江東区(こうとうく)は、東京都の区部東部に位置する特別区。
江東区は、1947年に旧深川区と旧城東区が合併して誕生した。区名は隅田川の東に位置することによる。隅田川と荒川にはさまれた江東デルタの南部を占め、南側は東京湾に面する。
現在の江東区の区域は、古くは海面と散在する小島があるだけであった。江戸時代に入ると埋め立てられて新田開発が進み、特に深川地区は明暦の大火(1657年)後に江戸幕府の開発によって武家屋敷や社寺が移されて発展した。中でも亀戸天神のある亀戸、富岡八幡宮と深川不動堂のある深川は賑わいを見せ、深川は木場が繁盛して江戸を代表する下町の一つとなった。城東地区も農地として栄え、江戸近郊の行楽地としても知られた。明治以後は、広い土地と水運を活用していち早く工業化し、大・中工場や住宅、商店街が混在するようになった。深川地区は関東大震災および東京大空襲などを経て区画整理がされている。
青海・有明地区は東京臨海副都心(お台場)として開発され発展が著しく、港区台場地区と連続した近代的計画都市となっている。この臨海エリアには2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の会場も集中している。東京ビッグサイトを筆頭に有明コロシアム、有明アリーナ、有明ガーデンシアターなどの大型イベント施設も多く、年間を通じて多くの来場者があり、ホテルなどの宿泊施設や商業施設も充実してきている。
豊洲地区や夢の島地区には子供向け施設が充実し、近年は都心からの近さゆえ都心回帰の影響で大型タワーマンション建設が相次ぎ人口が増加しているが、区による少子化に伴った小学校の統廃合が行われた後の人口増加のため、統廃合が行われた小学校では生徒の受け入れが困難な状況である。同様に、保育園も不足する事態に陥り、待機児童が増加している。2018年には中央区築地から東京都中央卸売市場(豊洲市場)が移転してきた(「築地市場移転問題」も参照)。
※2022年(令和4年)8月1日現在
2020年10月に実施された国勢調査によれば、江東区の夜間人口(居住者)は520,430人であるが、区外からの通勤者と通学生および居住者のうちの区内に昼間残留する人口の合計である昼間人口は633,813人で昼は夜の1.209倍の人口になる。
中央区、港区、江戸川区、墨田区、品川区、大田区に接しており、南は東京湾に面している。また、東京都の東部低地帯に属している。大正時代から1970年代にかけて工業用地下水の汲み上げや天然ガス採取のために地盤沈下し、もっとも沈下したところである南砂2丁目では4.5m沈下した。地下水の汲み上げ規制や天然ガス採取の停止を実施し、1970年ごろには地盤沈下は止まった。しかし、2000年代になっても区の大部分がゼロメートル地帯、または海面より低い海抜マイナス地帯となっている。運河と橋が多く、区では「水彩都市」と呼んでいる。道路と水路が連なって作られており、住宅地のそばを船が行き交うことも多い。区内には、東京都から「副都心」に指定されている「錦糸町・亀戸副都心」と「臨海副都心」とがある。
臨海副都心は品川区・港区にも跨っているが、実際には江東区が大部分を占めている。また、バブル期以降に急速に開発が進められた新興開発地域でもあり、街の景観は近代的である。錦糸町・亀戸副都心のほうは昔からあった大繁華街で、古くから下町として栄えた。1990年代後半から、東京の新スポットとしても急速に開けており、下町情緒と近代的な再開発地域の同居する街並みへと変貌した。臨海副都心部には埋立地が多く、ゴミ埋立て「東京ゴミ戦争」で有名な夢の島や青海、有明などは観光地区としても賑わっている。また、臨海部にある湾岸地域は港区、江戸川区と海岸線を連ねてつながっており、台場や東京ディズニーリゾートへの交通の便が良い。なお、東日本大震災の際に、一部液状化した地区もあり、団地が浮き上がったり、道路など地面が沈み込んだ場所もあった。
外周には荒川(荒川放水路)と隅田川が、江東内部河川として旧中川、小名木川、横十間川、北十間川、大横川、仙台堀川、平久川、竪川、大島川西支川(運河)、大横川南支川(運河)、越中島川が流れている。
面積は43.01km2である。
区の臨海方面にあるかつてのゴミ埋立地である夢の島一帯は、夢の島公園などの大規模な公園が作られ、市街開発にあたって並木や草木が大量に植えられたため、東京23区内とは思えないほどの緑の多い地域となっている。豊洲や臨海副都心方面にも大型公園が整備されており、ゆとりのある街並みが形成されている。また、大島や木場でも工場跡地が再開発され、公園や緑地が造られた。区内には海抜ゼロメートル地帯があるため、避難場所として使えるよう盛り土された公園が多い。一方、亀戸や深川、南砂などの古くからの住宅街には小規模な児童公園が点在しており、運河を埋めて造成された緑道がある。
区名は、隅田川の東に位置するという地理的な意味から、「辰巳区」、「東区」、「永代区」などの候補の中から選ばれた。
1947年(昭和22年)2月21日に城東区会で、2月25日に深川区会で議決された。「江東」の区名は、隅田川の東に位置するという地理的な意味に加え、「江」は深川、「東」は城東の意味も含んでいる。
しかし、江東の地名はこの時初めて使われたものではない。すでに古くは江戸時代から使用されており、当時の江東という地域は、本所地区または深川地区を指す意味と、広く隅田川の東部を指す意味があった。
江東区では、中央防波堤外側埋立地を除く全域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。
江東区は深川地区・城東地区の45個の町からなる。現在でも海岸隣接地域の埋立により、区の面積が増え続けている。
江東区では、区が主要と位置づける地域を都市核として指定している。区の長期基本計画によると、都市核と指定されたのは以下の6地域である。
江東区は江東ナンバー(東京運輸支局)を割り当てられている。
平成20年度当初予算規模
江東区では地下鉄8号線事業推進課を新設し、地下鉄8号線の延伸(住吉 - 豊洲間)事業を2030年代半ばの開業に向けて進行中である。また、亀戸 - 新木場間にLRTを運行する構想も存在する。この構想には2つのプランがあり、一つ目は亀戸駅 - 南砂町駅を高架とし、以南は明治通り沿いの都有地などに線路を敷くとするプラン、二つ目は亀戸 - 南砂付近までは総武本線(越中島支線・上記参照)を使用し、以南は同じく明治通り沿いの都有地などに線路を敷くというプランである。しかし、収支の見通しの不明確さや新木場駅付近での国道357号との平面交差の問題など、課題が多い。
また、東京都が「都心部・臨海地域地下鉄構想」を発表している。この構想は、東京駅と有明・東京ビッグサイトを、銀座、新築地、勝どき、晴海、豊洲市場を経由して結ぶ地下鉄新線の計画である。さらに、つくばエクスプレスの延伸や羽田空港アクセス線とも連携させる予定である。
このほか、前山崎江東区長は汐留から築地、豊洲を経て国際展示場付近に至るロープウェイの導入を構想した。
江東区により、以下の図書館が運営されている。図書館業務の一部は、民間へ委託されている。
※中高一貫校は#高等学校を参照
軽度の知的発達の遅れを対象とした特別支援学級(仲よし学級)はすべての小学校にあり、特別支援教室(ひまわり教室)は10校(平成32年度入学者対象)に設置し巡回指導している。
言語障害(ことばの教室)、聴覚障害(きこえの教室)は南陽小学校にあり、通級指導を受ける。
特別支援学校は下記参照。
東京都立の特別支援学校では、障害に応じてより専門性の高い教育を行う。
江東区は23特別区の中で唯一、区歌を制定していない。対外的には「東京大空襲の被害が甚大で復興が優先され、高度成長期には他区とのゴミ戦争に忙殺された」ことが理由と説明されているが、歴代の区長は制定時の普及に懐疑的な姿勢を示し、区議会で区歌制定が提案された際も拒否し続けて来た。
2015年(平成27年)11月14日(13日深夜)放送のテレビ朝日『タモリ倶楽部』でこの問題が取り上げられ、番組内でタモリ、レキシ、マキタスポーツの合作による「江東区歌」が作成されたが、区はこの楽曲について正式な区歌としての採用提案を拒否している。
なお番組の放送と同年には「江東水彩音頭」(作詞:寺崎敏夫、作曲:山田現)が民間で作成されており、区制70周年に当たる2017年(平成29年)に「KOTO活き粋体操」の一部に採り入れられて事実上「区の推奨歌」のような扱いとなっている。
Owlapps.net - since 2012 - Les chouettes applications du hibou