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ブリュノ・マッソ


ブリュノ・マッソ


ブリュノ・マッソ(フランス語: Bruno Massot, 1989年1月28日 - )は、フランス出身、ドイツの男性フィギュアスケート選手(ペア・男子シングル)。パートナーはアリオナ・サフチェンコ、ダリア・ポポワなど。

2016年世界選手権3位。2016年・2017年欧州選手権2位。2018年平昌オリンピック金メダリスト。

経歴

2006-2007シーズンまではシングルの選手としてジュニアグランプリシリーズなどに出場していた。その後ペアに転向。

2011年3月にロシア人のダリア・ポポワとペアを結成。練習拠点はフランスのカーンに置き、3ヶ月に3週間のペースでドイツを拠点にしているインゴ・シュトイアーの元で練習するスタイルをとった。フランス選手権で優勝を果たし、ヨーロッパ選手権の代表に選出された。フランスのペアでは2番目の成績だったため世界選手権の代表には選出されなかったが国別対抗戦の代表となった。

2013-2014シーズン、ポポワの疲労骨折の影響でシーズン前半の試合は全て欠場。ヨーロッパ選手権では11位。1月21日にフランス国籍の取得ができず、ソチオリンピックに出場できない事になった。世界選手権では15位。その後アリオナ・サフチェンコの口から新しくペアの結成が発表された。ドイツまたはフランスでの代表の可能性を模索していた中、7月17日にフランス氷上競技連盟より、マッソのドイツへのリリースが拒否が発表された。しかし、9月28日にはドイツスケート連盟との間で署名がなされ、ドイツ所属で競技をすることが決まった。その後、シュトイアーとの師弟関係を解消し、新たにアレクサンダー・ケーニッヒをコーチに迎えた。

2015年9月、フランス氷上競技連盟による活動費用の負担を主張され、リリースが再度拒否された。またリリースには70,000ユーロを要すると報道された。その後リリースにかかる費用は30,000ユーロに減額された。10月26日、フランス氷上競技連盟のディディエ・ゲヤゲ会長との間で話し合いが持たれ、ドイツへのリリースが決定した。

2015-2016シーズン、チャレンジャーシリーズに参戦。タリントロフィー、ワルシャワ杯で連続優勝。シリーズ全体では、2位に50点近い大差をつけ、最上位の成績を収めた。欧州選手権では銀メダルを獲得した。世界選手権では銅メダルを獲得し、表彰台に立った。

2016-2017シーズン、グランプリシリーズに参戦し連勝。しかしながら、サフチェンコがフランス杯FSでスロー3回転アクセルを転倒し、右足首を負傷した。その影響でグランプリファイナル出場を辞退した。欧州選手権では2年連続で2位。世界選手権では銀メダルを獲得した。

2017-2018シーズン、スケートカナダで2位、スケートアメリカで優勝。11月23日、ドイツへの帰化が認められオリンピック出場が可能となった。前年はサフチェンコの負傷で辞退したグランプリファイナルに初出場し、FSで歴代最高得点を更新し優勝した。平昌オリンピックはSPで3回転サルコウが2回転になるミスがあり、4位発進となった。しかしながら、最終グループ一番滑走となったFSでは自身の持つ世界最高得点を2ヶ月で更新する会心の演技を披露し、SPでの6点近い差を逆転して初の金メダルを獲得した。世界選手権はSPで82.98点のパーソナルベストを更新するとFSでも162.86点の歴代最高得点を更新。総合得点では245.84点をマークし、タチアナ・ボロソジャル/マキシム・トランコフ組の持つ歴代最高得点を4年半ぶりに更新し、ペア史上初の1シーズンでグランプリファイナル、オリンピック、世界選手権を制覇する快挙を成し遂げた。

その後、同年4月に2018-2019シーズンは競技会に出場せずに11月29日から翌年2月24日までのアイスショー契約を結んだと発表した。

主な戦績

ペア

  • アリオナ・サフチェンコとのペア(ドイツ所属)
  • 2009-2010シーズンまではカミーユ・フーシェとのペア(フランス所属、以下同)
  • 2010-2011シーズンはアンヌ=ロール・レッシャーとのペア
  • 2011-2012シーズンからはダリア・ポポワとのペア

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男子シングル

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プログラム使用曲

脚注

外部リンク

  • 国際スケート連盟によるサフチェンコ & マッソのバイオグラフィー(英語)
  • 国際スケート連盟によるポポワ & マッソのバイオグラフィー(英語)

Text submitted to CC-BY-SA license. Source: ブリュノ・マッソ by Wikipedia (Historical)



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