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小沢茂弘


小沢茂弘


小沢 茂弘(おざわ しげひろ、1922年8月29日 - 2004年10月12日)は、日本の映画監督・脚本家・易者・山伏。

戦後、日本映画の最盛期に娯楽性の高い作品を世に数々送り出し、職人アルチザン監督と評されている。長野県東筑摩郡四賀村出身。

易者・山伏名:小沢 宏瑞(おざわ こうずい)、本名:小沢 茂美(おざわ しげよし)。

生涯

少年時代は松本市で上映される無声映画を頻繁に見ていた。1930年に旧制松本中学に入学。日本大学芸術科専門部映画科へ入学し、演劇科には三木のり平、映画科には沼田曜一がいた。在学中の17歳に映画研究会を作り、熊谷久虎・マキノ正博らに講演依頼をしたのが縁で、やがて正博の家に居候をし、薫陶を受ける。正博から役者を勧められるが、監督を目指していた。

1943年、休学して松竹下加茂撮影所の所長になっていた正博の元で『坊ちゃん土俵入り』『不沈館撃墜』を手伝っていたが、学徒出陣で同年12月1日に陸軍松本第150部隊入隊、1944年5月に豊橋第一陸軍予備士官学校入学する。

1946年1月に正博の元へ戻り、暮れに正博の弟・マキノ光雄がいた松竹の社員となる。1947年7月14日、東横映画へ移っていた光雄を追うように、同社へ移籍。稲垣浩・倉田文人・小杉勇・佐々木康・山本薩夫・渡辺邦男らの映画スタッフを経て、1950年の『日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声』の助監督となる。しかし酒癖が悪いため、宿屋の二階から机を放りだして玄関のガラスを叩き割り、このような行為が原因で、監督への昇進が遅れることとなる。

助監督の4年を経て、1954年の『追撃三十騎』で初監督。同年9月、東映と専属契約を結ぶ。以降は時代劇・刑事映画・ギャング映画・任侠映画・アクション映画など幅広いジャンルを演出した。東千代之介・伏見扇太郎・波島進・片岡千恵蔵・鶴田浩二・若山富三郎・千葉真一らのシリーズ化された主演映画で2作以上監督している。

映画は113作品を監督したが、自身は「全身全霊を込め、必ず当たるというつもりで作った一本」として、『博徒』(1964年)、『人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊』(1968年)、『激突! 殺人拳』(1974年)の3作を挙げている。

1976年7月28日、佐川清、鈴木正文らと(株)正武プロダクションを設立したが、具体的な活動には進展しなかった。

55歳の1977年に東映を辞め、映画界から離れる。異業種に転身を図るが、新たな仕事はなかなか見つからず、1年3ヵ月無収入で精神的に追い込まれた。ようやく見つけたのが易者で、京都の高嶋易断で2年の修行を経て、1978年1月から石川県金沢市で高嶋宏瑞として易者を開業。同年に山伏の修行を始める。

2004年10月12日午前8時40分、京都市左京区の病院でリンパ腫のため死去、82歳。

作風

自身が企画した映画はなく、製作費をオーバーせず期日をキチンと守る手法ながら、多くのヒット作を作り上げてきた。

『博徒』ではヤクザに博奕の中盆を、『激突! 殺人拳』では空手家を重要なキャストに充てがうなど、俳優に演じさせるよりその業界の本職を出演させ、リアルな画を撮る演出をしている。

深澤哲也は「概して作風は荒っぽく、きわめて多作な職人監督なので、当然のことながら失敗作や出来損ないも少なくない」と評している。

人物

映画の製作会議で脚本家がシナリオを読み上げた後、不出来のものには「チートモおもろないワ!」と大声で宣告を下し、“小沢天皇”と恐れられていた。笠原和夫は『博徒七人』で、小沢にこれを言われたとき、「まずい下手はあるだろうが、どこがまずいのか、どうして欲しいのかくらい言うべきだろう」と、小沢の目の前で脚本を引き裂き、「降りる」と怒った。クランクインまで5日と迫っていたために小沢とプロデューサーが青ざめ、小沢が笠原に手をついて謝罪したことで、矛を収めて書き直し、製作にこぎつけたが、同作は当たったと笠原は証言している。

1957年の『天狗街道』で、大ベテランの原健策が演技した後、カットをかけて「まぁ、いいでしょう」と言ったため、原が「小沢くん、いま何て言った!」と激怒し、最後は小沢が原に「すいません」と謝り、これが撮影所内で有名な事件になった。同作が本格的な役者デビューだった里見浩太朗は「原さんの心意気に痺れた」と話している。1968年の『人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊』にキャスティングされていた高倉健から「小沢作品には出たくない」と断られたことがあり、小沢は「『役者なんて小道具じゃないか』という考えがあったことは確か」と答えている。#著書で「自分は“困った奴ちゃ”なんで、この態度が原因で東映から解雇された」と認めており、岡田茂 (東映) から「君には徳がない」と言われもした。

一方で石橋雅史は『激突! 殺人拳』で毎日「今日も一日、よろしくお願いしまーすッ」と大きな声で挨拶されたと証言している。笠原和夫は「元来気が小さく、悪い男ではない」、「きちんとした脚本ほんを持っていったときは、芯から嬉しそうな爽やかな笑顔を見せてくれる人でもあった」、唐沢民賢は「口が悪いので誤解されやすい」と、異なる一面を述べている。

作品

映画

※は脚本を共作

  • 日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声(1950年)☆助監督で参加
  • 追撃三十騎(1954年)
  • 唄ごよみ いろは若衆(1954年)
  • 三日月童子シリーズ(1954年)
    • 三日月童子 第一篇 剣雲槍ぶすま
    • 三日月童子 第二篇 天馬空を征く
    • 三日月童子 完結篇 萬里の魔鏡(1954年)
  • あゝ洞爺丸(1954年)
  • 百面童子シリーズ(1955年)
    • 百面童子 第一篇 ギヤマンの秘密
    • 百面童子 第二篇 サタンの窟
    • 百面童子 第三篇 バテレンの宴
    • 百面童子 完結篇 イスラムの女王
  • 夕焼童子シリーズ(1955年)
    • 夕焼童子 第一篇 出羽の小天狗
    • 夕焼童子 第二篇 暁の槍騎隊
  • 忍術三四郎(1955年)
  • まぼろし怪盗団シリーズ(1955年)
    • まぼろし怪盗団
    • まぼろし怪盗団 魔王の密使
    • まぼろし怪盗団 悪魔の王冠
  • 拳銃対拳銃(1956年)
  • 警視庁物語シリーズ
    • 警視庁物語 逃亡五分前(1956年)
    • 警視庁物語 魔の最終列車(1956年)
    • 警視庁物語 夜の野獣(1957年)
  • 長脇差奉行(1956年)
  • 三つ首塔(1956年)☆共同で監督
  • 無法街(1956年)
  • 復讐侠艶録(1956年)
  • 怒れ! 力道山(1956年)
  • 花まつり男道中(1957年)
  • 若さま侍捕物帖 鮮血の晴着(1957年)
  • 多情佛心(1957年)
  • 股旅男八景 殿さま鴉(1957年)
  • 天狗街道(1957年)
  • 神変麝香猫(1957年)
  • 葵秘帖(1958年)
  • 伊那の勘太郎(1958年)
  • 血汐笛
  • 国定忠治(1958年)
  • 喧嘩太平記(1958年)
  • 無法街の野郎ども(1959年)
  • あばれ街道(1959年)
  • 地獄シリーズ
    • 地獄の底までつき合うぜ(1959年)
    • 二発目は地獄行きだぜ(1960年)
    • 俺が地獄の手品師だ(1961年)
    • 地獄の裁きは俺がする(1962年)
    • 裏切者は地獄だぜ(1962年)
    • 地獄命令(1964年)
  • 新吾十番勝負 第二部(1959年)
  • 百万両五十三次(1959年)
  • ずべ公天使(1960年)
  • 多羅尾伴内 七つの顔の男だぜ(1960年)
  • 旅の長脇差 花笠椿(1960年)
  • 千両勝負シリーズ(1960年)
    • 嫁さがし千両勝負
    • 恋しぐれ千両勝負(1960年)
  • 右門捕物帖 南蛮鮫(1961年)
  • 剣豪天狗まつり(1961年)
  • 無宿者シリーズ(1961年)
    • アマゾン無宿 世紀の大魔王
    • ヒマラヤ無宿 心臓破りの野郎ども
  • はやぶさ大名(1961年)
  • 若君と次男坊(1961年)
  • 赤い影法師(1961年)
  • さくら判官(1962年)
  • 花と野盗の群れ(1962年)
  • 越後獅子祭り(1962年)
  • 旗本やくざ 五人のあばれ者(1963年)
  • 新選組血風録 近藤勇(1963年)
  • 用心棒市場(1963年)
  • 暴力団(1963年)
  • ギャング忠臣蔵(1963年)
  • 博徒シリーズ
    • 博徒(1964年)
    • 監獄博徒(1964年)
    • 博徒対テキ屋(1964年)
    • 博徒七人(1966年)
    • 三人の博徒(1967年)
    • 博徒列伝(1968年)
    • 博徒一家(1970年)
    • 札つき博徒(1970年)
  • 関東シリーズ
    • 関東流れ者(1965年)
    • 関東やくざ者(1965年)
    • 関東破門状(1965年)
    • 関東果し状(1965年)
    • 関東やくざ嵐(1965年)
  • お尋ね者七人(1966年)
  • 博奕打ちシリーズ
    • 博奕打ち(1967年)
    • 博奕打ち 一匹竜(1967年)
    • 博奕打ち 不死身の勝負(1967年)
    • 博奕打ち 殴り込み(1968年)
    • いかさま博奕(1968年)
  • 浪花侠客 度胸七人斬り(1967年)
  • 人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊(1968年)
  • 馬賊やくざ(1968年)
  • 前科者シリーズ
    • 横紙破りの前科者(1968年)
    • 前科者 縄張荒し(1969年)
  • 緋牡丹博徒 二代目襲名(1969年)
  • 賞金稼ぎシリーズ
    • 賞金稼ぎ(1969年)
    • 賞金首 一瞬八人斬り(1972年)
  • ごろつき部隊(1969年)
  • 渡世人列伝(1969年)
  • 現代女胴師(1970年)
  • 遊侠列伝(1970年)
  • 女渡世人(1971年)
  • 日本侠客伝 刃(1971年)
  • 傷だらけの人生シリーズ
    • 傷だらけの人生(1971年)
    • 傷だらけの人生 古い奴でござんす(1972年)
  • 日本女侠伝 激斗ひめゆり岬(1971年)
  • 望郷子守唄(1972年)
  • 極道罷り通る(1972年)
  • 着流し百人(1972年)
  • 三池監獄 兇悪犯(1973年)
  • 殺人拳シリーズ
    • 激突! 殺人拳(1974年)
    • 殺人拳2(1974年)
    • 逆襲! 殺人拳(1974年)
  • 極悪拳法(1974年)
  • 三代目襲名(1974年)
  • 激突! 合気道(1975年)
  • テキヤの石松(1976年)
  • 女必殺五段拳(1976年)

テレビ映画

  • プレイガール(1969年、東京12ch.)
    • 第7話「女が命を賭けるとき」
    • 第9話「女は潜って勝負する 」
  • 新選組(1973年、CX)
    • 第1話「芹沢鴨死す 豪雨止まず」
    • 第2話「池田屋にきらめく白刃」
    • 第6話「三条大橋に黒い人影」
    • 第7話「祇園小路の人質」
    • 第12話「近藤勇に危機迫る」
    • 第13話「決死隊京に突入す」
    • 第18話「鳥羽伏見の戦い(前)」
    • 第19話「鳥羽伏見の戦い(後)」
  • 江戸を斬る 梓右近隠密帳(1973年、TBS)
    • 第5話「和蘭陀囃子の謎」
    • 第9話「決闘鍵屋の辻」
  • 賞金稼ぎ(1975年、NET)
    • 第1話「墓場なき兵士たち」
    • 第3話「獄門台のガンマン」
    • 第5話「地獄のハンター」
    • 第18話「国境のローンウルフ」
    • 第19話「謎のスーパーガン」
  • 人形左七捕物帳(1977年、ANB)
    • 第33話「泥棒市が結ぶ恋」
    • 第34話「逆夢を買った女」

著書

  • 小沢茂弘、高橋聡『困った奴ちゃ - 東映ヤクザ監督の波乱万丈』(初版第一刷)ワイズ出版(原著1996年11月10日)。ISBN 9784948735576。OCLC 676010450。 

参考文献

※異なる頁を複数参照をしている出典のみ。出版年順。
  • 『日本映画・テレビ監督全集映』キネマ旬報社、1988年12月20日。 
  • 笠原和夫『破滅の美学 ヤクザ映画への鎮魂歌レクイエム』幻冬舎〈幻冬舎アウトロー文庫〉、1997年10月25日。ISBN 4-87728-506-7。OCLC 676177205。 
    • 新版・ちくま文庫、2004年2月
  • 俊藤浩滋、山根貞男『任侠映画伝』講談社(原著1999-2-1)。ISBN 4-06-209594-7。 
  • 笠原和夫『映画はやくざなり』大進堂(原著2003-6-25)。ISBN 4-10-460901-3。OCLC 54620606。 
  • 二階堂卓也『日本映画裏返史』彩流社(原著2020-2-5)。ISBN 978-4-7791-26567。 

脚注

注釈

出典

外部リンク

  • 小沢茂弘 - allcinema
  • 小沢茂弘 - 日本映画製作者連盟
  • 小沢茂弘 - KINENOTE
  • Shigehiro Ozawa - IMDb(英語)

Text submitted to CC-BY-SA license. Source: 小沢茂弘 by Wikipedia (Historical)