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織田信美


織田信美


織田 信美(おだ のぶかず)は、江戸時代後期の大名。出羽国高畠藩2代藩主、のち天童藩初代藩主。官位は従五位下・若狭守、越前守。

生涯

高畠藩初代藩主・織田信浮の九男として誕生。母は小笠原長恭の娘・光子。幼名は百太郎。なお『寛政重修諸家譜』では信浮の三男としており、早世した兄を省略するなど、故意に操作を行っている。

文化7年(1810年)11月1日、11代将軍・徳川家斉に御目見をする。文政元年(1818年)12月27日、父の死去により家督を継ぐ。文政3年(1806年)12月16日、従五位下越前守に叙任する。文政11年(1828年)5月24日、幕府から出羽村山郡天童村に陣屋を移転する許可を得る。文政9年(1826年)に高畠陣屋が2度目の焼失に見舞われたこと、また寛政12年(1800年)に陸奥国信夫郡の藩領が出羽村山郡の幕領と交換されて、藩領の大部分が村山郡に存在することになったためである。陣屋の移転に伴い、町の整備などに尽力した。

天保7年(1836年)8月4日、死去。享年44。跡を長男・信学が継いだ。

系譜

子女は3男3女。

父母

  • 織田信浮(父)
  • 光子 ー 小笠原長恭の長女(母)

正室、継室

  • 章姫 ー 大村純鎮の三女(正室)
  • 朝子 ー 戸田忠翰の四女(継室)

子女

  • 織田信学(長男)生母は朝子(継室)

関連項目

  • 人間将棋

Text submitted to CC-BY-SA license. Source: 織田信美 by Wikipedia (Historical)


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