小山 雄輝(こやま ゆうき、1988年12月5日 - )は、愛知県知多市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
少年時代は中日ドラゴンズのファンで、小学校5年生で野球を始めた。知多市立八幡中学校出身で、小中学校の先輩(4学年上)には浅尾拓也(元中日)がいるほか、中学の先輩には伊藤敦規(元阪神タイガースなど)・山﨑武司(元中日・東北楽天ゴールデンイーグルスなど)がいる。県立大府高校時代はエースとして2年秋に愛知県大会優勝を果たしたが、甲子園出場は無し。
関東地方の強豪大学からも勧誘されたが、体育の教員免許を取得するために天理大学へ進学。大学時代は2年次の春に遊撃手へコンバートされるが、同年夏に就任した中村良二監督の下で投手とし再起。3年次の春は抑えとして一部リーグ復帰に貢献。4年次には中村監督が招いた山崎慎太郎臨時コーチと投球フォーム改造に取り組み、春季はエースとして4勝をマークし初のベストナインに輝いた。秋季はチームは最下位ながら5勝を記録し敢闘賞を受賞した。阪神大学1部リーグ戦での通算成績は25試合登板し、11勝9敗、防御率1.32、126奪三振。
本格派の右腕として読売ジャイアンツ、阪神、広島東洋カープなど複数球団の注目を集め、2010年のプロ野球ドラフト会議にて読売ジャイアンツから4位指名を受ける。天理大からは初のドラフト指名選手となった。11月に契約金4500万円、年俸720万円で仮契約し、背番号は94に決まった。
2011年4月30日の横浜ベイスターズ戦で公式戦初登板し、先発として4回を2失点であった。3度目の先発となった同年5月14日の広島戦でも5回をもたずに降板し、翌日に一軍登録を抹消され、残りのシーズンは二軍で過ごし、最終的に登板3試合で勝敗は付かなかった。
2012年春先に「第二の二軍」を経験した後、イースタン・リーグで先発投手として防御率1点台後半と成長を見せる。先発して初めて5イニングを投げきった8月8日の阪神戦では勝敗がつかなかったが、8月31日の横浜戦で7回を3安打無失点に抑え、通算7度目の先発にしてプロ入り初勝利を挙げた。最終的に10試合で2勝2敗・防御率1.87という成績を残した。11月に開催されたアジアシリーズでは初戦のパース・ヒート戦に先発し、6回途中1失点で勝負はつかなかった。
2013年7月14日の中日戦でシーズン初先発し、6回1失点と好投したが勝ち星は挙げられなかった。ローテーションの谷間で5回の先発機会を得て、全体でも10試合に登板したがこの年は勝ち星は挙げられなかった。ポストシーズンは中継ぎ要員としてベンチ入り。楽天との日本シリーズ第3戦では序盤で降板した先発の杉内俊哉に代わって登板し、3回1/3を無失点に抑えた。
2014年6月8日の千葉ロッテマリーンズ戦ではプロ初完投勝利を挙げるなどセ・パ交流戦で3勝を挙げチームの交流戦優勝に貢献する。そのままシーズン最後まで先発ローテーション入りし自己最多の16試合に登板し6勝を記録した。本拠地・東京ドームでは無敗だった。クライマックスシリーズはチームが3連敗を喫して後がなくなった第4戦に先発した。東京ドーム無敗の小山への期待が高まるも初回に一死1.二塁のピンチで好調の4番・マウロ・ゴメスを三振に打ち取るも続く5番・マット・マートンに3ラン本塁打、福留孝介にソロ本塁打を打たれて4失点を喫すると2回には一死二塁から西岡剛に2点本塁打を打たれ、1回1/3を6失点でKOされ降板した。そしてそのままチームは敗れクライマックスシリーズ敗退となった。小山にとってもこの年唯一の東京ドームでの黒星となった。オフの11月7日に、「日本プロ野球80周年記念試合」の阪神・巨人連合に阪神の梅野隆太郎と共に追加メンバーとして選出された。
2015年はわずか7試合しか登板できず2年ぶりの一軍未勝利で終わった。
2016年は初の先発無しの僅か9試合に留まったが、二軍では抑えにも起用され4セーブを挙げた。同年12月4日、東北楽天ゴールデンイーグルスの柿澤貴裕との交換トレードが両球団より発表された。
2017年4月1日のオリックス・バファローズ戦で1回2失点、4月5日の福岡ソフトバンクホークス戦では2回5失点、4月26日のロッテ戦では2/3回を投げ1失点など、リリーフとして失点を重ねて5月15日に登録抹消。5月21日に一軍登録され、2試合を投げ無失点も6月2日に登録抹消され、シーズンを終えた。
2018年は一軍登板がなく、10月1日に球団から戦力外通告を受けた。同月17日をもって現役引退を決断し、19日に任意引退公示された。
2019年からは古巣巨人の球団職員になることをSNSで公表した。ファン事業部に配属され、イベントの企画・運営や、選手のファンサービスの手伝いなどを担当している。
187cmの長身からオーバースローで投げ下ろす最速150km/hのストレートを軸とし、カーブで緩急をつけ、フォークを決め球とする。フォークは、カウントを取るスプリット系と握りが深い決め球になるフォークと2種類を投げ分ける。2013年のオフにはカットボールを習得し、春季キャンプでは同年にFA移籍してきた大竹寛からシュートを伝授された。2016年の秋季キャンプでは新たにチェンジアップも挑戦した。
スパイクには、人に感謝する気持ちを忘れないようにと、右足には父、左足には母の名前から一文字ずつ取った漢字が刺繍されている。
2018年1月に一般女性と結婚している。
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