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細川立之


細川立之


細川 立之(ほそかわ たつゆき)は、肥後宇土藩の第7代藩主。

生涯

天明4年(1784年)5月14日、第6代藩主・細川立礼(のちの細川斉茲)の長男として生まれる。天明7年(1787年)9月19日、父・立礼(改め斉茲)が宗家の熊本藩を継いだため、わずか4歳で宇土藩主となった。寛政11年(1799年)10月1日、将軍徳川家斉に拝謁する。同年12月18日、従五位下・和泉守に叙任する。しかし藩政においては父の倹約財政政策と違って、新田開発や検見法の採用、緊縮財政政策など、本家と違う財政政策を行なって成功を収めた。

父に先立って文政元年(1818年)6月18日に死去した。享年35。跡を長男の立政が継いだ。立政(のちの細川斉護)ものちに、熊本藩主を継いでいた立之の弟・斉樹の跡を継いだため、その跡は次男の之寿改め行芬が継承している。

系譜

父母

  • 細川立礼(斉茲)(父)
  • 八千姫、恵眼院 - 岩城隆恭の娘(母)

正室

  • 栄昌院 - 土井利厚の娘

子女

  • 細川立政(斉護)(長男) 生母は栄昌院
  • 細川行芬(次男) 生母は栄昌院
  • 寿 - 渡辺潔綱正室

Text submitted to CC-BY-SA license. Source: 細川立之 by Wikipedia (Historical)