欧州連合


欧州連合


欧州連合
欧州連合の標語: In varietate concordia
(ラテン語: 多様性における統一)
欧州連合の歌: 交響曲第9番第4楽章「歓喜の歌」

欧州連合(おうしゅうれんごう、EU; 英: European Union、仏: Union européenne、独: Europäische Union)は、ヨーロッパを中心に27カ国が加盟する経済同盟である。総面積は4,233,255.3平方キロメートル (1,634,469.0 sq mi)で、総人口は約4億4700万人と推定されている。EUは、加盟国が一体となって行動することに同意した場合にのみ、これらの事項についてすべての加盟国に適用される標準化された法制度を通じて、域内単一市場を発展させてきた。EUの政策は、域内市場における人、物、サービス及び資本の自由な移動を確保し、司法及び内政に関する法律を制定し、貿易、農業、漁業及び地域開発に関する共通の政策を維持することを目的としている。シェンゲン圏内の旅行については、パスポートによる管理が廃止された。通貨同盟は1999年に設立、2002年に完全施行され、ユーロ通貨を使用する19のEU加盟国で構成されている。

EUおよびヨーロッパの市民権は、1993年のマーストリヒト条約の発効によって確立された。その起源は、それぞれ1951年のパリ条約と1957年のローマ条約によって設立された欧州石炭鉄鋼共同体 (ECSC) と欧州経済共同体 (EEC) にある。欧州経済共同体として知られるようになった最初のメンバーは、ベルギー、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、西ドイツの6カ国であった。共同体とその後継組織は、新たな国の加盟によって規模を拡大し、その権限に政策分野を加えることで権力を拡大した。EUの憲法上の基盤に対する最近の大きな改正であるリスボン条約が2009年に発効した。

イギリスは、2020年1月にEUを離脱した最初の加盟国となり、2016年の国民投票を経て離脱の意思を表明し、離脱協定を交渉した。英国は少なくとも2020年12月31日までは過渡期にあり、その間はEU法とEU単一市場・関税同盟の一部の適用を受ける。これまでEUやその前身となる地域から離脱したのは、フランス領アルジェリア(1962年、独立に際して)、グリーンランド(1985年の住民投票の結果)、サンバルテルミー(2012年)の3国・地域のみであった。

EUは、2020年には世界人口の約5.8%を占めており、2017年(英国を含む)の名目国内総生産 (GDP) は約20兆ドルと、世界の名目GDPの約25%を占めていた。また、国際連合開発計画によれば、EU各国とも非常に高い人間開発指数を持っている。2012年、EUはノーベル平和賞を受賞した。共通外交・安全保障政策を通じて、EUは対外関係と防衛における役割を発展させてきた。国連、 世界貿易機関 (WTO) 、G7、G20に代表される世界各地に常設の在外公館を持ち、グローバルな影響力を持つ欧州連合 (EU) は、新興超大国と言われている。

名称

欧州連合の基本条約である欧州連合条約の正文は23言語で作成されており、そのため欧州連合の正式名称は23言語で表記される。略称としては、英語での表記の頭文字をとった EU があり、日本語においてもこの略称を使用している。ただしフランス語、スペイン語など形容詞を後置する言語では UE という略称が用いられる。またアイルランド語では AE、エストニア語では EL、ラトビア語とリトアニア語では ES、キリル文字を使うブルガリア語では ЕС、ギリシア文字を使うギリシア語では ΕΕ となる。

日本語では、日本における欧州連合の代表機関である駐日欧州連合代表部や日本国政府が欧州連合という名称を使用している。また一部ではヨーロッパ連合という名称も用いる。

ただし日本国内において、ソビエト連邦の名称問題のように一部の日本人研究者はUnionに「連合」という訳語を充てることは不適切であると主張している。また欧州議会の最大会派だった欧州社会党も、同日本人研究者の指摘を受けて、日本語表記を「欧州同盟」に変更することに関する質問書を提出したことがあるが、欧州委員会の側は研究社英和辞典の用例や、「連合王国 (United Kingdom) 」および「国際連合 (United Nations) 」などの例を挙げながら、変更する必要はないと返答した。

歴史

ユゼフ・ピウスツキの海洋間連邦 (Intermarium、リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーの国際汎ヨーロッパ連合、ナチス・ドイツの新ヨーロッパ (Das neue Europaやウィンストン・チャーチルのヨーロッパ合衆国構想など、ヨーロッパを統合する試みは多々あったが、それらに共通する点として、ソ連を仮想敵国とした反共主義があった。

アメリカは、1948年に設立された統合ヨーロッパのためのアメリカ委員会を通じてヨーロッパの統合を推し進めるための資金提供を行ってきた。例えば、1958年、ヨーロッパ統合の要を成していた欧州運動の資金の53.5%はこの委員会からきたものである。

ロベール・シューマンは1950年5月9日にシューマン宣言を発し、その中で経済と軍事における重要資源の共同管理を掲げ、欧州石炭鉄鋼共同体設立条約が策定され、1952年7月23日に欧州石炭鉄鋼共同体(英: ECSC)が設立された。

欧州石炭鉄鋼共同体が設立され、1957年には経済分野での統合とエネルギー分野での共同管理を進展させるべくローマ条約が調印され、翌年1月1日に欧州経済共同体(英: EEC)と欧州原子力共同体(英: Euratom)が発足した。当初これら3共同体は個別の機関・枠組みで活動していたが、1つの運営機関のもとでそれぞれの目的を達成することでヨーロッパの統合を進めるべく、1965年にブリュッセル条約が調印され、1967年に欧州諸共同体(英: EC)という1つの枠組みの中に3つの共同体をおくことで統合の深化が図られた。

1973年1月1日、それまでのフランス、西ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクの6か国に加えて、イギリス、アイルランド、デンマークが欧州諸共同体に加盟する。また1981年1月1日にはギリシャが、1986年1月1日にはスペインとポルトガルがそれぞれ欧州諸共同体に加盟する。この間に議題にあがったのが、いかに経済統合を進めていくか、というものである。加盟国間における政策や法制度の違いは貿易の自由化を妨げており、世界における市場競争の障害となっているという意見が出るようになったことを受けて、欧州経済共同体では域内の単一市場の設立が持ち上がってきた。また、1984年にはイタリアの欧州議会議員アルティエロ・スピネッリが提出した欧州連合設立条約草案を欧州議会が可決させたことは大きな後押しとなった。これに対応するべくドロール委員会のもとで1986年に単一欧州議定書が調印され、ローマ条約を大幅に修正し、経済分野に関する政策を原則として欧州経済共同体が統括することで共同市場設立が掲げられた。また域内における人、商品、サービスの移動の自由を図るべく、1985年にシェンゲン協定が調印され、加盟国間の国境という障壁を除去していくことが盛り込まれた。

1989年になると、レティンゲルの後半の予言が的中した。ポーランドの民主化を皮切りに、東ヨーロッパ諸国における政変が相次ぐなか、鉄のカーテンが劇的に取り払われていき、1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊、翌年10月3日にドイツが再統一された。このさい東ドイツで復活した5州が西ドイツに編入され、これに伴って欧州諸共同体は旧東ドイツにもその領域を拡大させた。東ヨーロッパ諸国の共産主義体制の崩壊は欧州諸共同体にとっても重大な影響を及ぼし、これら諸国が自由主義陣営につくことが想定され、ヨーロッパの統合は政治の分野においても協力関係を強化することが求められるようになった。そこで1992年2月7日に欧州連合条約が調印され、翌年11月1日に欧州連合が発足した。

欧州連合では、経済分野に関して超国家的性格を持つ欧州共同体の枠組みのほかに共通外交・安全保障政策、司法・内務協力という加盟国政府間の協力枠組みを新設、いわゆる「3つの柱」構造のもとでヨーロッパのさらなる統合が図られ、またその後、欧州経済共同体設立条約から改称された欧州共同体設立条約と欧州連合条約は1999年発効のアムステルダム条約や2003年発効のニース条約で修正や一体化がなされ、統合の深化が進められた。

1995年1月1日にはオーストリア、スウェーデン、フィンランドが、2004年5月1日には旧社会主義陣営の東ヨーロッパ諸国を含む10か国が、2007年1月1日にはルーマニアとブルガリアがそれぞれ欧州連合に加盟する。将来における拡大についても、北マケドニアやモンテネグロ、セルビアなどの、2005年に加盟したスロベニアおよび2013年に加盟したクロアチア以外の旧ユーゴスラビア連邦構成国やアルバニア、ジョージアやウクライナなどのロシアと距離を置く東欧諸国、国土の一部がヨーロッパに属するトルコなどで加盟の是非に関する協議や、実際の加盟に向けた実務的な交渉が進められている。

また、経済の分野においては次の段階として通貨統合が進められ、1998年5月1日に欧州中央銀行が発足、翌年1月1日には単一通貨ユーロが導入される。また外交分野においては共通外交・安全保障政策のもとで、北大西洋条約機構と協調する形でユーゴスラビア紛争の対応などにあたってきた。さらに2000年には欧州連合基本権憲章が公布されている。

そのような情勢の中で欧州連合は新たな加盟国の受け入れ態勢の構築が求められ、その一方で機構の肥大化に伴う組織の効率性低下が問題となり、これらを受けて従来の基本諸条約を廃し、一本化した形の基本条約として「欧州憲法条約」が策定され、2004年10月28日に同条約は調印された。ところが欧州憲法条約の超国家主義的な性格に対して、個別の加盟国の主権が脅かされるのではないかという不安から欧州懐疑主義が起こり、条約批准の是非を問う国民投票の結果、2005年5月にフランスで、翌月にはオランダで批准に反対するという意思が示された。

欧州憲法条約が拒否されるという事態を受けて各国の市民に是非を問う国民投票が中断された。その間、欧州憲法条約の中身を引継ぐ新たな基本条約の作成が合意され、2007年12月にリスボン条約として調印された。

リスボン条約は2009年1月の発効を目指して加盟国内での批准手続が進められたが、2008年6月にアイルランドで実施された、リスボン条約を受け入れるのに必要な憲法改正の是非を問う国民投票で反対票が賛成票を上回るという結果が出た。発効のためには全加盟国の批准を要するリスボン条約も窮地に立たされ、この事態について、直後に開かれた欧州理事会において、ほかの加盟国での批准手続は進めていくことが確認された一方、2008年後半の議長国を務めたフランスはアイルランドに国民投票の再度の実施を求めた。その後2008年12月に行われた欧州理事会の会合でアイルランドは2009年秋ごろまでに再度の国民投票を実施すると表明し、これを受けて欧州理事会はリスボン条約は2009年末までの発効を目指して残る手続を進めていくことで合意された。その後アイルランドは2009年10月に再び実施された国民投票で賛成が反対票を大きく上回り、憲法改正・条約批准が決定した。批准手続が未完了だった加盟国も同年11月までに必要な手続を完了させ、リスボン条約は同年12月1日に発効した。

このリスボン条約は欧州理事会議長を再定義し、実質上の欧州連合大統領(EU大統領)とした。2009年12月1日よりベルギーのヘルマン・ファン・ロンパウが初代議長として就任した。2014年12月1日よりシコルスキとレティンゲルの故郷ポーランドのドナルド・トゥスクが第二代議長として就任した。

2016年6月24日、イギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票において離脱支持票が過半数となった。この結果を受け、イギリスは2017年3月29日欧州理事会に離脱を通告し、2年を期限とする離脱手続が開始された。

欧州連合統合史の時期区分

欧州連合の統合史を時期によって区分するならば次のように分けられる。

  • 1945-1949年

欧州経済協力機構(OEEC)、北大西洋条約機構(NATO)、欧州審議会(Council of Europe)などの設立に象徴されるような、欧州の国際的な連携体制の組織化の時代。アメリカがこの動きを主導した。

  • 1950-1958年

統合の始動と挫折の時代。1952年に欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が誕生、これによって国際的な部門統合の動きが始まった。これに対して、欧州防衛共同体(EDC)や欧州政治共同体が提唱されたものの、両者とも実現には至らなかった。しかし、メッシーナ会議・スパーク報告によって統合の再出発が図られ、欧州経済共同体(EEC)と欧州原子力共同体(EURATOM)が設立された。

  • 1958-1969年

フランスのシャルル・ド・ゴール大統領の影響が大きい時代。欧州統合の国家連合的性格が強まった時代。

  • 1970-1985年

1970年の欧州政治協力(EPC)の発足、経済通貨同盟(EMU)の試行や、1979年の欧州通貨制度(EMS)の設立、それに伴う欧州通貨単位(ECU)の設置などに見られるように、欧州統合の進展は見られたものの、2度の石油危機もあり、それぞれの欧州国家は内向きであった時代。

  • 1985-2005年

1985年に域内市場白書が採択され、1986年に単一欧州議定書が調印された。非関税障壁の撤廃などにより巨大な市場が誕生し、巨大な市場での自由競争が欧州に現出した。1993年にはマーストリヒト条約発効によって、欧州連合(EU)が誕生。

  • 2005年-現在

2005年5月29日のフランスにおける欧州憲法条約否決や、2016年6月23日のイギリスにおける欧州連合離脱国民投票における離脱派の勝利に見られるような欧州統合拡大の質を問う時代。

加盟国

欧州連合の前身である欧州共同体は当初6か国で発足した。その後加盟国数が増え、2013年7月にクロアチアが加盟したことにより欧州連合の加盟国数は28か国となった。2020年にイギリスが離脱し、現在は27か国が欧州連合に加盟している。北キプロス・トルコ共和国は含まれない。スイスも中立を保つため加盟していない。またグリーンラインについては扱いが定まっていない。グリーンランドは1985年に離脱。フェロー諸島は原則として欧州連合に含まれない。 上記以外にも海外領土などでは特別な地位にあるところが存在する。欧州連合加盟国の特別領域を参照。

マーストリヒト条約第49条では、欧州連合に加盟を希望する国はヨーロッパの国であることと、自由、民主主義、人権の尊重、法の支配といった理念を尊重していることが挙げられている。また実務面では1993年に示されたコペンハーゲン基準を満たす必要がある。これ以外にもアキ・コミュノテールを受け入れられるような法整備がなされていることなどが求められる。欧州委員会は加盟を希望する国に対してこれらの基準を満たしえるかどうか調査を実施し、その報告を欧州理事会に提出している。欧州理事会はその報告書をもとに加盟候補国として具体的な協議を行うか判断している。その後加盟するとなった場合には、加盟予定国は欧州連合との間ではなく、既存加盟国との間で加盟条約を調印し、条約の発効をもって正式に加盟する。

また、2020年までイギリスも加盟していたが、脱退した。

政治

欧州連合の最高意思決定機関は全加盟国の政府の長と欧州委員会委員長および大統領にも相当するとされる常任議長による欧州理事会である。欧州理事会は、1年に最低4回の公式会合と、不定期の非公式会合を開き、そこで欧州連合の方針や政策の大局を決定する。また、常任議長は、欧州委員会委員長とともに、対外的に欧州連合を代表する。一方で個別・具体的な政策の詳細を定めるのは加盟国の閣僚からなる欧州連合理事会(閣僚理事会、あるいは単に理事会とも呼ばれる)である。欧州連合理事会は各分野の政策ごとに分かれておりそれぞれの担当閣僚が出席している。

欧州連合理事会でまとめられた政策案は欧州議会に諮られる。欧州議会は5年に1度の欧州連合市民による直接選挙(普通選挙)で選出される750名の議員で構成されている。2009年発効のリスボン条約により欧州議会が行う共同決定手続が適用される範囲が広がり、一部の例外を除くほぼすべての政策分野で適用されることになる。ただし、一部分野では諮問手続が適用される。また、欧州議会は非義務的支出だけでなく欧州連合の予算全般にわたっての権限も新たに得ることになる。

また一部の分野の政策決定手続においては、地方政府の代表らからなる地域委員会やさまざまな企業団体や労働組織の代表らからなる経済社会評議会の関与が求められている。

欧州連合の政策執行を担当するのは欧州委員会である。欧州委員会は加盟国からそれぞれ1人ずつ出される委員で構成され、政策分野ごとの担当が与えられている。また委員長は欧州理事会に出席するほか、対外的に欧州連合を代表するという場面があり、たとえば主要国首脳会議においてもオブザーバとして出席する。欧州委員会は政策分野ごとに総局と呼ばれる、国内政府の省庁に相当する組織を持つ。

欧州司法裁判所は基本条約やEU法の解釈・適用を判断する機関である。欧州司法裁判所は加盟国政府による基本条約やEU法による義務不履行に対する制裁措置を決定したり、また第一審裁判所での控訴審を担ったりしている。第一審裁判所はおもに企業や個人などが欧州連合の諸機関の行為に対する不服の訴えを扱っている。このほかにも欧州連合の諸機関とその職員とのあいだでの紛争を扱う欧州連合公務員裁判所があったが2016年に閉鎖された。

欧州会計監査院は欧州連合の諸機関の業務や予算の執行が適切であるかを監査する役割を担っている。

リスボン条約により、欧州連合の3つの柱構造は廃止された。これにより、共通外交・安全保障政策も廃止されている。リスボン条約下では、共通外交・安全保障政策上級代表職と欧州委員会の対外関係・欧州近隣政策担当委員職が統合された、欧州連合外務・安全保障政策上級代表が新設され、欧州対外行動局を率いることになっている。

これまで述べてきた以外にも専門機関が設置されており、欧州連合の基本条約の目的達成のために機能している。

経済

IMFによると、2010年の欧州連合のGDPは16兆1068億ドル(約1300兆円)である。アメリカのGDPをやや上回っており、世界全体の約26%を占めている。 欧州連合ではローマ条約や単一欧州議定書、シェンゲン協定により、国境管理や加盟国間の制度の違いといった障壁が除去されていき、域内における労働者、商品、サービス、資本の移動の自由が確保されている。またローマ条約を根拠とする独自の競争法体系が整備されている。また食糧の安定供給確保を目的とした共通農業政策により欧州連合は農業部門に対して毎年の予算の大部分を支出している。このような経済施策は欧州委員会が主導しており、加盟国政府は欧州委員会の決定に従うことが求められている。さらに通貨統合も進められており、1999年には単一通貨ユーロが導入され、2014年1月までにユーロ圏は18か国にまで広がっている。欧州連合の金融政策を担うのは欧州中央銀行と加盟国の中央銀行で構成される欧州中央銀行制度である。またユーロ未導入の国の通貨については欧州為替相場メカニズムにより、対ユーロ相場の変動幅が一定以内に制限されている。このほかにも地球温暖化対策の措置を進めており、2005年には域内排出量取引制度を導入した。

貿易面を見ると、域外への輸出額は2005年で1兆3300億USドル、機械、自動車、航空機などを輸出している。主な輸出先としてはアメリカ、スイス、ロシア、中国が挙げられる。一方で域内への輸入額は1兆4660億USドルで、主な輸入先はアメリカ、中国、ロシア、日本となっている。

一方で欧州連合では域内における格差も目立つ。2007年において欧州連合全体で32,300 USドルだった加盟国別の1人あたりGDP (PPP) は、ルクセンブルクが80,500 USドル、アイルランドが43,100 USドルだったのに対して、ブルガリアが11,300 USドル、ルーマニアが11,400 USドルとなっており、2004年以降に加盟した諸国はすべて欧州連合全体の数値を下回っていた。実質経済成長率の比較では、スロバキアで10.40%を記録した一方でハンガリーでは1.30%に留まり、欧州連合全体では3.00%だった。

各国のEU予算への負担額と政策支出額

表はEU予算全体に対する各国からの負担額と予算執行による各国への支出額である。政策支出額には、EUの地域間格差解消のための「補助金」に当たるEU構造基金 (EU Structural Funds) が含まれる。

リーマンショック後

2008年のリーマン・ショック以降、EU加盟国の失業率の悪化は顕著であり、EUの平均失業率は2012年以降10%を超えている。 ノルウェーやスイスのようなEU非加盟国の失業率はEUよりもはるかに低い。アイスランドは2008年にデフォルトになり失業率が悪化したが、通貨の暴落で 輸出増で景気を回復させ、失業率は改善している。2014年のアイスランドの失業率はEUよりもはるかに低い。

米国では失業率が10%近くまで上昇したが、ベン・バーナンキら主導のFRBが大規模な金融緩和を行い、緩やかに失業率を改善させてきている 。2014年時点での米国の失業率は約6%であり、ノルウェーやスイスよりは高いがEUよりは低い。 2013年、スイスの世界経済フォーラムにて、アンゲラ・メルケルは米国と日本が金融政策を経済競争力を増幅する手段としていることに懸念を表明した。メルケルは、「中央銀行は政治的過ちの尻拭いや競争力増幅のために存在するものではないと我々ドイツ国民は信じている」と述べた。 この発言の2年後にECBが量的緩和を始める。

高い失業率

ノーベル賞経済学者ジェームズ・ミードは、中央銀行は物価の安定を総需要管理の目標とすべきではないと唱える。間接税増税や負の交易条件ショックで物価に上昇圧力がかかる局面では、中央銀行の物価安定政策は労働者の賃金低下でもってその物価上昇を差し引きゼロにさせるからである。短期的には労働需要は非弾性的であるから、その局面では物価安定政策が原因で全ての産業分野で失業が起こると考えられる。

2013年Q4の各国の失業統計

ミードの分析どおり、欧州中央銀行の物価安定政策によって加盟国が高い失業率を記録している。例えば2014年の段階でスペインの失業率は25%であり、20%以上の失業率が2017年までつづくと予測されている。同時期のスペインの若年失業率は53.8%である。 また2014年6月のギリシャの失業率は27%であり、OECDの経済予測によれば2016年まで27%前後を推移するとみられている。2014年7月の、ユーロ圏の失業率は11.7%となっている。

Turnbull & Asser

加盟国の国民

人種差別

2015年には、欧州連合の人々の約17%がアジア人との仕事に不快感を覚え、約31%が、子供がアジア人を愛するようになると不快感を覚えたと報告した。

また、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、アジア人が差別的言動を受ける例も報告されている。

差別事件の報告に関しては、ヨーロッパ人の55%が最初に警察に連絡し、35%が平等機関に連絡し、27%が労働組合に連絡する。

対外関係

欧州連合加盟国間の外交協力は、1957年の共同体設立時に、欧州連合の共通商業政策の下で加盟国が一つとして国際貿易交渉を行ったことに始まる。外交関係におけるより広範な連携のために、1970年に欧州政治協力が設立され、共通の外交政策を形成することを目的とした加盟国間の非公式な協議プロセスが設けられた。1987年、単一欧州議定書により、欧州政治協力が正式に導入され、単一欧州議定書は、マーストリヒト条約により共通外交・安全保障政策と改称された。

共通外交・安全保障政策の目的は、国際協力、人権の尊重、民主主義、法の支配の促進など、欧州連合自身の利益と国際社会全体の利益の両方を促進することにある。共通外交・安全保障政策では、どのような問題に対しても、加盟国の全会一致で適切な政策をとることが求められている。共通外交・安全保障政策の下では、全会一致であることや難しい問題を扱うことから、イラク戦争のように意見の相違が生じることもある。

欧州連合における共通外交・安全保障政策の調整役兼代表者は、共通外交・安全保障政策上級代表であり、外交政策と防衛問題について欧州連合を代表して発言し、これらの政策分野で加盟国が表明した立場を共通の調整事項として明確化する任務を担っている。上級代表は、リスボン条約発効1周年の2010年12月1日から正式に実施・運用されている欧州連合独自の部門である欧州対外行動局を統括している。欧州対外行動局は、欧州連合の外務省および外交団の役割を果たしている。欧州連合の国際的な影響力は、国際的な政策に加えて、拡大を通じても見受けられる。欧州連合の加盟国になることで得られるメリットは、加盟基準を満たすことを望む国の政治的・経済的改革のインセンティブとして働き、ヨーロッパの旧共産圏諸国の改革に貢献する重要な要因と考えられている。このような他国の内政に対する影響力は、軍事的な「ハードパワー」とは異なり、一般的に「ソフトパワー」と呼ばれている。

また、2009年5月には東欧諸国との関係強化を目指す常設協議「東方パートナーシップ」を創設した。対象国はアルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、ジョージア(旧グルジア)、モルドバ、ウクライナである。

スイスは、欧州連合との人の自由な移動に関する協定を2020年9月に終了するかどうかの投票を求められていた。しかし、スイス国民党の「移民管理の復活」という要求は、有権者に拒否された。

安全保障および防衛

欧州連合の前身は、防衛目的には北大西洋条約機構が適切かつ十分であると考えられていたため、軍事同盟として考案されたものではなかった。欧州連合加盟国のうち21か国が北大西洋条約機構に加盟しており、残りの加盟国は中立政策をとっている。1948年調印のブリュッセル条約で設立され、相互防衛条項を持つ軍事同盟であった西欧同盟は、その役割が欧州連合に移ったため、2010年に解散した。

イギリスの離脱以降、フランスは公式に核兵器国として認められている唯一の加盟国であり、国際連合安全保障理事会の常任理事国でもある。また、欧州連合最大の軍隊と最大の国家防衛予算を有するフランスは、欧州連合諸国の中で唯一、欧州外への戦力投射能力を有している。

欧州連合加盟国のほとんどが核兵器禁止条約に反対していた。

1999年のコソボ紛争を受けて、欧州理事会は、「欧州連合は、北大西洋条約機構の行動を害することなく国際的な危機に対応するために、信頼できる軍事力に裏打ちされた自律的な行動能力、その使用を決定する手段、そしてその準備を備えていなければならない」と合意した。この目的のために、欧州連合の軍事力を高めるための様々な努力がなされ、特にヘルシンキ目標が行われた。多くの議論を経て、最も具体的な成果となったのが、欧州連合戦闘群構想であり、約1500人の人員を迅速に展開できるよう計画されている。欧州連合部隊は、中部・北アフリカから西バルカン半島、西アジアまでの平和維持任務に派遣されている。欧州連合の軍事活動は、欧州防衛機関、欧州連合衛星センター、欧州連合軍事参謀部など、数多くの組織によって支えられている。Frontexは、欧州連合の対外国境を守る各国の国境警備隊の協力体制を管理するために設立された欧州連合の専門機関である。不法移民、人身売買、テロリストの侵入を検知し、阻止することを目的としている。2015年に欧州委員会は、各国の国境管理当局とともに、より強力な役割と権限を持つ新しい欧州国境沿岸警備機関の提案を発表した。27か国で構成される欧州連合では、実質的な安全保障と防衛の協力は、すべての加盟国の協力にますます依存するようになっている。

人道援助

欧州委員会人道援助・市民保護総局、通称「ECHO」は、欧州連合から発展途上国への人道援助を行っている。2012年の予算は8億7,400万ユーロで、そのうち51%がアフリカ、20%がアジア、ラテンアメリカ、カリブ、太平洋地域、20%が中東と地中海地域に割り当てられている。

人道援助は、対外活動のための財政手段の一部として、予算(70%)で直接賄われているほか、欧州開発基金(30%)でも賄われている。対外活動資金は、「地理的」手段と「テーマ的」手段に分けられる。「地理的」手段では、予算の95%を政府開発援助(ODA)に支出しなければならない開発協力手段(DCI、169億ユーロ、2007年 - 2013年)と、いくつかの関連プログラムを含む欧州近隣・パートナーシップ手段(ENPI)を通じて援助を提供している。欧州開発基金(EDF、2008年 - 2013年は227億ユーロ、2014年 - 2020年は305億ユーロ)は、加盟国の自発的な拠出によって成り立っているが、0.7%の目標に合わせて拠出額の増加を促し、欧州議会の監視を強化するために、欧州開発基金を予算調達手段に統合しようという圧力がかかっている。2016年、欧州連合諸国の平均は0.4%で、デンマーク、ドイツ、ルクセンブルク、スウェーデン、イギリスの5か国が0.7%の目標を達成または上回っていた。欧州連合加盟国は、世界最大の対外援助国とされている。

国際協力と開発パートナーシップ

欧州連合は、欧州近隣政策のような外交手段を用いて、欧州領土の東と南に位置する国々を連合に結びつけようとしている。これらの国々は主に発展途上国であり、その中にはいつか欧州連合の加盟国になることを目指している国や、欧州連合とより密接に統合されることを目指している国も含まれている。欧州連合は、欧州近隣諸国が政府改革、経済改革、その他の積極的な変革を求める厳しい条件を満たす限り、資金援助を行っている。この過程は通常、ブリュッセルと対象国の双方が合意した行動計画によって支えられている。

持続可能な開発が重要な要素であるという国際的な認識は、着実に高まっている。その役割は、1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された「環境と開発に関する国際連合会議(UNCED)」、2002年に南アフリカのヨハネスブルグで開催された「持続可能な開発に関する世界サミット(WSSD)」、そして2012年にリオデジャネイロで開催された「国際連合持続可能な開発会議(UNCSD)」という、持続可能な開発に関する3つの主要な国連サミットで認識された。

その他の重要なグローバル合意は、パリ協定と持続可能な開発のための2030アジェンダである(2015年、国際連合)。持続可能な開発目標は、人類の生存に不可欠な地球規模の課題に取り組むために、すべての国が次の重要な分野である「人々」「地球」「繁栄」「平和」「パートナーシップ」において行動を喚起しなければならないと認識している。

欧州連合の開発活動は、2005年12月20日に欧州連合加盟国、欧州理事会、欧州議会、欧州委員会によって承認された「開発に関する欧州コンセンサス」に基づいている。この合意は、加盟国、議会、委員会によって承認されたもので、潜在能力アプローチと人権に基づく開発アプローチの原則に基づいている。

パートナーシップ・協力協定は、非加盟国との二国間協定を指している。

貿易

欧州連合は、2008年現在、世界最大の輸出国であると同時に、商品やサービスの最大の輸入国でもある。加盟国間の国内貿易は、関税や国境管理などの貿易障壁を取り除くことで促進されている。ユーロ圏では、ほとんどの加盟国に通貨の違いがないため、貿易の助けになっている。

欧州連合の連合協定は、より広い範囲の国々に対して同様のことを行っており、一部はその国々の政治に影響を与えるための、いわゆるソフトなアプローチでもある。欧州連合は、世界貿易機関(WTO)においてすべての加盟国を代表し、あらゆる紛争において加盟国を代表して行動している。欧州連合が世界貿易機関の枠外で貿易関連の協定を交渉する場合、その後の協定は各欧州連合加盟国政府の承認を得なければならない。

欧州連合は、世界の多くの国と自由貿易協定(FTA)や貿易要素を含むその他の協定を締結しており、さらに多くの国と交渉中である。

2020年には、新型コロナウイルス感染症の世界的流行の影響もあり、中華人民共和国がアメリカ合衆国を差し置いて欧州連合の最大の貿易相手国となった。

一体性と多様性

シューマン宣言が発表された5月9日について、1985年にミラノで開かれた欧州理事会で「ヨーロッパ・デー」とすることが決められた。また欧州評議会は1955年に青地 (Reflex Blue) に金色 (Yellow) に輝く12個の星の円環を描いた旗を「欧州旗」とし、ヨーロッパにおける機関に対してこの旗をシンボルとして使うことを推進。1983年に欧州議会がこれに応じ、また1985年のミラノ欧州理事会において「欧州連合の旗」とすることが採択された。このとき同時にベートーヴェンの交響曲第9番第4楽章『歓喜の歌』を「欧州連合の歌」とすることも合意された。

ユーロ紙幣はデザインが統一されている。ヨーロッパ風の建築物やヨーロッパの地図が描かれている。ユーロ硬貨の表面もデザインが統一されており、いずれもヨーロッパの地図が描かれている。このほかにも欧州連合加盟国で発行されるパスポートにも、欧州連合を意味する表記が発行国の公用語で印刷されている。欧州連合では欧州文化首都といった活動や欧州連合基本権憲章といったものを通じて、市民に「ヨーロッパの市民」、あるいは「欧州連合の市民」という概念を定着させようとしている。

一方で欧州連合では In varietate concordia(ラテン語で「多様性における統一」の意)を標語として掲げ、この語句は欧州連合における公用語とされる23言語で表現されている。この標語からもわかるとおり、約5億人の人口を有する欧州連合においても文化や言語の多様性は尊重されるべきものとして扱われている。また、欧州連合の関連機関では文書やウェブサイトを複数の言語で作成している。

拡大

直近の拡大

2007年にブルガリアとルーマニアが、2013年にクロアチアが加盟したことにより、欧州連合の加盟国数は28に達した。従来の基本条約における制度では、欧州委員会の委員は加盟国から1人ずつ出し、また無任所としないということになっていたため、委員の数も28にまで増え、担当分野も分掌が繰り返された。その結果、組織が肥大化した欧州委員会の部局間でセクショナリズムが激化し、業務効率が低下した。また立法手続においても欧州連合理事会における政策決定過程が大国有利であるという批判や、全会一致を要する案件となる対象分野が多く、意思決定に時間がかかるといった難点を克服するため、またそのような政策決定に対する欧州議会の関与を強化するための改革が求められていた。そのような改革を盛り込んだのが2004年11月にローマで調印された欧州憲法条約であったが、その超国家主義的な性格が敬遠され、フランスとオランダの国民投票で批准が拒否されるという事態となり、結局のところ同条約は発効が断念された。その後2007年12月に、欧州憲法条約の内容をそっくり引継ぐリスボン条約が調印され、リスボン条約は2009年12月1日に発効した。

従来の基本条約では加盟国数の上限を27とすることが想定されていたため、リスボン条約では将来の新規加盟の受け入れ態勢を整備するという目的も含まれている。2005年、欧州理事会はクロアチアとトルコを加盟候補国とすることを決定し、その後加盟に向けた協議が開始されている。クロアチアとEUとの加盟交渉は2011年6月に終了し、2013年にはクロアチアが28番目の加盟国となった。

北欧のアイスランドは2009年7月23日に正式な加盟申請を行い、加盟候補国として承認された。加盟交渉は進んでいたが、政府は2014年秋にEU加盟の国民投票が行われるまで、加盟交渉の凍結を表明した。結局国民投票は行われず、2015年3月12日、アイスランドは加盟申請を取り下げた。

今後の拡大

2020年11月現在、トルコ、北マケドニア、モンテネグロ、セルビア、アルバニアの5か国は正式な加盟候補国として認定されている。

トルコに対しては欧州連合の価値観を共有することができるかといった疑問や、北キプロス問題、アルメニア人虐殺問題がある。2013年6月26日、約3年ぶりに加盟交渉を再開することを決定していたが、市民による反政府デモに対し、強硬姿勢を続ける同国政府への対応の懸念から、10月以降への加盟交渉の延期を発表した。

北マケドニアは2006年に加盟候補国となっている(当時の国名は「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」)。長らく隣国ギリシャとの間で国名改称問題を抱えており加盟に際する課題となっていたが、2018年6月12日に国名を北マケドニア共和国とすることでギリシャと合意し、両国の議会承認等を経て2019年2月12日に改名が発効した。 2020年3月26日、EUは北マケドニアとの加盟交渉開始に合意した。

モンテネグロは2010年12月に加盟候補国として承認され、2011年10月から本格的な加盟交渉が開始された。 2020年6月現在、該当するアキ・コミュノテール全33分野中33のすべての分野で交渉を開始しており、そのうちの3分野の交渉は暫定的に終了していることから、加盟候補国5か国のなかで最も交渉が進展している国といえる。

セルビアはボスニア・ヘルツェゴビナ内戦の大物戦犯であるラトコ・ムラディッチとゴラン・ハジッチの拘束が評価されてはいるものの、2008年にセルビアから一方的に独立を宣言したコソボ政府との関係改善および政治対話の進展が加盟交渉開始の条件とされており、正式な加盟申請を行った2009年12月22日から2012年2月の段階まで加盟候補国に認定されていなかったが、2012年3月1日のEU首脳会議において正式な加盟候補国に承認され、2013年4月22日にはコソボと関係正常化で合意し、2014年1月21日に加盟交渉を開始した。

アルバニアは2009年4月28日にEUに加盟を申請し、2014年6月27日に加盟候補国として承認された。 2020年3月26日、EUはアルバニアとの加盟交渉開始に合意した。

EUは、将来的なEU加盟の明確な見通しがあるがまだ正式な加盟候補国の地位を認められていない国を潜在的加盟候補国と位置付けており、これに該当する国はボスニア・ヘルツェゴビナとコソボである。

ボスニア・ヘルツェゴビナは2016年2月15日、EUに加盟申請を行った。

コソボは2016年4月1日、EUとの安定化・連合プロセス協定を発効した。ただしコソボの国家承認については既存加盟国の間で対応が分かれている。

西バルカン諸国のEU加盟

2020年3月現在のトルコを除く全ての加盟候補国及び潜在的加盟候補国は、安定化・連合協定(Stabilisaion and Association Agreement : SAA)を締結・発効している。このSAAは、西バルカン諸国に対し、EU加盟への展望を提供し、そのための支援を行い、必要な改革を求める協定であり、一般にEU加盟に向けた第一歩と見なされている。

2018年2月6日、欧州委員会は旧ユーゴスラビア構成国を中心とする西バルカン地域6か国について、EU加盟に向けた支援を強化する方針を発表した。支援の対象となる6か国は、加盟候補国の北マケドニア(当時の国名は「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」)、モンテネグロ、セルビア、アルバニアと、潜在的加盟候補国のボスニア・ヘルツェゴビナとコソボである。また、セルビアとモンテネグロに関しては早ければ2025年の加盟を目標とすることを示した。

2021年10月6日に開かれたEUの首脳会議においてもバルカン諸国の加盟の方針を「再確認」したが、2015年欧州難民危機の再来を不安視するドイツ、オランダなど各国に配慮し、それまで2025年から2030年を目処としていた具体的な目標年を首脳宣言では挙げず、事実上、加盟問題を先送りした。一方、バルカン諸国についてシャルル・ミシェル欧州理事会議長は「戦略的重要性」を持つ地域であると述べており、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長も「家族」と形容し、多くのEU加盟国首脳も開発途上国の多いバルカン諸国のEU加盟による欧州難民危機の再来に警戒感を示している一方、貿易やインフラ投資によってロシアや中華人民共和国によるバルカン諸国への影響力が高まるだけでなく、現在のEU加盟国にまでその影響が広がりつつある現状に対しても強く懸念している。

トルコのEU加盟

2015年11月29日、アンゲラ・メルケルがEU・トルコ間で事前サミットを主催し多くのシリア難民をEUに受け入れる提案を行った。 そしてEUは、トルコからの移民流入の数を制限する措置と引きかえにトルコをEUへ加入させる道を開くことで合意に達した。 トルコ首相アフメト・ダウトオールはトルコとEUの新しい関係の歴史的な始まりだとした。

この協定によってトルコはエーゲ海のパトロールと人身売買を行うギャング達の取り締まりを強化し、EU加盟国に受け入れを拒否された移民をトルコに連れ戻すことになっている。その見返りにEUは資金30億ユーロをトルコに提供し、トルコのEU加盟の公開交渉のためのサミットを開いていくことで合意した。 EU首脳らはトルコのEU加盟に近道はないことを明確にしているものの、トルコ国民がEUにビザ無しで行くことを可能にするように努力していくことを誓っている。ダウトオールは「トルコのEU加盟は2016年に速度を増し、近い将来現実のものとなるだろう」と述べている。

ダウトオールは難民危機の対処に30億ユーロでは不十分だとしてEUに追加の資金提供を求めている。 ダウトオールは、もしEUが難民危機に伴う痛みを本気で分かち合おうと考えているならば資金提供に関しての更なる会合を開く必要があると述べた。

東方パートナーシップ諸国

2009年5月7日、 EUは旧ソビエト連邦を構成していた6か国(アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、ジョージア、モルドバ、ウクライナ)との間で、東方パートナーシップと呼ばれる枠組みを創設した。これは、地域的協力を強化しEUとの価値の共有を進めつつ、地域の安定化を進めることを目的としている。

上記6か国のうち、とりわけ将来的なEU加盟を目標としているのはウクライナ、モルドバ、ジョージアの3か国であり、2014年6月27日、EUとウクライナ、モルドバ、ジョージアの3か国は高度かつ包括的な自由貿易圏 (Deep and Comprehensive Free Trade Areas、DCFTA) の構築を含む連合協定 (Association Agreement、AA) に調印した。その後、2016年7月1日にモルドバとジョージアが、2017年9月1日にウクライナが連合協定を発効した。連合協定は、EUと非EU諸国との間の政治、貿易、社会文化、安全保障上の結びつきを強めるものである。DCFTAは連合協定の一部として、関税障壁撤廃という自由貿易協定 (FTA) 本来の課題に加え、双方間の貿易経済活動にEUのルールを浸透させてヒト・モノ・カネの動きを活発化させようとするものである。

2020年時点において、ウクライナ、モルドバ、ジョージアの3か国はEUの潜在的加盟候補国として認識されておらず、連合協定締結自体も将来的なEU加盟やオブザーバー参加に直結するわけではないが、EU加盟に向けた第一歩になることもある。

離脱した国

イギリス

2016年6月23日にイギリスで行われた「イギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票」で僅差で「EU離脱派」が勝利した。背景にはEU政策に対するイギリスの不信、イギリスへの移民流入問題(en)があるとされる。これによりイギリスは最初のEU離脱国となった。 この国民投票は2013年の総選挙でデーヴィッド・キャメロン首相が公約に掲げていたものである。キャメロン自身はEU残留派であったが、EU離脱の唱える世論の高まりを受けて国民投票を実施した。イギリスはヨーロッパにおいてドイツに次ぐ第2の経済大国であり、その離脱は「EUの経済力を低下させるだろう」、また「イギリスも経済に悪影響が出るだろう」などと予想された。これらは「国際経済の混乱を招く」としてEU圏外の国々からも残留を求める声があり、G7伊勢志摩サミットでも議論された。

EU残留派は「イギリスの繁栄はEU域内での自由な経済活動によってもたらされたものである」とEUの加盟国であるメリットを主張した。一方でEU離脱派は、多額の拠出金と移民の増加などのデメリットを主張した。両者は拮抗し、投票日まで予想がつかない状況を呈したが「残留派の勝利、現状維持」という現実的な結果が出ると各国も市場も予想していたが、結果は離脱派の勝利であった。この結果を受けてキャメロン首相は辞任を表明。同年7月13日にテリーザ・メイ内相が新首相になり「EU離脱の手続」という「永い離婚手続」を行うことになった。メイ内閣(保守党)の閣僚の中でも外務大臣にEU離脱派の代表格の一人であったボリス・ジョンソン前ロンドン市長が任命された。また、EU離脱担当大臣(初代:デイヴィッド・マイケル・デイヴィス)の閣僚ポストが新設され、行政機関としてEU離脱省が新設された。

EU加盟国の首脳はベルリンに集まり結束を確認。イギリスにリスボン条約に従い早期に「離脱の通告」をするように要求した。これは手続にまごついていると、新たな離脱国が現れることを懸念してのことである。イギリスの離脱にEU加盟国の欧州懐疑派は勢いづいた。一方で、イギリスの構成国であるスコットランドや北アイルランドでは「残留派」が優勢であった。そのためスコットランドのニコラ・スタージョン首相はスコットランドは独立してEUに加盟することを示唆した。また北アイルランドも独立してEU加盟国の「アイルランドとの統合」を目指すことがシン・フェインから提唱された。

リスボン条約にはEU離脱についての条項はあるが具体的にどのような手続を踏むかの詳細がなく、そのためイギリスの離脱はリーディングケースとなった。

以降、2019年3月29日のEU離脱に向けてイギリスとEUは協議を続けたが、北アイルランドの国境管理問題に決着がつかないなどの理由から、4月12日、10月31日、2020年1月31日と、離脱期限は3回もの延長を繰り返した。最終的には2019年イギリス総選挙で離脱を掲げる保守党が圧勝し、2020年2月1日午前0時(ベルギー時間。イギリス時間1月31日午後11時)に離脱した。

関連する国

ノルウェー

ノルウェーはEUとは距離を置いている。ノルウェーは1973年と1995年の拡大のさいにそれぞれ欧州連合(欧州諸共同体)加盟条約に調印していたが、それらの条約の批准をめぐって国民投票で是非が問われ、いずれも反対する票が上回り、実際には欧州連合(欧州諸共同体)加盟に至らなかった。また1992年6月2日、マーストリヒト条約批准にあたってデンマークでは国民投票が実施されたが、僅差で批准反対票が上回り、さらにはイギリスにおいても議会で批准が拒否される事態が起きた。さらに従来の基本条約を修正するニース条約の批准においても、基本条約を修正するさいに国民投票の実施が憲法で義務付けられているアイルランドにおいて批准が拒否された。これらについてはいずれもその後の協議で特例を設けるなどの対応がなされ、改めて批准が諮られ可決されてきた。

2015年の調査でもノルウェー有権者の約7割がEU加盟に反対している。 もしEUに加盟すればEU側の主張や法(共通農業政策、共通の刑法など)に従うことが求められる。 よってノルウェーは自国の主権を最大限に行使するため、EUではなく、欧州自由貿易連合に加盟している。 EFTA加盟国の一人当たり所得はEUの約1.5倍である。

アイスランド

2015年、もはやアイスランドは欧州連合に加盟する意志がないことを欧州委員会とEU大統領に通告した。自国通貨アイスランド・クローナを有するアイスランドは、2008年のデフォルト以来、通貨暴落の恩恵を受けて輸出増で景気が順調に回復した。2007年には1ドル60アイスランド・クローナだったが、債務不履行の後に1ドル125アイスランド・クローナまで暴落。この通貨安はアイスランドの輸出産業、例えば観光業に追い風を与え、2011年度には56万人の観光客を呼び込み、国家全体として輸出主導の景気回復によって3%を越える経済成長を記録した。2012年には失業率を4.5%にまで改善させた。この数字はEUの平均失業率よりもはるかに低い。

スイス

スイスは1992年にEU加盟のための申請を行ったが、その後EEAに加盟するかどうかの国民投票においてスイス国民がEEA非加盟を選択した。それ以降EU加盟のための交渉は停止していた。 その後スイス国民党が中心となって動き、スイス下院でEU加盟申請を取り下げる決定を下した。そして2016年6月にスイス上院が1992年の加盟申請を無効化する決定をしたことにより、スイスはEUへの加盟を公式に辞退した。

批判・懐疑論

ヨーロッパの統合が進められる中で、加盟国の主権と欧州連合の権限の優劣関係や、欧州連合の制度の下で享受される恩恵が加盟国間で不平等であるといった批判や疑問を唱える論調も存在する。政治分野での統合を目的に欧州政治共同体の設置構想が掲げられ、この手前の段階として1952年には欧州防衛共同体の創設に向けた作業が進められていた。しかしフランスにおいて設置条約の批准が国民議会において諮られていたが、国民議会はこれを拒否した。

2004年10月、将来の拡大における受け入れ態勢の整備と肥大化した機構の効率化、さらには政策決定手続の簡素化を盛り込んだ欧州憲法条約が調印されたが、同条約では「欧州連合の旗」や「欧州連合の歌」といったものを盛り込み、さながら欧州連合をひとつの国家とするような性格を持っていた。これに対して加盟国の国民からは自国が欧州連合にとって替えられるという不安から欧州憲法条約を危険視する風潮が起こり、2005年5月にフランスで、翌6月にオランダで行われた同条約の批准の是非を問う国民投票で反対票が賛成票を上回るという結果が出された。この事態にヨーロッパ統合を進めていた欧州連合の首脳は動揺し、また一部の首脳からは欧州連合のあり方について疑問や批判が出されるようになった。

2007年3月にベルリン宣言が発表され、欧州連合の統合を進めていくことが再確認された。その後、欧州憲法条約から超国家主義的な要素を排除し、欧州連合の改革を進めるための新たな基本条約の策定が合意された。「改革条約」と位置づけられたこの条約は2007年12月にリスボン条約として調印される。ところがこの条約に対しても、市民にとって機構改革の必要性がわかりにくいなどの批判が起こり、2008年6月に行われたアイルランドでの国民投票で欧州連合に批判的な政党が「わからないものには No を」と呼びかけるなどした結果、反対票が53.4%、賛成票が46.6%(投票率 53.1%)となり、ヨーロッパ統合は再び暗礁に乗り上げ、リスボン条約を推し進めてきた各国の首脳らは欧州連合に対する市民の厳しい見方の存在を改めて痛感することになった。さらにポーランドやチェコでは議会で批准が承認されたリスボン条約に大統領が署名を拒み続けるということもあった。

またイギリスは1990年代後半から2000年代にかけて、欧州連合のもとでヨーロッパ統合に前向きであったにもかかわらず、ユーロの導入に関して、1990年の欧州為替相場メカニズム参加を契機に起こったポンド危機の経験から消極的な姿勢が見られる。このイギリスの消極的な姿勢は2016年のEU離脱へ至る。くわえて、基本条約においてユーロ導入が義務付けられているスウェーデンも、1994年の欧州連合への加盟を問う国民投票で加盟賛成が53%を占めていたものの、議会がユーロ導入時期の決定について事実上の棚上げを宣言し、その後2003年のユーロ導入を問う国民投票で反対が56%を占めるという結果が出されている。

ドイツ中心の政策

経済学者のポール・クルーグマンは、ドイツが欧州連合の経済政策に悪影響を及ぼしているとして以下のように批判している。クルーグマンに拠れば、欧州連合最大の経済大国であるドイツはインフレを毛嫌いし、欧州中央銀行がドイツに影響を強く受けた政策をとっていることが、欧州における低いインフレの元凶となっている。スペイン、ポルトガルなど南欧諸国はドイツなど大国との労働コスト格差を埋めるために賃金を下げざるを得ない。もちろんその格差の解消はドイツが高い人件費、すなわち高いインフレ率を許容すれば可能である。だがインフレを良としないドイツはそれを許さない。結果として、名目賃金の下方硬直性のために、それら南欧諸国の失業率は高止まりすることになる。それに加え、ドイツは1990年代のドイツの経済的価値観を他のEU加盟国に押し付け、それらの国に緊縮財政政策を強いる傾向があると、クルーグマンは述べている。また、欧州議会に権限がなく、欧州委員会が政治の決定権を握っていることから欧州連合を第四帝国と捉えることもある。

ECBへの反発

イギリスの労働党所属のジェレミー・コービンもユーロによって「銀行員達の欧州」(bankers' Europe)を加盟国に課す状況になると考えていた。1993年のマーストリヒト条約発効に先立ち、コービンはECB設立は欧州の国家が独自の政策をとる能力を弱めるだろうと予言していた。

「マーストリヒト条約の中心はECBの設立だ。国家と国家経済から独立したECBは銀行員たちによって運営され物価の安定だけがECBの政策となる。それは労働党政権やその他の政権が実現させたい社会的目標を下げてしまうだろう。マーストリヒト条約は米国のような連邦政府への道にならないどころか逆の方向に加盟国を誘導することになる。外交政策では、選挙で選ばれてもいない者で構成される委員会が外交政策を加盟国に押し付けそれらの者のために戦うことになるだろう。」と述べていた。

ノーベル平和賞

欧州地域の安定及び協調路線を図る取り組みが評価され、2012年度のノーベル平和賞を受賞。

現実

第二次世界大戦以降EEC、EC、EUが欧州の平和を維持してきたとする考えがあるが、東西冷戦時代は実際には東西両陣営に配置されていた核戦力による核の抑止力が武力衝突を防いできた。1948年にベルリン封鎖、1953年に東ベルリン暴動、1956年にハンガリー動乱が起こった時、EECはまだ存在していなかった。1968年にプラハの春が起こった時、ECは存在していたものの、共通農業政策しか確立していなかった。

バスク紛争(1959-2011年)、北アイルランド問題(1968-1998年)、トルコによるキプロス侵攻(1974年)、どれもEEC、EC、EUは行動を起こさなかった。

脚注

注釈

出典

参考文献

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関連項目

  • 欧州連合のエネルギー政策
  • In between
  • 汎ヨーロッパ主義
  • リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー
  • ビッグ4
  • PIIGS
  • 欧州評議会
  • 欧州共同体
  • 欧州統合
  • 駐日欧州連合代表部

外部リンク

公式

  • 欧州連合ポータルサイト "EUROPA"(欧州連合における公用23言語での目次)
  • 駐日欧州連合代表部(日本語)(英語)
  • 駐日欧州連合代表部 (@EUinJapan) - Twitter(日本語)

その他

  • 日本国外務省 欧州連合の情報
  • 『ヨーロッパ連合』 - コトバンク

欧州連合