棋譜(きふ)とは囲碁・将棋・チェスなどのボードゲームにおいて、互いの対局者が行った手を順番に記入した記録を指す。また同時に、棋譜が記入された用紙(つまり棋譜用紙)を意味する時もある。
チェスは、公式戦では対局者自らが棋譜を記入する必要があるため、専用の棋譜用紙も販売されている。
棋譜の付け方には、主に代数式と記述式の2種類の表記法がある。書籍などでは、代数式と記述式以外の表記法はほとんどない。1980年代までは記述式の書籍も多数出版され、いずれも公式の記録法であった。しかし1981年に国際チェス連盟が代数式を唯一の公式記録法と定めたため、書籍でも現在はほとんど代数式となり過去の書籍を復刊する際にも代数式に書き換えることがある。
白を手前にして、チェスボードの左下のマス(a1)を基点とする。
例1:右図で、a3の地点にルークを移動させた場合、「Ra3」としか書かないとa1とc3どちらのルークを動かしたのか判断できない。そこで、
例2:右図で、d3の地点にナイトを移動させた場合もc1とe1どちらのナイトを動かしたか判別する必要があるが、「N1d3」では判別できない。そこで、
例3:右図で、d7の地点にクイーンを移動させた場合、b7もしくはd5のクイーンを動かした場合はそれぞれ「Q7d7」「Qdd7」と表記すれば問題ないが、b5のクイーンを動かした場合はファイルとランクどちらを用いても判別不能であり、この場合どうすればいいのかは不明。
チェスボードの左端から
書籍・雑誌などにおいてチェスの指し手の評価には一般に次の記号が用いられている。
基本的な考え方はチェスの代数式と同様である。
先手、もしくは下手を下として、盤面を右上を基点として、横(筋)を1、2、……、9の算用数字、縦(段)を一、二、……、九の漢数字とし、手番と進んだ先、駒を示す。例えば、第一手で先手が角道を開ける手は、「☗7六歩」である。☗は先手、☖は後手を示す。この記号、将棋の駒をかたどったものである。コンピューターでは「しょうぎ」などと入力することで変換可能。
ただし、この記号(先手☗、U+2617、画像:・後手☖、U+2616、画像:)はUnicode普及前のコンピューター環境では表示が困難だったため、三角形(▲△)で代用されてきた。Unicode普及後も三角形で代用されることは多い。
古くは縦横いずれも漢数字を用いた。現代の日本将棋連盟では、漢数字を使わずに縦横いずれも算用数字で棋譜を記録するように定めてある。
直前の相手の移動先の駒もしくは打った駒を取る場合は、移動先の代わりに「同」を用いて「▲同金」のように記す。ただし、改ページの直後が「同」を用いる手となる場合や解説書などで「同」を用いる手から棋譜を記すときは「▲3三同金」のように動かした場所を明確にすることもある。
移動によって成ることができる場合、成った場合は「成」(「なり」と読む)、成らなかった場合は「不成」(「ならず」と読む)を付け加える。ルール上成れない場合「不成」は付けない。ただしルール上必ず成らなければいけない場合(歩や香車が最前線に、桂馬が敵陣2段目以内に移動した場合)は「成」を付ける。なお、字数を減らす、あるいは字数を整えるためなどの理由により「不成」を「生」と表記することもある。
詰将棋においては、特に駒の種類を特定しなくてもよい合駒を「合」と表記することがある(「△2三合」など)。また、「合駒である」ということを強調するため、指し手に「△2三銀合」などと「合」を加えることもある。
上記の表現のみではどの駒を動かしたのか特定できない場合は、さらに以下の文字を付記して区別する。なお、以下では本将棋と駒の枚数や動き方の異なる将棋類や、反則手については考慮しないものとする。
表記順序は(先手or後手)、(移動先の筋)、(移動先の段)、「同」、(移動させた(打ったのも含む)駒の移動させる前の種類)、「合」、(「右」or「左」or「直」)、(「寄」or「引」or「上」)、(「成」or「不成」or「打」)の順である。例えば右の図で、先手が8四の銀将を9三に動かし、成ったときは「▲9三銀右上成」となる。
原始筋違い角戦法の出だしの棋譜を例にあげる。
速記する場合は下のような略記法を使うことがある。
他にも略記法には以下のルールがある。
上記の「▲9三銀右上成」は「93(ヨに〇)↖」「93ヨナ↖」あるいは通常の棋譜の表記順に合わせて「93ヨ↖ナ」と表される。
江戸時代に使われていた方式で、徳川家治が好んで使っていた。1一を「い」、1二を「ろ」などといった具合に、将棋盤のそれぞれの地点を1文字で次のような図の通りに表す。例えば7六歩、3四歩は「春歩」「ら歩」といった具合である。
構成としてはまず、いろは順に平仮名を1一から縦に配置する(ただし「ゐ」「お」「ゑ」はそれぞれ「い」「を」「え」と音が同じなので採用せず飛ばす。「ん」も発音しにくいので採用せず飛ばす。)。すると5筋が1マス余るので「京」で埋める。6筋からは今度は一から万までの漢数字を使う(ただし「二」「四」「九」はそれぞれ「に」「し」「く」と音が同じなので採用せず飛ばす。)。残りは適当な漢字で埋めている。
シャンチーの手は「炮二平五」のように記す。この例は「炮の駒を二筋から真横に五筋へ移動」を意味する。チェスや将棋と異なり、左右方向の筋(競技者から見て右から左へ数える。)のみを記し、上下方向の座標は記さない。同じ筋でも先手と後手で異なる数字になることに注意。なお後手は算用数字を使用する。移動方向にはこの例の「平」のほかに「進」(上方向)、「退」(下方向)がある。真上または真下に移動する場合、移動後の筋のかわりに移動量を一から九までの数字で表す。
同じ筋に同じ種類の駒が2枚または3枚ある場合は、駒名の前に「前・中・後」をつけることで区別する。この場合、あいまいさがなければ移動前の位置は省略される。
囲碁の盤面図を印刷した用紙(碁罫紙)に、1手目から終局までの着手点を、1からの数字で順に記録したもの。現在では、記入の際には黒番と白番を別の色(黒と赤など)で書き分けて見やすくし、印刷する場合には黒番の着手を黒丸に白色数字、白番の着手を白丸に黒色数字で表示する。1局の全着手を1枚の盤面図に記載したものを総譜と呼ぶ。解説書や新聞の観戦記などでは見やすくするために数十手毎に複数の図に分割して記載することが多い。石取りなどで石が存在しなくなった箇所に打たれた場合や、コウなどで複数回同じ場所に打たれた場合は、「160は158の下」「159(157)」「159コウトリ(153)」などと盤面図の外に記す。また終局時のダメを詰める過程の着手(黒白どちらがその点に打っても地の増減に影響しない着手)は省略することが多い。
盤面の向きは、先手番の者から見た盤面となるようにするのが通例だが、後手番の者が記録した場合には逆向きになっていることもある。
持ち時間の決まっている公式戦などで、一手打つのにかかった所要時間の記録が必要な場合には、通常の棋譜と同時に所要時間の表を作る。
特に囲碁では棋譜を記録することを採譜と呼び、分割する際には第1譜、第2譜と表記する。
チェッカーではチェスと違って駒が動けるマス目に通し番号を振る。白から見て左上端を1として、左から右へ、上から下へと数える。国際ドラフツの場合は1から50までの番号がつけられる。移動前のマスと移動後のマスの番号をハイフンでつなぐ。駒を取るときはハイフンのかわりに「x」を記す。
オセロでは単に座標のみを記す。座標は左から右に a…h、上から下(チェスと逆)に 1…8 で記す。
バックギャモンでは、「51: 10/5 6/5」のように記す。「51:」は2つのダイスの目が5と1だったことを意味し、10/5 は10ポイントから5ポイントへ移動したことを意味する。ヒットは後ろに * をつける。ポイントは1から24までで、バーは 25、ベアオフは 0 と記す。
麻雀では牌譜と呼ばれる。
現存する最古の棋譜
管轄する団体によって異なるが、次回の対戦に生かすため棋譜をまとめている者も少なくない。
公式戦では必ず対局者本人が一手指すごとに、専用の用紙にペンで記録することが義務づけられており、例外は認められていない。ゲーム終了後は棋譜用紙(またはコピー)を大会の主催者へ提出する必要がある。
アマチュアだけでなくプロ同士の対局でも、対局者自身が棋譜を付ける義務はない。主催者やスポンサーによって公開が予定されている対局では、記録者が用意されるケースがほとんどである。当日に記録者がいない場合は、終了後か後日にまとめて書き留める。
日本棋院では、勝者が棋譜を提出することを義務付けている。その他については将棋と同様である。
チェッカーやバックギャモンでは棋譜(記録)を付ける義務はない。熱心なプレイヤーが自発的に付ける場合もあるが、ゲーム内容は記録しないのが一般的である。
カメラと人工知能による自動記録システムが一部棋戦で運用されている。囲碁では「KIFU361」、将棋では「リコー将棋AI棋譜記録システム」(後にHEROZに譲渡され「HEROZ Kishin Eye」)などがある。
駒が立体的であるチェスでは、電子コイルを利用する方法もある。
日本において、棋譜に著作権があるのか否かについては議論がある。後述するように、日本における将棋、囲碁の各団体は棋譜の著作権を主張している。
加戸守行は、2006年の著書で囲碁や将棋の棋譜を著作物たりうるものとして例示している。一方で法学分野では知的財産法が専門の渋谷達紀は2007年の著書で、加戸の見解を踏まえたうえで「棋譜は、勝負の一局面を決まった表現方法で記録したものであるから、創作性の要件を欠き、著作物ではない」としており、中山信弘も2014年の著書で棋譜の著作権を否定するなど、日本においても著作物として否定される傾向にあるという指摘がある。
裁判となった事例としては、2023年にあるYouTuberが、自らが配信した将棋の解説動画について「囲碁・将棋チャンネルから著作権侵害の申立を受け一時削除(非公開化)された」ことを不服として、同社に対し損害賠償を求めた事例があり、一審の大阪地方裁判所は2024年1月に「棋譜は公表された客観的事実に過ぎない」として著作権の成立を否定する判決を下した。
「棋譜(score)は単なる事実の記述なので、いったん公表されればパブリックドメインとして自由に扱ってよい」という古くからの慣例があり、FIDEと海外の下部組織はこれを踏襲している。しかし2019年1月に活動を終えた日本チェス協会(JCA)は公式ルールの翻訳文に原文にない語句を追加し、国際慣習に反して主催者(JCA)に権利があると主張していた。後継の日本チェス連盟は、会則や大会の規約、公式ルール等において日本チェス協会のような権利主張は行っておらず、棋譜がパブリックドメインであるという世界の慣例を踏襲している。
高度な棋譜データベースソフトでは、ある対局者が用いたオープニングの種類と頻度、そのオープニングに対して勝率の高いディフェンスなど、特定の条件で検索する機能を有しているものがある。またそれに近いサービスをインターネット上に構築しているサイトも数多くある。また近年では競技会中にリアルタイムで棋譜を更新し、大会終了後に公式サイト上にまとめて公開されることも多い。
棋譜は公開されているが個人の分析やコメントには著作権が発生するため、著名選手の棋譜を解説した書籍が多く刊行されている。
日本国外では将棋や囲碁についても、棋譜は「著作物ではなく記録」というチェスの慣例があるためか、後述のように管轄団体が規約で禁止していてもネット上で棋譜が出回る例もある。
日本将棋連盟は、過去には法的根拠は無い(棋譜に著作権は無い)とした上で、収入問題に発展しかねないので頒布を控えてほしいとの「お願い」をネットコミュニティに対して行っていたが、最近では、棋譜に著作権ありとして、許諾を得ない掲載や転載を禁じているケースもあり、必ずしもスタンスは一定していない。一時、江戸時代の棋譜に著作権を主張し、物議をかもしたこともある(後に撤回された)。2012年2月現在、ニコニコ動画においては現役故人を問わず日本将棋連盟所属棋士の棋譜に著作権を主張し、棋譜を機械的に再生した動画を削除させている。
著作権は別にして、将棋連盟の主な収入が棋譜掲載の権利によることから、棋戦スポンサーである新聞社の優先掲載権に対して一定の配慮を行うというポリシーを取る棋譜掲載サイトも多いが、一方で全く配慮せず自由に掲載するサイトもあり対応はまちまちであり、個人主催の棋譜データベースサイトが多数運営されている。
2017年、朝日杯将棋オープン戦の藤井聡太対アマチュア棋士の棋譜を、将棋の実況などを主に行っていたYouTuberの男性が将棋ソフトを用いて独自に配信した。これに対し、朝日新聞の将棋取材班がTwitterで「朝日杯の棋譜中継は権利の侵害に当たります。即時、中止してください」などとして、男性に中止を訴えた。男性はこれに応じ、謝罪して配信を取りやめた。Twitterでは、朝日新聞の主張に疑問を呈する意見と、理解を示す意見の双方が見られた。
この対応に対する取材に対し、朝日新聞社は「朝日新聞社と日本将棋連盟は、主催者として本棋戦の対局における棋譜を独占的に放送し、配信し、その他の方法で利用できる権限を有しており、そうした主催者としての権限は、法律上保護されるべき利益に係る権利というべきもの」であるとし、男性の行為が主催者としての権利を侵害する不法行為に該当し得るため配信の中止を求めたと回答した。一方で「将棋の棋譜の著作物性について議論があることは承知しています」ともした。日本将棋連盟は、この対局から4日後の取材に対し「現段階ではコメントは差し控えたい」と回答した。
この件に関して、弁護士の伊藤雅浩は「棋譜自体にはおそらく著作権はない」が、男性の行為は「民法上の不法行為に当たる可能性はある」とした。弁護士の齋藤理央も、本件における棋譜の利用について「著作権侵害とはならないでしょう」としたうえで、朝日新聞社の主張する権利に対しては「法的保護に値すると判断される可能性は否定できないと考えられます」とした。弁護士の吉岡達弥も、「『棋譜』は著作物ではないと考えられます」としたうえで、男性の行為について「主催者としての権利を侵害し、不法行為に該当し得ると考えております」と説明した。
日本将棋連盟および各棋戦主催者は、棋戦ごとに棋譜の利用に関するガイドラインを公表している。2023年7月時点でガイドラインが公表されている棋戦は、タイトル戦では叡王戦以外の7棋戦、一般棋戦では朝日杯将棋オープン戦の1棋戦であり、女流棋戦についてはガイドラインの公表は確認されていない。
日本棋院・関西棋院は、棋譜に著作権があると主張しており、許諾を得ずに棋譜を公開したり配布したりすることを禁じている。一方で日本国外ではチェスの慣習から、日本国内棋戦の棋譜が日本国外サイト経由で出回るという状況となっている。将棋と同様に個人サイトの対応もまちまちであり、データベースサイトに関しても同様である。
公益社団法人日本複製権センターのウェブサイトでは、「参考になる棋譜が囲碁雑誌に載っていたので、そのページをコピーし、囲碁同好会でメンバーに配布した」という想定例に対して、非営利の同好会であっても許可なく雑誌の記事をコピーし配布することは違法であるとしたうえで、「『棋譜』だけのコピーであれば、棋譜は著作物ではありませんので、著作権の侵害には当たりません」と回答している。
国立国会図書館デジタルコレクションでは著作権保護期間の切れた資料をインターネット公開しているが、その中には囲碁・将棋ともに保護期間が有効な棋士の棋譜を含む本が多数ある。たとえば囲碁では瀬越憲作(1972年没)、木谷実(1975年没)、岩本薫(1999年没)、呉清源(2014年没)、将棋では土居市太郎(1973年没)、金易二郎(1980年没)などの棋譜を含む書籍が「公開範囲 インターネット公開(保護期間満了)」として公開されている。
Smart Game Format (SGF)のように各種のゲームを記録できるようにした共通のファイル形式も存在するが、主に囲碁でしか使われていない。
Portable Game Notation(PGN)形式が事実上の標準である。
インターネット上に公開されている棋譜は大多数がPGN形式のため、大半のチェス関連ソフトは対応している。
盤面図についてはForsyth-Edwards Notation(FEN)が標準として使用される。
Portable Draughts Notation (PDN, 英語版) が標準である。PDN 3.0 はUnicodeに対応しており、オセロにも使用することができる。
Portable Bridge Notation (PBN)が存在する。
コンピュータ将棋協会が策定した「CSA形式」以外にも「柿木形式」「PSN形式」など、多数のフォーマットがあるため、ソフトが読めない形式の棋譜ファイルを利用する際は、ファイルコンバータが必要である。
世界的にはSGFが一般的であるが、日本棋院が配布している棋譜エディタ「Kiin Editor」は変化図などに対応したUGFを標準としている。日本棋院が運営する幽玄の間ではNGFが標準であるなど統一されていない。Kiin EditorはSGF、UFG、NGFを相互変換可能である。
その他の独自形式も存在する。
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