全国高等学校野球選手権大会


全国高等学校野球選手権大会


全国高等学校野球選手権大会(ぜんこくこうとうがっこうやきゅうせんしゅけんたいかい、全国高校野球選手権大会)は、朝日新聞社と日本高等学校野球連盟(高野連)が兵庫県西宮市・阪神甲子園球場にて毎年8月に主催している日本の高校野球大会である。大会旗および優勝旗の色は深紅。優勝旗は深紅色のため「深紅の大優勝旗」と呼ばれている。「夏の甲子園」「夏の高校野球」「夏の選手権」「甲子園」 「」「選手権」「〇〇回目の夏」などと表現されており、5年に1度(下1桁が0と5の回)は記念大会として実施されている。歴代優勝校は、全国高等学校野球選手権大会歴代優勝校に記述。

出場チーム

本大会の出場校は6月中旬から7月下旬にかけて行う地方大会 で決められる。試合方式は本大会と同じく、ともにすべてノックアウトトーナメントであり、優勝校が代表校として本大会に出場できる。全地方大会の出場校数は4,000校前後である(1990年から2011年まで4,000校越えであった)。

地方大会の基本的なルールは、選抜高等学校野球大会(選抜、春の甲子園)と同じく開催年度の公認野球規則、アマチュア野球内規、高校野球特別規則に則って行われる。地方大会では得点差によるコールドゲーム制度(5回10点差以上、7回7点差以上)が実施されている。ただし、決勝戦に限ってはコールドゲームは適用されず、9回攻撃終了とならない場合はノーゲームとなる。

出場チーム数

第1回(1915年)では、東北、東海、京津、関西、兵庫、山陽、山陰、四国、九州の9地区の代表校と、春の東京大会優勝校の計10校の代表であった 。その後は参加する府県・地区の増加により毎年のように地区の分割、新設が行われ、第12回(1926年)には北海道、奥羽、東北、北関東、南関東、東京、神静(神奈川・静岡)、東海、甲信越、北陸、京津、大阪、兵庫、紀和、山陰、山陽、四国、北九州、南九州、朝鮮、満州、台湾の22枠となった。以降、1941年まで枠間の移動はありつつも枠数は維持された。南九州は4県ないし5県から1校、四国は4県から1校という厳しさで、逆に兵庫県は地元という名目で第1回大会から単独枠が割り振られていた。このため、歴代の出場回数ランキング、優勝回数ランキング、勝利数ランキングについても有利不利が存在するのではないかと言われている。

第二次世界大戦に伴う1942年から1945年の中断を挟み、1946年は敗戦により放棄した朝鮮、満州、台湾の枠を削除した19枠で大会が再開された。以降は地区の分割が進み、地区数は増加を続けた。参加校が特に多い北海道と東京都については、北海道は第41回(1959年)より北北海道・南北海道で各1校、東京都は第56回(1974年)より東東京・西東京で各1校となった。第60回(1978年)以降はすべての年で1府県1校・北海道と東京は2校の49代表制となった。

記念大会では1回限りで枠の増値が行われている。

  • 第40回(1958年) - 1府県1代表が選出。
  • 第45回(1963年) - 1府県1代表が選出。
  • 第50回(1968年) - 1府県1代表が選出。
  • 第55回(1973年) - 1府県1代表が選出。
  • 第80回(1998年) - 北海道・東京都に加えて、参加校が128校を超える埼玉県・千葉県・神奈川県・愛知県・大阪府・兵庫県の6府県からに2代表選出。
  • 第90回(2008年) - 同じく前述の6府県が2校選出。
  • 第100回(2018年) - 前述の6府県に加えて福岡県からも2代表選出。

参加校が32校以下で5回戦制となる県と129校以上で8回戦制となる都府県があり、都道府県により地方大会の試合数は大きく異なっている。


会場

1915年、第1回全国中等学校優勝野球大会が豊中グラウンドで行われた。豊中グラウンドは1913年(大正2年)に現在の阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道が建設・設置したものであるが、規模の小ささなどが問題となっていた。

この当時は遠征費用をすべて出場校が負担していたこともあり、会期を短縮して出場校の費用を軽減することが考慮された結果、複数のグラウンドを設置することも求められた。これに鳴尾運動場を所有していた阪神電気鉄道が応え、場内に野球用グラウンドを2面設置することで1917年の第3回大会から会場が移された。しかし、学生野球が人気になるにつれ観客が増加し、1923年の第9回大会では溢れた観客がグラウンドになだれ込む事件が発生する。さらにグラウンドの水はけの悪さもあって、主催者の大阪朝日新聞は、本格的な野球場の建設を提案した。

鳴尾球場を所有していた阪神電鉄は、鳴尾村に流れていた申川と枝川(武庫川の支流)を廃川としたあとにできた埋め立て地に大規模な沿線開発を行っており、当時阪神電鉄の専務だった三崎省三の構想もあり、旧枝川・旧申川の分流点あたりに野球場を建設する計画を立てていたことから、利害が一致。ニューヨーク・ジャイアンツのホームグラウンドのポロ・グラウンズを参考に球場を大会に間に合わせるため突貫工事で建設され、1924年8月1日に球場が完成。この年が十干十二支の最初の年である甲子年(きのえねのとし)という60年に1度の縁起のいい年であることから、甲子園大運動場と命名された。

同年第10回大会から使用を開始。1946年の第28回大会はGHQに甲子園を接収されていたため、阪急西宮球場で行われた。さらに出場校を大幅に増やした第40回記念大会の1958年と第45回記念大会の1963年も甲子園球場と西宮球場を併用して使用するものの、不公平として評判がよくなかったため(甲子園で試合できず敗退した学校からは苦情があった)、これ以降は一貫して甲子園で行われるようになった。

当大会を主目的に建設された甲子園球場は半世紀あまりの大会を優先的に行っているため、当球場は高校野球の聖地として高校球児たちの憧れの舞台となっている。「甲子園」という言葉自体が高校野球全国大会の代名詞となっており、「夏の甲子園」という通称としても扱われているように当大会に大きく貢献していることから、2010年シーズンから大会の特別協力として扱われている。

なお、上述のような経緯、そして開設当時は阪神電鉄も電車運賃と沿線開発によって収益を上げられたことにより、高校野球の開催について甲子園球場の使用料を請求しておらず、これは開設から90年以上を経た2015年時点でもそのままとなっている。

また、阪神甲子園球場は阪神タイガースの本拠地ともなっているが、阪神タイガースは高校野球の開催期間中に甲子園を使用せず、長期ロードが続くこととなる。かつてはロード中に成績が低迷することが多かったことから、「死のロード」という異名がつくまでとなった。1997年以降は当大会中(及び春の選抜大会中)には、タイガースは準本拠地として大阪市の京セラドームを使用するのでその異名は言われなくなった。

日程

現行の試合日程(49代表・48試合制)は以下の通りである。

現在の全都道府県から代表が出場する以前は8月中旬(おおむね8月10日前後から)の10日間前後で開催されていた。全都道府県から選出された記念大会では、第40・45回は同じ日程だが、第50・55回は14日間で開催された。

第60回(1978年)以後、各都道府県の代表が参戦するようになってからは、おおむね8月8日を起点とした14日間を基本として行うようになった。出場枠が55(56)校に拡大される記念大会は2日間延長される。

第63回(1981年)までは2 - 9日目が4試合日、10 - 11日目が3試合日となっており、3回戦を9 - 11日目の3日間かけて消化していた。

準々決勝戦については、第84回(2002年)までは1日4試合を一括開催していたが、第85回(2003年)から第94回(2012年)までは選手の健康管理を考えて、1日2試合ずつの2日間開催に変更された(会期を1日延期)。ただし、雨天中止による日程遅延が3日間以上続いた場合は日程消化の関係で4試合を一括開催する。この関係で長年8月8日にほぼ固定されていた開幕日が、1 - 2日程度前倒しして行われるようになっている。

2013年からは1日4試合開催に戻し、準々決勝と準決勝の間に休養日を挟み、選手の連戦による健康被害軽減に配慮した(会期は変わらず15日間。雨天中止が3日間以上続いた場合は休養日なし)。

第101回(2019年)以後は準決勝と決勝の連戦を避けるため、休養日が1日追加された(会期は16日に延長)。

夏季オリンピック開催年は、開催期間の重複を可能な限り避けるための日程調整が実施されることがある。例として、第74回(1992年・バルセロナ五輪)は後ろ倒しして8月10日、第90回(2008年・北京五輪)は繰り上げて8月2日(史上最速)にそれぞれ開幕した。

第102回(2020年・東京五輪)は8月10日の開幕となる予定だったが、日本国内で新型コロナウイルス感染症の感染が拡大している影響で中止された。

第103回(2021年・東京五輪)は8月9日に開幕。この年から3回戦と準々決勝の間に休養日が追加された(会期は17日に延長)。また、5日目が1日4試合開催、7日目が1日3試合開催に変更された。

なお、日本の電力消費は全国高等学校野球選手権大会をピークになっており、電力供給もそれに合わせて調整を行っているという通説がある。電力需給の観点から、電力行政を管轄する通商産業省(現・経済産業省)が開催時期をずらすことについて検討をしたことがある。

大会進行

開閉会式

司会

第78回(1996年)までは主催者の職員が司会を担当していたが、第79回(1997年)以後は兵庫県内の高校の放送部員(おおむね、NHK杯全国高校放送コンテスト兵庫県大会のアナウンス部門・朗読部門 で入賞した生徒)が4人(開会式・閉会式に各2名ずつ)が担当するようになった。

開会式

開式の前に関西吹奏楽連盟と関西合唱連盟がライトスタンドと一塁側アルプスの間に設けられたゲートから入場。

  1. 開式の辞
    開式の言葉ののちファンファーレが鳴り響く。
  2. 選手入場
    ライトスタンドと一塁側アルプスの間に設けられたゲートから入場。曲は「大会行進曲」(作曲・山田耕筰)。春の選抜高校野球と違い、流行歌による入場行進曲の設定はない。
    先導者・国旗・大会旗(記念大会 は歴代優勝校旗)の順に入場し、各校がそれに続く。まずは前年度優勝校が優勝旗を持って入場(地方大会を優勝し、代表校として出場する場合は出場選手全員、敗退している場合は主将のみが単独で入場) 。その後、下1桁が奇数回開催のときは北から南、下1桁が偶数回開催のときは南から北の順に主将を先頭に3列で入場し、レフト寄りから前年度優勝校、続いて入場した学校はセンター、3校目は2校目に入場した学校の手前、4校目は2校目に入場した学校の奥と交互に外野側に整列。選手は白色の運動靴で入場する。全出場校が揃うとともに選手は一斉にバックネット方向へ前進する。
    第31回大会(1949年)から西宮市立西宮高等学校の女子生徒が国旗、大会旗(記念大会は歴代優勝校旗)、代表校のプラカードを持っている(プラカードガール)。なお、春の選抜高校野球では各校の生徒がプラカードを持っており、夏の全国高等学校野球選手権大会と異なる。
  3. 国旗・大会旗掲揚
    選手・役員は脱帽のうえ、掲揚台側を向く。
    なお、東日本大震災後に行われた第93回大会(2011年)では黙祷が行われた(そのときの黙祷は、サイレンはなし)。
  4. 大会会長の開会のあいさつ
    朝日新聞社社長による5分ほどのあいさつ。
  5. 優勝旗返還
    優勝旗が前年度優勝校の主将から大会会長の朝日新聞社社長に返還され、代わりに記念旗(レプリカ)が授与される。なお優勝旗は大会期間中、甲子園歴史館で準決勝日まで展示される。
  6. 御祝の言葉
    文部科学大臣による。出席できない場合は、文部科学副大臣ないし文部科学政務官が代理を務める。
  7. 励ましの言葉
    日本高等学校野球連盟会長による。
  8. 選手宣誓
    大会前の組み合わせ抽選時、立候補した主将によるくじ引きで決定する。大会開始から100年となった2015年度の第97回大会では抽選を行わず、主催者により第1回大会優勝校である京都二中の後継である鳥羽が指名された。
  9. 大会歌吹奏・選手退場
    選手たちは3塁側から4列ずつで退場する。
  10. 閉会の辞
    開会式の司会を務めた高校生が自己紹介する。関西吹奏楽連盟と関西合唱連盟は三塁側アルプスから退場する。

なお第82回大会(2000年)の開会式から、ライト側で西宮をPRする会による人文字を行っていたが、同会が会員の高齢化などにより活動を終了したため、2019年の第101回大会では中止となった 。

閉会式

表彰式に先立ち、共同公開インタビューとして、NHKアナウンサーの司会により優勝監督へ、朝日放送テレビアナウンサーの司会により優勝校の殊勲選手若干名にそれぞれインタビューを行う。閉会式の準備ができるまでの間、ベンチ周辺でインタビューが行われ、閉会式の準備が終わり次第、閉会式が始まる。

  1. 開式の辞
    開会式とは別の高校生(放送部員)が閉会式開幕のあいさつを行う。
  2. 選手入場・整列
    校名プラカードは開会式で優勝校・準優勝校を担当した西宮市立西宮高等学校2年生の女子生徒が持っている。選手はスパイクシューズのまま入場する。
  3. 審判委員長講評
    日本高等学校野球連盟会長による。
  4. 優勝旗・優勝盾授与
    大会会長の朝日新聞社社長から優勝校の主将に優勝旗、副主将に優勝盾が授与される。
  5. 準優勝盾授与
    大会会長の朝日新聞社社長から主将に授与される。
  6. 優勝メダル授与・準優勝メダル授与
    大会会長の朝日新聞社社長から授与される。
  7. 大会会長の閉会のあいさつ
    朝日新聞社社長による。
  8. 大会旗・国旗降納
    選手・役員は脱帽のうえ、掲揚台側を向く。
  9. 優勝校・準優勝校選手場内一周(大会歌吹奏)
    内野側から反時計回りに一周する。NHKの放送は途中で番組が終了する(早い時間に試合が終了し、放送時間が余ったときは一周し終わり、最大で蛍の光演奏後まで放送する年もある)。
  10. 閉会の辞
    閉式のことばとともに司会を務めた高校生が自己紹介する。
  11. ファンファーレ
    演奏者(関西吹奏楽連盟の一部メンバー)がバックスクリーン整列し、開会式と同じファンファーレを演奏。
  12. 蛍の光合唱・演奏
    蛍の光合唱・演奏後、関西吹奏楽連盟と関西合唱連盟は三塁側アルプスから退場する。球場内にはオルゴールの「栄冠は君に輝く」が流れる。閉会式後は写真撮影やインタビューが行われる。

開閉会式の特記

開会式・閉会式の国旗・大会旗の掲揚・降納は、2000年までは、開会式は出場校の主将(のちに記録員)が、閉会式は決勝戦を戦った選手全員がバックスクリーンの回転広告板の上(三菱電機の広告看板前)に集まって行っていたが、改修以後は選手衆はバックスクリーンに移動することなく、所定位置からバックスクリーン方向の掲揚台を向いて見守る形になっている。

試合組み合わせ

試合の組み合わせは抽選によって決まっている。現在は、開会式3日前に抽選会が開催され、全チームのキャプテンによるくじ引きで組み合わせが決定している。

  • シード制は採用されていないため、初戦で強豪・注目校同士の対戦になることもある。
  • 近隣高校同士の対戦回避については、当初は考慮されず、隣接県同士が初戦で対戦することも珍しくなかった。第59回(1977年)で、早稲田実(東東京)と桜美林(西東京)の東京勢同士が初戦で当たるなどしたため、第60回(1978年)以降1府県1代表制となるのをきっかけに導入された。
    • 導入当初は、新潟・長野・富山・岐阜・三重より東を東ブロック、福井・滋賀・京都・奈良・和歌山より西を西ブロック(石川は1987年まで東ブロック、1988より西ブロック)地区を境に東西対決方式で抽選する形が第88回大会(2006年)まで29年間続いていた。しかし、ブロック境界上の地域の代表は1992年の星稜(石川)対長岡向陵(新潟)を皮切りに、5度初戦でつぶしあうなどしていたため、第88回(2006年)限りでこの方式は廃止された。
    • 第89回(2007年)からは東西対決方式を廃止し、フリー抽選式に戻した。ただし、同一都道府県で2代表選出している場合には、代表同士が初戦で直接当たらないように配慮している。

始球式

開幕試合の始球式は朝日新聞社のヘリコプターからボールを投下する。

第1試合の基本的な開始時間

  • 4試合開催日 8時
  • 3試合開催日 9時(初日のみ10時30分)
  • 2試合開催日(主として準決勝) 11時
  • 1試合開催日(主として決勝) 12時30分ないし13時
2試合以上開催する場合、「試合時間は2時間、その後のグラウンド整備と次の試合の練習に30分」と想定され、新聞の組み合わせ発表では4試合日の場合「(1)8時、(2)10時30分、(3)13時、(4)15時30分」とそれぞれ掲載 されているがあくまでも目安であり、原則的に前の試合終了から30分後に次の試合を行う。
なお第93回・第94回は、東日本大震災にともなう節電対策のため試合開始時間が一部日程で繰り上げられる処置が取られた。第95回(2013年)については4試合日は8時開始を維持したが、2・3試合日は平年と同じ時間帯に戻した。
第98回(2016年)以降は、決勝の開始時間を14時に設定している。

試合進行

全国大会では、地方大会(決勝戦を除く)で採用されている点差によるコールドゲームは全試合とも認められていない。ただし、降雨などやむを得ない事情で試合を中断・打ち切る場合は、試合が7回以降に入った場合に成立(コールドゲーム)とする。なお、地方大会でも決勝戦に限り、全国大会同様に試合が9回攻撃終了とならない場合はノーゲームとなる。

夏の大会における甲子園の土

3年生部員にとってこの大会の決勝以外で負けると高校野球生活が終わるという意味をこめて「夏が終わる」と表現され、大会途中で敗退したチームが試合終了直後に甲子園の土を拾い集める光景はよく報道でも取り上げられている。なお優勝・準優勝校は試合終了直後に土を拾い集められず、閉会式終了時で中継が終了するため、大会途中で敗退したチームのみが行うものと誤解されている場合もあるが、実際には優勝・準優勝校も閉会式や記念写真撮影、インタビュー終了後、グラウンドから去る寸前に土を拾っている。また1、2年生の中にはもう一度戻ってくるという意味を込めて持ち帰らない者もいる。

使用球

第83回大会(2001年)でアルプス席のブラスバンド部員がファウルボールに当たり負傷したことから、翌第84回大会(2002年)から打球に注目してもらうため、従来は係員が回収していたファウルボールを選抜大会も含めて観客にプレゼントするようになった(ただしホームランボールは打った選手への記念として渡すために回収される)。

育成功労賞・野球殿堂特別表彰授賞式

毎年8月15日の第2試合開始前に育成功労賞の授賞式がある。また野球殿堂の特別表彰授賞式を行うことがある。なお、当日の試合が中止となった場合、育成功労賞は8月15日に大阪市内で授賞式が行われ、野球殿堂の授賞式は翌日以降の第2試合開始前に授賞式がある。

大会期間中の黙祷

8月15日の黙祷

8月15日は終戦の日のため、正午前にプレーを中断し、正午に選手、審判員、観客一同で1分間の黙祷を行う(サイレン鳴響も行う)。この終戦の日の黙祷は1963年の第45回大会から行われている。正午が試合間の入れ替え時間と重なったときは、次の試合開始前(両チームあいさつの前)に行う場合がある。なお、当日の試合が中止となった場合は黙祷は行われない(1973年・2017年・2019年の3例がある)。また第92回選抜高等学校野球大会中止に伴う救済として行われた2020年甲子園高校野球交流試合でも8月15日に試合が行われた為黙祷が行われた。

ほかの日程における個別での黙祷

広島県・長崎県代表は、それぞれの原子爆弾投下の日時で独自に黙祷を行うことがある。一例として2016年の第98回大会第3日目第2試合、山梨学院と長崎商の対戦で、試合時間が長崎に原爆が投下された8月9日の11時2分を挟むことから、試合中(応援団は1回表終了後、選手は1回裏終了後)に黙祷を行った例がある。

ただし高校独自で行われるものであり、試合進行が止められることはない。

大会歌

同大会歌は第12回大会(1926年)に制定され、第29回大会(1947年)までは、福武周夫作詞、信時潔作曲、陸軍戸山学校合唱団が歌いポリドールより発売された「全国中等学校優勝野球大会の歌」が使われた。「撃ちてし止まん」など、文語体で詞が統一されている。選抜高等学校野球大会の大会歌は「全国選抜中等学校野球大会の歌」 で、歌唱者とレコードレーベルが同じだったが曲調と詞は合間に手拍子が挿入されているなど、「全国中等学校優勝野球大会の歌」とはまったく異なっていた。

現在も選手入場の際に使われている「(全国中等野球)大会行進曲」は山田耕筰が作曲した作品であり、第21回大会(1935年)から使用されているが、富田砕花作詞の歌詞が存在する。この場合は「全国中等野球大会行進歌」と呼ばれる。

「栄冠は君に輝く」は学制改革により従来の中等学校が高等学校となり、夏の甲子園大会が全国高等学校野球選手権大会と呼ばれることになる1948年に作曲された。朝日新聞社は学制改革を記念して「高等学校野球大会歌」を募集した。5,252の応募作品の中から、高橋道子(実際には、当時の高橋の婚約者で結婚後は夫である中村義雄の作)の歌詞「栄冠は君に輝く」が選ばれ、古関裕而が作曲し、第30回大会から大会歌に制定される。伊藤久男とコロムビア男声合唱団によって歌われ、1949年に日本コロムビアからレコードを発売した。2021年の第103回大会開会式では、2020年に放送されたNHK連続テレビ小説「エール」に出演した山崎育三郎がアカペラで独唱した。これは、2020年に開催される予定だった第102回大会が新型コロナウイルス感染症の影響で、中止になったことにより、1年後に実現したためである。

GIUSEPPE ZANOTTI CRUDELIA

問題点

再試合などによる試合への影響

  • サスペンデッドゲームを採用していないこと、球場がドームではないことから、大量の得点差がついた試合も、試合が成立する7回(第7イニング)の終了以前に降雨などによる天災でノーゲームとなり、本来の試合でリードされていた高校が、数日後の再試合で勝利するという現象がしばしば起きている。
    1. 1982年(第64回大会・1回戦) - 八幡大付(現・九州国際大付)対日大二戦:八幡大付が4-2とリードしながら、6回裏攻撃中に雷鳴と激しい雨により降雨ノーゲームが宣告される。3日後の再試合では、日大二が9-6で勝利。また日大二は、17年前の1965年(第47回)1回戦で、岡山東商にリードされながら降雨ノーゲームとなり、再試合で勝利している。
    2. 1993年(第75回大会・3回戦) - 鹿児島商工対常総学院戦:鹿児島商工が4-0とリードしながら、4回表攻撃中に豪雨に見舞われ降雨ノーゲーム。翌日の再試合では、常総学院が1-0で勝利。なお鹿児島商工は、前日の2回戦も雨の中で行っており、その試合は8回表途中で降雨コールドゲームにより堀越に3-0で勝利していた。
    3. 2003年(第85回大会・1回戦) - 駒大苫小牧対倉敷工戦:駒大苫小牧が8-0と大量リードしながら、4回裏途中で台風接近による降雨ノーゲームの宣告。翌日の再試合では倉敷工が5-2で勝利。
    4. 2009年(第91回大会・1回戦) - 如水館対高知戦:如水館が2-0・6-5と2試合ともにリードしながら、大会史上初となる2日連続の降雨ノーゲームに。再試合では高知が9-3で勝利。
  • 準々決勝を2日間で2試合ずつ行っていた時期は、準々決勝後の再抽選では、インターバル期間に差が生じてしまうことがあった。
  • 2018年の第100回記念大会より延長戦におけるタイブレーク方式が導入、延長13回から試合が決着するまで延長無制限で行われる。同時に準決勝までは延長引き分け再試合が廃止となる。また決勝戦ではタイブレーク方式を採用せず延長15回で引き分けた場合は再試合とするが、再試合では準決勝までと同じ形で延長無制限でのタイブレーク方式を採用する。これにより再試合を除く決勝戦以外での延長イニング数は60年ぶりに無制限に戻る。2021年の第103回大会からは決勝戦でもタイブレーク方式が採用される。
    • 1. 2018年(第100回記念大会・1回戦)・佐久長聖対旭川大高が4-4のまま延長12回で決着がつかず、甲子園大会史上初のタイブレーク方式が適用された。試合は、14回表に佐久長聖が1点を獲得し、そのまま5-4で勝利した。
    • 2. 2018年(第100回記念大会・2回戦)・済美対星稜が9-9のまま試合はタイブレークに突入し、13回表に星稜が2点勝ち越すも、その裏の済美の攻撃で大会史上初となる逆転サヨナラ満塁ホームランを放ち、13x-11で勝利を収めた。
    • 3. 2019年(第101回大会・3回戦)・星稜対智辯和歌山が1-1のまま試合はタイブレークに突入し、14回裏に星稜の攻撃でサヨナラ3ランホームランを放ち、4x-1で勝利を収めた。

学校の財政的負担

大会参加時の各校野球部の遠征・用具・応援団のバス代などは、近畿圏の学校でない限り数千万円にのぼるという試算がある。夏の甲子園で2試合を戦った徳島県の県立高校では、出費が約4,000万円かかったと報じられている。

吹奏楽部などほかの学校活動への影響

高校の野球部が全国高等学校野球選手権大会に出場すると、通常は同校の吹奏楽部・チアリーディング部およびチアダンス部(バトン部がチアリーディングおよびチアダンスを兼任していることも多く、その場合はバトン部が参加。学校によってはバトントワリング部とも称す)が応援に参加する(両方を複合させたバトンチアの場合もある)。

ただ、出場校の吹奏楽部が試合当日にコンクールなどで応援に参加できないことがあるほか、学校によっては吹奏楽部自体が存在しない場合もあり、他校の吹奏楽部や卒業生、その他の有志が「友情応援」という形で参加する姿が時に見受けられる。特に沖縄県の場合、移動の際の交通費や楽器の輸送費が大きく嵩むことから多数で応援に駆けつけることが容易ではないため、例年尼崎市立尼崎高等学校吹奏楽部が沖縄県代表校応援団に加わり「ハイサイおじさん」などを演奏するのが恒例となっている。

熱中症に対する大会運営

入場行進からセレモニー含めた開会式が全部終わるまでに1時間ほどあるため、熱中症になる者が出ている。朝日新聞や文部科学大臣などのあいさつを中心に短縮するなど大会運営の改善を求める声がある。第100回大会からは開会式入場行進終了時に給水時間が設けられ、2018年8月10日の第2試合・折尾愛真対日大三の7回表終了時(14時57分ごろ)には史上初となる給水のための休憩時間が設けられ、試合が10分間中断された。

海外遠征

かつては大会終了後、基本的に上位進出校の3年生選手を集め、国際親善を主目的とした海外遠征チームが組まれていた。行き先はおもにアメリカ(韓国、ブラジルへの遠征実績もあり)で、2006年以降(2008年を除く)はアーバンユース・アカデミー(カリフォルニア州コンプトンにあるMLBの野球振興・選手育成機関)との対戦が組まれていた。

選手およびコーチングスタッフは、帽子マークは「J」、胸文字は「JAPAN」、袖に日章旗という、数十年間変わっていない簡素なデザインのユニフォーム(白およびグレー地)を着用することが多いが、過去には試合により各校のユニフォームの袖に国旗を縫いつけたものも併用したことがある。また背番号は1(優勝投手)から投手→捕手→内野手→外野手の順に振り分けられる(つまり投手は背番号がほぼ1桁、野手は背番号が必ず10番台となる)。

1998年以降はBFA U-18アジア選手権大会開催年は海外遠征の代わりに原則としてそちらに出場、2012年以降はWBSC U-18ワールドカップの日程が変更されたため、同大会にも出場するようになった(その場合、選手権不出場校の選手や2年生以下の選手が選ばれることがある)。これにともない、親善目的のチームは2010年を最後に結成されていない。国際大会出場の場合、2011年アジア選手権・2012年世界選手権は社会人他アマ代表と同一の、2013年世界選手権以降はプロ・社会人・学生各年代・女子を含めてデザインを統一した『侍ジャパン』のユニフォームを着用している。

歴史

年譜

  • 1915年(第1回大会) - 全国中等学校優勝野球大会として 豊中球場で行われる。
  • 1916年(第2回大会) - 敗者復活制度が施行される(第3回(1917年)まで)。
  • 1917年(第3回大会) - 会場が鳴尾球場に変更される。
  • 1918年(第4回大会) - 米騒動の影響で出場校は出揃ったものの中止。
  • 1922年(第8回大会) -和歌山・和歌山中が史上初の夏2連覇を果たす。
  • 1924年(第10回大会) - 会場が阪神甲子園球場に変更される。
  • 1925年(第11回大会) - 香川県の高松商が本州に所在する学校以外では初めてとなる優勝を達成。深紅の大優勝旗が初めて四国に渡る。また、高松商は春と夏、両大会の優勝経験がある初めての学校となった。
  • 1929年(第15回大会) - 開会式にて初めて選手宣誓が行われる。当時は紙に書かれた宣誓文を読み上げるスタイルであった。
  • 1933年(第19回大会) - 準決勝の中京商対明石中の試合が延長25回で決着(中京商が勝利)。中京商は第17回大会(1931年)から大会史上唯一の3連覇。
  • 1939年(第25回大会) - 和歌山・海草中の嶋清一が準決勝と決勝の2試合連続でノーヒットノーラン達成による優勝。
  • 1940年(第26回大会) - 全日本中等学校体育競技総力大会の一部門として開催。
  • 1941年(第27回大会) - 日中戦争の影響で地方大会の途中で中止( - 1945年。1942年は、代わりに文部省主催で全国中等学校野球大会が開催されたが、文部省の意向により全国高等学校野球選手権大会とは独立した大会とされ、通算記録にも数えられていない)。
  • 1946年(第28回大会) - 全国中等学校野球連盟結成。阪急西宮球場で大会を再開。
    この年から師範学校の地方大会参加が事実上なくなる。また、敗戦による外地喪失のため外地の地方大会が消滅し、さらに、アメリカ施政下にある沖縄も地方大会に参加していない。
  • 1947年(第29回大会) - 会場が再び甲子園となる。福岡県の小倉中が九州勢として初優勝を達成。真紅の大優勝旗が初めて九州に渡る。
  • 1948年(第30回大会) - 学制改革により全国高等学校野球選手権大会に名称を変更。小倉が連覇を達成。
  • 1952年(第34回大会) - 当時アメリカ施政下にある沖縄県が、東九州大会に参加するようになる。
  • 1954年(第36回大会) - 宮崎県代表の高鍋が出場したことを最後に、当時アメリカ施政下にあった沖縄県以外の空白県が消える。
  • 1956年(第38回大会) - 初のナイター試合(伊那北対静岡)。
  • 1957年(第39回大会) - 勝利校の校歌演奏と校旗掲揚が開始される。
  • 1958年(第40回大会) - 初の記念大会として、沖縄県を含む全国各都道府県の代表47校で開催。沖縄県は初めての本大会出場となる。沖縄は当時アメリカ施政下にあったため、沖縄県代表は琉球列島米国民政府発行の渡航証明書(パスポートに相当)を各自所持して参加した。阪急西宮球場と2会場に分かれて開催された。準々決勝の徳島商対魚津は春夏通じて初の規定による引き分け再試合となる。
  • 1959年(第41回大会) - 北海道代表が南北2代表に分かれる。
  • 1960年(第42回大会) - 打者用ヘルメットの着用が義務化。
  • 1962年(第44回大会) - 作新学院が史上初の春夏連覇達成。
  • 1963年(第45回大会) - 45回記念大会として、全国各都道府県(北海道は2代表。アメリカ施政下の沖縄を含む)の代表48校で開催。阪急西宮球場と2会場に分かれて開催。
  • 1965年(第47回大会) - 走者に対してもヘルメットの着用が義務化。
  • 1966年(第48回大会) - 中京商が春夏連覇を達成。
  • 1968年(第50回大会) - 50回記念大会として、全国各都道府県(北海道は2代表。アメリカ施政下の沖縄を含む)の代表48校で開催。西宮は使用せず、全試合を甲子園で開催した。以後、すべての大会が甲子園で開催されている。
  • 1969年(第51回大会) - 松山商対三沢の試合が、春夏通じて史上初の決勝戦引き分け再試合。翌日の再試合は松山商が勝利し優勝。
  • 1970年(第52回大会) - この大会から決勝戦進出校の全選手(優勝旗、優勝楯、準優勝楯を持っている選手は除く)による国旗・大会旗の降納が始まる。2000年(第82回大会)まで30年間行われた。
  • 1972年(第54回大会) - 耳つきヘルメットの着用が義務化。同大会、開幕日は開会式のみを行い、試合そのものは翌日に順延する。また、甲子園では春を含めても史上初めての同名校対決が実現(三重・海星と長崎・海星)。
  • 1973年(第55回大会) - 55回記念大会として、全国各都道府県(北海道は2代表。沖縄県は前年に返還)の代表48校で開催。
  • 1974年(第56回大会) - 金属バットを採用。東京代表が東西2代表に分かれる。
  • 1978年(第60回大会) - 60回記念大会として、全国各都道府県(北海道、東京は2代表)代表の49校で開催。この大会から2006年(第88回大会)まで29年間、初戦が東西対決となった。
  • 1979年(第61回大会) - この大会より、正式に現行の49代表制で開催。箕島が公立高校で初の春夏連覇を達成。滋賀県代表の比叡山の勝利を最後に未勝利県が消える。
  • 1987年(第69回大会) - PL学園が春夏連覇を達成。
  • 1989年(第71回大会) - 春を含めても史上2度目の同名校対決が実現(奇しくも1度目と同じく三重・海星と長崎・海星)。
  • 1991年(第73回大会) - 球場外野後方の左翼・右翼に設けられたラッキーゾーンが、この大会を最後に撤去される。
  • 1992年(第74回大会) - 高知県代表の明徳義塾が石川県代表の星稜・松井秀喜に5打席連続敬遠を行い、物議を醸した。
  • 1995年(第77回大会) - 両耳の打者ヘルメットの着用が義務化。組み合わせ抽選方法を3回戦まで対戦相手がわかる方式に変更(準々決勝と準決勝は再度組み合わせ抽選)。
  • 1996年(第78回大会) - 松山商が決勝戦延長10回裏、奇跡のバックホームでサヨナラ負けを阻止。延長11回を制して、春夏を通じ「大正」「昭和」「平成」の3年号連続の優勝を達成。
  • 1997年(第79回大会) - この大会より、開会式および閉会式の司会進行役が選出された男女計2名の現役高校生になる。また男子高校生による入場行進の先導も、同大会から行われた。
  • 1998年(第80回大会) - 80回記念大会として埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫の各地区を2分割し、55代表校で実施。横浜が春夏連覇を達成。松坂大輔が59年ぶりとなる決勝戦でのノーヒットノーランを達成。
  • 2000年(第82回大会) - 本大会から、延長戦の規定を15回引き分け再試合制に変更。智弁和歌山が高校野球史上唯一の3桁安打を記録して優勝。
  • 2003年(第85回大会) - 本大会より、準々決勝戦を選手の健康負担を理由に「1日2試合ずつ、2日間の日程」で開催。ただし雨天順延日が3日間あったため予定を変更し、結局前年通りの「1日4試合」で開催された。
  • 2004年(第86回大会) - 南北海道代表の駒大苫小牧が北海道勢として初優勝。北海道の地に初めて深紅の大優勝旗が渡った。
  • 2005年(第87回大会) - 高知代表の明徳義塾が開幕前に発覚した不祥事を理由に出場を辞退、高知が急遽代替出場。駒大苫小牧が史上6校目の2連覇を達成。
  • 2006年(第88回大会) - 駒大苫小牧対早稲田実業の試合が大会史上2度目(延長15回引き分け再試合制度になってからは初)の決勝戦引き分け再試合。翌日の再試合は早稲田実が勝利し優勝。山形代表(日大山形)のベスト8入りにより、47都道府県の代表校すべてがベスト8以上を記録。
  • 2007年(第89回大会) - 第60回(1978年)以降定着していた組み合わせ抽選における東西対決方式から、30年ぶりに全地区フリー抽選の形式に戻される。また、選抜高等学校野球大会同様にダートサークルが追加。佐賀北が11年ぶりの公立高校優勝。
  • 2008年(第90回大会) - 90回記念大会として第80回(1998年)と同様に埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫の各地区を2分割し、当時史上最多タイの55代表校で実施。同年開催された北京オリンピックの開催期間と重なったため、開会日が史上最速の8月2日となる。スケジュールの都合上抽選会は省略され、地方代表決定戦終了後に組み合わせ抽選が行われた。
  • 2009年(第91回大会) - ベースコーチにヘルメットの着用が義務化。
  • 2010年(第92回大会) - この年よりセンバツを主催する毎日新聞社が後援スポンサーとなる(甲子園の全国大会のみ。なお、同年からのセンバツ大会には朝日新聞社が後援スポンサーについた)。興南が沖縄県勢として初優勝。深紅の大優勝旗が初めて沖縄に渡った。あわせて、史上6校目の春夏連覇も果たす。
  • 2011年(第93回大会) - 東日本大震災にともなう電力不足の影響で、試合開始の時間などが見直された。
  • 2012年(第94回大会) - 前年に続き、電力事情を勘案して2年連続で試合開始の時間などが見直された。また大会史上初めて、決勝戦の組み合わせが春夏連続で同じ対戦カードとなり、大阪代表の大阪桐蔭が光星学院を下して、史上7校目の春夏連覇を達成。
  • 2013年(第95回大会) - 本大会より準々決勝を1日4試合で行い、準々決勝と準決勝の間に休養日を設ける。抽選方法が全試合抽選に変更される(ただし、1994年までとは違う方式)。
  • 2014年(第96回大会) - 平成26年台風第11号接近にともない、8月9日の段階で開会式・開幕戦3試合を2日延期する決定を出す。開会式の延期は1960年の第42回大会以来54年ぶりで開幕が2日延期されたのは96回の歴史上で史上初。北陸勢がすべて3回戦進出、北信越、東北勢ともに4校ずつが16強入り(ともに史上初)。
  • 2015年(第97回大会) - 本大会開催100周年を記念して、初めて大会のシンボルマークが佐藤卓のデザインにより制定された。また第1回大会の出場校のユニフォームを再現し、入場行進。また、始球式は早稲田実業OBでプロ野球・読売ジャイアンツで活躍し、福岡ダイエーホークス・ソフトバンクホークスの監督・会長を務める王貞治が務めた。プロ野球OBが高校野球の始球式を務めるのは、春夏通じて史上初となる。
  • 2017年(第99回大会) - 抽選方法が2012年までとほぼ同様の形式に戻される。
  • 2018年(第100回大会) - この大会より、中央特別自由席(バックネット裏)を全席指定席とし、前売り販売を開始する。また、あわせて外野席を有料化する。この大会の延長戦の13回からタイブレーク制度が初めて適用された。入場者数が、これまで最多の92万9,000人(第72回大会)を超え101万5,000人となり、初めて100万人を超えた。この年は前々年度の地方大会参加校数が多かった上位7府県(埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫、福岡)を2分割して史上最多となる56代表校で実施。
  • 2019年(第101回大会) - 本大会より準決勝と決勝の間に休養日が設定された。
  • 2020年(第102回大会) - 新型コロナウイルス感染症の流行を考慮し、大会中止(79年ぶり3度目)。春夏連続の中止は史上初。
  • 2021年(第103回大会) - 本大会より3回戦と準々決勝の間に休養日が設定された(降雨に伴う日程変更により未施行)。

優勝校・準優勝校

優勝校に優勝旗と優勝盾、準優勝校に準優勝盾が贈られる。

優勝旗

優勝旗の色は深紅(「深紅の大優勝旗」)。現在の優勝旗は3代目。いずれも西陣の職人による制作。

  • 初代:第1回大会から第39回大会まで使用。綾錦織り。
  • 2代目:第40回大会から第99回大会まで使用。つづれ織りで正絹を使用。
  • 3代目:第100回大会から。つづれ織り。大きさは、縦1.06メートル、横1.51メートル、旗とポールを足した総重量は約10キロとなる。2代目の意匠を踏襲する。

なお、毎日新聞社主催の選抜高等学校野球大会の場合、優勝旗の色は紫紺であり、準優勝旗もある点が異なる。

歴代優勝校

その他の記録

  • 第103回大会(2021年)終了時点で、次の28都道府県が優勝を経験している。
  • 太字は選抜未制覇の地域
北海道、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、長野県、岐阜県、静岡県、愛知県、三重県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県、広島県、山口県、徳島県、香川県、愛媛県、高知県、福岡県佐賀県、大分県、沖縄県


第103回大会(2021年)終了時点で、以下の県が一度も優勝したことがない。

なお、地方大会が消滅した地区では、台湾代表と満州代表は準優勝、朝鮮代表はベスト8が最高である。
選手権優勝都道府県で北海道、群馬県、千葉県、福岡県、佐賀県は選抜で一度も優勝したことがない。
  • 第103回大会(2021年)現在、第1回からすべての大会の予選に参加した高校(皆勤校)は全国に15校ある。

時習館、旭丘、岐阜、同志社、山城、西京、市岡、関西学院、神戸、兵庫、桐蔭(和歌山市)、鳥取西、米子東、松江北、大社。

  • 春夏通算で全都道府県との対戦を終えているのは、2021年夏大会終了までに北海道、東京都、大阪府、兵庫県の4都道府県。以上の4つは2代表選出時に代表同士との対戦もあり、47都道府県と対戦している。当該都道府県を除く46カードすべてに勝利しているのは、大阪府と広島県。王手がかかっているのは神奈川県と兵庫県で、神奈川県は山形県と未対戦、兵庫県は三重県のみにまだ勝利がない。

夏の高校野球の球史に残る試合

長い歴史を持つ大会であるゆえに「球史に残る」とされる試合は多く、以下は一例である。

  • 静岡中対前橋中延長19回(1926年)
  • 中京商対明石中延長25回(1933年)
  • 魚津対徳島商延長18回引き分け再試合(1958年)
  • 掛川西対八代東延長18回引き分け再試合(1964年)
  • 三沢対松山商決勝延長18回引き分け再試合(1969年)
  • 鹿児島実業対東海大相模延長15回(1974年)
  • 高松商業対仙台育英延長17回(1978年)
  • 逆転のPL(1978年)
  • 箕島対星稜延長18回(1979年)
  • 松商学園対四日市工延長16回(1991年)
  • 松井秀喜5打席連続敬遠(1992年)
  • 松山商対熊本工決勝 奇跡のバックホーム(1996年)
  • サヨナラボーク(1998年)
  • PL学園対横浜延長17回(1998年)
  • 明徳義塾対横浜 6点差逆転試合(1998年)
  • 智弁和歌山対帝京 9回表・裏の大逆転試合(2006年)
  • 駒大苫小牧対早稲田実業決勝 延長15回引き分け再試合(2006年)
  • 宇治山田商業対佐賀北延長15回引き分け再試合(2007年)
  • 日本文理対中京大中京決勝(2009年)
  • 金農旋風(2018年)
  • 智弁和歌山対智弁学園決勝(2021年)

エピソード

  • 第60回大会以降は出場校数が49であるため、1校だけ組み合わせの時点で初戦の対戦校が決定しない(出場校数が56であった第100回記念大会を除く)。その1校は初戦で開幕試合の勝者(第76回大会までは1回戦のすべての試合、第95 - 98回大会では初日の3試合の勝者から抽選で決定)と対戦することになるが、対戦成績は出場49校が定着した第60回記念大会(1978年)以降、第80回記念大会(1998年)・第90回記念大会(2008年)を含め11勝31敗(引き分け再試合1:2021年第103回大会時点)である。また、勝利した11校のうち2勝以上あげたのは2006年・第88回大会の鹿児島工業のみであり、ほかの10校は勝利しても次の3回戦で敗退している。対戦が決定していた当時、第88回大会(2006年)で鹿児島工がこのジンクスを破って4強入りしたが、中迫監督は「試合を見に行かせた」「対戦相手の試合を見られることもいいこと」などと振り返っている。

テレビ・ラジオ中継・映像記録

全国高等学校野球選手権地方大会内の各都道府県の項や、中継を行う各放送局の項も参照。

NHKでの中継

テレビ

1953年(第35回大会)からNHKがテレビによる中継を始めた。1965年(第47回大会)からはカラーでの中継を開始した。基本的に総合テレビのみで18時まで中継するというスタイル(国会中継のため、NHK Eテレ(教育テレビ)に差し替えられたケースもある)であった。しかし、1974年(第56回大会)準々決勝の東海大相模対鹿児島実業戦が延長戦となり、テレビ中継の放送予定時間を大幅に超えたため、試合途中の18時55分で中継放送を打ち切った(鹿児島地区のみ18時59分まで延長)。その直後からNHKに対して視聴者から中継打ち切りに対する抗議が殺到し、天気予報とそれに続く「7時のニュース」終了後に中継を再開した。

これを受けて、NHKでは翌1975年(第57回大会)から現在のように総合テレビと教育テレビのリレー中継方式で完全生中継を行うようになった。ただし、1998年(第80回大会)は編成の都合上、一部日程において午前中の教育テレビへのリレー時に15分間の中断が存在した(当該試合出場校の地元局では中継を続行)。地上デジタル放送開始以降は、イベントリレー機能を利用してリレー時の案内を実施している。

現在は全試合アナウンサーと解説者1名で実況しているが、1980年代(遅くとも1984年)から1998年までは初戦のみ両校関係者をゲストとして招き、4人体制で中継を行っていた。当初、ゲストは試合をする両チームの野球部員から代表として選ばれた生徒1人(両校合わせて2名)が出演していたが、ある年の試合中に解説担当として出演した生徒が相手チームを愚弄する発言をしたことから生徒同士が口論となり、カメラが回っているのも忘れて放送中に喧嘩を始めるという放送事故が起きてしまい、これがきっかけで生徒をゲストに呼ぶことが廃止され、それ以降は各校の野球部関係者(コーチやOBなどの成人者)が出演していた。

初戦では学校紹介のVTRが放送され、おもに学校所在地の市区町村を中心に紹介している。BGMは「栄冠は君に輝く」のマリンバテイストによるインストゥルメンタルが流れる。その後、主将と選手陣のコメントVTRが流される。

高校野球関係者が入った年に行われる野球殿堂入り表彰式は、民放とは異なり映像を映さず、実況でもどういう表彰かは明言しなかったが、2019年に脇村春夫の表彰式が行われた際にはその映像が映され、野球殿堂入りの旨も説明された。

2010年まではNHK衛星第2テレビジョンでも開会式、準々決勝、準決勝、決勝・閉会式のみ放送していた。なお、小笠原諸島、沖縄県大東島地方の地上波テレビの衛星再送信中継局ができるまでは、東東京・西東京・沖縄のそれぞれの代表出場校の試合も放送していた。

2015年(第97回大会)から全試合でリアルタイム字幕放送、5.1サラウンドを実施。

2017年(第99回大会)からは放送において、投手の投球数表示(球速表示と交互に)がされるようになった。

2018年(第100回大会)からは中継テーマソングとして福山雅治の「甲子園」が使われている。2021年(第103回大会)はエンディングのみの使用となった。

海外向けのNHKワールド・プレミアムでも準決勝、決勝・閉会式を放送している。録画での時差放送(ディレード)となる場合と生中継となる場合があるが、近年は編成の都合上、時差放送で行われることが少なくない。

2011年以降は東日本大震災にともなう節電・省エネルギーや暑さ対策のため、第1試合は3試合以上行う場合(開会式日は除く。2013 - 2018年は4試合日のみ。2011年は準々決勝・準決勝も含む)は8時開始となった。このため、平日・土曜に総合テレビで中継される際は冒頭15分間の生中継は行わない。また通常は(選抜も含め)決勝戦は総合テレビでの完全中継であるが、2011年・2012年は決勝戦が午前中の開催となったため、試合が11時54分以後も続いている場合は総合テレビの定時枠(正午のNHKニュース、連続テレビ小説午後の再放送など)確保のため、通常日と同じくNHK Eテレへリレーされ、13時5分以後も試合が続いていれば再び総合テレビに戻る(国会中継が行われる場合はEテレで継続して放送する)。2012年はロンドンオリンピックの録画中継(8時15分)のため、大会前半はEテレで8時から放送された。

2021年(第103回)は、東京パラリンピックの開催の都合上、総合テレビでの中継が行われている時間はEテレにリレーされる。但し8月25日13時~15時は、総合テレビで国会中継(第204回国会・衆議院(13時~)・参議院(14時~)議院運営委員会閉会中審査・新型コロナウイルス緊急事態宣言対象地域拡大事前説明)が放送される為、Eテレメインチャンネルでパラリンピックを放送し、高校野球はサブチャンネルで放送される。

ラジオ等

ラジオ中継の歴史は古く、戦前の1927年(昭和2年)に当時の大阪中央放送局が初の実況中継を行っている(これがスポーツ実況中継の始まりでもあった)。

現在は原則として、日本国内向けにラジオ第1放送で全試合を中継。放送時間は4試合日の場合、8時5分 - 18時20分(2012年の場合。時間は変更の場合あり)。

2021年度は勝利監督インタビューが終わって次の試合に入るまでの穴埋めBGMに「栄冠は君に輝く」のフェンダー・ローズテイストによるインストゥルメンタルが流れた。もとの変ロ長調ではなく、半音下げたイ長調のものが使用された。BGMがフェイドアウトすると次の試合が始まる。

2012年(第94回大会)からはIPサイマル配信「NHKネットラジオ らじる★らじる」で、2018年(第100回大会)以降は、民放ラジオポータルサイト「radiko」でも同時配信を行う(2018年はNHKラジオ第二次実験配信。ただしアーカイブ機能の利用は「らじる★らじる」のみ利用可能)。

テレビとは異なり、平日は11時50分 から正午のニュース終了(12時20分)まで、土曜日と日曜日は11時55分 から正午のニュース終了(12時15分)まで、試合展開にかかわらず中継が一時中断するほか、毎正時ごろのニュース挿入と、道路交通法の規定による日本道路交通情報センターからの交通情報による中断もある(これらの場合、ニュースの場合は毎時00分になったあとの攻撃終了後、交通情報の場合は毎28分前後の攻守交替時に行われる)。

また、8月9日の長崎平和祈念式典と8月15日の全国戦没者追悼式を放送するため、高校野球中継は試合展開にかかわらず一時中断する。

また、放送時間終了時に試合が続いている場合はそのままラジオ第1で時間を延長して放送するが、18時50分 からニュース終了まで中継は試合展開にかかわらず中断する。ニュース終了後も試合が続いている場合は、ニュース終了後に中継を再開する(中断中に試合が終了した場合は、ニュースの中で結果のみ放送する)。

期間中は中継枠の時間調整のため、穴埋め番組『話題と音楽』が随所に編成される。

民放での中継

  • 朝日放送テレビ・朝日放送ラジオ(いずれも2018年3月31日までは朝日放送〈現・朝日放送グループホールディングス〉)では、ラジオが開局翌年の第34回大会(1952年)から、テレビは前身の「大阪テレビ放送」だった第39回大会(1957年)から(「全国高校野球選手権大会中継」)1回戦から決勝まで生中継を実施している。サンテレビジョンと提携した第67回大会(1985年)以降は土曜日と準々決勝以降を除き、昼の時間帯は近畿圏の独立局とのリレーネットも実施している(CMも通常の全画面ではなく画面下側3分の1に表示され、球場の風景も放送)。第77回大会(1995年)から第82回大会(2000年)の間、BSアナログハイビジョン試験放送(BS-9ch・JO248-BS-HDTV)において中継を行っていた。この名残からか、第83回大会(2001年)からは、BS朝日でも朝日放送との同時放送を行っている(ハイビジョン中継、連動データ放送あり。ABCでは2009年からリアルタイム字幕放送を行っているが、BS朝日では決勝戦を除き実施していない。CMは通常放送と同じく16:9のハイビジョン形式画像(一部CMは4:3の標準形式画像)で全画面放送し、提供クレジットはCM終了後の後クレジットのみ表示となり、1本のCMを放送するたびにそのCMを放送したスポンサーのみ表示を行う)。
  • CS放送「スカイ・A」でも当日の夕方から録画放送している。また全国大会の開幕前から、順次地方大会決勝戦ノーカット放送を行ってきたが、2012年度は一部地区がダイジェスト放送となり、2013年度以降は地方大会の全試合完全放送を見送ることになった。これは民放でテレビ中継を行う地方大会が減少傾向にあるため、一部の地区で独自中継してきたが、それも難しくなったためである。代替措置として「速報!甲子園への道」の全放送日一挙放送や、開幕直前の生放送番組で地方大会をまとめて流すようにした。
  • テレビ朝日系列では開会式の一部と決勝(2014年まで)については全国中継される。また、北海道テレビ(HTB)が地元校が出場する試合をネットしている(年度や局によっては深夜に録画放送される)。テレビ朝日は長らく続けていた準決勝の一部中継(14、15時台のみ)を第87回大会(2005年)を最後に取り止めた。2015年は、決勝の放送枠がネットワークセールスからローカルセールスへと変更されたことから、テレビ朝日系列局のうちテレビ朝日のみ決勝戦の中継を行わず、2016年はネット局がさらに減少。ネット外の地方局ではテレビ山梨(UTY・JNN)、富山テレビ(BBT・FNN)、山陰放送(BSS・JNN)が2014年までネットしていた。
  • 2018年まで関西地方以外の地域で地元代表校出場試合が放送される場合(決勝は除く)、映像はABCテレビからのネットワークを受けるが、一部の放送局では実況は地元の放送局が派遣したアナウンサーによる「地元校応援実況」を行っていた。ただし、中継予定時間になっても地元校出場試合が始まっていない場合は、ABCアナウンサーの実況をそのまま放送する(回線の都合上、前の試合のどちらかの地元局の応援実況が放送されることもある)。2009年のみ全局がABCの実況となった。最終的に愛媛朝日テレビのみ実施されていたが2018年で終了した。
  • また、テレビ朝日系列各局と、朝日新聞資本がある一部のテレビ朝日系列以外の放送局およびABCラジオでは、7月中旬ごろ(ABCラジオは7月1日)から朝日新聞の大会CMが放送される(台詞の違いによる地方大会版と本大会版とが存在)。バックのBGM「栄冠は君に輝く」は、当初は学生の混声合唱であったが、21世紀になってからはハウンドドッグ、サーカス、森山良子、夏川りみ、小椋佳らイメージアーティストが歌うようになった(2021年に山崎育三郎で復活)。2011年以降は日本各地の高校生 による合唱・演奏に変更された。テレビ版の映像は前年度の本大会(年度により地方大会も)の模様をフィルム撮影したものを使っている。ナレーションは、2014年まで小林清志が務めていた(テレビ・ラジオともに)。
  • 2015年はテレビCMの新たな趣向として、同志社香里高校ダンス部員(女子)らの出演、Dream5の「栄冠は君に輝く」歌唱による「ダンス編」が制作された(本大会開催期間中は従来の作りのテレビCMもあわせて放送)。2016年は「ダンス編」の第2弾を放送(従来の作りのテレビCMはなし)。

インターネット中継

  • 第96回(2014年)からニコニコ生放送が新規参入。第86回選抜から引き続き、NHKでの放送を見ながら実況する「テレビ実況生放送」として配信(第97回(2015年)は森永製菓、第99回(2017年)は面白法人カヤックが後援)。
    • MC:愛甲猛
    • アシスタント:佐藤哲也・大崎みらい・みんぽこ
  • 第99回(2017年)は、愛甲猛のメイン番組とは別に、元プロ野球選手による同様の企画が配信された。
    • 出演選手:中根仁・鈴木健・内藤尚行・門倉健・古木克明・佐野慈紀
  • 第96回(2014年)までは朝日放送サイト内で全国選手権大会を配信していたが、第97回(2015年)からは、朝日放送・朝日新聞社の共同事業による「バーチャル高校野球」内で地方大会と全国選手権大会のライブ中継を配信する。2018年からは「SPORTS BULL(スポーツブル)」内で「バーチャル高校野球」の配信を行う。

映画

  • 『第50回全国高校野球選手権大会 青春』(監督:市川崑)

歴代記録と大会結果

脚注

注釈

出典

関連項目

  • 選抜高等学校野球大会
  • 明治神宮野球大会
  • 国民体育大会高等学校野球競技

外部リンク

  • 公益財団法人 日本高等学校野球連盟
  • スポーツブル バーチャル高校野球 - 朝日新聞社と朝日放送テレビとの共同運営運動通信社
  • 毎日新聞>全国高校野球選手権大会
  • NHK>高校野球

全国高等学校野球選手権大会

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