ハプログループD-M55 (Y染色体)(ハプログループD-M55 (Yせんしょくたい)、英: Haplogroup D-M55 (Y chromosome))とは、分子人類学で用いられる、人類のY染色体ハプログループ(単倍群)の分類のうち、ハプログループDのサブクレード(細分岐)の一つで、Z3660の子孫の系統である。今より四万年ほど前に日本列島で誕生したとされる。現存する下位系統の最も近い共通祖先は今より二万年ほど前にさかのぼるとされ、現在日本人の3割ないし4割が属している。同じZ3660のサブクレードとしては現代のアンダマン諸島に居住するオンゲ族及びジャラワ族にみられるY34637がある。
ISOGGでの名称
- 2006年 ハプログループD2
- 2014年5月 ハプログループD1b (D1,D2,D3→D1a,D1b,D1c)
- 2019年6月 ハプログループD1a2 (D1a,D1c→D1a1a,D1a1b D1b→D1a2)
- 2020年4月 ハプログループD1a2a (D1a2,D1a3→D1a2a,D1a2b)
概略
ハプログループD1a2a(D-M55)は、主に日本列島で観察される。日本人の約32% - 39%にみられ、沖縄や奄美大島では過半数を占める。アイヌの80%以上もこれに属する。ハプログループD1a2aは、日本で誕生してから3.8-3.7万年ほど経過していると考えられている。
本系統と兄弟グループのD1a2b(Y34637)はアンダマン諸島南部(オンゲ族、ジャラワ族)でサンプル数は少ないものの100%を占める。
なお、本系統と他のハプログループDのサブクレードとは概ね5万3千年以上の隔絶があり、他のハプログループと比べてサブクレード間でも近縁とは言えず、親グループ間並の時間的距離がある。
歴史
現生人類の誕生後、Y染色体アダムから発生した、いわゆるユーラシアン・アダムの子孫たちを含むグループの中から一塩基多型の変異(いわゆるYAPと言われる痕跡)が、約6.5万年前頃にアフリカ大陸の北東部(現在のスーダンからエチオピア高原の辺り)において生じたが、その子系統であるハプログループDは、アフリカにおいて既に発生していたと考えられる(一方で、ハプログループDEはアジアで発祥したという異説もある)。
ハプログループDの子系統D1,D2のうち、D1は、ハプログループCFとともに、現在アフリカの角と呼ばれる地域から、現生人類としては初めて紅海を渡ってアフリカ大陸を脱出した。アラビア半島の南端から海岸沿いに東北に進みイラン付近に至った。さらにイラン付近からアルタイ山脈付近に北上したと推定される。
ハプログループD1のうち、アルタイ-チベット付近にとどまったグループから誕生した系統がチベット人に高頻度のハプログループD1a1であり、東進して日本列島に至ったのがハプログループD1a2aである。日本列島は海洋資源に恵まれ、温暖であったため、繁栄したと考えられる。
アリゾナ大学のマイケル・F・ハマーは「縄文人の祖先は約5万年前には中央アジアにいた集団であり、彼らが東進を続けた結果、約3万年前に北方オホーツクルートで北海道に到着し、日本列島でD1a2aが誕生した」とする説を唱えた。崎谷満はハプログループD1a2が華北を経由し九州北部に到達し、日本列島でD1a2aが誕生したとしている。
各地における頻度
日本各地で高い頻度を誇るが、特に東日本や南九州及び沖縄に多い。
- 青森:38.5%
- 静岡:32.8%
- 徳島:25.7%
- 九州:26.4%
- 沖縄:55.6%(25/45)
(Hammer et al. 2006)
- アイヌ:87.5%(Tajima et al. 2004)
また、国外では韓国、ミクロネシア、ティモール島、中国などで低頻度にみられる。
- ミクロネシア: 5.9%(1/17; Hammer et al. 2006)
- 韓国: 4.0% (3/75; Hammer et al. 2006)、1.58%(8/506)
- 西ティモール: 0.2%(1/497; Tumonggor et al. 2014)
- 中国: 0.02%、北京漢族1.96%(1/51)
遺跡出土の古代DNA
- 韓国釜山加徳島の獐項遺跡(約6,300年前)から出土した「獐項8号人骨(Changhang 8)」のY染色体はハプログループD1a2a1(D-116.1, CTS10441)である。獐項遺跡からは日本産翡翠の装身具をはじめ、48体の人骨が出土した。その中で科学分析が可能であったのは17体で、1体からはヨーロッパ系の母系とも共通するミトコンドリアDNAのハプログループHが検出された。
- 北海道礼文島の船泊遺跡(縄文時代後期前葉から中葉(約3,800-3,500 年前))から出土した人骨・船泊5号のY染色体は、ハプログループD1a2a2b(D-CTS1824, CTS68)であった。これらにより「ハプログループD1a2a系統は縄文系である」ということや、D-CTS131が日本の南部から検出されていることなどから、「D系統は南方経由で日本に到達した」という、従来からの仮説が立証された。
サブグループ
名称およびSNPは2020年4月16日改訂のISOGGの系統樹(ver.15.58)、
最近共通祖先の時期はY-FULL、
日本人における割合は佐藤ら(2014)、井上・佐藤(2023)、
アイヌにおける割合は小金渕ら(2012)、
分布はFTDNA Y-DNA D Haplogroupによる。
- D1a2a (M64.1/Page44.1, M55) 最近共通祖先 21200年前 日本人(32.1%)、アイヌ(17/19 89.5%)、琉球民族
- D1a2a1(M116.1) 最近共通祖先17900年前 日本人(27.3%)、アイヌ(11/19 57.9%)、韓国加徳島・獐項8号人骨
- D1a2a1a(M125) 最近共通祖先15100年前 日本人(17.5%)、アイヌ(1/19 5.3%)
- D1a2a1a2(IMS-JST022457) 最近共通祖先4800年前
- D1a2a1a2b(IMS-JST006841/Page3) 日本人(15.2%)
- D1a2a1a2b1(CTS3397) 最近共通祖先4000年前 日本人(12.9%)
- D1a2a1a2b1a(Z1500) 最近共通祖先2100年前 日本人(12.8%)
- D1a2a1a2b1a1(Z1504) 最近共通祖先2100年前 日本人(12.5%)
- D1a2a1a2b1a1a(CTS8093) 最近共通祖先2100年前 日本人(10.9%) 奈良
- D1a2a1a2b1a1a1(FGC6373) 日本人(5.2%)
- D1a2a1a2b1a1a1a(L137.3) 日本人(2.4%) 静岡
- D1a2a1a2b1a1a1b(FGC6386) 長野
- D1a2a1a2b1a1a1d(Z40610) 山口
- D1a2a1a2b1a1a1e(FT11140) 奈良
- D1a2a1a2b1a1a3(Z46274) 日本人(1.3%)
- D1a2a1a2b1a1a4(FGC30024) 愛知
- D1a2a1a2b1a1a8(FT117379)
- D1a2a1a2b1a1a8a(CTS4093) 富山
- D1a2a1a2b1a1a8b(BY166058) 鹿児島
- D1a2a1a2b1a1a9(Z40687) 日本人(0.7%)
- D1a2a1a2b1a1b(BY141272) 日本人(0.4%) 愛媛(Y156829,BY77272)
- D1a2a1a3(CTS10972, CTS291) 最近共通祖先5100年前 日本人(2.4%) 北海道
- D1a2a1c(CTS6609) 最近共通祖先17900年前 日本人(9.7%)、アイヌ(10/19 52.6%)
- D1a2a1c1(CTS1897/Z1574) 最近共通祖先13700年前 日本人(8.5%)
- D1a2a1c1a(CTS11032) 最近共通祖先8500年前 日本人(5.5%) 愛知(BY141459)
- D1a2a1c1a1(CTS218/V1105/Z1527) 最近共通祖先3100年前 日本人(4.2%)
- D1a2a1c1a1a(CTS6909)
- D1a2a1c1a1b(CTS3033)
- D1a2a1c1b(CTS1964) 日本人(1.4%) 静岡、京都、熊本
- D1a2a1c1c(Z30643) 日本人(1.0%)
- D1a2a1c2(CTS103/CTS10304) 日本人(0.8%)
- D1a2a2(CTS131) 最近共通祖先15000年前 日本人(4.7%)、アイヌ(6/19 31.6%)
- D1a2a2a(CTS220) 最近共通祖先10300年前
- D1a2a2a1(CTS10495) 最近共通祖先9200年前
- D1a2a2a1a(Z17176)
- D1a2a2a1a1(BY113470) 鳥取、和歌山
- D1a2a2a1b(CTS624)
- D1a2a2a1c(FT413039) 最近共通祖先9000年前 静岡
- D1a2a2a2(CTS11285) 最近共通祖先9100年前
- D1a2a2a2a(PH2316)
- D1a2a2a2a1(Z38287) 岩手
- D1a2a2a2a2(Z38289) 兵庫
- D1a2a2a2b(CTS288)
- D1a2a2b(CTS1824) 船泊5号
一塩基多型分岐図
脚注
関連項目
外部リンク
- Haplogroup M174
- Atlas of the Human Journey: Genetic Markers, Haplogroup D (M174), The Genographic Projectより。
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