設計のシタディス(70 %低床車および100 %低床車)を開発し、2000年にモンペリエ市、リヨン市に導入された。その後、フランス国内の新規導入をほぼ独占している。
1980年代末 - 1990年代初め頃までおもに部分低床車を導入していたイタリア諸都市も、その後は100 %低床車の導入を進め、フィアット製の100 %低床車がトリノ、ローマなどの都市の事業者に納入されている。
しかし、100 %低床型車両に用いられるような左右の車輪が独立した台車設計は複雑な機構を有し、保守などの面で問題を抱えやすい。特に、左右の動力車輪にモーターがつく形態は、両輪の制御が難しいという問題があった。また曲線通過時に車輪等の摩耗進行及び走行騒音増加が発生する場合も見られた。
ボンバルディア社ではこのような課題に対処するために、車軸を持つ台車を採用した設計(ただし車輪径を小さくして100 %低床を実現)のシティーランナー(フレキシティ・アウトルック)をオーストリアのグラーツに2000年に納入している。またブリュッセルにも2005年にこれをT3000型として納入している。
ドイツのフランクフルト・アム・マインの場合も、Typ Rの後継のTyp S(車種はボンバルディア・フレキシティ・クラシック,2003年導入)の採用は、70 %低床車の導入に逆戻りしたことになる。
また、従来型の連節電車に100 %低床の中間車体を挿入した、ナント市のTFS-1型や、ライプツィヒ市電やロストック市電のような100 %低床の附随車を牽引する例もある。
超低床電車が発展した1990年代以降、欧米の電機メーカー・車両メーカーは、国境を越えた大規模な合併が進んだ。そのため、製造メーカー名に留意する必要がある。
一般鉄道でも、ホームの高さが低い欧州(大陸)では、気動車を含め、鉄道線車両でも部分低床車両が作られている。スペインのタルゴ社のタルゴには100 %低床車種がある。
駅のホームが低い位置にあるヨーロッパでは郊外の鉄道でも積極的に低床車両を導入している。コスト削減と直通運転の容易さから製造会社が幾つかの規格を決めて、購入者がそれを組み合わせるセミオーダーメイドタイプの車両が多い。
なお、日本ではホームのかさ上げによって段差を埋めるケースが多かったが、近年はJR北海道735系電車やJR東日本E721系電車のように、床下機器の小型化、小径車輪の採用、床構造の見直しなどで低床化を図った車両も出始めている。とはいえ、欧州の低床車両の床面高さは最も低いものでは500 mm程度であり、735系やE721系の半分程度しかない。
日本では、国土交通省のLRT (次世代型路面電車) への導入支援事業に合わせて、超低床電車の導入が進んでいる。
1997年(平成9年)の熊本市交通局における9700形投入を皮切りに、路面電車のバリアフリー化への対応を目指して複数の事業者が導入を推進している。
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