『病院坂の首縊りの家』(びょういんざかのくびくくりのいえ)は、横溝正史の長編推理小説。「金田一耕助シリーズ」の一作。『野性時代』に1975年から1977年まで連載された。
本作を原作にした映像作品に、2014年現在で映画とテレビドラマが1作品ずつある。
「金田一耕助最後の事件」として知られる。
本作は、1975年から『野性時代』誌に22回にわたって連載された長編であるが、『宝石』1954年7月号に掲載されたものの横溝の病気のため中絶した短編「病院横町の首縊りの家」が原型になっている。完成した長編は2部構成になっており、生首風鈴事件が発生し、迷宮入りになるまでが第1部(角川文庫版・上巻)、20年後、新たに連続殺人事件が発生し全てが解決するまでが第2部(角川文庫版・下巻)である。エッセイ『真説金田一耕助』によると、当初中編規模の予定で連載が始まったが、書いている途中でどんどん話が伸びて予定の数倍の長さになってしまったという。同エッセイでは「年をとるとくどくなる」としながら、「一冊で長編二冊分楽しめるものになった」と述べている。そうした経緯もあり、連載終了から単行本刊行まで手を加えるために1年以上の間があいている。
舞台は東京都港区の高輪であるが、作中の「病院坂」の描写に正確に符合する坂道が実際にある。高松宮邸のすぐ脇、魚籃坂下方向へ向かって下る急な坂道で、作中における付近の建物(作中では高松宮邸は名こそ明記がないが、門の位置などが符合)及び路地の描写、近隣の交番(高輪二丁目交番)の位置などが正確で、横溝が当地を取材した状況がうかがえる。この坂道には特段の名称はないが、付近住民には、坂下に所在するスーパーマーケット「ピーコック」の名をとって「ピーコック坂」の名が定着している。
「病院坂」の名称は、劇中で病院の由来にちなんだ設定が登場しているものの、東京・世田谷区成城の横溝の自宅から徒歩で10分程度のところに、実際に「病院坂」と呼ばれる坂が存在する。位置的には区立明正小学校の近くであり、付近住民であれば「病院坂」の名で通るくらい浸透している。ところがこの地には、現在もかつても病院が存在したことがなく、その名前の由来については諸説あって、現地に長く暮らす住民でも首を傾げるのが実情である。小説冒頭でも、都下に「病院坂」と名のつく場所は多い、と横溝も書き添えている。
芦辺拓は、『病院横町の首縊りの家』という題はエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』を森鷗外が翻訳した『病院横町の殺人犯』から採ったのではないかと述べている。また中島河太郎は、法眼鉄馬のモデルとして森鷗外を挙げている。
昭和28年。港区高輪にある本條写真館の長男・直吉はある晩、女性から奇妙な結婚記念写真の出張撮影を依頼される。かつて女性が自殺したといういわくつきの廃墟での撮影は終えたが、不安を感じた直吉は金田一耕助に調査を依頼する。時を同じくして金田一は、その廃墟の所有者である法眼弥生から孫の由香利の行方を捜索して欲しいとの依頼を受ける。それから数日後、再び撮影の依頼を受け廃墟を訪れた直吉は、そこで風鈴のように天井から吊り下げられた男性の生首を発見した。
その後事件は迷宮入りし、発生から20年後の昭和48年。金田一耕助は、警視庁を定年退職し秘密探偵事務所を開設した等々力大志の元を訪れる。事件に関連して本條直吉が何者かに命を狙われているという話があり、金田一は等々力とともに直吉の身辺警護にあたるが、その矢先、直吉は殺されてしまう。
金田一耕助をもってしても解決までに20年を要した事件である。事件解決後、金田一は世話になった人々に巨額の寄付をし、米国に姿を消し消息不明となる。金田一耕助、最後の事件となった。
()内は旧姓
物語の進行に伴って明らかとなる真の親子関係は反映されていない。
映画版では三郎・万里子・透・鉄也が省略され、原作の万里子と透の位置に由香利と滋が入っている。
本作の原型となった短編「病院横町の首縊りの家」は『宝石』1954年7月号に掲載され、全3回の予定とアナウンスされていた。しかし、結婚記念写真の撮影を依頼されて「首縊りの家」へ出向いたところ新郎新婦しか居らず、花嫁の様子がおかしかったという、長編冒頭部の一部に相当する状況を提示した1回のみで中絶している。依頼された原稿に見合う事件を求めて金田一を訪ねた作者に、着手直後でまだ何とも判断のくだしようがない事件として金田一が提示したという設定である。長編と違って現場は東京都西部のS町、写真館は夫婦2人だけで経営しており、花嫁と思われる人物は撮影の30時間前に死亡、花婿は旅役者一座の座頭を務める女形という設定になっている。花嫁の名は「お雪」で、少し設定を変えて長編に踏襲されている。
横溝による執筆が中絶したあと、当初は大坪砂男により完結編が執筆予定とアナウンスされるが実現せず、横溝側と編集部が相談の上で、岡田鯱彦と岡村雄輔の両名の手により2種類の結末が描かれ、同誌同年11月号に掲載された。前者では岡山県警から警視庁へ異動したという設定の磯川警部が、後者では岡村自身の作品において名探偵の協力者である熊座警部補が、それぞれ金田一のパートナーとして登場する。また大坪は後に本作の設定を生かした『ある夢見術師の話』を発表している。
1979年5月26日に公開された。東宝、監督は市川崑、主演は石坂浩二。
『名探偵・金田一耕助シリーズ・病院坂の首縊りの家』は、TBS系列で1992年12月28日に放送された。
1979年版映画の改変を少なからず継承している。
なお、直吉が等々力の紹介で金田一に調査依頼し、その前に金田一が法眼家から由香利の捜索を依頼されていたという原作の設定は残されている。また病院坂の所在も原作通り高輪である。中盤で原作に類似する小雪の告白書が警察に届き、等々力はそれで事件解決としてしまう。その直後、弥生と由香利(小雪)の会話で由香利と小雪の入れ替わりが視聴者に明かされる。
本作独自の設定としては以下のようなものがある。
なお、アングリーパイレーツの活動は具体的に描写されず、山内兄妹と吉沢以外のメンバーは登場しない。また、兵頭房太郎も登場せず、金田一を含む3人が生首風鈴を発見した。
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