佐野 研二郎(さの けんじろう、1972年7月29日 - )は、東京都出身のグラフィックデザイナー、アートディレクター、クリエイティブディレクター。多摩美術大学美術学部統合デザイン学科教授。
東京アートディレクターズクラブ (東京ADC)・日本グラフィックデザイナー協会 (JAGDA) 会員・毎日デザイン賞審査員。
父親は慶應義塾大学医学部出の内科医、兄は経済産業省のキャリア官僚、妻(MR_DESIGN広報)は博報堂時代の同僚。
東京都目黒区出身。代々木ゼミナール造形学校に通い、一浪したのち多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科に入学。
大学は1996年に卒業し、博報堂入社。大貫卓也が在籍したグループを経て、佐藤可士和チームに所属。博報堂/HAKUHODO DESIGN経て、2008年1月11日に「MR_DESIGN」を設立し独立。2014年4月に多摩美術大学美術学部統合デザイン学科教授に就任。
2014年、川村元気との共著の絵本『ティニー ふうせんいぬのものがたり』が、NHKにて『ふうせんいぬティニー』としてテレビシリーズアニメ化される。同年、フジテレビ『武器はテレビ。SMAP×FNS 27時間テレビ』のポスターを手掛ける。
2015年7月、佐野の応募作が2020年夏季オリンピック東京大会・パラリンピック東京大会の公式エンブレムに選出されたが、その選出過程や応募作のオリジナリティの有無が物議を醸し、9月1日に組織委員会はエンブレム使用の中止を決めた。独立前に勤めていた会社(HAKUHODO DESIGN)の代表取締役社長永井一史(父は東京五輪エンブレム審査委員代表を務めた永井一正)は多摩美術大学の教授仲間であり、village®社長の長嶋りかこ(東京五輪エンブレム審査員)は博報堂時代の元部下。
2014年、佐野は亀倉雄策賞を受賞(審査員永井一正(選考委員長)他)。受賞の言葉として、「言いたい事は沢山あるが、それはデザインで還す。」と述べた。また、 亀倉雄策の仕事で一番好きなのは1964年の東京オリンピックのエンブレムであり、一生に一度で良いのでそのようなデザインをしてみたい旨を述べていた。2015年7月、自身の作品が応募104点の中から、審査委員会(審査委員長・永井一正のほか、高崎卓馬、浅葉克己、細谷巖、平野敬子、片山正通、真鍋大度、長嶋りかこの8名)によって、2020年夏季オリンピック東京大会・パラリンピック東京大会の公式エンブレムに選出された。どちらも正方形を9分割した幾何学的構成となっており、それぞれ「T」と「=」を表している。エンブレムは、単純な3つのパーツを組み合わせたもので(色違いを含めると4つ)、それらを組み合わせることで、A-Zまでのアルファベットや他の紋様を容易に作ることができるとして、その展開力が高く評価されての選考だった。デザインコンペは、応募資格を組織委の指定した過去の7つのデザインコンペのうち2つ以上の受賞者に限っており、仲間内のコンペだったのではないかとの指摘があった。
このオリンピック・エンブレムは、ベルギーのリエージュ劇場のロゴ・フォント共に酷似していると、作者のオリビエ・ドビから指摘が出た。Studio Debieは自社のFacebookで比較画像を公開した上で、劇場側や弁護士と協議していることを明らかにし、法的手段の可能性を示唆した。バルセロナのデザイン事務所「ヘイ・スタジオ」が東日本大震災の際に寄付を募るプロジェクトのデザインとして発表した「リビルド・ジャパン(日本再建)」も同時に参考にされたのではないかとの指摘もあった。「ヘイ・スタジオ」は、オリンピックのエンブレムが類似しているのは光栄なことであるとして問題としなかった。
佐野は、ベルギーの劇場ロゴは全く知らないもので制作時に参考にした事実はないと反論した。8月1日、東京都知事の舛添要一は「100パーセント問題ないとは言い切れない状況だ」と事態を注視する姿勢を示した。国際オリンピック委員会副会長のジョン・コーツは、ベルギーの劇場のロゴは保護対象にはなっていないとの見解を示した。東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗も、「半年もかけて国際社会に照会している。その間、異論は出ていない。全く心配していない」と語った。佐野は8月5日に会見を行い、「(ベルギーのものとは)デザインに対する考え方が全く違うので全く似ていないと思いました」と語り、疑惑を否定した。根拠としては、デザインを9つのグリッドに区切り、区切った部分がパーツとして分解できるようにして動画やデジタルメディアへの展開力や拡張性を満たすデザインにしていることを挙げた。オリンピックのエンブレムは「T」と円を組み合わせたデザインで、1964年のデザインのDNAを引き継ぎ、赤い丸を心臓の位置に置いて鼓動をイメージしたと説明する一方で、ドビ作品は「T」と「L」の組み合わせなので考え方が異なり、全く似ていないと説明した。しかしこの説明は後に佐野の原案が発表されたときに逆に矛盾を指摘されることとなる(後述)。8月10日、組織委員会会長の森はエンブレムについて「自信を持ってこれからも使っていく」と明言した。
本人はエンブレムデザインの経緯を8月5日の記者会見で以下のように説明した(当作品が審査を通過した案ではなく修正案であることは未発表)。
サントリーのトートバッグ騒動(下記)が発生した。これを受け、五輪関係者からは「世論はもたない。取り下げも検討すべきだ」との声もあがった。一方、舛添要一は、「IOC、組織委で決定が覆らない限りは今の立場を踏襲したい」とした上で「(サントリーのトートバッグについて)私も見たが、似ているなという感じはする」と語った。遠藤利明も使用の差し止めについて「今は考えていない」と述べた。
ベルギー側は8月14日にリエージュの裁判所に五輪エンブレム使用差し止めを求めて提訴した。五輪エンブレムをデザインした佐野の説明が「真摯とはいえない」としエンブレムの使用差し止めと、それを使用した企業や公的機関に5万ユーロの賠償金を求めた。裁判は9月22日に始まる予定。またIOC本部があるスイスでも裁判をする意向も明らかにした。劇場側の弁護士はアラン・ベレンブーム、ドビ側の弁護士はPhilippe Mottard。一方、大会組織委員会は17日にベルギーのデザイナー側を非難して争う姿勢をみせた。佐野もエンブレムを取り下げる意思もないことを明らかにした。五輪エンブレムの審査委員代表だった永井一正は26日の朝日新聞とのインタビューの中で、応募段階の当初作はベルギーの劇場ロゴマークと似ていなかったとし、「ほかの応募案や審査の過程も公表した方がいいと思う」と語った。また永井は、佐野の原案は他の物との類似があり、現在の案は佐野がデザインコンペに当選した際の原案に修正を加えた物で、現在の五輪エンブレムと異なることが明らかにされた、発表されたデザインは修正を施した上で2015年4月に完成したものである。
これを受けて、ベルギー人デザイナーのオリビエ・ドビはフジテレビの取材に対して「もともとのロゴが、今とは違い、修正を加えたのであれば、修正前に戻せば、問題は解決します」と語った。オリビエ・ドビはエンブレムの使用中止を求めてIOCも提訴しているが、使用中止が正式な手続きで確認できれば、IOCへの訴訟は取り下げる考えを示している。
8月28日に組織委員会は佐野の原案を公表した。原案はTが強調されたデザインだった。このエンブレムは選考で圧倒的な評価を得ていたが、ある海外企業のロゴに似ていることが指摘されたために、修正されることになり、2回の修正によってリエージュ劇場のロゴに似たものに変更されたとされた(最終案は2015年の4月ごろ)。
しかし、この原案には2つの疑惑が指摘された。まず、2013年11月に開催されたヤン・チヒョルト展で使われたポスターの盗用ではないかという指摘があがった。佐野のツイッターとみられるアカウントでも「展覧会いくべしいくべし。ヤン・チヒョルトもやばい」というツイートがあり、佐野がこのデザインを事前に知っていた可能性も示唆された。2つめの疑惑として、以前からのデザインに関する説明との矛盾点も指摘された。
また、修正に際して審査委など第三者の助言があったのかという質問に対しては、武藤敏郎組織委・事務総長が「すべて佐野さんが決めた」と回答し、最初の記者会見で原案の存在を伏せた理由については、「訴状の相手がIOCであるため、訴訟の影響を考えIOCの理解と了承が必要だったが、放置しておくのもよくないという判断から公表に至った」と述べた。
9月1日、組織委員会の武藤敏郎事務総長は、新たな疑惑の指摘に対し本人に聴取した所、佐野が 「(ヤン・チヒョルトの展覧会に)確かに見に行きました。でも、どういうものだったか、覚えていません。自分は独自に作りました」と述べた事を説明した。また原案と矛盾するコンセプト説明がなされていた件については、修正作業は佐野が中心になって実施したものであり、修正後のエンブレムについても佐野がデザインしたものであり、矛盾しないと説明した。
7月24日に都庁で開催された東京2020エンブレム発表会・記者会見においてエンブレムの展開例として羽田国際空港のロビー画像と渋谷ハチ公交差点の画像が公開されていたが、ベルギーの劇場ロゴとの酷似指摘の問題も発生していなかったため、この時点では特に指摘がなされることはなかった。
しかし、8月28日に行われた会見で、エンブレムの展開例が改めて提示されたことを受けて、羽田国際空港のロビーの画像が、個人ブログに2012年5月に著作権を明示して掲載された写真を無断で転用していることが指摘された。写真を撮影した外国人女性は、「わたしに許可なく写真を使用したのなら、とてもショックです」と話した。また、渋谷ハチ公交差点の写真を撮影した別の外国人は自身のブログで、Flickrの写真はCCライセンスのもとで公開しており商用利用を認めていないし、使用許可を求められたこともないと述べている。佐野はエンブレムについては個人の応募であり、他のスタッフは作業にかかわっていないとしており、佐野はインターネットで収集した他人の画像を流用していたことを認めた。
9月1日 エンブレムを巡って、空港や街なかでのエンブレムの展開の例として佐野研二郎が作成したイメージ画像について、インターネット上に掲載されていたものを無断で使用したという指摘があることから、大会の組織委員会が事実関係を調査していたとの報道があった。
佐野は、写真の流用について「既に原作者にアプローチはしていたが、不注意でした」と語ったが、これについて文化庁の著作権課は「一般的には著作権者が記されているにもかかわらず、無断で写真を複製したのであれば、悪質な侵害の部類に入り著作権法に抵触するおそれがある」と話している。
9月1日正午過ぎ、大会組織委員会は佐野がデザインしたエンブレムの使用を中止する方針を固めた。使用中止の理由は、デザインの模倣ではなく、連日の誹謗中傷から家族を守るために取り下げたいとの原作者・佐野からの要望によるものと述べた。また、2020年東京オリンピックのエンブレムを巡り、審査の応募資料として提出した空港や街中でのエンブレムの使用例の画像について、佐野側が大会の組織委員会の調査に対してインターネット上に掲載されていた画像を無断で転用していたことを認めた。さらに、組織委員会は1日夜の会見で、28日の前回の会見の後に原案に良く似たロゴがあると指摘を受けたことも使用中止の理由であることを認めた。また、同会見で武藤敏郎事務総長は、佐野に支払われるはずだったギャランティー100万円について、支払わないことを明言した。佐野は事務所のホームページにコメントを載せ、エンブレムのデザイン以外の仕事において不手際があったとして謝罪したが、エンブレムの原案等は盗作ではないとし、自身や作品への疑義に対して繰り返される批判やバッシングから家族やスタッフを守るために、取り下げを決断したと語った。
2015年9月21日、リエージュ劇場が「IOCから提出された証拠を精査した結果や、佐野氏のエンブレムが使用中止となったことから、著作権を侵害されていないと判断した」との声明を出し、訴訟を取り下げた。オリビエ・ドビ側は訴訟を継続した。また、pinterestの創業者であるエヴァン・シャープは、ピンタレストはアイデアを盗むためのものではないとし、ネガティブな話題の中で取り上げられ本当の価値を一部の人に誤解されたことが残念だとコメントした。
2015年8月、サントリーのオールフリーの応募シールを集めると佐野デザインの30種のトートバッグがもらえるという企画で、バッグのデザインに多くの盗用があるのではないかという指摘があがった。8月5日の会見では「ものをパクるということを一切したことはない。」などと語っていたため反発の声が高まった。8月13日、サントリーは佐野のデザイン事務所からの取り下げ依頼を受け、トートバッグのNo.6、No.7、No.8、No.12、No.18、No.19、No.20、No.24の8種類の配布中止を決定した上で謝罪した。
2015年8月14日、代表を務める事務所のホームページ上で、「佐野研二郎デザイン」として発表・配布された景品は、他人の作品をスタッフがトレースしたものであることを認め、謝罪。江川達也は、この騒動について「デザイナーって何なんだろう」「オリジナルって何なんだろう」とデザイナーの仕事ぶりが問われる事態になったと批判した。15日、「BEACH」と書かれたデザインについてデザイナーのベン・ザラコーが15年前に自分が制作したものと完全に一致すると指摘。ザラコーは、「もし、佐野氏が盗作でお金をもうけていたのなら、法的手段を取りたい」と明言した。 泳ぐ女性のデザインを制作したジェフ・マクフェトリッジは、模倣について「とんでもないこと」と批判したが法的手段をとらないと語った。俣野温子は、「(佐野の)トートバッグの猫もヒゲはなく黒猫で丸い目で、ポケットから半分顔を出しています」と自身の作品との類似を認めた上で、「私の代わりに怒ってくださった皆様…溜飲が下がりました。本当にありがとう。」と佐野への追及に対する感謝の意を述べるに留めた。「BEACH」の作者であるザラコーは「Let's be creative and original. Let the games begin!(創造的で独自性あるものにしましょう。ゲームをはじめて下さい)」と五輪エンブレムの挑戦状をたたきつけた。17日にはザラコーの対案の初稿が公開された。
佐野の妻は、日刊ゲンダイのインタビューに応じ、トートバッグのデザインの実務は何人かの部下であって佐野は監修と主張。五輪エンブレムのデザインコンペが博報堂のお手盛りのコンペだったとの指摘には、博報堂と無関係の人物もいたと反論した。佐野が教授を務める多摩美術大学の総務課は、トートバッグの件について佐野に事情を確認するとしたが、五輪エンブレムの使用中止が決まった9月1日の時点においても事情の確認は行われていない。佐野の事務所は、写真の盗用を認めた後も謝罪や問合を含めて、盗用元に一切の連絡をしていない。
2015年8月31日、佐野がアートディレクターを務めた多摩美術大学の広告のポスターに盗用の疑いがあると指摘された。メガネ・サングラスの総合情報サイトであるGLAFASは、佐野がアートディレクターを務めた多摩美術大学の広告にGLAFASに掲載されている写真が使われているとの指摘を受け、「現在までに多摩美術大学および佐野研二郎氏、デザイナー香取有美氏からの連絡は来ておりません。」と明言した。佐野の妻は、同年8月18日に他人の作品の複製・模写について「もう出てくることはないと思います」と語っていた。多摩美術大学が2015年9月4日未明までに、アートディレクターの佐野研二郎が手がけた大学の雑誌広告シリーズ「MADE BY HANDS.」を公式サイトから削除した。佐野側は、影絵は切り絵を作成し事務所内で撮影したもので、メガネはスタッフの個人所有のもので、いずれも盗用の事実はないと釈明したが、GLAFAS側は検証用の画像を公開して、撮影されたメガネはGLAFASを運営する「さくらヒロシ」の私物であり、細かい点がオーナーにあうように調整されたもので、それらの変更箇所やフレームのバリや付着しているホコリの位置まで一致とした。他にも、「水に流れる墨汁」という作品で、流れる墨汁の形状が、2012年に公開された中国のポスターと全く同じことも指摘されている。
2015年9月11日、「佐野氏のエンブレムが展開例に優れていた」という主張を補強するために組織委マーケティング局(マーケティング局の局長は電通の槙英俊)で作成した画像に無断使用が発覚した。1人については使用料を支払い事後承諾を受け、残る2点についても事後承諾を得る方針。
エンブレム公募の発表3日前の2014年9月9日、審査委員代表が「国内最高水準のコンペにするため、一流とされるデザイナーらには招待状を送り、熱意を持って取り組んでもらえるようにしたい」との意向を示唆し、審査委員代表と組織委クリエイティブ・ディレクター名による参加要請文書が、組織委マーケティング局長の指示を経て8人のデザイナーに送られていた事実が判明した。
また、エンブレムの原案は二度にわたって修正されているが、この過程を知っていたのは審査委員の中では組織委クリエイティブ・ディレクターの1人だけで、佐野の修正の指南役だった。組織委の重鎮である森喜朗や武藤敏郎などから「(ヤン・チヒョルト展のポスターに似ているとされる原案について)日の丸を足元に置くなんておかしい」「(ベルギーの劇場のロゴに似ているとされる最終案の前段階の案について)躍動感がなくなった」といった指摘があり、一部の人間だけで修正が施された。
10月1日発売の週刊新潮によると、参加要請文書には次のようなことが書かれていた。
なお、文書の結びでは「(9月12日の公募開始の発表前までは)ご内密にお願いいたします。」との記載もあった。2日には、組織委の幹部であるマーケティング局長の槙英俊とクリエイティブディレクターの高崎卓馬が事実上の更迭となった。
佐野名義でホームページに掲載された謝罪文によると、佐野が関わった窃用とは無縁の作品までも盗作扱いとされ、事実無根な内容まで報道されたという。インターネットにおいては、佐野のメールアドレスを本人に無断で様々なサイトに登録されたり、誹謗中傷のメールが毎日届き、更には佐野の親族の写真が無断でネット上に公開されるなどプライバシー侵害をされている状態が継続している模様である。このようなネットにおける誹謗中傷やプライバシー侵害行為に関して、ジャーナリストの神田敏晶は、ネット独特の匿名性や自らが社会活動に参加していると思わせるものが高じた結果ではないかと指摘している。また、立教大学准教授でメディア研究が専門の砂川浩慶は、エンブレムそのものの窃用は証明されていないとし、似通ったデザインはどうしても存在するため、単に似ているからといって行き過ぎた批判が行われると、表現の幅が狭まるのではないかと警鐘を鳴らしている。
なお、佐野は過熱する報道について9月4日に報道機関へ声明文を出した。声明文では「著作権侵害を推認・示唆させるような報道が為されるに至っています」としたうえで、「思想・アイデアそのものが著作権法に基づき保護されるものではない」と主張した。また、同声明文の中で、今後、客観的な報道がなされなければ、名誉毀損などの法的手段を講じ、人権侵害を申し立てるとしている。
大日本印刷は銀座にグラフィックデザインの専門ギャラリーを設立(監修は永井一正)し、ヤン・チヒョルト展などの様々な展示を行っているが、佐野は平野敬子、浅葉克己、細谷巖らとともに応援メッセージを寄せ「いまのデザイン界にはなくてはならない場所がgggだ。」と語り、関係するアーティストとしても紹介されている。 2007年には佐野自身の発表会も実施され「僕にとってgggは高校球児にとっての甲子園のような存在で個展は遥かな夢だった」との思いを語り、銀座グラフィックギャラリーは佐野の制作において重要な指針だったとしている。
など
ノイエ・ザムルング(ミュンヘン) / ラグビー協会「男」ポスター、世界柔道2003ポスター、毛皮族ポスター
多摩美術大学の2016年の学園祭において、佐野の葬儀をイメージさせるパフォーマンスが行われていたことが、同年11月8日付の新聞報道で発覚。同大学側は、誰がどのような意図で行ったか、学生の関与の有無を含め調査中である。
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