四禅(しぜん 梵: rūpadhyāna、巴: rupajhana)とは、初期仏教で説かれる禅定(ジャーナ)の4段階のこと。九次第定のひとつをなす。三界の内の色界に相当し、この言葉は、禅定の段階に応じてこの色界を4分割した四禅天の略称としても用いられる。禅天の意味で用いる場合は、初禅天から三禅天まではそれぞれ三種の天をとり、四禅天については外道天などを含む九種の天をとって合計で十八禅天あるとする。ただし、四禅天には諸説あって合計で十六禅天とすることもある。
四禅の修習は、五蓋に対抗するための五心所の修習であるとアビダンマでは記載されている。釈迦が八正道で説く正定(しょうじょう, 巴: sammā-samādhi, 梵: samyak-samādhi)は、この四禅の達成である。
まず五下分結を絶って欲界から脱し、色界の初禅に入った段階では、五禅支の全てが揃った状態にある。ここから尋・伺の二支を捨てることで第二禅に入り、喜を捨てることで第三禅に入り、最後に楽を捨てることで第四禅に入ることになる。
五禅支の内の「一境性」が、禅定(四禅)における集中が深まった状態としての三昧(samādhi、サマーディ)の本体となるものであり、これを他の五禅支によって(五蓋など煩悩から)護り、強めつつ、段階的に他の五禅支を除去していき、強化された「一境性」単独状態にしていくプロセスが、禅定(四禅)である。
四禅における心所の構成要素である五禅支(ごぜんし)、その妨げとなる煩悩としての五蓋は、ちょうどトレードオフ(入れ替え)の関係にある。この種類は以下の通り。
五禅支と五蓋の対応関係は、以下の通り。
したがって、(四無量心(慈悲の瞑想)や仏随念などによって)五蓋を抑えつつ、五禅支を高めていくことで、近行定、そして安止定としての禅定に入って行きやすくなる。
南伝上座部大寺派のアビダンマ教学では以下の七禅支を説く。しかし、喜楽、憂、捨は受(vedanā)にまとめられるため、本質的には五禅支となるという。
パーリ仏典長部『沙門果経』では、王に仏教の比丘(沙門)の果報を問われた釈迦が、まず戒律の果報を説き、次にこの四禅の果報を説き、最後に六神通を説いたとされる。
パーリ仏典長部『大般涅槃経』では、釈迦の入滅の様子が、「初禅から滅想受まで、九次第定を段々と上がって行き、そこから初禅まで段々と下って行き、そこから再び四禅まで上がったところで入滅した」と描写されており、第四禅定をして涅槃とする根拠とされた。同経には釈迦が涅槃に入る前に座禅したとは説かれておらず、涅槃図は一般に右手を枕にして横になる姿勢で表わされる。
パーリ仏典撒餌経では、釈迦は猟師が鹿を射止めるために撒餌をするというエピソードを元に、比丘たちに四禅を説いている。ここでの鹿とは比丘、撒餌とは五欲、猟師とはマーラ(悪魔)を指す。釈迦は四種類の行動パターンを示し(四禅)、鹿どのように猟師の意図に捕われずにすむか、心得を説く。
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