新庄 直詮(しんじょう なおのり)は、江戸時代前期から中期にかけての大名。常陸国麻生藩7代藩主。官位は従五位下・主殿頭。
寛文5年(1665年)、第4代および第6代藩主である新庄直時の長男として生まれる。
延宝5年(1677年)、父の死去により家督を継いで第7代藩主となる。天和元年(1681年)、上野沼田藩主・真田信利の改易・沼田城の没収に立ち会って、沼田城破却を務めた。元禄11年(1698年)、江戸屋敷類焼で家臣の借り上げ、倹約を行なっている。
元禄15年(1702年)、増山正弥の旧城である常陸国下館城の請け取りを行なった。宝永5年(1708年)に死去した。享年43。跡を五男・直祐が継いだ。
父母
正室
側室
子女
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