エスビー食品株式会社(エスビーしょくひん、英: S&B FOODS INC.)は、カレー・香辛料などを製造・販売する日本の大手加工食品メーカーである。登記上の商号はヱスビー食品株式会社。
登記上の本店は東京都中央区日本橋兜町だが、「スパイスセンター」という本社事務所が東京都板橋区宮本町にある。スパイスセンターはかつて板橋工場があった所で、敷地内に国会議事堂を模した建物があった。エスビーカレーの缶には国会議事堂の絵がデザインされている。
コーポレート・メッセージは「そこに、スパイス&ハーブ」。
エスビー食品創業者の山崎峯次郎(1903年 - 1974年)は、出身地の埼玉県北葛飾郡金杉村(現:松伏町)で日本初の国産カレー粉を製造販売した。このことから、松伏町では「カレーの町」としてまちおこしを行っている。
ただし「日本初の国産カレー製造販売」が、現在のエスビー食品であるかについては異説もある。
上述のとおり、登記上の商号は「ヱスビー食品」であるが、1992年(平成4年)7月から、対外的には「エスビー食品」の表記を使用している。「ヱ」としているのは、商標の漢字表記が「恵寿美」であったため。
1930年(昭和5年)に太陽と鳥を図案にした「ヒドリ印」を商標にし、翌1931年(昭和6年)に「太陽=Sun」と「鳥=Bird」の頭文字の「S&B」をヒドリ印に併記した。この商標を由来として、1949年に商号をヱスビー食品株式会社に変更した。
2000年(平成12年)にブランド戦略として、S&Bの文字を含む「SPICE&HERB」(スパイスとハーブ)を掲げ、それを新たな企業ロゴにも反映したが、2022年(令和4年)12月31日をもって廃止された。
なお「S&B」の表記は、イギリスのカレー粉の老舗メーカーであり、世界で初めてカレー粉を商品化したとされる「クロス・アンド・ブラックウェル社」(C&B社)の名を意識したものであるとも言われている。
レトルトカレー市場への参入は1970年(昭和45年)に「サンバード チキンカレー」で参入するものの、販売が振るわなかったことに加え、「カレーというのは元来調理した肉・野菜を入れてじっくり煮込むもの。3分間で出来るカレーなんてものは邪道だ」という創業者・山崎峯次郎の意向もあり一旦撤退。山崎没後の1982年(昭和57年)に「フォン・ド・ボー ディナーカレーレトルト」で再参入を果たし、現在に至る。
1977年(昭和52年)に「S&B スナックチップ」でスナック菓子事業に参入するが、採算に合わないなどの理由で2003年(平成15年)に菓子事業から一旦撤退した。スナック菓子のラインアップには「S&B 5/8チップ」のほか、「S&B スナックトースト」「S&B アメリカせんべ」「S&B あ・られチップ」「S&Bスナック 鈴木くん しお味」「S&Bスナック 佐藤くん チーズ味」「田中くん」「山本さん」「S&B キャプテン翼スナック」「S&B 機動戦士Ζガンダムスナック」などが存在していた。その後、輸入販売するフランスのジャムブランド「ボンヌママン」の焼菓子「ボンヌママン タルトシリーズ」で、2016年(平成28年)に13年ぶりに菓子事業に一旦復帰するが、販売不振のため2018年(平成30年)12月までに販売終了となり、菓子事業から再び撤退した。
このほか、飲料事業にも参入したものの短命に終わっている。飲料のラインアップには「たっぷり具入りのミネストローネスープ」「たっぷり具入りのコンソメスープ」などのスープ飲料から、「スゥイングバー ジントニックソーダ」「スゥイングバー ジンライムソーダ」「スゥイングバー ワインスカッシュ」「バナナパーラー」「印度風ミルクティー」「茶」「紅茶」「お茶」「超微炭酸 オレンジ100%」「超微炭酸 アップル100%」「超微炭酸 グレープ&アップル100%「超微炭酸 ピーチ&アップル100%」といったソフトドリンクも販売していた。
など
他多数
社会人陸上部の活動でも知られており、瀬古利彦(エスビー食品スポーツ推進局長)などが所属していたが、2013年3月末で廃部となった。
エスビー食品陸上部は、1954年に創部以来、2012年までオリンピックをはじめとする国際大会の代表選手を輩出。マラソンでは瀬古利彦が国際大会において優れた成績を収め、実業団初の外国人ランナーとなるダグラス・ワキウリが1988年ソウルオリンピック男子マラソンにて銀メダルを獲得した。
駅伝では全日本実業団対抗駅伝競走大会において1984年(昭和59年)第29回大会から4連覇を達成した他、準優勝3度を飾る等強豪として知られる。
しかし、1990年代以降は瀬古の現役時代のライバルであった宗茂・宗猛兄弟率いる旭化成陸上部の前に1度も優勝することができず、2000年の第44回全日本実業団対抗駅伝競走大会では9位と入賞すら逃したのを最後に、駅伝中心の練習からマラソンや長距離種目で世界大会を目指す方針に変え、翌2001年以降は駅伝から撤退していた。
2012年8月31日、エスビー本社が記者会見を開いて「2013年3月末日を以て陸上競技部を廃部し、59年間の歴史に終止符を打つ」ことを発表したが、翌2013年1月6日、ソーシャルゲーム大手のDeNAがエスビー食品陸上部を受け入れることを表明。スポーツ推進局長を務める瀬古と竹澤健介を除く所属する選手ら全員が同社へ移籍した。これにより2013年4月1日より、瀬古もDeNA陸上競技部の総監督に転身している。
以下、主な選手等の略歴である。
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