岸本 加世子(きしもと かよこ、1960年〈昭和35年〉12月29日 - )は、日本の女優。アン・ヌフ所属。
静岡県島田市出身。10歳年下の弟がいる。小学校1年時の7歳から神奈川県川崎市、横浜市鶴見区で育つ。この間、5回転校した。川崎市立宮崎中学校を経て、中延学園高等学校(現:朋優学院高等学校)調理科に二年まで通い、その後は明治大学付属中野高等学校定時制に転校するも中退。
西城秀樹の大ファンで、高校1年在学時の1976年、横浜ドリームランドで行われた西城のコンサートを見に行った。西城が失神する演技を見て「秀樹が失神した」と勘違いしてステージに上がり込み、これをきっかけに当時の西城の所属事務所芸映にスカウトされたとされてきたが、実際は客席に居た岸本が周囲の観客の振り回すポンポンなどで前が見えないことに怒って「見えねえよ!」などと叫んだところ、偶然近くに居た西城のマネージャーの目に留まり、自宅へ何度も熱心に通われて芸映に加入したのだという。1977年にTBS系列で放送された『ムー』でデビューし、当初はアイドル女優としてテレビドラマや映画、歌手活動など広い分野で活動した。
1980年代以降、富士フイルムでの樹木希林との掛け合い漫才のコマーシャルに出演し、岸本が発した「それなりに写ります」は流行語になった。樹木には公私共に可愛がられていたと岸本もTVなどで語っている。このほかにもオリエントファイナンス(現:オリエントコーポレーション)、千葉真一と共演したトヨタ・カリーナ(3・4代目)などのコマーシャルでも人気を博した。また、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞した北野武監督作品『HANA-BI』(1998年)に出演したことを契機に同監督作品の常連出演者となり、『菊次郎の夏』では日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞。また、小説・エッセイなどの執筆活動も展開したほか、「本音で話す女優」としてバラエティ番組への出演もこなす。
晩年の美空ひばりからは、実妹のようにたいへん可愛がられ『お姉ちゃん』と呼んでいた。ひばりを岸本に引き合わせたのは、女優奈良岡朋子と太地喜和子の二人である。1988年10月31日には、ひばりからのお友達紹介でフジテレビ『森田一義アワー 笑っていいとも!』のテレフォンショッキングコーナーに生出演する。しかし翌1989年6月24日、ひばりは52歳の若さで病死したため、岸本はひばりの遺体に縋り付き、必死にひばりの両足をさすりながら「もっと生きていて欲しかった」と号泣したという。
2004年に起きた新潟県中越地震の被災者を見舞うなどの社会奉仕活動を積極的に行っている。
2017年1月、所属事務所をブリリアンスからアン・ヌフへ移籍した。
創価学会芸術部員である。
現在はプロボクサーの辰吉丈一郎と非常に仲が良く、実の姉弟のような間柄である。
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