「矢切の渡し」(やぎりのわたし)は、石本美由起の作詞、船村徹の作曲による演歌。1976年にちあきなおみのシングル「酒場川」のB面曲として発表され、1982年にはちあきなおみのA面シングルとして発売された。翌1983年に多くの歌手によって競作され、中でも細川たかしのシングルが最高のセールスとなった。
東京都と千葉県の県境を流れる江戸川で、葛飾区柴又と松戸を結ぶ渡し舟がある矢切を舞台にした歌である。
元々は、1976年10月1日に発売されたちあきなおみのシングルEP「酒場川」のB面曲として発表された。プロデューサーだった中村一好をはじめとする製作陣は本作をシングルのA面として発売することを希望したが、ちあきの希望で「酒場川」がA面になり、本作はB面収録となった。なお、この時にはタイトルは「矢切りの渡し」と表記されていた。
人の耳にとまりにくい売り出しで、空前の大ヒット曲「およげ!たいやきくん」の前に影は薄かった。
6年後の1982年、ちあき盤「矢切の渡し」は梅沢富美男の舞踊演目に用いられたことで好評を博し、同年6月に開始したTBS系列のテレビドラマ『淋しいのはお前だけじゃない』(梅沢も出演した)の挿入歌としても使用されて話題を集めた。そこで、同年10月21日に本作をA面としたシングルが改めて発売された。
バーニングプロダクション社長・周防郁雄が同プロ所属の「細川たかしに歌わせてみたい」と、翌1983年に細川のシングル(後述)が発売された。同年にはこの他、瀬川瑛子、中条きよし、春日八郎&藤野とし恵、島倉千代子&船村徹、佐山友香など、競作で発売されたが、中でも最も売れたのが細川盤であった。ただし、当時の有線のチャートではちあき盤が首位にあった。また、瀬川盤はオリコン44位にランクインし、20万枚を売り上げた。
本作は他にも、美空ひばりがLPアルバムで、藤圭子が1984年にアルバム『蝶よ花よと』で、中森明菜が2007年のアルバム『艶華 -Enka-』でカバーするなど、LPアルバムでは1997年1月の時点で28人がレコード化した記録が残る。
1983年度の日本音楽著作権協会(JASRAC)発表による楽曲別の著作権使用料分配額では、「氷雨」に続いて年間2位にランクインされた。
本作の作曲を手がけた船村徹は、ちあきなおみに提供した楽曲が細川たかしの歌唱によってヒットしたことについて、「ちあきの歌は(楽曲のイメージ通りの)手漕ぎの櫓で、細川の歌はモーター付の船だ。」という評価を下している。また、ちあきの歌は「鑑賞用」で細部まで聴かせる歌なのに対して、細川の歌は一本調子で楽曲の難しい部分を省略した歌い方でありカラオケなどで誰でも歌えると世間に思わせてしまっている、とも発言している。
作詞の石本美由起は、山口県との県境の町、広島県大竹市の出身で、近くに両県を結ぶ「木野川渡し」(現在の小瀬川)があり、山口側には江戸へ移送される時に、二度と帰れぬ故郷との別れを詠んだ吉田松陰の歌碑がある。石本にはこの思い出が強く「渡しをテーマに創作してみよう」という気持ちは常にあった。1970年代半ば頃、映画『男はつらいよ』で「矢切の渡し」が紹介され、2つの渡しが心の中でつながりだした時に、テレビの紀行番組で「矢切の渡し」がなくなりそうだという話を聞いた。作曲家の船村徹も同じ番組を観ていて、翌日現場に行き、その足で当時専属だった日本コロムビア本社に行くと石本が偶然いて、雑談は当然のように「矢切」へ行き着いた。船村の出身地・栃木県塩谷郡塩谷町周辺にも2ヶ所「鬼怒川の渡し」があった。場所こそ違うが渡しへの郷愁を共有していた2人は「渡しがなくなるなら、作品に残そう」と意気投合、本曲の製作に至った。
ちあきなおみのシングル「矢切の渡し」は、1982年10月21日に発売された。発売元は日本コロムビアである。
上記の通り梅沢が本作を使って話題になったことにより、コロムビアは急遽、ちあき本人が一度もテレビなどで歌ったことがなく、B面曲として埋もれていた本作をシングルA面として再び発売することを決めた。
1982年に放送され、ちあきも出演した毎日放送製作・TBS系列のテレビドラマ『ちょっと噂の女たち・黒田軟骨の女難』では劇中歌としてちあきが本作を歌唱した。
ちあき盤は翌年に細川盤が日本コロムビアから発売された際に生産中止となっている(ちあきは1983年当時、ビクターに移籍し、アルバムで外国の曲を日本語でカバーする活動をしていた)。
B面の「別れの一本杉」は春日八郎のカバーである。作曲は同じく船村徹による。
(全作曲・編曲:船村徹)
細川たかしのシングル「矢切の渡し」は、1983年2月21日に19枚目のシングルとして発売された。発売元はちあき盤と同じく日本コロムビアである。
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