ラグビー女子日本代表(ラグビーじょしにほんだいひょう)は、日本ラグビーフットボール協会が組織するラグビーユニオンの15人制ナショナルチームである。愛称「サクラフィフティーン」。1983年の女子ラグビーチーム誕生をルーツに持ち、1988年には日本女子ラグビーフットボール連盟が発足。1991年の第1回ワールドカップ参加が、日本代表として最初の活動だった。
WXVはワールドカップ開催年を除き、毎年開催される予定。
2016年2月から女子の世界ランキングが導入され、日本は17位からスタートした。
2019年以降、上位のチームが順当に勝利するため、日本はほぼ12位のままだった。2022年5月10日に当時世界ランキング5位のオーストラリアに勝利した時も、ランキングは12位のまま変わらなかった。
2023年4月には、スコットランドとスペインが不調のため、日本は試合がないまま相対的にランクが上がり、2023年4月9日付から4月23日付まで10位になった。翌週4月30日はスコットランドが復調し、日本は11位となった。
2023年10月2日付では、格上イタリアに勝利したことで10位へ浮上したが、WXV2でイタリアに敗れ2023年10月16日付で11位に。
2023年10月27日WXV2の第3試合スコットランド戦までの集計。
2023年10月27日「WXV2」終了時点。
2023年10月1日現在。
1965年にフランスで世界飢餓チャリティー目的の女子ラグビー大会が開催され成功をおさめ、1969年には女子ラグビーフランス協会(ARF Association française de rugby féminin)が作られた。1970年代にはイングランド、アメリカ、カナダなどで女子チームが活動していた。
1983年(昭和58年)に、日本で女子ラグビー3チームが発足した。世田谷レディース(現・世田谷区ラグビースクール)、ブラザー工業レディース(現・名古屋レディースR.F.C)、松阪レディース。以後、各地で女子ラグビーチームが誕生する。
1988年(昭和63年)4月、日本女子ラグビーフットボール連盟が発足。当時、15チームが加盟していた。11月3日に第1回女子ラグビー交流大会が駒沢オリンピック公園で開催された。
1989年(平成元年)7月31日から8月7日まで、名古屋レディースがニュージーランドへ初の海外遠征を行った。
1990年8月、ニュージーランドで開催の「The 1990 Women's World Festival」(1990年世界女子フェスティバル)に、レディース全東京A・Bと名古屋レディースが参加。
女子ラグビーワールドカップ1991(第1回ウェールズ大会)が1991年4月開催され、日本を含む12チームが招待された。1991年4月6日のフランス戦が、女子日本代表として最初の国際試合(テストマッチ)となる。この大会では、3試合とも無得点で敗れた。
日本代表チームは、全額自己負担で、コーチやドクターが帯同せず、選手のみの渡航となった。日本女子ラグビーフットボール連盟を創立した岸田則子は、選手でありながら団長(監督)を兼務した。岸田は背番号1のプロップだったため、後年、キャップが授与された時にはキャップ番号も「1」となった。
女子ラグビーワールドカップ1994(第2回スコットランド大会)にも、日本を含む12チームが招待され、スウェーデンから1勝を挙げた。4月15日のアメリカ戦では0-121で大敗し、これが女子日本代表チームにとって「最大差敗戦試合」記録となる。
1994年6月、香港が来日し、対戦。
1996年11月、アメリカ北太平洋沿岸代表のロガーズ(Loggers)を迎え対戦した。
女子ラグビーワールドカップ1998(第3回オランダ大会)から、世界のラグビー統括機関であるIRB(国際ラグビー評議会。現・ワールドラグビー)の主催となった。書類選考で出場国が決められる際に、日本は「国際試合の資料に乏しい」(「国際試合が少ない」という意味)と指摘され、ワールドカップ3大会連続出場ができなくなった。ワールドラグビーは、当時のことを「出場資格の ”international matches” の解釈に誤解があった」(「4年間海外遠征が無かったことのみを判断材料にし、4年間に2回 海外チームが来日して対戦した実績を見落とした」という意味)と記している。これを受け、以後日本は北米やサモア、ニュージーランドへと積極的に海外遠征をするようになる。
IRBは「1国に1統括団体のみ」という方針のため、日本ラグビーフットボール協会に所属していない日本女子ラグビーフットボール連盟は、別の統括団体とみなされ、今後日本代表として女子ラグビーの国際大会に参加しにくくなることが明らかだった。イングランド、フランス、カナダなど女子ラグビーの先進国も日本と同様に、当初は自国のラグビー協会と別に活動していた。
1998年4月、香港が来日し、対戦。
1998年9月、アメリカシアトル遠征。「北米チャレンジカップ(North American Challenge Cup)」に出場。
2000年7月、サモア・ニュージーランド遠征。
スペインで2002年開催予定のワールドカップも、過去の大会同様、当初は書類選考のみで出場国を決定することになっていた。しかし2000年11月に予選試合の実施が発表された。
日本・香港・サモアの3ヵ国でアジア・太平洋地区予選を行い上位2ヵ国に出場権を与えること、2000年7月に日本がサモアを12-10で破った試合を予選として扱うこととなった。この時点で勝利していた日本の出場権獲得は濃厚になったが、2000年12月のアジア・太平洋地区予選でも香港に62-0で勝ち、これで正式に女子ラグビーワールドカップ2002への出場が決まった。
2001年8月、ニュージーランド遠征。カンタベリーAに0-89で大敗。
2002年3月、カナダ遠征。バンクーバーセレクト、ブリティッシュコロンビアと対戦。
2002年4月1日に、日本女子ラグビーフットボール連盟が日本ラグビーフットボール協会(JRFU)に加盟。ラグビーユニオンを統括するIRB(国際ラグビー評議会。現・ワールドラグビー)は「1国に1統括団体」の方針のため、ラグビー女子日本代表はJRFUが管轄するチームとして、IRB主催ワールドカップ出場への基本条件が得られたことになる。
2002年4月、ニュージーランドのカンタベリーが来日し対戦。この試合から、日本ラグビーフットボール協会の日本代表チームとして「桜のエンブレム」がジャージに付く。
女子ラグビーワールドカップ2002(第4回スペイン大会)で、日本はオランダを37-3で破って男子より先にW杯2勝目を上げ、出場16ヵ国中14位となった。
2004年11月、初めてのヨーロッパ遠征で、オランダ、アイルランドと対戦。男子と同じデザインのジャージとなる。
女子ラグビーワールドカップ2006(第5回カナダ大会)では出場枠が16から12に減らされ、日本はアジアで実績最上位のカザフスタンと出場権を争うことになった。2005年6月にアジア地区予選がタイで行われたが、日本は6月5日の初戦で香港に78-0で勝つも、決勝でカザフスタンに3-19で敗れ、本大会出場権を逃した。この香港戦は「最大差勝利試合」の記録となる。
2006年8月、オーストラリア遠征でクラブチームに2勝。
2007年11月、アジア女子選手権(中国・昆明市で開催)3位。
2008年6月、アジア女子選手権(カザフスタンで開催)2位。
2009年9月、カナダ遠征。
女子ラグビーワールドカップ2010(第6回イングランド大会)も、2009年11月アジア地区予選でカザフスタンに敗れ、2位。2大会連続でワールドカップ出場権を得られなかった。
2010年4月、日本ラグビーフットボール協会内に女子委員会が設立され、日本女子ラグビーフットボール連盟は発展的解消となる。
2010年4月、香港来日し、対戦。9月、イングランド遠征。
2011年4月、香港遠征、15-0で勝利。
2012年7月、アジア四か国対抗で、決勝でまたもカザフスタンに8-17で敗れる。
2013年6月18日、女子ラグビー日本代表の愛称が「サクラフィフティーン」に決まる。
女子ラグビーワールドカップ2014(第7回フランス大会)は、2013年9月にマレーシアで開催の地区予選で、23-25でカザフスタンに敗退、3度目の足止めとなった。
2014年5月、アジア四か国対抗で、香港とシンガポールには勝つが、カザフスタンに敗れる。
2015年5月、女子アジアラグビーチャンピオンシップで、香港とカザフスタンに勝利。
2016年2月、女子にも世界ランキングが導入される。日本は17位からスタート。
2016年5月、女子アジアラグビーチャンピオンシップで、香港に勝利。
ワールドカップ2017には、2016年12月香港で開催のアジア・オセアニア地区予選で、カザフスタンが予選不参加だったこともあり、香港とフィジーを破り1位突破。4大会ぶり(16年ぶり)4回目のW杯出場を決めた。
2017年7月、女子アジアチャンピオンシップで香港に2勝
女子ラグビーワールドカップ2017(第8回アイルランド大会)が2017年8月に開催された。日本はプール戦最下位。順位戦で香港に勝ちW杯3勝目、12チーム中11位となる。津久井萌は、日本代表として男女を通じて最年少となる17歳でスクラムハーフとして5試合すべて出場し、この大会のドリームチーム(ベスト・フィフティーン)に選ばれ、ワールドラグビーから記念品を授与され、さらに第67回日本スポーツ賞を受賞した。
2018年5月18日、浅見敬子がワールドラグビーの理事に選出された。
ニュージーランドで2021年開催予定の第9回大会「女子ラグビーワールドカップ2021」は、女子と男子の平等性を高める取り組みの一環として、大会名から「女子(Women's)」の単語を削除し「ラグビーワールドカップ2021」となることが決まった。
2018年10月17日 - 女子15人制日本代表および男女7人制日本代表にもキャップ制度を導入。女子ラグビーワールドカップ1991(第1回ウェールズ大会)までさかのぼって、日本代表選手としてキャップを授与することが決まった。授与式は、2022年8月27日、秩父宮ラグビー場でアイルランド戦のハーフタイムに行われた。
2019年1月31日、女子15人制日本代表ヘッドコーチにレズリー・マッケンジーが就任。国内大学チームなどでのコーチ経験があり、2018年には7人制女子日本代表のアシスタントコーチを務めた。
2020年3月に香港で開催予定のラグビーワールドカップ2021のアジア最終予選は、日本、カザフスタン、香港の総当たり戦から勝ち上がるとワールドカップ本戦へ、また準優勝で敗者復活戦への出場権が得られるはずであった。しかし、新型コロナウイルスの世界的な流行により延期された。
2021年2月中旬には、ラグビーワールドカップ2021が2021年5月8日開催へ延期された。その後、2022年開催へと再度延期を発表した。この延期に合わせて、2021年5月時点の発表では、ワールドカップ2021の予選および本戦出場を決めた各チームはワールドラグビーから総額2百万ポンドの助成金支給を告げられた。
延期された大会日程において、観客の利便性を重んじて全対戦カードを週末に集中させ、選手の体調管理に配慮し最低5日間の休養日を設けたことにより、開催期間は従来の35日から43日に延びた。それに対応するために、1日に行う試合数を3試合に増やして試合数の消化を行った。
2021年3月16日、ワールドラグビーは女子15人制の新しい世界大会「WXV」の開催を発表した。
2021年10月20日、長引く新型コロナウイルス感染症の世界的流行のため、ワールドラグビーは女子世界ランキングがアジアで最上位(12位)の日本に、自動的にラグビーワールドカップ2021(2022年開催)への出場権を与えることを発表した。
ワールドカップに向けた準備として、2022年5月にオーストラリア遠征を実施した。ゴールドコーストにおいて、5月1日フィジーに勝利、5月10日にオーストラリアにも勝利した。両試合の間には、ブリスベンで5月6日にオーストラリアン・バーバリアンズにも勝利した。
2022年8月27日に秩父宮ラグビー場で行われたアイルランド戦に勝利。そのハーフタイムに、歴代女子日本代表197名へのキャップ授与式が行われた。代表して岸田則子、渡辺志保子、鬼頭(旧姓・赤井)希久子、外山智香子、冨田真紀子、浅見敬子が、ピッチ上でキャップを授与された。
ラグビーワールドカップ2021(第9回ニュージーランド大会)が2022年10月に開催され、日本代表はプール戦を3戦とも敗れ、プール最下位で敗退した。キャプテンの南早紀は、「自分たちはベスト8に行くのだという強い思いがあった。そこに届くことできず、残念な気持ちで一杯」とコメントした。
2022年12月27日、ヘッドコーチ レズリー・マッケンジーの2024年3月31日までの契約更新が発表。2023年秋に開催される「WXV」での成果が求められる。
2023年4月9日付の世界ランキングで、上位2チームが敗戦したため、相対的に日本は試合がないまま12位から10位に上がり、過去最高ランキングとなる。4月30日には11位となる。
2023年4月12日、日本ラグビーフットボール協会が女子ワールドカップ2037の日本誘致方針を発表した。
2023年5月5日、ワールドラグビーが「WXV」第1回開催の詳細を発表。
2023年5月8日から新型コロナウイルスに関する強い規制が撤廃され、ウイルス流行前の状態に戻った。
2023年5月28日、「女子アジアラグビーチャンピオンシップ2023」決勝戦で72-0でカザフスタンを圧勝。10月開催のWXV2(南アフリカ大会)への出場権を獲得した。
2023年6月28日から7月18日まで、スペイン遠征を実施。スペイン代表と親善試合(キャップ非対象)とテストマッチ(キャップ対象)を行い、アウェイながら連勝した。このスペイン遠征から10月開催のWXVまで、コーチ(ハイパフォーマンスアドバイザー)として、女子イングランド代表のヘッドコーチ経験があるサイモン・ミドルトンがスタッフに加わった。この期間限定コーチングは、ワールドラグビーの「テクニカルサポートプログラム」による技術支援の一環。9月30日のイタリア戦は、VXVの前哨戦だったが、25-24(前半22-7)で勝利した。
2023年10月、WXV2の日本はアメリカ・南アフリカと同じプールAに入り、プールBの3チーム(イタリア、サモア、スコットランド)と戦い、1勝2敗。
日本ラグビーフットボール協会は、女子15人制の未来の選手となるジュニア選手からユース選手の発掘をめざし、招待制の強化合宿を「TID(ティーアイディー=Talent Identification=才能発掘)合宿」と名付けて育成に務めている。さらに、「女子15人制TID Strong Girls発掘プロジェクト」も進めている。
2021年秋からは、女子高校生対象の次世代リーダー育成事業「ラグビー・エンパワメント・プロジェクト」を設け、高校部活動へのフォローを強めている。2023年度には男女共同参画の視点からすべての高校生が対象となった。
日本のラグビー競技人口は、全体では減少傾向にある中、女子の競技者は増加している。2016年3月の女子競技人口は588人(女子55チーム)だったが、2023年3月は1,012人(同75チーム)になった。(詳細は日本ラグビーフットボール協会#競技人口の推移を参照)
しかし、2023年4月12日に日本ラグビーフットボール協会は「女子ラグビー中長期戦略計画」を発表し、日本における女子ラグビーにおいて、競技人口の少なさや、環境の厳しさという問題を提示している。競技人口の少なさにより、保護者を含めた周囲の理解が得られにくく、学校でのクラブも少なく試合機会も乏しい。さらに、かつての女子ラグビー経験者が再び女子ラグビーの価値観に触れるコミュニティが少ないため、現役の競技者は経験者との接点が得られにくいという悪循環となっている。
この計画により、日本ラグビーフットボール協会理事の香川あかねが事業遂行責任者として「Director of Women's Rugby 女子ラグビー担当」になった。
近年、ワールドラグビーは、男子と女子をセットでワールドカップの開催決定をする流れになっている(2027年男子と2029年女子はオーストラリア開催、2031年男子と2033年女子はアメリカ合衆国開催)。2035年男子大会を日本で開催したい日本ラグビーフットボール協会は、2037年女子大会の日本開催も視野に、女子ラグビーの充実を目標としている。
また、ワールドラグビーは2025年から女子W杯の参加国を12から16に増やし、充実をはかる。それに対応するため2023年から女子ラグビーの新しい国際大会「WXV」を新設。女子ワールドカップの年以外は毎年開催し、世界の女子ナショナルチーム18か国が定期的に国際試合をする機会を増やした。日本もWXV2から参加する。
香川理事は、WXV第1回大会前のインタビューで「WXVでの3試合、アジアチャンピオンシップでの2試合で、計5試合が年間試合として確定する。しかも、アジア以外の自分たちと同レベルかそれ以上の国と対戦できる。これは強化のプランニング上、非常に大きい」と語っている。
2023年5月10日、日本ラグビーフットボール協会公式YouTubeチャンネルにおいて、女子ラグビーコミュニティー情報を定期的に発信する番組「Girls Rugby Channel」を隔週で配信開始。
2023年5月10日、日本ラグビーフットボール協会が、2024年から2027年までの期間において、ニュージーランドラグビー協会と連携に関する覚書を締結した。これにより、日本の女子トップ選手が、「Sky Super Rugby Aupiki (スカイ スーパーラグビー アウピキ)」や「Bunnings Warehouse Farah Palmer Cup(バニングス・ウェアハウス ファラー パーマー カップ)」に参加する機会を検討することになった。
日本代表選手として実際にテストマッチや国際大会の試合でプレイした選手には、キャップが与えられる。初キャップ対象者には小さな赤い帽子を与え、2キャップ目からは星型の刺繍がされたワッペンを与えて帽子に縫い付けていく。帽子には選手固有の通し番号が刺繍されている。リザーブ(控え選手。英語では Replacements あるいは Substitutes)として出場していても、試合でプレイしなかった選手には与えられない。
近年の選手は、女子ラグビーのテストマッチの機会が増えたことにより、黎明期よりもキャップ数が多い。1991年に行われた最初のテストマッチ出場17名のうち、もっともキャップ数が多い選手は Cap No.12の宮河(菅井)輝美で、1994年までの3年間で7Capを獲得した。
2023年10月30日現在。
2023年4月6日現在。
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