安全進塁権(あんぜんしんるいけん)とは、野球用語の一つ。規則により走者(打者走者を含む)がアウトにされることなく進塁を認められることをいう。
安全進塁権が与えられた走者は、与えられた塁までアウトにされる恐れなく進塁することが許される。ただし、安全に進塁できるからといっても、正規の走塁を怠ってはならない。すなわち、複数個の安全進塁権が与えられた場合も、通常の進塁のように順番に触塁しなければならず、ダイヤモンドを横切って進塁が許された最後の塁まで直接向かうようなことは許されないし、走者にリタッチの義務が残っている場合は一旦リタッチの必要がある塁まで戻る必要があり、ボールデッド(一時中断)のもとで安全進塁権が与えられたときに塁を空過した場合は、走者が空過した塁の次の塁に達してしまえば空過した塁の踏み直しが認められなくなる。プレイ再開後に守備側からアピールがあれば、その走者はアウトになる。
安全進塁権には、守備側のミスや反則行為に対するペナルティとして発生するものが多いが、本塁打のようにそうとは言い難いものもある。安全進塁「権」と称されてはいるが、放棄することはできないので単なる権利とは言い難く、義務の性格もある。フェアボールが直接柵越えして本塁までの安全進塁権が与えられてもわざと一塁に留まったり、投手がボークを犯したときに走者が進塁を拒んだりすることは認められない。これは、公認野球規則1.02で「攻撃側は、まず打者が走者となり、走者となれば進塁して得点することに努める」、同1.05で「各チームは、相手チームより多くの得点を記録して、勝つことを目的とする」と謳われているため、より本塁へ近付くことのできるこの安全進塁権の放棄は原則に反するという解釈を根拠とする。同様に、攻撃側のミスや反則に適用される罰則である打者または走者のアウト(例えば守備妨害等)を守備側の意向で取り消しにすることはできない(例外的に、打撃妨害発生時の「監督の選択権」というものがあるが、これとて打撃妨害によるペナルティを取るか、成り行きの結果による攻撃側の利益を取るかの択一であり、守備側の不利益が減免されるわけではない)。
次の場合、打者はアウトにされるおそれなく一塁が与えられる(公認野球規則5.05(b))。このとき占有する塁を明け渡さなければならない走者(一塁走者と、一塁に走者があるときの二塁走者と、満塁時の三塁走者)にも1個の安全進塁権が与えられ、次塁まで安全に進塁できる。
次の場合、走者には安全進塁権が与えられ、アウトにされる恐れなくその数だけ進塁することができる(公認野球規則5.06(b)(4))。ここで走者には打者走者を含むが、打者と打者走者は区別される必要があるので注意しなければならない。下に示す場合の走者に打者を含む場合には、特に説明を加える。
最終回または延長回の裏の攻撃で、数個(2個以上)の安全進塁権が与えられ後攻チームのサヨナラゲームとなる場合、勝ち越し得点を挙げる走者が生還するのに必要な最小限の個数の安全進塁権しか与えられない。打者には、それと同じ個数の安全進塁権しか与えられないが、そのためにはその塁まで進塁することが条件となる(公認野球規則7.01(g)(3))。ただし、柵越え本塁打の場合は、得点差にかかわらず全ての打者と走者の生還(得点)が認められる(公認野球規則7.01(g)(3)【例外】)。
走者に安全進塁権を与える場合、審判員は、以下の通りに宣告を行う。ただし、ボールデッドである場合はそれに先立って、両手を上方に広げるジェスチャーをし(ファウルボールと同じ)、「ボールデッド」または「タイム」と宣告する。(打球が本塁打となった場合を除く)
ボールデッドのもとでは、与えられた塁以上に進むことは認められない。
例えば一・二塁間に一塁走者と打者走者の二人がいたときに 2 個の安全進塁権が与えられた場合、一塁走者・打者走者ともに三塁まで与えられることになるが、一塁走者は三塁まで進めても、打者走者は三塁が前の走者に占有されてしまうため三塁まで進むことができない。このような場合は、打者走者は三塁が許されても結果的に二塁までしか進塁できない。
ただし、打者に一塁が与えられた場合で、その打者に一塁を明け渡すために進塁しなければならなくなった走者は全員安全に次の塁へ進むことができる。いわゆる「四死球による押し出し」は典型的な例であり、満塁の場合は攻撃側に1点が入る(ただし、四球はボールインプレイである)。
四球のケースのようにボールインプレイで安全進塁権が与えられた際には、与えられた塁まではアウトにされる恐れなく進塁することができるが、プレイは続行中であるので、守備側の隙を突いて、その塁を越えて進塁しようとすることも可能である。ただし、与えられた塁に到達してしまうと、それ以降の走塁はアウトにされる恐れがある。
このとき、安全進塁権が与えられた最後の塁を空過していても、この塁に達したものとみなされる。
走者が安全進塁権を与えられ本塁までの進塁が認められた場合、他の走者が何らかの理由でアウトを宣告され三死となっても、安全進塁権が与えられた走者の得点は認められる(公認野球規則5.06(b)(3)【注】によれば、これは満塁で四球により安全進塁権が与えられたときに限って認められている)。
ドーム球場ではその打球の性質に関わらず、打球がフェア地域の上方空間にある天井や照明・音響・空調などの設備に挟まった場合や、そこに当たって跳ね返ってきたボールがフェア地域内に落下した場合にどのように取り扱うかが特別に規定されている。
日本初のドーム球場である東京ドームでは、グラウンド面から天井部分までの高さは「人間の力では到達しえない高さ」として算出された61.690メートルと設計されているが、選手の能力の向上や用具の質的向上、空調や内部空気圧などの様々な要因が重なって、天井部に打球が接触する事態が発生するようになり、特別ルール設定の必要に迫られることになった。順次建設されたドーム球場では個々の球場の高さ・広さに合わせてグラウンドルールが定められている。
この事例は、特にプロレベルで多く発生している。ファンサービスの一環として、野手が飛球を捕らえたことによって第3アウトが成立した場合に、その野手がボールを観客席に投げ入れるようになったことによるもので、いずれも野手がアウトカウントを勘違いして投げ入れてしまったもの。記録は当該野手の失策である。日本プロ野球で日付等が具体的に判明している例は以下の4つ。
また、野手がフェアボールをファウルボールと誤認して観客席に投げ入れてしまった事例もある。
2014年6月8日、カンザスシティ・ロイヤルズ対ニューヨーク・ヤンキース(カウフマン・スタジアム) - 4回表、ヤンキースのブライアン・ロバーツの一塁線のフェア打球を、右翼側ファウルグラウンドのフェンス脇で待機していたボールパーソンがファウルボールと勘違いして拾い上げて観客に渡してしまい、ロバーツには2個の安全進塁権が与えられた。
水島新司作の漫画『ドカベン』の劇中、甲子園での明訓高校とブルートレイン学園(BT学園)との試合において、安全進塁権及びそのルールの盲点が描かれている。
8回裏、BT学園の打者・桜が左中間を破りそうな大飛球を放ったが、明訓高校の中堅手・山岡鉄司はグラブを投げつけて打球を止めてしまった。左翼手の微笑三太郎は、このプレイで「三塁打でボールデッドになる」と勘違いして、山岡に内野への返球を止めさせた。すでに三塁を回って本塁に到達しかけていた打者走者の桜も、微笑と同じく勘違いをして三塁に戻ろうとし、その時くやしまぎれに本塁を2度踏みつけた。それを見た球審は、三塁に帰ろうとする桜の本塁到達を認めた。すなわちグラブを投げつけて打球を止めた場合は三塁打でボールデッドになるのではなく、3つの安全進塁権が与えられ、かつボールインプレイであるため、実際に本塁を踏んだ桜の得点が認められたのである。
また同じ水島新司作の漫画『一球さん』の劇中においても主人公の真田一球が大飛球をグラブで落とそうと考え、落としたあとに打者に三塁打と同じになると言われあっけにとられるシーンがある(真田はルールを知らないまま野球を始めてしまったという設定である)。
2008年5月4日、千葉ロッテマリーンズ対埼玉西武ライオンズ第8回戦(千葉マリンスタジアム) - 5回表、無死無走者で、西武・栗山巧の打球は一塁手を強襲し、右翼手のいる方向へ転がっていった。この打球に対してロッテのホセ・オーティズ二塁手がグラブを投げつけ、グラブは打球に接触した。栗山は一塁にとどまっていたが、審判団は公認野球規則7.05(c)に基づき、栗山に三塁までの安全進塁権を与えた。このあと石井義人の犠牲フライにより西武は得点した。
2017年8月20日、広島東洋カープ対東京ヤクルトスワローズ第20回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島) - 延長10回裏、5対5の同点、二死二塁の場面で、広島のブラッド・エルドレッドの打球は中堅手の頭上を超え、外野フェンスの手前で弾んでスタンドに入った。打者と走者には2個の安全進塁権が与えられ、走者が得点して広島のサヨナラ勝ちとなった。二塁まで進塁していれば二塁打が記録されるケースであったが、エルドレッドは一塁を回ったところで祝福するチームメイトに取り囲まれて走塁をやめたため、単打の記録となった。
2019年4月21日、阪神タイガース対読売ジャイアンツ(巨人)第6回戦(阪神甲子園球場) - 4回表の巨人の攻撃中、無死で一塁走者にクリスチャン・ビヤヌエバを置いて打者の岡本和真が内野ゴロを打ち、阪神の木浪聖也遊撃手が処理して糸原健斗二塁手がカバーする二塁に送球するが、投球に際してスタートを切っていたビヤヌエバの到達が早く間に合わず、続いて糸原は一塁へ送球したが、この送球が二塁上で塁審にセーフのアピールをしたビヤヌエバの右腕に触れて大きく逸れ、そのまま一塁側ダッグアウトに飛び込んでしまった。この糸原の送球は「打球を処理した直後の内野手の送球」ではないため、送球時点でまだ一塁に達していなかった打者走者の岡本には二塁が、既に二塁に達していたビヤヌエバには本塁がそれぞれ与えられ、巨人が先制点を得た。なお、この一連のプレーに関しては阪神球団副社長兼球団本部長の谷本修が日本野球機構への意見書提出を検討した。
2020年9月3日、阪神タイガース対東京ヤクルトスワローズ第15回戦(阪神甲子園球場) - 7回裏(阪神の攻撃)、一死二・三塁の場面で、ヤクルトのスコット・マクガフ投手は走者のいない一塁へ牽制球を行った(この直前に一塁走者だった陽川尚将が二塁へ盗塁していた)。一塁に走者がいないために一塁手の坂口智隆は一塁ベースカバーに就いておらず、この送球は坂口が捕球できずに逸れて外野を転々とし、その間に三塁走者の植田海と陽川が相次いで得点した。この例では、投手が走者のいない塁へ送球している時点でボークであるが、送球が逸れたことにより走者が余塁を奪おうとしているのでただちにボールデッドにはならず、ボールインプレイが継続する(公認野球規則6.02(a)【規則説明1】。ただし、坂口が送球を逸らさなかったのであればその時点でボールデッドになる)。マクガフにはボークと失策(ボークにより三塁が与えられる陽川にさらに本塁を与えたことによる)が記録された。
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