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東多摩郡


東多摩郡


東多摩郡(ひがしたまぐん)は、東京府にあった郡。1878年(明治11年)11月2日、成立した。郡役所は、当初、中野町大字中野に置かれた。1896年(明治29年)、廃止され、豊多摩郡となった。

郡域

現在の東京都中野区・杉並区にあたる。

隣接していた郡

  • 東京府:北多摩郡、北豊島郡、南豊島郡、荏原郡

歴史

郡発足までの沿革

  • 「旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での、多摩郡のうち後の当郡域の支配は以下の通り。幕府領は代官・松村忠四郎支配所が管轄。●は村内に寺社領が存在。(32村)
  • 慶応4年
    • 7月10日(1868年8月27日) – 旧幕府代官の松村長為(忠四郎)が武蔵知県事に就任。後の当郡域を管轄。
    • 8月8日(1868年9月23日) – 当郡に相当する区域を管轄する知県事が古賀定雄(一平)に交代。
  • 明治初年に本郷新田が本郷村に編入。
  • 明治2年
    • 2月9日(1869年3月21日) – 古賀知県事の管轄区域に品川県を設置。
    • 12月18日(1870年1月19日) – 寄場組合を廃止し24の番組を設置。当郡は6・18・21・22・23番組のそれぞれ一部に相当。
  • 明治4年
    • 11月14日(1871年12月25日) – 品川県を廃止する。当郡に相当する区域は東京府(第2次)が占めることとされた。
    • 11月23日(1872年1月3日) - 当郡に相当する区域は神奈川県が占めることとされた。
    • 12月5日(1872年1月14日) – 当郡に相当する区域がいったん東京府へ移管される。
  • 明治5年
    • 1月22日(1872年3月1日) – 当郡に相当する区域が神奈川県に移管される。
    • 8月19日(1872年9月21日) - 当郡に相当する区域が東京府の管轄に戻されることとされた。
    • 9月10日(1872年10月12日) - 当郡に相当する区域が再度東京府へ移管される。

郡発足以降の沿革

  • 1878年(明治11年)11月2日 - 郡区町村編制法の東京府での施行により、多摩郡のうち東京府に属する区域をもって東多摩郡が発足。郡役所を中野村に設置。
  • 1880年(明治13年) - 片山村が江古田村に編入。(31村)
  • 1889年(明治22年)5月1日 - 町村制の施行により以下の村が発足。(6村)
    • 中野村 ← 中野村、本郷村、雑色村(現中野区)
    • 野方村 ← 江古田村、上高田村、新井村、上沼袋村、下沼袋村、上鷺宮村、下鷺宮村(現中野区)
    • 和田堀内村 ← 和田村、堀ノ内村、和泉村、永福寺村(現杉並区)
    • 杉並村 ← 高円寺村、馬橋村、阿佐ヶ谷村、天沼村、田端村、成宗村(現杉並区)
    • 井荻村 ← 上井草村、下井草村、上荻窪村、下荻窪村(現杉並区)
    • 高井戸村 ← 松庵村、久我山村、上高井戸村、中高井戸村、下高井戸村、大宮前新田(現杉並区)
  • 1896年(明治29年)4月1日 - 南豊島郡・東多摩郡の区域をもって豊多摩郡が発足。同日東多摩郡廃止。

行政

歴代郡長

郡役所

郡役所は、当初、中野町大字中野に置かれた。1881年(明治14年)4月26日、郡役所は廃止され、東多摩南豊島連合郡役所が内藤新宿2丁目に設置された。1889年(明治22年)、淀橋町大字柏木291番地に移転した。

脚注

出典

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 13 東京都、角川書店、1983年10月27日。ISBN 4040011309。 
  • 旧高旧領取調帳データベース (国立歴史民俗博物館)
  • 東京府豊多摩郡誌 - 国立国会図書館近代デジタルライブラリー
Collection James Bond 007

参考文献

  • 新修新宿区史編集委員会 編『新修新宿区史』東京都新宿区役所、1967年3月。NDLJP:3002679。 (要登録)

関連項目

  • 消滅した郡の一覧

Text submitted to CC-BY-SA license. Source: 東多摩郡 by Wikipedia (Historical)