堤防(ていぼう)とは、人家のある地域に河川や海洋の水が浸入しないように、河岸や海岸、運河に沿って土砂を盛り上げた治水構造物のことである。一部は、土手(どて)とも呼ばれる。
河川の堤防は主に洪水時の氾濫を防ぐ目的で設けられる。
堤防から見て河川のある側を堤外(ていがい)といい、その反対側を堤内(ていない)という。一般的な感覚とは内外逆に思えるが、人家のある土地を堤防で囲って護るという考え方から生まれた呼称である。
堤防の平坦になった頂部は天端(てんば)、もしくは馬踏(ばふみ)と呼ばれ、3m以上の計画高水流量により決められた幅にされている。この天端には河川管理のための人車が通行可能な河川管理用通路が設けられ、必要に応じて敷砂利やアスファルト舗装が施されている。
堤防も場所によっては、一般車両の通行可能な国道や都道府県道等の一般道と同等の「併用道路」とされているが、天端は洪水時において水防活動を実施する空間となるため、水防活動を妨げるガードレールや街灯といった構造物は可能な限り設置が避けられる。
このため一般の道路は、天端を区分して平行に設けたり、斜面を1段下がった小段に設けることで、水防活動と一般交通路としての利用を分離している区間も多い。
天端の両端の法肩(のりかた)から下る斜面は法面(のりめん)といい、堤外側の法面を表法(おもてのり)、堤内側の法面を裏法(うらのり)という。法面の勾配は原則として50%以下と定められている。
通常は法面には芝を生やすことで表面の崩落を防ぐが、水流が強くなることが予想される箇所の表法面はコンクリートブロックなどで護岸が行われる。
大きな堤防になると(高さ3m以上)、法面の崩壊を防ぎ、安定を図るため、中腹に水平な段が設けられる。これを小段といい、1.5m以上の幅で設けるよう定められている。ただし、小段に水が溜まることを嫌って、最近は流下断面に余裕がある場合、小段を設けずに緩傾斜とした1枚法で改修される場合がある。また、堤防の安定や非常用土砂の確保、環境保全において必要のある場合には、裏法に盛り土を行うことがある。これを側帯という。側帯はときに頂部を公園としたり、並木を植えるなどして利用されることもある。
日本では堤防を完成堤防と暫定堤防、暫々定堤防とに区分している。
完成堤防の定義は「計画高水位に対して必要な高さと断面を有し、さらに必要に応じ護岸(のり覆工、根固工等)等を施したものをいう」としている。暫定堤防は計画高水位に対して必要な高さと断面(幅)を有し、さらに必要に応じ護岸等のうち、どれかは満たす状態の堤防で、暫々定堤防はそのどれも満たしていない堤防である。
前述の断面とは一般に堤防断面と呼ばれ、これは堤防を水流行方向ではなく、横断面方向にカットした際の形状断面である。
暫定堤防のうち、高さがあるが断面幅の狭い堤防のことをかみそり堤と呼んでいる。
特に隅田川に設置されているコンクリートウォール製の高さがあるが断面幅の狭い鉛直型防潮堤はカミソリ堤防と呼ばれる。
また、計画高水位に対して必要な高さと断面を有する堤防断面を計画堤防断面としており、河川管理施設等構造令では河川の規模(流量規模)に応じて堤防高ほかが規定されているため、これに基づいて各河川の計画堤防断面が決定されている(形状規定方式)。
尚、同様の特殊堤として、河川構造物に越流堤、囲繞堤(いじょうてい)、背割堤及び道流堤がある。
日本において河川堤防は、河川法に定める河川管理施設の一つとされ河川区域に含まれるため、私有地内にあったとしても工作物の設置や土地の掘削、竹木の植栽・伐採などには河川管理者の許可が必要となる。ただし、高規格堤防特別区域(後述)では規制が緩和される。
堤防の大まかな設計は、位置と高さ、幅より構成される。以下では日本の事情について記述する。
流水部を含めた計画横断面は定規断面と呼ばれるが、堤防定規断面は、河川工事で盛土や切土を行う際に定規となる堤防の最小限必要となるつまり計画高水流量を流すために必要な河川断面。断面は堤内地側の形状を含め描写される。大河川ではおよそ200メートルピッチなどを目安に定期横断測量にて定期的に計測され、都度形状が調整される。
定規断面についても堤防は河川管理施設等構造令に堤防頂部の平坦部である天端の幅や法面の勾配等が規定されているため、これに基づき河川ごとまたは河川区間ごとに河道計画上定規断面が定められている。
こうした一連区間において高さ、天端幅、のり勾配などを構造令などから定めた堤防の基本的な断面の「形状」を基本断面形状という。そして定規断面は不可侵とされ、附属物等は基礎であっても、定規断面内に設置しないことが基本となっている。
改修工事に当たっては、各地点で堤防と護岸も含めた「標準断面」を定めて工事の実施に当たるが、日本の河川では計算を根拠とする定規断面形状をほぼそのまま標準断面として使い実際に施工することが常習化している。ただし堤防定規断面とはあくまで河川整備計画で定められた流量確保などを確認するためのもので、河道計画では計画高水流量を計画高水位以下の水位で安全に流下させる河積を確保することが第一義的となっており、死水域や粗度係数などの河道や沿川に有する自然環境や、堤防背後の土地利用状況等を勘案しつつ河道断面の設定を行う必要が生じる場合がある。
堤防の整備上の水位として計画高水位がある。
防災上の水位として、はん濫危険水位(氾濫危険水位)、避難判断水位、はん濫注意水位(氾濫注意水位)がある。水防法10条及び11条に基づき水位等の予測が技術的に可能な流域面積の大きい河川で、洪水により国民経済生活上重大な損害等を生ずるおそれのある河川として国土交通大臣や都道府県知事が指定するものを洪水予報河川という。また、水防法13条に基づき洪水予報河川を除く河川のうち洪水により国民経済生活上重大な損害等を生ずるおそれのある河川として国土交通大臣や都道府県知事が指定するものを洪水予報河川という。
通常の堤防は越水が起こると土砂が削られ、破堤につながり甚大な被害を招く。万一の越水でも急速な崩壊を招かぬよう、裏法面を3%以内の緩やかな勾配としたものを高規格堤防またはスーパー堤防と呼ぶ。高規格堤防においては水が堤防高を越えても堤内に緩やかに流れ落ちるため被害が小さくなるとされる。1987年に建設省(現在は国土交通省)が事業として利根川から工事を始め、ほかに江戸川、荒川、多摩川、淀川、大和川の5水系6河川区間約873kmの整備を対象とした。
高規格堤防の裏法面上は高規格堤防特別区域とされ、大規模な地面の掘削等に許可が必要となるものの、通常の土地とほぼ同様に建築や耕作に利用することができ、堤防上に街並が作られる。たとえば堤防高10mの高規格堤防では裏法面の幅は30倍の約300mを必要とする規格であるが、この部分の用地買収は行わず、一時移転や再建築の費用を国が負担した上で所有者に土地が返還されることとなる。この際に街区整理も併せて行われることがある。
高規格堤防計画の延長が縮小される前は、100年から200年に一度の大洪水を防ぐための総延長すべての建設に約400年の膨大な時間と12兆数千億円の費用が必要とされ、また堤防全体を高規格化するまではその治水効果を十分には発揮できないことから批判があった。
スーパー堤防事業は民主党による事業仕分けで無駄と脚光を浴びたが、2011年東北地方太平洋沖地震を契機に災害への意識が高まり、規模の大幅な修正を経たものの、現在も建設が行われている。
堤防が崩壊することで川の水が堤防から流れ出すことを破堤(決壊)という。
なお、浸透防止策、浸食防止策、越水対策などの対策を施された堤防は「難破堤堤防」と呼ばれる。
欠壊とは堤防が激しい川の流れや波浪などで削り取られたり、雨の浸透により堤防の一部が崩れることをいう。
津波・高潮・高波の被害を防ぐために海岸に沿って設けられる堤防は海岸堤防とよばれる。海岸堤防の高さは計画高潮位(異常潮位の際に想定される潮位)に波の影響を考慮した高さを加えたもの以上に設定される。波による浸食や越波に耐えうるよう、河川堤防よりも強固な構造となっている。また、海岸堤防には浪波による越波を減少させ、侵食による土砂の流出を防止するという役割も備えている。
また、津波等に備えて特に高く頑丈に造られた堤防を「津波防波堤」または「防浪堤」と呼ぶ。高さ5 - 7 mメートル程度のものが一般的であるが、岩手県宮古市田老地区(旧田老町)の田老の防潮堤は特に高く、その高さは10 m、長さは2.4 kmに及び、別名「田老万里の長城」として観光名所にもなっていた。この田老地区の堤防は1960年チリ地震の津波をはじめとする幾つもの津波被害を防いできたが、東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震の津波を防ぐことはできなかった。2011年3月11日に起こったこの地震により、被災6県(青森県 - 千葉県)の約300 kmの範囲で多くの被害をもたらした。それにより、「海岸保全施設等の施設については、設計対象の津波高を超えた場合でも施設の効果が粘り強く発揮できるような構造の技術開発を進め、整備していく必要がある」という『粘り強い構造』の考えが導入された。この考えは河川堤防にも導入されている。
海岸堤防は一般的に、盛り土の表面をコンクリートで被覆して造られている。さらに近年竣工された海岸堤防の一部には、植栽のために盛り土がされている。このような造りは費用がかかりすぎるというが問題も発生している。
一方で岩手県の下閉伊郡普代村や九戸郡洋野町においては、東北地方太平洋沖地震においても高さ15.5 mの普代水門(1984年完成)や太田名部防潮堤(以上普代村)、高さ12 mの防潮堤(洋野町)が決壊せずに津波を大幅に減衰させ、集落への人的・物的被害を最小限に抑えることができた。普代村では東北地方太平洋沖地震において被災した民家は無く、死者はゼロである。
日本では、堤防を決壊させた者は、刑法第123条により2年以下の懲役・禁錮または20万円以下の罰金(出水及び水利に関する罪)、さらに出水させて現住建造物、電車などを浸水させた場合には、第109条により死刑または無期若しくは3年以上の懲役が科せられる(現住建造物等浸害罪に項を参照のこと)。実際に適用された例は確認されないが、住民などが堤防を破壊する行為は記録されている。
中国では、1938年6月、国民革命軍が日本軍の進撃を食い止める目的で黄河の堤防を破壊した(黄河決壊事件を参照のこと)。
1972年、北ベトナムは、アメリカが紅河デルタ地帯の堤防や水門を意図的に爆撃、同年7月までに149ヶ所の堤防と7ヶ所の水門が破壊されたと非難した。アメリカ側はリチャード・ニクソン大統領自ら爆撃を否定、後に国務長官が偶発的な被弾が12ヶ所あったことを追認したが、国内外から堤防の爆撃に対する非難の声があがった。エドワード・ケネディ上院議員らは「いかなる理由でも堤防爆撃に反対する決議案」を議会に提出したが否決された。
1977年に採択されたジュネーヴ諸条約追加議定書(第56条)では、堤防は原子力発電所、ダムと並び「危険な力を内蔵する工作物及び施設」として位置づけられ、武力による攻撃が禁止される対象となった。
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