本記事では、「上伊那地域で話されている方言」について扱う。したがって、本文中の「上伊那方言」はそのような方言区画が存在するという意味ではない。
地域差
上伊那の方言は南北二系列に大別されるが、上伊那の北部と南部でそれぞれまとまった方言圏を形成しているというよりは、中・北部が伊那・高遠方言圏に属しているのに対し南部は飯田・下伊那方言圏に属しているということができ、その違いの大きさから方言学的には、中北部が諏訪地域や松本地域と同じ中信(信州中部)方言に、南部は下伊那地域や木曽地域と同じ南信(信州南部)方言に分類されている(長野県の方言区画に関しては青木千代吉、馬瀬良雄、浅川清栄が発表しているがいずれの区画でも同様である)。具体的な差異について、最も大きな差異は上伊那南部から下伊那地域にかけての西日本方言的特徴の色濃さである。東西方言を分つ指標として有名なものとしては「イル、…テル/オル、…トル」や否定の「…ナイ/…ン」、命令「…ロ/…ヨ」などの境界線が上伊那地域を通っているほか、限定的な形容詞ウ音便ではあるが「ヨー」「トー」が南部で用いられるのに対し北部では用いられない点、打ち消しの順接仮定条件は北部では東日本方言的な「…ナケリャ」「…ネーケリャー」等も用いるが南部で用いられない点などが挙げられる。また、敬語表現にも大きな違いが見られ、馬瀬良雄は飯田市を中心とする地域の方言を複雑敬語表現と名づけている。とりわけ飯田方言に特徴的なものとしては、終助詞の…ナムシ、…ナンやオ…ル、オ…テのような敬語表現を挙げることができる。これらは愛知県の方言と関連性が強く、上伊那南部まで分布している。反対に、伊那方言に特徴的と言われるものとしては、行カッシ、見ラッシのような表現や、ソーダナエ、ソーカエ、ソーダゾエのように終助詞にエを添える用法を挙げることができる。また行クダ、欲シイダのように断定のダが活用語の終止・連用形に直接続くような用法も伊那方言ではよく使うが飯田方言ではあまり一般的ではない。ただ、これらは飯田市街地から少し離れた下伊那南部などに行くと再び使われるようになる傾向があり、行クダ等は愛知県や静岡県でも使われる。その他、伊那・高遠方言と飯田方言の主な差異について音韻、文法を中心に以下の比較表に示す。
比較表
おおよその分布としては、伊那市以北ではほぼ伊那方言的特徴で占められ、地域差は比較的少ない(ただし、北端部の辰野町小野、川島地区では東筑摩方言的特徴もかなり見られ、特に小野地区では「…ダジ」「…マショ」「…ダンネ」「…セ」が用いられるが、伊那方言に特徴的な「…ダナエ」や伊那方言から飯田方言に共通して特徴的な「…ダニ」「…ナンショ」はほぼ使われないなど、異なる点も多い。ただし、伊那市と松本市の方言はともに中信方言に区画されるなど元々親和性が高く、馬瀬良雄による辰野町小野における臨地調査でも、伊那市の言葉とはそれほどの違いは感じないという方言意識がもたれている)が、伊那市のすぐ南の宮田村から、駒ヶ根市、飯島町と南下するにつれ飯田方言的特徴が漸増、伊那方言的特徴は漸減。南端地域の中川村はほぼ飯田方言と変わらない。これは、伊那・高遠からの方言放射よりも飯田からの放射の方が強いことを意味しており、特に太田切川を境として大きく変わっているとされる(詳しくは次節を参照)。
その他小地域の放射としては、駒ヶ根市赤穂を中心とした地域に特徴的な表現として終助詞「…ケ?」(概ね駒ヶ根市から下伊那北部の松川町あたりまでは使われるようであるが、中川村、松川町などでは駒ヶ根ほどは多用されず、またあまり丁寧ではない場面で使われる傾向にある。)や疑問詞の平板型アクセント(駒ヶ根市赤穂を中心としてそれと接する宮田村、飯島町、駒ヶ根市東部の一部地域のみ)などが見られるほか、語彙においても赤穂を中心とした分布を持つものや上伊那南部のみに特徴的な語がある程度あるとされ、伊那方言と飯田方言の中間地点としての特徴に加えて独自の方言的特徴も見出すことができる。
また辰野町や箕輪町を中心としてそれらの地域のみに特徴的な方言もわずかに見られるほか、伊那市長谷など東部のみに特徴的な方言もある程度あるとされるが、これらの大半は語彙的なものであり、大枠としては伊那市を中心とする方言に近い。
語彙の詳しい分布に関しては
方言区画・境界線
上伊那地域の方言は太田切川-分杭峠の南北で大きく2つに分けられるのが現在では定説となっており、馬瀬良雄。守屋新助、畑美義 、福沢武一、浅川清栄、向山雅重、市川健夫、風越亭半生等が主張、支持している。一方で、かつては中田切川-分杭峠を一大言境として考える説・研究もあり、青木千代吉(ただしここでは音韻のみでの研究)、足立惣蔵、南向村誌(執筆者不明)らが主張していた。
太田切川言境説
方言意識としては太田切川の南北で大きな隔たりを感じている者が多かったとされ、向山雅重は太田切川を境として変わる方言として以下のものを例に挙げながら方言調査の必要性について指摘した。なお、調査方法や調査の時期によっては境界線が多少南北にズレる場合もあり、例えばとーり/にわは馬瀬良雄らによる言語地図ではさらに南の飯島町中部〜南部あたりで対峙している(それ以外の項目はどの文献でも概ね一致している)。
守屋新助『上下伊那方言の境界線』では飯田で使われているが伊那で使われていない方言について天竜川西岸の地域における使用率を調べると以下の結果であったという。この結果を受け守屋は、太田切川に決定的な境界線が存在すると主張し、さらに伊那方言と飯田方言では根本的に性格を異にするのではないかと述べた。
畑美義『上伊那方言集』では、飯田付近の方言が上伊那にどのように入りこんでいるかを調査すると、その使用率は、中川村89%、飯島町77%、駒ヶ根市赤穂66%、宮田村19%、伊那市5%という割合であり、逆に、伊那附近に使用されていて太田切川以南に少ない語の使用状態を調べてみると、伊那市100%、宮田村88%、駒ヶ根市赤穂21%、飯島町10%であったという。その調査結果について『飯島町誌 下巻 現代 民俗編』では、以下の表のように解釈し紹介している。
畑は、太田切川の南北で方言に違いが認められる理由について、太田切川は昔から政治上の境界で、大体太田切川以南は関西方面の領主、以北は関東方面の領主の領土であった場合が多かったため、言語、風習等も太田切川を境として長い間に次第に変わって来たのだという人為的要因を主張しているが、また一方で、太田切川は流れが急で水量が多く、水難事故が多かったため交通の難所であった、伊那谷随一の「暴れ川」として古来から伊那谷を南北に分断してきたという自然的要因も挙げることができるという。
なお、太田切川から分杭峠にかけて真っ直ぐに線を引いた場合丁度境界線上にあたる駒ヶ根市東部の東伊那及び中沢地区について畑は、北部・南部の混合地帯であたると指摘しつつも(この混合地帯には太田切川以北ではあるが宮田村も含まれている)、その内容について検討すると関西、東海方面から入ってきた方言は赤穂までで食い止められ、東伊那、中沢以北には及んでいないものが多いと主張、東伊那、中沢を北部系方言に分類するとともにその境界線を東西方言の境界線とすべきとする説を唱えた。このことから上伊那地域の方言について注目が集まり、その後の方言研究を発展させるきっかけともなったとされる。
畑の研究について、福沢武一は、論文『長野県上伊那郡における東西方言の境界線』においてそれらの説を立証すべく、上伊那における方言の分布の調査を行い、境界頻度数について検証した。結果としては以下の表のようになっている。
さらにここに、天竜川東岸にある中沢地区を加えると以下の表のようになったという。
また福沢は、意図的に上伊那の特徴語のみを抜萃した統計も行い、以下の表のような結果となった。
ここに今度は中沢地区、東伊那地区を加えると以下のようになったという。
福沢はこれらの結果に加えて語感の違いなども総合し(福沢は語感について北部は明快剛直で東日本方言的、南部は温和優雅で西日本方言的な傾向があると主張する)、改めて太田切川-分杭峠線を支持しつつも、中沢地区は南部方言圏に含め、東伊那地区を中間地帯とすべきと主張した点については畑と見解が分かれた。また福沢の調査では畑や守屋の調査と比較して伊那-宮田間の落差も比較的大きい点が特徴となっており、広くは宮田、東伊那、中沢を接触地帯とすることができるとも主張した(この主張は畑もしている)。
また福沢はのちに『伊那市史 現代編』『上伊那の方言 ずくなし 上巻』で再び北部系方言と南部系方言の境界についての主張を行っているが、そこでは宮田村と駒ヶ根市東伊那・中沢地区を広く中間地帯(さらに伊那市西春近南部もこれに準ずるという)としており、一つの線を持って区画することを避けた。その際の福沢による方言地域別語数分布のグラフを読み取ると、概ね以下のような分布となっている。
福沢の調査では一貫して伊那-宮田間の方言差が比較的大きい点と駒ヶ根市中沢地区では南部系方言の方がやや上回っている点が特徴的であり、また守屋、畑同様、上伊那南部から飯田下伊那にかけての方言的性格の連続性について認めつつ、数の上では上伊那南部のみに特徴的な語彙も少なくないと主張した点も特徴となっている。
またその後馬瀬良雄も上伊那地域における綿密な臨地調査を行い、約240地点、280項目もの言語地図の作成および総合的な研究を行った。ここでは方言区画についての断定的な主張はされていないが、分布の型として、飯田下伊那地域から上伊那南部に入り込もうとする方言語形の放射の強さを指摘し、上伊那南部のみに特徴的なものとしては駒ヶ根市赤穂を中心とした分布が多少見られるが、郡境が言境になっている例はほとんどなく飯田地域から上伊那南部に容易に入り込んでいること、高遠藩の分布(高遠藩は宮田及び駒ヶ根市東伊那・中沢まで)と一致する分布がいくつか見られることについて指摘した。そしてのちに長野県の方言区画を発表した際には太田切川-分杭峠線をもって中信方言と南信方言の境界とし、駒ヶ根市東伊那、中沢地区については宮田村以北と同じ中信方言に区画している。この方言区画は、守屋、畑、福沢らの研究と自身の調査結果を総合したものと見られ、近年では馬瀬による方言区画が最も支持されているという。例えば平山輝男らによる現代日本語方言大辞典でも、馬瀬による方言区画が採用されている。
なお、民俗学、地理学的観点からも太田切川が境界になっているものが多いとされ、地理学者の市川健夫によれば忠犬早太郎説話や三河式の手作り花火、照葉樹林帯の北限も太田切川であるといい、民俗学者の向山雅重によれば太田切川-分杭峠の線の南北で炬燵のサイズが異なるという。
中田切川言境説
近年の研究ではあまり参照されていない説であるが、かつては中田切川を一大言境として考える説・研究もあったため紹介する。青木千代吉は音韻現象における諏訪上伊那方言と南信方言の境界を、連母音[oi][ui]の融合やサ行イ音便の有無などから中田切川-分杭峠線、すなわち飯島町・中川村と駒ヶ根市の間に設定している(これは総合的区画ではなく音韻のみの区画となっている点について注意。なお青木は総合的区画についても発表しているが、境界線については明示していない)。ただ、上に挙げた項目はのち馬瀬らの調査によって多少違った分布を持っていることが明らかになり、現在ではあまり参照されていない。南向村誌では、語彙の分布などを例に挙げながら、諏訪・上伊那系方言と下伊那系方言の境界を中田切川-分杭峠線と主張している。足立惣蔵は自身の調査結果から関西語の影響の及ぶ範囲を伊那谷では飯島町以南とし、中田切川以北と区別している。
方言区画
- 馬瀬良雄による方言区画
- 福沢武一による方言区画(第1次)
- 福沢武一による方言区画(第2次)
上伊那の方言をさらに細分する場合、以下のような区画が提案されている。
- 畑美義による方言区画
- 地形、政治的区画、同一語の比較的多く用いられている地域などを勘案しての区画であるという。
以下2つは厳密な意味で方言区画にあたるか不明だが、上伊那地域の方言をいくつかの地域に分けるとしたらおおかまに以下のように分けられることがある。
- 馬瀬良雄による区分
- 竹入弘元による区分
東西方言の対立と上伊那地域の方言
上伊那地域の属する長野県方言は東日本方言に区画されるのが一般的であるが、南部に行くに従い西日本方言的特徴も多く認められる点が特徴となっている。
そのため上伊那南部以南を西日本方言に区画すべきとする見方が一部にあり、その一つとして太田切川東西方言境界線説がある。
東西方言の境界線と上伊那地域の方言の位置
日本を東西に二分するようないわゆる東西対立型分布と言われる現象は文法や語彙などに見られ、中でも特に代表的なものとしては、
- 行かン(西日本)←→行かナイ(東日本)
- 雨ジャ、雨ヤ(西日本)←→雨ダ(東日本)
- 人がオル(西日本)←→人がイル(東日本)
- 物を借ル(西日本)←→物を借リル(東日本)
- ナスビ(西日本)←→ナス(東日本)
などをあげることができる。それらの等語線はだいたい糸魚川から浜名湖にかけて、概ね新潟・長野・静岡と富山・岐阜・愛知の県境辺に集まっているものが多い。しかし、太平洋側ではその等語線が大きく分散し、長野県南部や静岡県西部にも西日本方言的なものが多く入り込んでいたり、反対に、愛知県側にも東日本方言的なものが多く入り込んでいたりときわめて遷移的な様相を示すため、どこかで一線を画すのは難しい。
このような分布を単純に解釈すれば、上伊那地域を含む長野県南部も愛知県や静岡県西部、新潟県糸魚川などとともに、広く東西の接触地帯、緩衝地帯とすることも可能であるし(なお、岐阜県方言(一般には愛知県方言も同様に言われることが多い)こそ東西どちらともとれない中間方言とされることも多いが、それは後述するような手順で作成された総合的区画においての話であり、その処理には複雑性をはらんでいるため簡単に言えるような問題ではなく、まず単純に東西対立型分布のみで見た場合、岐阜県方言は西日本方言的な要素の方が多い方言であるといえる)、もしくは大まかな区切りとして新潟・長野・静岡と富山・岐阜・愛知の県境で区切るということも考えられるが、さまざまな学者が独自の手法を用いて東西方言を区分することに挑戦した。その際は通常、東西対立型分布をなしている項目だけでなく、さまざまな文法現象の分布やアクセント、音韻などの分布をすべて総合した区画を目指すが、まずどのような指標を方言区画の根拠として取り上げ、どのような方言境界を重視するかなど学者個人の言語観に左右される部分が大きく、さらにはアクセントの分布などから中国方言と中部地方の方言との関係性をどのように見るかという問題も関与してくるため、その処理は複雑であり学者によって見解の分かれる部分である。
方言区画論の提唱者である東条操は本州中部方言を立てるなどして長い間明確に区画することを避けていたが、そののち都竹通年雄が文法、音韻、アクセントなどの言語現象の分布図を重ね合わせながら、それらの等語線の比較的よく集まる場所と、ひとつひとつの等語線の性質などを吟味しながらどの境界が大きいと見るか検討する手法を用い、東西方言の境界線についてほぼ新潟・長野・静岡と富山・岐阜・愛知の県境に想定する区画を発表した。これについては、まず全体を東日本と西日本に分ける場合、その大きな境界を愛知県三河方言と静岡県遠州方言の間に引くにしては両地域の共通性が多く、認められないといったような意見が多数あり、 奥村三雄は都竹の考えをさらに発展させた手法を用いながら、東西方言の境界線については体系的な現象を重視することで概ね新潟・岐阜・愛知の西境辺り、すなわち上伊那地域よりはるか西側に境界線を想定する方が妥当ではないかと主張した。
またこれらと時期をほぼ同じくして、東条操は体系による方言区画に挑戦し東西方言をなんとか区分しようとした。このような流派は構造派とも呼ばれ、方言区画の根拠としてはアクセントのような変化しにくく、より言語の根幹となる部分を重視すべきとする考えが強く、東西方言の境界線としては東京式アクセントと京阪式アクセントのそのはっきりとした境界をもって一線を画すのが妥当と考え、結果的には奥村と同じく新潟・岐阜・愛知の西境に境界線を想定した(ただし、岐阜、愛知、南信については東西方言中間地帯として他の東日本方言とは少し区別している)。東西対立について東条と似た考え方の学者としては平山輝男、藤原与一の区画をあげることができ、このうち藤原は、岐阜愛知方言の三河方言についてその土地の住民の方言意識を見てもやはり東日本方言に区画するのが妥当ではないかと主張している。
しかし方言意識については、方言区画の手がかりにはなるが決め手にはできないという意見が多く、方言意識と方言区画の間には関係がないとする意見もあった。三河方言に関して言えば、対照方言学的観点から研究した場合東日本方言に区画されることを疑問視する意見が大岩正仲から出され、さらに大岩は、もし尾張方言を東日本方言とするならば、方言的特徴からすれば出雲方言が西日本方言に属することと矛盾するのではないかという指摘もし、岐阜愛知の西側へ境界線を引く考えに疑問を呈した。またさらには中国方言全体として東京式アクセントの地域であることから、関東から中部にかけての方言とも近いのではないかとする説もあったが、これには金田一春彦が同意を示し、岐阜愛知方言について「文法的には西日本方言的・アクセントは東京式、語気もやや強く、キャーとかシャーとかいうなまりがしばしば目立つ」と評したうえで中国方言と同じ類の方言として捉え、西日本方言の一種として分類した。この点は楳垣実も同様の考え方であるとされ、近畿、北陸、四国を西日本の中心ないし近畿式とみて、岐阜愛知と中国を西日本の周辺および外周ないし非近畿式とみなした。なお金田一の区画では西日本は岐阜愛知までで、長野静岡とは県境をもって区画させてはいるが、金田一は東西対立自体方言全体からすればそれほど大きな境界とは見ていないことから、「大きな境界を愛知と静岡の間に引くにしては両地域の共通性が多くそれを認めることができない」という指摘もクリアした区画となっている。
東西二大対立を認めつつ上述の矛盾点を全て排除することに挑戦したものには大岩正仲による区分試案がある。大岩は、方言体系を区分する際には別箇別系列の相違を重視すべきと主張し、歴史的変移の過程については方言区画の根拠としては重視しないと断言(例えば音韻、アクセントの相違のほとんどは変移過程の程度差であることが多いから重視しない、指定詞のダ、ジャ、ヤの違いや形容詞ウ音便なども同様の理由で重視しない、等)、標識とする項目をかなり絞りこむことで、東西方言境界の位置について再検討を試みた。結果として、否定に「ナイ」を必ず使う地域までは東日本方言、否定に「ン」を必ず使い、かつ過去否定に「ナンダ」「ザッタ」等を使う地域までは西日本方言とし、その中間を緩衝地帯とするのが妥当ではないかと主張した。それに従えば概ね太田切川以南の「ン」専用地域は西日本方言に、宮田以北の併用地域は緩衝地帯に属することになり、上伊那地域の方言も遠州方言や糸魚川方言などとともに西日本方言の東端と考えられる。しかし、潔癖とも言われた大岩の区分案は筋は通っているもののやや極論に近い部分もあり、現在あまり参照はされない区画となっている。
この辺りから、あまりに多様な説が出揃って学説的に迷いが生じてきたのに加え、当時の資料からではもうこれらを乗り越えられるような説が出しにくく、一種の飽和状態となりめぼしい新しい方言区画論が出てこなくなったとされる。
現在、最もよく参照されているのは東条の区画である。東条の区画は上記のように論理的には矛盾する箇所も残しており、純粋な言語自体の相違による区画というよりは、ある程度行政区画なども重視したものであったと言われているが、常識的で無難な方言区画として一般に広く支持される区画となっている。これは東条が、全国各地さまざまな資料を整理し、報告に目を通す人物であったため、一線を画すのがかえって困難になってしまったのではないかとも言われている。
実際に東条は、長野県方言についてもかなり早い段階から詳しい記述を行っており、1928年の時点で既に、南信に西日本方言的特徴が多く見られることや長野県内に東西方言の境界線が引かれる可能性があることを示唆する意見を述べたことがある(この頃の東条はまだ中部方言を立てるなどして東西方言の境界線をどこに引くべきか迷っていた)。このような影響から県内の研究者の間では県の南部を東西方言の境界線が走っていることを前提に研究しようとする考え方が強く、その境界線の位置について積極的に解明しようとした学者には矢島満美、畑美義、福沢武一らがいる。木曽地域については矢島が、上下伊那地域については畑、福沢が詳しく調査、研究を行い、畑、福沢は伊那谷における大きな方言境界線である太田切川-分杭峠線をその分布的性格からそのまま東西方言の境界とすべきと主張した。その研究の詳細は
(ただし、福沢はのちに「西日本直系の方言は伊那谷に決定的な数にはほど遠い」と著書で述べ東西方言の境界とする主張は撤回している)。
この太田切川東西方言境界線説については、東条も一定の評価をしているようではあり、畑美義「上伊那方言集」では冒頭で東条が登場し「東西方言の境界線が太田切川から分杭峠に至る線であると実証するのもこの方言集であろう」と述べてしまっている。方言境界について悩み構造主義的言語観に走った東条がその後岐阜愛知の西に境界線を引いた際も、南信については岐阜愛知とともに東西方言中間地帯として他の東日本方言とは少し区別するなどこの説も多少考慮しているようではあったが、東条以外でこの説に反応した学者は全国区ではおらず、現在、一般的にみれば上伊那地域の方言は東日本方言に区画されるのが普通であるといえる。
しかし長野県内では向山雅重、市川健夫が支持を表明したこともあり、平成以降も比較的ローカルな文献・書籍では、太田切川東西方言境界線説を支持、紹介するものが少なくなく、根強い部分がある。
文法
何を持って東西対立の指標とするかについては細部にわたっては難しい問題をはらんでいるとも言われ、どのような指標を選ぶかによって判定が変わってくる場合もあるため注意が必要である。以下では代表的な研究を記載する。
中部地方における文法面による東西方言の境界については牛山初男の研究が有名であり、牛山は、典型的な東西対立型分布をなしている文法現象を5つに厳選し、それらの分布を調査した結果、概ね新潟・長野・静岡と富山・岐阜・愛知の県境あたり(糸魚川-浜名湖線)に境界線が想定されるものの、太平洋側ではこれらの項目では等語線が大きく分散し線としてのまとまりを見せないため、5つの項目から一線を画すことは無理な状態であると結論づけた。さらに牛山はそれに加えて中部地方における近畿方言の分布についても調査しており、それらを総合的に見て概ね新潟・長野・静岡と富山・岐阜・愛知の県境に境界線を想定するのが妥当ではないかと主張した。
ミクロな視点からの研究としては、馬瀬良雄が綿密な臨地調査を元に科学的な研究を行っている。馬瀬は、「伊那谷の方言」で語法上の東西方言対立の指標として、以下の10個を挙げた。左が西日本、右が東日本の表現である。馬瀬の挙げたものは牛山より項目数が多いが、概ね東西を二分するような対立をなしているものをかなりしっかりと拾っているといえ、馬瀬自身も常識的な線を押さえて以下の項目を挙げたという。
- (1)行カン/行カナイ(行カネー)
- 否定に「ン」を用いるか「ナイ」を用いるかの対立である
- (2)行カナンダ/行カナカッタ
- 過去否定に「ナンダ」を用いるか「ナカッタ」を用いるかの対立である
- (3)行カネバ(行カニャー)/行カナケレバ(行カナケリャ、行カナキャ)
- 否定の順接仮定条件に「ネバ」を用いるか「ナケレバ」を用いるかの対立である
- (4)コレジャ、コレヤ/コレダ
- 断定の助動詞に「ジャ・ヤ」を用いるか「ダ」を用いるかの対立である
- (5)オル/イル
- (6)起キヨ(起キョー)、起キー/起キロ
- 一段型動詞の命令形に「ヨ・ー」を用いるか「ロ」を用いるかの対立である
- (7)コータ/買ッタ
- ワ行五段活用動詞の連用形がウ音便をとるか促音便をとるかの対立である
- (8)出イタ/出シタ
- (9)シローナル/白クナル
- 形容詞の連用形がウ音便をとるかとらないかの対立である
- (10)継続態と結果態の区別有り/区別無し
その後『上伊那郡誌 民俗編 下』では、オル/イルは文法というよりも語彙的に東西を分かつ指標であるとして省略しているが、次のような対立の指標も挙げることができると述べている。
- (11)(回想的過去)「…タッタ」「…タッケ」の不使用/使用
- (12)(打ち消しの逆接仮定条件。具体的な対立は記述されていないが、「…ンデモ/…ナクテモ」が考えられる。日本文法地図第4集第157図を参照。馬瀬によれば打ち消しに関する項目が多くなりすぎるため省略したという。)
なお、上記のほかにも東西対立に比較的近い分布を示すものとして別の書籍で取り上げられているものはあるが(例としては訪問辞、居るか/居たか等) 、馬瀬は取り上げていない。
上伊那での使用度合い
- (1)広い地域で両者が混用されているが、南下するほど「ン」が、北上するほど「ナイ」が多い。その分布状況は資料・文献によって若干異なるが、馬瀬良雄らによって1960年代末から1970年代前半にかけて行われた臨地調査(上伊那郡誌 民族編 下 言語地図)では、以下のような分布となっている。
- 「上伊那郡誌 民俗編 下」では、「起きない」についても調査されている。その分布は「行かない」と似ているものの、伊那市、宮田村以北では「ネー」が、駒ヶ根市以南では「ン」の割合が増えるなどよりはっきりした分布となっており、語によっても多少異なる点について注意されたい。また臨地調査ではインフォーマントには基本的に男性が選ばれているが、藪原繁里は男性より女性の方が「ン」を使う傾向がありはしないかと述べており、その点にも注意が必要である。また記述的研究における調査地点4地点による使用意識は以下の通りであった。
- 辰野町小野:ネーまたはネを多く使い、ンはあまり使わない。
- 伊那市富県:ネーもンも昔から使う。使用頻度も丁寧さも同程度だが、ネーの方が多少多く、かつ古いのではないかと言う。
- 伊那市長谷非持山:ネーとンが同程度に使われる。
- 中川村片桐:ンを使う。ナイは標準語。
- 1983年の『宮田村誌 下巻』では以下の2地点が加えられている。
- 宮田村田中:ネーもンもよく用いるが、ンの方が少し丁寧。
- 駒ヶ根市赤穂:(特にインフォーマントによるコメントはないが、ン専用地域として表に載る)
- 馬瀬による研究結果を「…ン」を用いる地域を−、「…ネー」を用いる地域を+、両者を併用する地域を±としてまとめると、以下の通りになる。
- さらに馬瀬は『長野県史 方言編』で調査結果を総合的に考察したうえで「伊那市以北はその基底方言は「…ネー」であるとみてよい」と述べている。
- またその後2010年から2015年にかけて行われた調査(長野県伊那諏訪地方言語地図)では、以下のような分布となっており、馬瀬のよる40年前の調査と比較してほぼ同じ分布であると筆者は分析している。
- 他、馬瀬による臨地調査と比べるとやや簡単な調査であったり、厳密な分布を求めることが目的ではない調査など、さまざまな研究が発表されているためそれらを以下に示す。
- 1952年の『上伊那方言集』では、「…ン」の使用地域を上伊那全域としながら、「…ンは南部に最も多く、伊那町(現伊那市)付近では…ネーと混合している」と述べられている。
- 同じく1952年の『信州における方言の分布』では、太田切川と分杭峠を結んだ線より北(宮田村、旧長谷村以北)を「…ナイ(ネー)」を用いる地域、南(駒ヶ根市赤穂以南)を「…ン」を用いる地域としている。
- 1954年の『長野県上伊那郡における東西方言の境界線』では、太田切川と分杭峠を結んだ線より北を「…ネー」と「…ン」を併用する地域、南を「…ン」を用いる地域としている。
- 1969年の『東西方言の境界』では50才以上の人の言い方では上伊那全域が「ンに少しくナイを混用」地帯となっており、高等学校生の言い方では北部が「ナイ、ン等分に混用」、中南部が「ンに少しくナイを混用」地帯となっている。
- 1980年の『上伊那の方言 ずくなし』では、「…ネー」も「…ン」も使用地域全域となっているが、「しないか・しようよ」(勧誘)では「シンカ」が全域で用いられているのに対し、「シネーカ」は伊那市以北となっている。
- (2)「イカナンダ」を用いる(西日本方言的)
- (3) 全域で「イカネバ(イカニャー)」が用いられている(西日本方言的)が、伊那市以北では「イカナケレバ(イカナケリャ、イカナキャ等)」と混用されている。
- (4) 「コレダ」を用いる(東日本方言的)
- (5) 1960年代末から1970年代前半にかけて行われた調査(上伊那郡誌 民族編 下)では、以下のような分布となっており、北部ではイル、南部ではオルが主に用いられている。伊那市以北ではイルが一般的であるが、「イルは昔から使い、最近はオルも使われるようになった」と言ったような情報もあったという。
その後の2010年から2015年にかけて行われた調査(長野県伊那諏訪地方言語地図)では、以下のような分布となっており、『長野県伊那諏訪地方言語地図』の筆者は、「上伊那北部や旧高遠町でもオルが使われるようになった」と分析している。
- (6)「起きる」「見る」など一段型動詞の命令形の多くは、以下の表に示すような分布となっており、ほとんどの地域で「…ロ」となるが、南端部で「…ヨ」「…ョー」も用いられるようになり、下伊那と接する最南端では形勢が逆転する。
ただし、「見せる」「貸せる」「くれる」など一部の動詞の命令形は、ほぼ全域で「…ヨ」をとなるなど、語による分布の違いが認められる。
- (7)「買ッタ」を用いる(東日本方言的)
- (8)全域がイ音便で占められる(西日本方言的)が、衰退しており、現在では非音便が多い。もっとも西日本各地で非音便が多くなってきているため、東西対立の指標として扱うには異論もあるというが、元々東日本にはないものだという。
- (9)ウ音便はごく限られた語において行われ、「白く」「赤く」など多くの語は「シロー」、「アコー」と言ったようなウ音便を取らない(概ね東日本方言的)。
- (10)区別を持たない(東日本方言的)
- (11)老年層で「…タッタ」、若年層で「…タッケ」が用いられる(東日本方言的)
- (12)「…ンデモ」「…ナンデモ」「…デモ」「…ドモ」などが用いられる(西日本方言的)
馬瀬はこれらの結果を踏まえ、上伊那北部では東日本方言的特徴が比較的色濃いが、上伊那南部から下伊那にかけては文法的には西日本方言的特徴の方ががわずかに上回るのではないかと考察した。また、文法における東西方言の境界線のいくつかが上伊那地域の太田切川-分杭峠線にかなり近いところを通っていることが証明され、畑や福沢の唱えた太田切川東西方言境界線説にも一定の説得力を持たせたといえる。
語彙
語彙による東西方言分布も、文法のそれと似ていると馬瀬は指摘する。また徳川宗賢も、その境界が糸魚川と浜名湖を結ぶ線上付近にあることが多いと述べつつ、静岡西部や長野南部への西日本の語形の侵入が多いことについても指摘しており、その点も同様である。
一方で、語彙による方言区画を発表した五條啓三、橘正一によれば長野県方言は関東方言に含まれており、所属としては東日本、関東方言圏に含まれる場合が多いようである。
ミクロな視点からの語彙研究では、福沢武一の著書が多い。福沢は、上伊那南部に西日本方言的・関西方言的語彙が北部と比べて多く見られることを指摘しており、地域差も認められる。
以下では、典型的な東西対立を示す語彙について『日本言語地図』で詳細な分布が確認できるものを取り上げ、上伊那における使用の有無を記載する。このうち上伊那地域に境界線や地域差が認められると考えられるものについては「おる/いる」「からい/しょっぱい」「すい/すっぱい」「やいと/きゅう」「しあさって/やのあさって」などを挙げることができる 。「おとつい/おととい」「つゆ/にゅーばい」等は全域的に混在しているが、上伊那内での明確な地域差を見出すことは難しい 。なお、境界線が京都よりも西にあったり、あるいは東京よりも東にあるような対立も東西対立として扱っている文献があるがここでは省略した。また、玄孫や明々々後日など、日常的にほとんど使われず無回答としている地点の多いものも省いた。
単純/複雑型の対立
東西対立分布の一種と言えるものに、東側が単純で西側が複雑と言ったようなものもある(その逆はほとんど見られないという)。例えば、共通語の「あぐら」は東側が「アグラ」一色なのに対し西側は「アグチ」「ジョロ」「オタグラ」「ヒザ」「アブタ」などのさまざまな語が分布していると言ったような対立である。
音韻・アクセント
前述の文法や語彙と比べると、音韻面において厳密な意味で東西対立型の分布を示すものはあまり見られないため、どのような指標を取り上げるかは難しいが、楳垣実は東の方言と西の方言との間には音韻面においても多少の性質の相違があるとし、以下の3点について取り上げており、馬瀬良雄も通常、以下の3点を音韻面における東西対立の指標として取り上げることが多い。
(1) 連母音の融合
東日本方言では連母音の融合が一般に盛んであり、西日本でも見られるが、京阪方言では少ない点などを考えると、東日本方言的な特徴と考えてもよいのではないかという。上伊那地域では、[ai]、[ae]→[ee]といったような融合は極めて活発であるが、他の連母音では必ずしも盛んではない。例えば、[ui]は長野県方言では融合して[ii]となる地域が多いが、上伊那方言では融合せず、また[oi][au]は上伊那北部では融合するが南部では融合しないなど、東日本方言的特徴を持つつつもやや西日本方言。
(2) 母音の無声化現象
東日本方言では母音無声化が盛んである地域が比較的広く、西日本では九州などを除くと少ない。上伊那地域では母音の無声化は東京と比べると非常に少なく、長野県内では最も少ないものの一つである。それは特に南部へ行くほど顕著であり、西日本方言的ということができる。
(3) もともと促音のないところに促音を入れる現象
「空風」→「からっかぜ」のようにもともと促音のないところに促音を入れる現象は西日本にもあることはあるが、東日本に断然多いという。この現象は上伊那地域でも多く認められ、特に北部ほど盛んであり、東日本方言的特徴を持っていると言える。ただし南に下るとやや減じるという。馬瀬良雄は、「おっこわれる」「おっつける」のように促音を含む接続語をともなう動詞についても東日本に多い方言的特徴ではないかと述べいるが、上伊那地域における使用についても空っ風等と同様の傾向が見られる。また「ふんだくる」のような撥音を含む接続語をともなう動詞について、西日本にも見られるが東日本に比較的多い特徴ではないかと推定しており、これは上伊那でも全域的に多く使用される。
その他
楳垣が挙げた(1)〜(3)の他にも、以下の(4)〜(6)のような対立も取り上げられることがある。
- (4)母音u
- 円唇(西):平唇(東)
- 上伊那方言では東京よりも平唇の度合いは著しいとされる(極めて東日本方言的)
- (5)一音節(一拍)語
- 長めに発音する(西):短く発音する(東)
- 上伊那方言では短く発音される(東日本方言的)
- (6)アクセント
- 京阪式(西):東京式(東)
- 上伊那方言では東京式を用いる(東日本方言的)
(4)は分布があまり明らかでないというが、(5)(6)は厳密な意味では東西対立分布とは言えず、むしろ周圏論的な分布を示しているため学者によっては東西対立とは分けて考えられる場合もある。しかしこれらは根本的には母音性優位方言/子音性優位方言という対立に還元することができ、東西対立と関連する重要な指標として考えられる場合もある。
文法
特に分布を示していないものは全域に共通する特徴である。南部に特徴的なものは、下伊那地域の方言と連続した分布を持っている点について注意されたい。
動詞
- 仮定形は「押シャー(押せば)」「見リャー(見れば)」のような形が一般的であるが、「押シタラ」「見タラ」のようなタラ形も分布する(もっとも意味・用法などが全く同一であるか、細部に渡っては異なるかは不明である)。
- 「起きる」「見る」などの一段型活用動詞の命令形は、一般にかなり広い地域で「…ロ」となるが、南部では西日本方言的な「…ヨ」と混在しており、中川村片桐などの南端地域では一般に「…ヨ」となる。さらに「…ヨ」は融合して「…ョ(ー)」となる場合が多い(例.見ヨ→ミョ(ー)、セヨ→ショー)。例外として、「貸せる(「貸す」の方言形)・かんしる(「許す」の方言形)・呉れる・待ちる(「待つ」の方言形、この語を用いない地域もあり)・見せる」などの命令形は全域で「…ヨ(…ョ(ー))」となる。また、2010年から2015年にかけて行われた調査では、ラ行五段活用化形式の「…レ」もまばらに分布している。「…ヨ」よりも近畿方言的な「…ー」は、「ミー(見ろ)」などごく限られた語において行われる。
- サ行変格活用動詞「する」には広い地域で「シル」が対応し、上一段活用化する傾向があるが、概ね飯島町中部以南では「セル」になる。「シル」及び「セル」の活用を以下に示す。
ただし飯島町中部以南にも「シル」は点在し、上伊那方言集では全域が使用地域に含まれる。一方で、北部に「セル」はなく、「シル」と「セル」を併用する地域では「シル」が古いという意識が持たれている傾向にある。また、飯島町北部〜駒ヶ根市赤穂は終止形は「シル」が一般であるが(共通語と同じ「スル」が固まって分布する地域もあり)「セン(しない)」「セマイ(しよう)」「セロ(しろ)」などが方言集に載るなど、活用形によって混在している点に注意されたい。
- カ行変格活用動詞「来る」の禁止形は「コン-ナ」となる場合が多く、koを語幹とする一段化への兆しが僅かながらに見られる。
- サ行五段活用に対応する語に助動詞「…タ」を下接させると「カクイタ(隠した)」「ハナイタ(話した。連母音の融合によりハネータとなる場合が多い)」のようにイ音便をとる場合が多い。ただし昭和40年代後半の調査でも東部・南部では盛んであったが、北部・中部では「昔の年寄りが使った」類の回答が多く、2010年から2015年にかけて行われた調査では、山間部でわずかに用いられている程度である。
- 「落ちる」「建てる」のように語幹末尾が「t」ないし「c」の動詞に第2連用形で、助動詞「…タ」が下接すると「落ッタ」「建ッタ」のように促音(Q)があらわれる場合がある。
- 南部では、「聞く」「敷く」「引く」のようなCikuの構造を持つ語は、第2連用形で「キッタ」「シッタ」「ヒッタ」のような活用となる。駒ヶ根市以南で天竜川以東の地域に多い。
形容詞
- 中・東部では、仮定形は「薄イケリャー(薄ければ)」「濃イケリャー(濃ければ)」のように終止-連用形に「…ケリャー」を下接させる。東部では「…クバ」のような形もあるが、「…イケリャー」に比べて古いという。北・南部では「薄ケリャー(薄ければ)」「濃ケリャー(濃ければ)」のようになる。そのほか全域で「…キャー」や「…カッタラ」も用いられる。また「無い」の仮定形は「無ケニャー」の別形を持つ。
- 南部では様態形は「ウマカリソーダ(うまそうだ)」「ナカリソーダ(無さそうだ)」のような形になる。福沢武一によると、南部では「…ございます」の意で「…アリマス」を用い、「うもうございますよ」を「ウマクアリマスニ」などと言うが、「ウマカリ」はその「ウマクアリ」がつづまったものであるという。福沢の調査でも「ウマカリソー」の分布は「ウマクアリマスニ」を用いる地域の範囲内に収まっている。
- 形容詞連用形がウ音便を取ることは一般になく、ごく限られた語において行われる。「いかい(程度が甚だしい)」のウ音便形「イコ・エコ」が全域で用いられるほか、南部では「良い」「疾し」が「ヨー」「トー」のようにウ音便をとる場合がある。「ヨー来た(よく来た)」を例にとれば宮田村以北にまばらに、駒ヶ根市以南に濃密に分布する。「早い」のウ音便形「ハヨー」は不連続的な分布が認められる。
- 東北信や安筑地方に形容動詞「嫌だ」を「ヤダクナル(嫌になる)」、「ヤダカッタ(嫌だった)」のように形容詞化する方言があるが、上伊那では伊那市以北で「ヤダコト(嫌な事)」が用いられる。
- 北端部の辰野町小野では「同じ」を「同ジケレバ(同じなら)」、「同ジクチャ(同じでは)」、「同シカッタ(同じだった)」のように本来の形容詞と同じように活用する。
形容動詞
次のような形容動詞が用いられる
- コーイダ(こういうわけだ)
- コーイデ(こういうわけで)
- コーイナ(こういうふうな)
- ソーイダ(そういうわけだ)
- ソーイデ(そういうわけで)
- ソーイナ(そういうふうな)
推量表現
推量表現に「…ズラ」「…ラ」を用いるのは長野・山梨・静岡方言の特徴である。
- …ズラ
- 動詞、形容詞に接続する場合、北部では「…ズラ」、南部では「…ンズラ」。例.行くだろう → イクズラ(北部)、イクンズラ(南部)。体言、形容動詞の語幹に続く場合は一般に「…ズラ」であるが、地域によっては「…ダズラ」となる場合もある。
- …ダラ
- 動詞、形容詞に接続する場合は『上伊那郡誌 民俗編 下』によると「…ンダラ」となるという。『上伊那の方言 ずくなし』では「行ッタダラ」のように直接「…ダラ」が接続する用法が収集されている。1949年の『上下両伊那方言の境界線』や1980年の『上伊那方言集(改訂版)』では、太田切川以南(=駒ヶ根市赤穂以南)でのみ使われるとされていたが、その後北上を続け、1999年の調査では北端部、塩尻市との境まで分布が確認された。例.イクンダラ(行くんだろうね)
- …ラ
- 動詞と形容詞のみに接続する。南部では「…ズラ」よりも確実性が強いとされているが、北部では確実性による使い分けはないという。例.イーラ(いいだろう)
- …タズラ、…タンズラ
- 「…ズラ」の過去及び完了。北部では「…タズラ」、南部では「…タンズラ」となる。例.行っただろう → イッタズラ(北部)、イッタンズラ(南部)
- …ツラ
- 「…ラ」の過去及び完了。例.ヨカッツラ(よかっただろう)
- …タンダラ、…タラ
- 「…ダラ」の過去。例.イッタンダラ、イッタラ(行ったんだろう)
- …ズ
- 例.ソンナ コトモ アラズ(そんなこともあろう)
意志表現
- …ズ、…ズイ
- 長野・山梨・静岡方言の特徴語である。例.イッテ ミテ コズ(行ってみてこよう)
勧誘表現
伊那市(南部除く)以北では「…ナイカ(ネーカ)」「…ンカ」など、直訳すると「…ないか」となる表現が多く用いられているが、「…マイカ(メーカ)」や「…ジャンカ」などさまざまな表現が分布する。伊那市東西春近、宮田村以南は「…マイカ(メーカ)」が非常に多い。
- …マイカ(メーカ)
- 名古屋方面に勢力をもつもので、上伊那方言では融合して「…メーカ」となることが多い。積極的な勧誘であり、共通語訳を与えれば「…うじゃないか」となる。北部では五段動詞には終止-連体形で接続するが、南部では全ての動詞およびそれに準ずる助動詞未然形に接続する。例.行こうじゃないか → イクメーカ(北部)、イカメーカ(南部)。また、南部では「カ」を省略した「…マイ」「…メー」も用いられる。南信方言域の中年層以下では「イキマイ(カ)」の形を用いるという。
- …ナイカ(ネーカ)、…ンカ
- 共通語の「…ないか」に相当し、動作の中に話し手がいないでいることも可能であると言う点で「…マイカ」等と異なる。この表現は北部で盛んであるが、北部では打ち消しはナイ・ネーが優勢であることから「…ナイカ(ネーカ)」がより多い。
- …ジャン(カ)
- 「行クジャンカ」のように終止-連体形に接続する。中部・北部を中心にある程度の勢力を持つ。
- …ズ(カ)
- 意志表現として用いられる「…ズ」は勧誘としても用いられる。共通語の「…うよ」に相当する。ただし使用頻度は低い。
打ち消しの表現
- 現在形(…ない)
- 上伊那は東日本方言の「…ナイ(ネー)」と西日本方言の「…ン」の雑居地であり、広い地域で併用されているが、南部では「…ン」を、北部では「…ナイ(ネー)」を多用する傾向がある(分布の詳細は『東西方言の語法上の対立と上伊那方言』を参照)。
- また、太田切川以南、すなわち駒ヶ根市赤穂以南の地域には、婉曲的な打消表現として「…セン」(例.買やーせん)という表現があり、この地域での使用度は高いとされる。このような表現は、近畿方言の「…ヘン」と同類のものであるとされ、西日本方言的である(東日本では、共通語で言うところの「見はしない」「来はしない」という場面においても、「見ない」「来ない」の類で済ませる地域が少なくない(近畿方言の「…ヘン」は「…セン」の変化したものであり、上伊那方言の方がより原形に近い)。
- 伊那市富県や箕輪町福与では丁寧形「…ます」の否定形は「…マセン」ではまく「…マシネー」となる。これは中信方言の特徴であるが、上伊那での詳細な分布は不明である。中川村片桐では「…マセン」。
- 過去形(…なかった)
- 過去否定には伝統的には「…ナンダ」を用いる。県別感覚表現辞典によると、南信方言域の中若年層では「…ンカッタ」を中心に用いるという。中信方言域での使用については言及されていないが、長野県史方言編の言語地図では、高年層で「…ナンダ」と「…ンカッタ」が併用されている地点がある。
- 順接条件(…なければ)
- 順接条件には「…ネバ」の変形「…ニャー」が広く用いられるが、「…ずは」ないし「…ずば」に由来するとされる「…ジャー」も用いられる。中・北部では「…ナケリャ」、「…ナキャ」などのナケレバ系や、打ち消し「ない」に直接「ければ」が下接した「…ナイケレバ」「…ネーケリャー」も用いる。また「…ンケリャー」が中・北部などで用いられるが、馬瀬良雄は打ち消しに「ない」と「ん」を併用する地域に分布すると推定している。南部では共通語の「…なければならない」には「…ンナラン」も用いる。
- 逆接条件(…なくても)
- 逆接条件には「…ナンデモ」「…ンデモ」「…デモ」「…ドモ」などを用いる。
- 中止形(…ずに)
- 中止形には「…ズニ」「…ッコ」が用いられる。駒ヶ根市赤穂以南の地域では、「…ナシ二」という表現も用いる。例.ガッコーエモ イカナシニ アスンデバッカ オルンダニ(学校へも行かずに遊んでばかりいるんですよ)
- 反語(決して…ない)
- 「…ズカ」「…ズケ」が用いられている。例.ソンナ コトカ° アラズケ(そんなことがあろうか、いやあるはずがない)
指定・断定の表現
指定・断定の表現には東日本方言の特徴である「…ダ」が用いられている。中・北部では「見タダ(見たのだ)」「行ッタダ(行ったのだ)」のように活用語に「の」を介さずに「ダ」が続く用法を持っており、共通語の「…なのだ」には「…ダダ」、「…のか」「…のですか」には「…ダカ」が対応する場合がある。一方南部ではこのような用法はそれほど盛んではないようである。また、伊那市西春近以南では「…ナ」という表現もあり下伊那地域に近づくにつれ使用頻度が高くなる。東部の谷では旧長谷村南部で多少用いられているという。例.ソーナ(そうだ)
理由・原因
- …二
- 例.アミャー フルニ カサー セーテケ(雨が降るから傘をさして行け)
- …デ
- 「…ですよ・ますよ」と訳せるような場面で「…デ」で文を切る方が自然である場合がある。もっとも「…デ」は「…ぜ」の意味でも用いられることもあるが、話者の方言意識は理由・原因の「…デ」であるという。例.ソンナ トコジャー サブクテ イケネーデ、サー チョット オヨリナ(そんなところでは寒くていけませんよ。さあさあ、ちょっとお上りください)
- …モンデ、…モンダデ
- 共通語の「ものだから」にあたる。例.シラネー モンデ ブチャッチマッタ(知らないものだから捨ててしまった)
- …ダニヨッテ
- 南部で用いられる。例.コーダニヨッテ コリャー ケール ワケニャー イカン(こうだからこれは変えるわけにはいかない)
同意を求める表現
- …ジャ(ー)ネー(カ)、…ジャン(カ)
- 共通語の「…じゃないか」に相当し、自分の推定に他人の承認を求めている場合や、他人を勧誘する場合に用いる。「…でしょう」のように訳されることもある。「ジャン」は近年東京の若年層に進出し全国的に使われるようになったが、元は中部地方の方言であり、「…じゃないか」の「ナイ」に打ち消しの「ン」が混同され成立したとされる。上伊那地域では男女とも用いるが、女性の方が多用する傾向にあり、「ジャン」より「ジャンカ」の方が古いという。また勧誘に用いる点や、「そこに あるジャンネー(そこに あるよねえ)」といったような用法を持つ点で首都圏方言などのジャンとは若干異なる。発祥地については諸説あり、「浜ことば」とされることもあるが、馬瀬良雄は時代背景や交通などから静岡県西部で発生しそこから上伊那へ伝わった説、打ち消しのナイとンが交錯する地域で別々に発祥とする説を唱えている。福沢武一も多元発生説であり、長野県も水源地の一つであると主張する。文献に残るものでは山梨県が古く、山梨県から全国へ広まったとする説もある。『長野県方言辞典』の言語地図では、上伊那地域は長野県内で唯一、全地点で「昔から使う」と回答している。
可能の表現
上伊那では一般に、「この子はもう字が読める」といったような能力的可能と、「暗くても大きな字なら読める」といったような条件的可能が語形の上で区別される。ただし南部では区別がやや曖昧である。また、中・南部では「読メレル」「着レル」といったようないわゆる「れ足す言葉」、「ら抜き言葉」が用いられている。
敬語表現
上伊那地域では一般に、敬語表現は隣接する諏訪方言などと比べて比較的分化しており、敬意の程度によって様々な言い方を使い分ける。しかし東部では、敬意の高い表現はごく一部の言葉の丁寧な人が用いるにすぎず、基底方言では敬語表現はそれほど複雑でない一方で、飯田市に近接する南部では敬語表現が非常に豊富であり、特に尊敬語を多用するなど、上伊那地域内でも差が認められる。馬瀬良雄は、社会階層が発達していた地域では一般に敬語表現が豊かであると指摘しているが、南部駒ヶ根市赤穂や中川村南向などでは、豪農が多くの家来を引き連れ関西方面より移住し、多くの小作人を使用し封建的な主従関係を結んでいた歴史的背景を持つ。これらは太田切川以北にはほとんど見られないという。
尊敬表現
南部では尊敬表現が多彩であり、以下に示す方言形式のもののほかにも「御…」や「…様」などを多用する。
- ミエル(メール)、オイデル、ゴザル
- おいでになる、いらっしゃるの意
- オ…ル
- お…になる。宮田村以南で用いられる。例.オ見ル(否定形=オ見ン、過去形=オ見タ)、オ帰リル(否定形=オ帰リン、過去形=オ帰リタ)
- …ッシャル、…サッシャル
- …なさる。北部で用いられる。江戸言葉の系譜を引くものであり、「…ッシャル」は五段動詞の未然形に、「…サッシャル」は上下一段活用の未然形とカ変の連用形に付く。サ変の場合は一般に自立動詞の「サッシャル」を用いる。
敬意を込めて勧める表現
- …(ッ)シ(ー)、…ラ(ッ)シ(ー)
- 軽い敬意と親愛の気持ちをこめて勧める表現。五段動詞には未然形に「…(ッ)シ(ー)」が直接接続し、その他の動詞には「…ラ(ッ)シ(ー)」が下接する。上伊那中・北部の特徴語であり、主に伊那市以北で用いるが、南部にも多少分布しているとする資料もある。例.イカッシー(お行きなさい)
- …ッシャレ、…サッシャレ
- 北部で用いられる。敬意は低く、その分親愛度が高い。
- オ…ナ
- 中・南部では親愛度が高めであるが、東部では敬意の度合いが比較的高めである。北部では用いられない。例.サーサ オヨリナ(さあさあ お寄りください)
- オ…ネ
- 北部で用いられる。
- …トクンナ
- 南部ではより敬意の高いものとして「オ…トクンナ」も用いられる。
- …トクンネ
- 北部で用いられる。
- オ…ナサンシ
- 北部で用いられる。
- オ…ナンイェ、オ…ナンヤレ、オ…ナンヨ
- 南部で用いられる。詳しい分布は調査されていないが、宮田村あたりまでは使用するようである。
- オ…テ
- 主に駒ヶ根市赤穂以南で用いられるが宮田村にも多少分布しているとする資料もある。これは「オ…ル」という敬語形式が…テに接続したものである。例.オヨリテ(お寄りなさい)
- オ…ナンショ
- 軽い尊敬と親愛感をもって使われる。南部では「オ…ナイショ」となる場合もある。例.オヤスミナンショ(お休みなさい)
- オ…ナシテ
- 主に北部方面で用いられる。例.オクンナシテ(くださいな)
- オ…テ オクンナンショ
- 南部で用いられる。相手に命令する場合の最高位の敬語表現。
謙譲表現
謙譲表現はあまり発達していない。一例として、東部伊那市長谷では自身の動作について近所の知り合いに向かってやや丁寧に言う場合と、この土地の目上の人の向かって非常に丁寧に言う場合を文の上で区別しない場合が多いが、場合によって「御…モース」(一般には「御…モーシマス」の形で用いられる)「シンゼル」が用いられる。これらは全域で用いられるが、「シンゼル」は「神仏に物を供える」といったような意味のみで用いる地域もあるという。南部では「オ…スル」「頂戴スル」などの謙譲表現が用いられ、一般に謙譲表現が用いられることのない長野県の多くの方言と対立する。
丁寧表現
- …ゴザンス
- …ございますの意。中部以北で用いられる。例.オツカリデ ゴザンス(今晩は)
- …アリマス
- …ございますの意。南部で用いられる。例.ハールカブリデ アリマスナムシ(久しぶりでございますね)
- …エ、…イ
- 念を押し、感嘆する意味をあらわし、軽い敬意と親愛の気持ちをこめる。「…エ」が一般に用いられるが、並行して「…イ」が用いられる場合もある。これらの表現は全域で用いられるものの、中・北部での使用度がより高く、南部では助詞に下接する表現などでは「…ナモシ」から変形した「…ナムシ」「…ナ」等に取って替わられる場合があるなど、どちらかと言えば上伊那北部方言的な特徴であると言える。(例.ソーダナエ、ソーカエ、アルゾエ等(中北部の特徴)←→ソーダナムシ、ソーカナ、アルカナ等(南部の特徴))
- (1)活用語の終止形に下接する。例.ワカルラエ(分かるでしょうよ)、ダレカ ヨンデルエ(誰か呼んでるよ)
- (2)助詞に下接する。「…ナ(詠嘆)」「…カ」「…ゾ」「…ヨ」などに下接することが多い。例.ソーダナエ(そうですね)、ソーカエ(そうかね)
- (3)体言、副詞に下接する。例.ソー ユー コトエ(そういうことですよ)、ソーエ(そうですよ)
- …ナム(シ)、…ナモ(シ)、…ナー(シ)、…ナン(シ)等
- …ねえ。南部で用いられる。念を押し、余剰を込めて敬意をあらわす。例.ソーダナム(そうですね)。なお、「ナー」は北部でも目下に対しては使われるが、目上に対しては「ナエ」が一般的であり、敬称としては使われない。南部などでは、長上に対しても「ナー」で押し通すことから外来者に異様に感じられることもあるという。
これらの語の本拠地は名古屋で、長野県では飯田方面に色濃く、また木曽南部でも用いられる。上伊那では南部で用いられ、下伊那地域に近い中川村、飯島町中部以南での使用頻度が高い。語形によって分布に多少の差があり、語形別の分布状況を以下の表に示す。文献の(1)〜(5)はそれぞれ、
- (1) 長野県上伊那郡における東西方言の境界線
- (2) 上下両伊那方言の境界線
- (3) 上伊那の方言 ずくなし 上・下
- (4) 上伊那方言集
- (5) 上伊那郡誌 民俗編 下(言語地図)
とし、語形もしくは地域が調査対象となっていないものは空欄とする。小黒川・三峰川以北にはいずれの語形も分布していない。
- …ニ、…ニー
- …よ。軽い敬意をこめて余剰を含む確認をあらわす。愛嬌ある主張である。福沢武一は、「伊那谷の代表語と言って過言ではない」と述べている。情報提供(相手に当該の事項に関して全く認識がないことが明らかな場合)や独話では用いられない点などで「…ヨ」とは若干異なる。例.ソーダニ(そうですよ)
- …ジ
- 北端部で用いられる。「…ゾ」と似るが、軽い敬意と親愛の気持ちを込めて使われる。松本地方の代表語であり、その影響下にある。例.ソーダジ(そうだぞ)
- …ンネ、…イネ
- 北端部で用いられる。念を押し、余剰をこめて丁寧な断定をあらわす。松本地方に盛んな表現である。例.ソーダンネ(そうなんですよ)
- …ナ
- 南部で用いられる。聞き手に対し敬う気持ちをこめて用いられる。例.オアリンカナ(ありませんか)
美化語
「お米」「お水」のように上品に美しく表そうとする言い方を美化語と言うが、南部では美化語を多用する傾向がある。また「良い」に「お」をかぶせた「オイイ」が南部を中心に用いられる。宮田村以南に色濃く、北部にも分布する。
その他助詞
格助詞
- …イ、…イェ、…ウェ、…ウィェ
- …へ
- …ナ
- …の。太田切川以南で使用
- …ヨカ、…ヨリカ
- …より。「…ヨリ」も用いられる。
- …ン
- …の
接続助詞
- …ケード、…ケードモ
- …けれど、…けれども。例.ミンナ ユーケード フントズラカ(みんな言うけれど本当だろうか)
- …シナ
- …ながら。例.エーキシナ カンケ°ール(歩きながら考える)
- …ニ
- …のに。共通語の「…なのに」には「…ダニ」対応する。
副助詞
- …カ°
- …くらい、…だけ
- …サラ、…セ(ー)ラ、…マシ
- …ごと
- …シャ(ー)、…キリシカ、…バカ(リ)シカ
- …しか、…だけしか
- …ッツ
- …ずつ。南部では、「…つ+ずつ」は「…ツッツ」となる。したがって「3つずつ、4つずつ…」などは「ミッツッツ、ヨッツッツ…」となる。例外として「1つずつ、2つずつ」は「シトンツ、フタンツ」となる。
- …ドコ、…ドコカ
- …どころ、…どころか
- …ナニ、…ナンゾ
- …なんか。「…ナンゾ」は南部で用いられる。
- …バカ、…バッカ
- …ばかり
- …ホーケ
- …られるだけ、可能な限り。動詞の第1連用形に接続する。例.クイホーケ クー(食えるだけ食う)
終助詞
- …カシラン
- …かしらと訳せるが女性専用語ではなく、男性も使う。
- …ケ、…ケー
- …か、…かね。主に南部で用いられる
- …タ
- …け。回想・確認。例.シズカダッタッタ(静かだったっけ)
- …ッチャー
- …ってば。南部で用いられる。例.ソリャー ソーダッチャー(それは そうだよ)
- …デ
- …ぜ。例.アンマリ ノンジャー カラドニ ワリーデ(あんまり飲んでは体に悪いぜ)
- …ヤイ、…ヤレ
- …よ。動詞の命令形に続き、「…ヤイ」は語気を強める。一方「…ヤレ」は親愛の気持ちを含む。
その他助動詞
- …ッチュー
- …という
- …ドー
- …です(強め)。北部で用いられる
- …ミタヨーダ
- …のようだ
自称
対称
- 対等以上:オメサマ、オメーサマ、オメサン、オメーサン
- 対等以下:オメー、オミャー、テメー、ワレ、ウヌ、キコー
語彙
広域など
上伊那全域で広く用いられている語彙を中心に、点々と分布するものや主に中部で用いられているものも含む。
参考文献:
- あいく
- 歩く
- あいさ
- 間
- あいそしー
- 可愛らしい。南部では「愛想がいい」の意味も。例.まー なんちゅー あいそしー ぼこずら
- あいてー、あいて、あいた
- 痛い
- あおぴょーたん
- 顔が青くやせた人のこと
- あかる
- 容器が転倒して中のものがこぼれ出る
- あかん
- 良くない。関西方言の代表的な言葉の一つであるが、上伊那地域でもあまり一般的な使用はないものの、『おらが知ってる伊那の方言』や『伊那谷 長谷村の方言集』などの方言集に載っており、内陸側では東限の一つとなっている。長野県では遠山郷の使用度が高く、大鹿村でも用いられているため、秋葉街道を通じて伊那市長谷地区にも入り込んで来ていると思われる。例.このパソコン、すぐエラーが出て、あかんな
- あけ°
- 油揚げ
- あこ°か°かき°にかかる
- 貧困の余り飯が食えなくなる
- あこ°た、おとけ°
- あご
- あすぶ
- 遊ぶ
- あたける
- 暴れる、悪ふざけする
- あだじゃねー
- 容易ではない、気の毒だ。例.あんねに いそがしくちゃー あだじゃねーなえ
- あっこ(1)、あすこ
- あそこ。例.あっこえ いって ぼやを もって おいで
- あっこ(2)
- かかと
- あっためる
- 盗む、隠す。例.他人の 本を あっためる
- あばよ、あんばよ、あばな、あんば
- 別れるときの挨拶。「あばよ」は「さらばよ」の約略とする説があるが、福沢武一は「塩梅好う」が語源であると主張する。「あんばよー」は関西などで「具合よく」「都合よく」の意味で用いられる。
- あびる、あべる
- 泳ぐ
- あらかた、おーけん、ど(ー)えんけん、なから
- おおよそ、だいたい
- あらかす(1)、あらける、あらけ°る
- 例.もみを あらけ°て 干す
- あらかす(2)
- 転がす。例.石を あらかす もんで あぶねー
- あらすか、あらずか、あらすけ、あらずけ
- ありなどはしない
- ありこ°
- 蟻
- あれる
- ころげる。例.石か゜ 坂を あれて いった
- あわさりめ
- 重なり目
- あわしまさま
- いつもボロボロな着物を着ている人
- あわたく
- あわてる
- あんじゃーねー
- 心配いらない
- あんと
- ありがとうの意。宮田村以南やや希薄
- いかつい
- 立派な
- いかん
- ダメ、いけない。北部では「いけん」「いけねー」とも。
- いかんに
- いけませんよ、ダメだよ
- いきあう
- 遭遇する
- いきなり
- 乱雑で、中途半端なさま。放置して、構わぬこと。几帳面の正反対
- いけーに
- どんなに
- いける
- 埋める
- いこ、えこ
- あまり
- いしか°け
- 石垣
- いじゃ
- 行こう(強め)。例.おれと 一緒に まちー 買い物に いじゃ
- いただきました
- ご馳走さま
- いちゃつく
- (1)恋人同士が仲睦まじい動作をすること、(2)うるさくつきまとう。北端部では「慌てる」、南部では「子供などが調子づいて騒ぐ」の意味でも用いる
- …いちら
- …まま
- いっちょーらん
- 一枚しかない良い着物。例.お祭りだで いっちょーらんを 着せて よらずよ
- いってきました
- ただいま
- いなだく
- いただく
- いのく
- 動く
- いび
- 指
- いびくる
- もてあそぶ。例.そんねに いびくりゃ こわれちまうぞ
- いぶる
- 揺さぶる
- いぼう、いぼる
- 傷口が化膿する。いぼった とこから うみが でて きた
- いやんべー
- 程よい状態
- いらんこと、よっこなこと
- 余計なこと
- いりのや(入野谷)
- 高遠からさらに南アルプスの山麓へ入った谷(旧長谷村)。
- いれいち
- 一つおき。例.いれいちに 赤く 塗る
- いろむ
- 色づく。例.柿か° いろんで きた
- いんね
- いいえ(否定)
- うだる
- 茹だる
- うつかる、うっつかる
- 背をもたれかかる
- うっつかっつ
- 五分五分、同じくらい、損得なし
- うでる
- 茹でる
- うとい
- バカだ
- うとんぽ
- 空洞
- うます
- 蒸す
- うめる
- 薄める
- うんと
- たくさんに、非常に
- えーと
- 灸
- えーよ、えーよー
- ぜいたく
- えけ°つねー
- ひどい、あくどい
- えらい(1)、くたぶれた、ごしたい、だるい、たるい、たるっこい
- 疲れた。「ごしたい」に関して福沢武一は、万葉集に多出する「こちたし(わずらわしい)」に由来するというのが通説であるが「腰痛い」の訛りである可能性も主張している。疲れからくる腰痛は鈍痛というべきものであり、全身の疲労がそこに根を張った感じであるが、そのような実感がごしたいには宿っているという。
- えらい(2)
- ひどい
- えれる
- 入れる
- えんのしたのくものすまで
- 全財産残らず。例.えんのしたのくものすまでお前のものだ
- おいさん
- おじさん
- おいでな
- おいでなさい
- おいでる
- いらっしゃる
- おいでん
- いらっしゃらない
- おいはん
- 夕飯
- おいび
- 行きましょう。例.みよっさ 学校い おいび
- おいや
- 食べたくない。例.かぜで ねつっぽいで 今朝わ ごぜんわ おいやだ
- おいれ
- 日没
- おかたしけ、おかたじけ
- ありがとう
- おくびとなり
- 成長が遅いこと
- おこた、おこたつ
- こたつ
- おこ°っつぉー
- ごちそう
- おこりばち
- 怒りんぼ
- おさんまくな
- ご粗末な
- おしゃんこ
- 正座。北部系方言の「おつくべ」「おつんべ」「おつんぶ」等と南部系方言の「おかしま」「かしまる」等の接触地域に多く分布する。
- おしょる
- 折る
- おぞい
- 品質が悪い
- おたく°り
- 動物のはらわたを煮た料理
- おちゃ
- (1)お世辞、(2)おやつ、間食
- おっかい、おっかない
- 恐ろしい。「おっかない」は東日本方言の特徴語であるが、万葉集の「おくかなし(奥処なし)」もしくは「おほけなし(身の程知らずである、似つかわしくない、果敢である)」を語源とする説がある。この説に対し福沢武一は、前者は古すぎ、後者は語義から離れすぎていると批評している。福沢は「おー怖!」から「おっかい」が導かれ、さらにそこから「おっかない」が造語された説を唱える。柳田國男は「おっか」は「おーこれは!」を語源とする説を唱えている。
- おつかいな、おつかりな、おつかりなんしょ
- (1)お疲れ様、(2)夕方のあいさつ
- おっかさま、おっかさん
- 母親。南部では「おかーちゃ」「おかーま」とも。
- おっさま
- お坊さん
- おっとら
- おっとり
- おつよ
- 味噌汁
- おと、おとっと
- 次に生まれた子
- おどける
- 驚く。例.そりょー きーて まず おどけちまった
- おどし、そめ
- かかし
- おとつい、おっとい
- 一昨日
- おとっこ
- (1)末子、(2)生育の遅れた蚕
- おとっさま、おとっさん
- 父親。南部では「おとーちゃ」「おとーま」とも。
- おなし、おんなし
- 同じ
- おはずけ
- 漬かった漬け菜
- おべー
- 着物
- おべんこー、べんこー
- ませた口をきくこと
- おみゃー
- お前 (卑語)
- おめこ、おそそ
- 女性器
- おもしー
- 面白い
- おもる
- おごる。例.今日わ おれか° おもるよ
- おやき
- (1)米粉をねり、円板状に薄く伸ばして焼いた食べ物、(2)米粉の皮に小豆あんを入れ、茹でた後に焼いた食べ物。上伊那では平板に発音される。
- おやけ°ねー、おやいねー
- 気の毒な、かわいそう。上伊那では一般に「おやけ°ねー」であるが、駒ヶ根地域では「おやいねー」ともいう
- おら
- おれ、私
- おらねー
- いない。宮田村のテキスト方言訳に載る。この地域では、「おらん」や「いねー」とともに混用される。
- おらほ
- おれの方
- おりいろ
- 紺色
- おるすき°
- お留守番
- おろのく
- 間引く
- おわい
- お食べなさい。例.たんと こしれーたで うんと おわいな
- おわざと
- しるしばかりの品
- おんもり
- 思う存分
- …か°
- …くらい、…だけ。例.お菓子を 百円か° とこ つつんで おくれ
- かーち、かーし
- 代わり
- かう
- 閉める
- …かえ
- …か、…かね。例.そーかえ
- かか°かか°する
- 気ぜわしく動き回る、そわそわする
- かけじ、おかけじ
- 掛け軸
- かじかざわ
- 塩。伊那市高遠町で用いられる。甲州鰍沢で陸揚げされた塩が、甲州街道を通ってこの地まで運ばれたためこの名がついた。
- かしき、かしき°
- 炊事
- (ひっ)かしぐ、(ひっ)かしがる、よろぶ
- 傾く
- かしょ
- かせ
- かっつく
- 追いつく
- かどま
- 角
- かぶた、かぶつ
- 株
- からい
- 塩辛い。伊那市以北では「しょっぺー」とも。
- からかみ
- ふすま
- がりあう
- 言い争う。例.あの夫婦わ 年中 がりあってばっかいて よわった もんだ
- かんかん、かんから
- 空き缶
- かんしょ
- 堪忍して下さい(男性的)。例.おれか° わりかったで かんしょな
- かんちょろりん
- 痩せた人
- かんな、かんね
- ごめんね(女性的)。例.わしか° わりかったで かんね
- きかいこーじょのけつまがり
- 製糸工場の女性をはやし立てた子どもの失言
- きさんじー
- 立派な、見事な。例.あの えーの 稲わ きさんじー
- ぎすい
- 滑りが悪い。例.この 戸は ぎすくて いけんで なおして おくんな
- きび
- (1)トウモロコシ、(2)気味
- きびしょ
- 急須
- きもがみじかい
- 短気である
- ぎゅーす
- こらしめる、ひどい目にあわす
- (布団を)きる
- (布団を)掛ける
- きんのう、きんにょー
- 昨日
- きんたまのちーせーやつ
- 小胆の者
- くつば(か)す、くすば(か)す
- くすぐる
- くつばってー、くすばってー
- くすぐったい
- くさくさ、ぐさぐさ
- 固く締まっていない
- くざる、く°ざる
- 悪口を言う
- ぐしゃつく
- 水気が多くなる
- ぐしゃったみ
- 湿地
- くすか°る
- 刺さる。「串」が「上がる」が語源であるという。現在は串のみならずトゲや矢、釘などさまざまものに対して用いる。なお「刺す」は「くすげる」と「くすぐ」の2通りがある。
- くちめんずり
- 口先ばかりで生意気を言う(辰野)、うわさ話で争いを起こす(駒ヶ根・赤穂)、他人の悪口、陰口を言ったため恨まれる(中川)
- …くに
- …のように。例.あのくに いのいちゃー 体に どくだに
- くねっぽい
- 年よりませてみえる。例.この ぼこわ ばかに くねっぽいなえ
- くべる
- 燃やす
- くます
- くずす
- くむ
- (1)崩れる、(2)交換する
- くりょ
- くれ
- くるいっこ、くりっこ
- 戯のとっくみあい
- ぐるら、ぐるわ
- 周り、周囲
- くろ
- 田のへり、耕作地の縁ぞい
- くわずみ、くわぐみ
- 桑の実
- けーど
- けれども
- けーむし
- 毛虫
- げーもねー
- 無益な、つまらない
- けしくりからん
- 不都合だ、よろしくない。例.そりゃー けしくりからん ことだぞやい
- けっからかす
- 蹴飛ばす
- けぶ、けむ、けも
- 煙
- げほーもねー
- 過度にたくさん
- けもねー
- 造作もない
- けやす
- 消す。例.火を けやす
- げんと
- てきめん。例.この薬は げんとに きいて たまけ°た
- …っこ
- …するはずがない。例.いきっこ
- ごーか°わく
- 腹が立つ。例.こんねに ごーか°わいた こたー ねーよ
- こーぜ、こーぜー
- 文句、理屈、言いがかり
- こき°
- 枯れ枝
- こく
- (1)言う、(2)打つ・叩く・殴る。例.頭を こかれて こぶか° できた(3)脱穀する
- こく°り
- かたまり
- こくれる
- 遅れる。例.種まきか° しゅんに こくれちまった
- こけ
- (1)ばか、やぼ。例.ゆーだけ こけだで やめとけよ。(2)魚の鱗
- こける
- 転ぶ
- こさえる、こせーる
- 作る
- こしょー、なんばん
- 唐辛子
- こすい
- ずるい
- こずむ
- 沈殿する
- ごとーむし
- カミキリムシの幼虫
- ごへーもち(五平餅、御幣餅)
- 竹串、板串へ挿しまたは練りつけて焼き、味噌を塗ってさらにあぶった飯団子
- ごまくら、ごまこ°ま
- しきりと人を欺く手管を使うこと
- ごまくらかす
- ごまかす
- ごむせー
- 汚い。例.そんな ごむせー しこーを して きちゃー みっともねーぞ
- ころましー
- 見事な。例.なんちゅー ころましー 柿ずらなえ
- こわい
- 硬い
- こわる(1)
- 壊す
- こわる(2)、こわす
- くずす。例.一万円札をこわる
- こんだ
- 今度
- …さ
- …さん
- さいなら
- さようなら
- (桑が)さく
- (桑の)芽が伸びて葉が伸びる
- さけをころしてのむ
- 酒をちびりちびり飲んで酔った風をしない
- さざむし
- トビケラ類の幼虫
- ささらほーさら
- さんざんな状態、 徹底的にダメなさま。救いようのないさまの例えである「ササラ先穂」を語源とする説がある。
- さす
- (警察などに)密告する
- さっきに、いつに
- とっくに
- さっきゃく
- さしあたり、とりあえず
- さびお
- 絆創膏
- さぶい
- 寒い
- …さら、…せら、…まし
- …ごと
- さらける(1)、さらけおちる、さらけくずれる
- 烈しく転落する、転げ落ちる
- さらける(2)
- (1)かきちらす、(2)露出する。北部では「捨てる」の意味でも用いる。
- さわす
- (1)水に浸して柔らかにする、(2)渋を抜く
- しあさって、しなあさって、しのあさって
- 明々後日。東京中心部を除く東日本では明々後日のことを「やのあさって」、明々々後日のことを「しあさって」と言い、西日本や東京中心部では明々後日のことを「しあさって」、明々々後日のことを「やのあさって」と言うが、上伊那では西日本系のしあさって類を用いる。ただし北端部の辰野町小野では東日本系の「やのあさって」と混用されている。また、南部では「しがさって」とも。
- しきね
- 敷布団
- しくる
- しくじる
- しける
- 雨天になる
- しこる
- じっとしている
- しじつ
- 手術
- (風呂に)しずむ
- (風呂に)浸かる
- …しな
- …ながら
- しにゃー、せにゃー
- しなければ。北部では「しねーけりゃー」とも。
- しみ
- 寒気
- しみる
- 寒気が激しい
- しもけ°る
- 凍傷を起こす、霜焼けになる。例.手か° しもけ°た もんで かいくて こまる
- じゃける
- ふざける
- …じゃん、…じゃんか
- (1)…じゃないか、…だったでしょう(自分の推定に他人の承認を求めている、控えめな主張、やわらかい断定)(2)…うよ(勧誘)。例.一緒に カツ丼を食べる じゃん
- しょいこ、しょいた
- ワラ製の背負い具。「しょいこ」は北部で「ワラ製の背負い袋」の意味も。
- しょーか°ねー
- 物が腐ってもろいこと
- しょーわる
- 臆病。例.しょーわるで 1人じゃー どけーも 行けねー
- しょずむ
- つかむ。例.どじょーを しょずむ
- じょぼじょぼ
- ずぶ濡れ
- しょぼろったい
- 気障りだ
- じょろじょろ
- 艶めかしいさま。例.女か° じょろじょろ あいってた
- しわい
- けちくさい
- しん
- しない。北部では「しねえ」、南部では「せん」とも。
- しんしゅーのつれしょんべん(信州の連れ小便)
- 人がすれば俺もする
- しんぜる
- 神仏に供える
- しんとー
- 物の中心
- …ず
- (1)…だろう(推量)、(2)…ない(否定)、(3)…しよう (意思)
- すい
- 酸っぱい
- ずいた
- 性質(悪意)、性格、品性
- すかんたらしー
- いやらしい
- ずく
- 熱心さ、ことをする気力、やる気。例.ずくのある人だ(やる気があり、従って根気もあり、精出し、骨惜しみをしない)。「怠け者」は「ずくなし」、「怠ける」は「ずくを病む(ずくーやむ)」もしくは「ずくを抜かす(ずくーぬかす)」と言う。また派生語に「まともな仕事をやり遂げる気力」「大きな仕事はするが小さな仕事を嫌う」「仕事が遅い」などを意味する「おーずく」、「細々とした仕事に精を出す」ことを意味する「こずく」がある。前者は形容動詞、後者は名詞。意味合いの独特さ、信州らしさなどの理由から長野県ではポピュラーな方言である。伊那谷ではずくの有無は人を評価する上での指標ともなっており、「ずくがある」か「ずくなし」かによって将来までも予告されてしまうほどであったという。語源にはさまざまな説があるが、そのいくつかを以下に示す。
- 「ずつ(術=手段・方法=能力)」の転訛とする説(小宮山説)
- 山梨県や下伊那で「足」「足の甲」を意味する「ずか」を語源とする説(青木千代吉説)
- 中信地方などで、「すねたり、意地を張ったりする」「ニワトリが卵を抱いて温める」ことを意味する「ずくねる」と繋がっているとする説(福沢武一説)
- 「苦労する」「疲れる」を意味する古語「いたづく」の上略とする説(岩波泰明『諏訪の方言』)
- 「直立するもの」の名であった「つく」を語源とする説(柳田國男説)
- 「骨」を意味するという説(柳田國男説)
- すねくる
- 駄々をこねる、すねる
- すべくる
- つるりと滑る。例.道か° 凍ってる もんで よく すべくって あぶねー
- …ずら、…だら、…ら
- …だろう、…でしょうの意。このうち「…だら」は、1949年の『上下両伊那方言の境界線』や1980年の『上伊那方言集(改訂版)』では、太田切川以南(=駒ヶ根市赤穂以南)でのみ使われるとされていたが、その後北上を続け、1999年の調査では北端部、塩尻市との境まで分布が確認された。
- ずるい
- 遅い。例.仕事の ずるい 人だ
- すれる
- 仲が悪くなる
- せーどない
- 騒がしい、うるさい
- せこをかう、せこーかう
- 入れ知恵する。北部では「けしかける」の意味でも用いる。
- せせじらみがくいついたよー
- 特別執拗に交渉または請求される場合
- せせる、せせくる
- 集まってくっつく
- せんねんよ
- 棟上げ祝いに餅を投げること。北部では餅の名称も同様に呼ぶ場合がある。
- そーいだ
- そういうわけだ。例.おめー そーいだでなー りょーけん してくりょよー
- そーえ
- そうですね
- ぞぜーる
- (1)甘える、(2)ふざける、(3)わがままを言う。南部では「どぜーる」とも。
- そそくる
- つくろう
- そっぺか°ねー、そっぺもねー、そっぺなしだ
- 愛想がない
- そのまんま
- そのまま
- ぞもぞも、ぞむぞむ
- 寒気を感じる
- ぞろっぺー
- だらしがない、投げやり
- たーくらたー
- 間抜け
- だいじょー
- 大丈夫
- たける、たきる
- 獸類が発情して騒ぎ立てる
- だだくさもねー
- 必要以上に大量にあるさま。例.お菓子を だだくさもねー 買っちまった
- たたっからかす
- めちゃくちゃ叩く
- たたった
- 建った
- (戸や障子を)たつ
- (戸や障子を)閉める
- (虹が)たつ、ふく
- (虹が)出るの意。この表現は箕輪、伊那、旧高遠町三義、駒ヶ根市中沢、飯島などに散らばって分布する。
- たっこねー
- 物言いが幼稚だ
- だっちもねー、らっちもねー
- つまらない、くだらない。例.だっちもねー ことー ゆーと わらわれるぞ
- たっぽれる
- (1)目的なくさまよう、(2)ボケる
- …だに
- …だよ
- たねる
- 束にする
- だまかす(1)
- なだめる
- だまかす(2)、だまくらかす
- 欺く
- ためる
- 狙う
- たるくさい、とろ(っ)くさい、とろい
- まだるい
- たわけ、たーけ
- ばか者
- たわけた、たーけた
- 愚かな
- たんだ
- ただ
- たんと
- たくさん
- たんま
- タイム
- ちき°
- 秤(はかり)
- ちびる
- 大小便を少し漏らす
- ちゃっと
- すぐに
- …ちゅー
- …という
- ちゅーど
- 当時
- ちょーちんや(提灯屋)
- 一旦筆を染めた字に、も一度手を加える(えどる)こと
- ちょろっこい
- 要領が悪い
- ちんじゅー
- 縮れ毛
- ちんぼ
- 男性器
- つく
- 浸水する
- つくなる
- 力尽きてしゃがみこむ、立つに堪えないでうずくまる
- つくねる
- (1)積む・重ねる、(2)整理しないで物品を積んでおく
- つっからかす
- 突きまくる
- つぶ
- タニシ。南部では「つぼ」とも。
- つまい
- 窮屈だ。衣類等が窮屈な場合に使われる。「つまる」の形容詞化によって「つまい」が生まれたという。「つもい」を用いる地域もあり。
- つめる
- しめる、とじる、はさむ。例.戸で 手を つめる
- つよ
- 露
- てか°えし
- こねどり
- で
- かさ、量。例.この かつぶしわ でか° あるなえ
- …(だ)で、…(だ)もんで
- …(だ)から
- てしこ
- (1)手段、(2)しまつ、(3)力量
- てしょ
- 小皿
- てっぺんずけ
- 最初に
- でんきんばしら
- 電柱
- てんずけ
- 最初から、いきなり
- でんでんまっこ
- ぐるぐると自分で回ること
- でんぷに
- 多量に、贅沢に
- どいれー、どえれー
- ひどい、非常な
- どーいで
- どうして
- とーし
- 篩(ふるい)
- とーととと
- 鶏を呼び寄せる声
- とーり
- 土間。南部では「にわ」とも言い、下伊那と接する地域では「にわ」の方が多い。
- とか°める
- 治療すべきところを化膿させ、悪化させる
- とき°る
- 尖る
- とこ
- たたみ
- とこば
- 床屋。例.はやくとこばへ行ってこい
- とっつく
- 到達する
- とと
- (1)鶏、(2)魚。例.白いマンマにととせーて食うとうまいなえ
- どどめき、どんどぶき
- 小さい滝
- とびっくら
- かけっこ
- とぶ
- 走る
- どべ
- 最下位
- とよ
- 雨どい
- とりあべる
- (1)いろいろと組み合わせる、(2)手持ちのものでなにかと間に合わせる
- とろい
- 弱い
- どやす
- (1)腕ずくで強打する、(2)大声で叱りとばす
- どろぼーぐさ
- ヌスビトハギ。北端部では「ばか」とも。
- どんど、どんどん、どんどっこ
- 水の落ち口、堰、滝壺
- どんどやき
- 道祖神の火祭り
- なかっせ
- 長男と末子との中間の子供
- なききる
- 泣きに泣いて声も立たなくなる
- なぜる、なぜくる
- 撫でる
- なめくる
- 舐める
- ならかす
- ならす
- なるい
- (1)勾配が弱い、(2)寒さが穏やかだ、(3)感覚的に温和である
- …なんしょ
- …なさい。例.おやすみなんしょ
- …なんだ
- …なかった。例.行かなんだ
- …なんでも、…んでも、…でも、…ども
- …なくても
- …に
- (1)…よ、(2)…のに、(3)…から
- にくたらかす
- グツグツと長く煮る、形の崩れるほど煮る
- にすい
- 未熟である
- にどいも
- 馬鈴薯
- にねんまいり
- 大晦日から深夜0時の年明けにかけて神社にお参りに行くこと
- にばんせ
- 次男
- にる
- 炊く
- …にゃ、…にゃー、…な
- …なければ
- ぬくとい
- 暖かい
- ねこのしっぽ
- 未子
- ねっから
- ろくに、まるで
- のせ
- 傾斜
- のり
- 傾斜面
- はーるか
- 久しく、ながらく
- はーるかぶり
- 久しぶり
- はう
- 除草する
- はずむ
- 大小便を催し堪え切れなくなる
- ばっか
- ばかり。例.俺ばっか怒られる
- はっちらがる
- 先を争う
- はっちる
- (1)はねあがる、(2)張り切る
- はつる
- 剃り落とす
- はなる、はなーる
- 始まる
- はならかす
- 離す
- はねーる
- 始める
- ばばい
- 汚い。例.てーてか° ばばいで あらっといで
- はやいとこ
- 早く
- ばら
- 野茨
- ばらんけん
- いい加減
- はんじくなる
- 屈み腰になる。しゃがむ。南部では「ほんじょくなる」とも。
- びしょってー
- 汚らしい。例.いかにも びしょってー しこーを して 来た もんだ
- ひずこく、ひずーこく
- 苦労する。上伊那全域で使われているが、隣郡には拾われておらず上伊那独自の方言であるという。福沢武一は、岐阜県や愛知県の方言で元気・勢力を意味する「ひず」との繋がりを指摘している。
- ぴすけっと
- ビスケット
- ひだす
- 穀物を箕に入れ、ちりくずを出す
- びちゃ(ー)る、ぶちゃ(ー)る、ぱいする、ほーる(1)、ほかす(1)
- 捨てるの意。北部では「さらける」、「ふてる」とも。「びちゃ(ー)る」「ぶちゃ(ー)る」は「打ちやる」がつづまったとする説、「うて(捨て)」に「やる」が結合し変化したという説がある。「ぱいする」の「ぱい」は「投げ捨てる」の擬態語。
- ひとじゃく
- 一人前
- ひとなる、しとなる
- 成長する。例.この 犬わ めた 食べる せーか どんどん ひとなるよ。「人」と「成る」が語源であるという。
- ひどろっこい
- 眩しい
- ひび
- 蚕のサナギ
- ひまぜー
- むだ手間
- ひやかす
- 浸す
- ひやめしこぞー
- 次男以下の子供
- ひる
- 用をたす、大小便を排泄するの意。北部では「まる」とも。
- ふっせ
- 種子を蒔かずに生えた野菜
- ふんと
- 本当、確実
- へー
- (1)もう。南部では「はい」とも。(2)蠅
- へつる
- こっそり抜き取る
- へぼい
- 程度が低い
- へら
- 舌
- へりこじえる
- 過度の空腹で変調子になる、腹が減りすぎてかえって食欲を失ってしまう・もう何もする気力もなくなっている
- ほーったね
- 頬
- ほーる(2)、ほかす(2)
- 投げる。「ほーる」は「はふる(葬る)」が語源である。「ほかす」は「放下(投げ捨てること)す」のつづまったもの。
- ほきだす
- 吐き出す
- ぼける
- 保存してある果実が柔らかくしまりがなくなる。例.このリンゴはぼけとっておいしくない
- ぽこぺん
- かくれんぼの一種
- ほっそく
- 山奥
- ほとーる
- 熱を持つ
- ぼぼ
- (1)ひとみ、(2)ネギの花、(3)人形、赤ん坊
- ぼや、ぼさ
- 柴、枯れた小枝。南部では「もや」とも。
- ほんなら
- それなら。例.ほんなら俺はやめとくよ
- ほんに
- 本当に
- まーず
- (1)とにかく、(2)先ず。例.まーず驚いた
- …まいか
- …しませんか(勧誘)。例.行かまいか
- まえで、まいで、めーで
- 前方。例.めーでの 人の かけ°で めーなんだ
- ましょくにあわん
- 働き損だ
- まぜくる
- 混ぜ合わす
- まっと
- もっと
- まつめる
- (1)かわいがる・子どもをなつける、(2)集める・まとめる
- ままやく
- 吃る
- まめ
- (1)大豆、(2)健康・丈夫。例.あねさんは ふんとにまめで たまげたよ
- まるかる
- 丸まる
- …まるけ
- …だらけ
- まんが
- (1)稲こき機、(2)代かき用の馬鍬。南部では「万能鍬」の意味も。
- まんま
- …まま。例.いじらなんで その まんま 置いた
- みー
- 見ろ
- みえる
- いらっしゃる
- みじく
- (1)意気地がない、(2)未熟
- みして
- 見せて
- みしょ
- 見せろ
- みやく
- 磨く
- みやましー
- (1)甲斐甲斐しい、勤勉な、よく働くこと。例.あの 人わ 何をやっても みやましー 人だ。(2)体裁が良い。上伊那地域では「磨く→みやく」といった音韻変化があるが、それと同様な変化として「みがましー→みやましー」となった可能性を福沢武一は指摘する(「みがましー」は上伊那の「みやましー」と同様の意味で愛知県や静岡県で用いられる)。また一方で福沢は、「(他の甲斐甲斐しさを目にし)み(=おのれ自身)をせめる」から「みやむ」という動詞が成り立ち、「みやましー」が成立した説も唱えている。
- みんなして
- 皆で
- むく
- (1)まるで…ない、(2)雛をかえす
- むしっぽい
- (1)蒸し暑い、(2)気むずかしい、(3)吐き気がする、(4)虫がいるのか子供がむずかりがちである
- むせっぽい、むせったい
- むせそうである
- むらう
- 貰う
- めこじき
- ものもらい
- めそめそどき
- たそがれ
- めた、めためた
- やたらに、ひっきりなしに。例.今日わ めた 人か° 来て 忙しかった
- めめぞ
- みみず
- もーる
- 漏れる
- もちーいく
- 取りに行く
- もみついて
- すずなりに
- ももっか
- 化け物
- もんも
- お化け
- やいやい
- おいおい、おやおや。例.やいやい大変なことになった
- やえる
- 重複する。「八重」を動詞化したもの。
- やくざ
- 何も仕事のできない人、またしない人
- やしむ
- 叱る。例.しょーか° つくよーに うんと やしまれるか° いーわ
- やたかましー、やたかしー
- 騒々しい
- やっこい
- 柔らかい。北部では「やこい」、南部では「やーこい」とも。
- やっぱ、やっぱし
- やっぱり
- やんか
- (1)ふざけること。例.あいつも やんか こぞーだで よわる。(2)こごと
- ゆいつける
- 結びつける、縛りつける
- ゆー
- 言う。ゆわ-(未然形)、ゆい-(第1連用形)、ゆっ-(第2連用形)、ゆうぇー(目的形)、ゆやー・ゆうゃー・ゆうぃゃー(仮定形)、ゆうぇ(命令形)
- よ
- 戸主権。例.むすこに よをゆずる
- よーせー
- 弱い
- …よか
- …より、…よりかも。例.それよか こっちの 方か° いーぜ
- よけー
- 余分。例.よけーにとっておいた
- よじめる
- 縮める、開いたものを狭くする
- よせる
- (洗濯物を)取り込む
- よたっこ
- 乱暴者
- よど
- よだれ
- よばる
- 呼ぶ、招待する
- よべーぼし
- 流れ星。「夜這い星」の転訛。
- よりあう
- 協力する
- らくになる
- 死ぬ
- れろ
- 弁
- わかされ
- 道の分岐点
- わきゃーねー
- 容易だ。例.そんな こと く°れー わきゃーねーぜ
- わく°む、わこ°む
- 歪む、曲がる
- わし
- 私
- …ん
- (1)…の、(2)…ない(否定)、(3)…ないか(勧誘)
- …んならん
- …なければならない
北部系方言と南部系方言
福沢武一によると、上伊那の方言は北部系・南部系がはっきり識別される。以下に北部系方言と南部系方言の分布を示す。
なお北部系には、北部地域にまとまって分布する語彙のほか、諏訪、松本方面に色濃く上伊那以南に少ないものも含み、また南部系には南部地域にまとまって分布する語彙のほか、下伊那方面に色濃く上伊那以北に少ないものも含む。
表の使用地域は畑美義『上伊那方言集』による10区画から代表地点を一地点ずつ選び、その地域での使用の有無を示したものである。表にはないが、南箕輪村及び駒ヶ根市中沢の方言語彙については以下の書籍に詳しい。
- 南箕輪村:南箕輪村誌編纂委員会(1984年)『南箕輪村誌 上巻』
- 駒ヶ根市中沢:北原貞蔵(2004年)『暮らしとことば』
北部系
参考文献:
- 語の分布は主に以上の文献に従った。また、各地域の方言集も参照している。
- ◎…その地域の特徴語
- ○…その地域での語の使用が認められる
- △…一部の文献で使用を認めるが認めない文献もあり。もしくは複数の文献で使用を認めるが使用頻度が低いと思われる
- ×…その語は用いられない
南部系
参考文献:
- 語の分布は主に以上の文献に従った。また、各地域の方言集も参照している。
- ◎…その地域の特徴語
- ○…その地域での語の使用が認められる
- △…一部の文献で使用を認めるが認めない文献もあり。もしくは複数の文献で使用を認めるが使用頻度が低いと思われる
- ×…その語は用いられない
じゃんけんの方言
共通語の「じゃんけん」には「ちっち」が全域で用いられるが、散点的なものなどに以下のものがある。なお、2010年代の調査では方言形は縮小し、「じゃんけん」が多くなってきている。
- しっこ
- しっこっぺ
- しっし
- しょっけ
- しょっこ(箕輪町特有の方言であり、2010年代の調査でも比較的色濃い分布をみせる)
- しっぺ
- しょー
- せっせ
- ちっこはい
- ちっこっぺ、ちっこんぺ
- ちょいちょい(男児向き)
- ちょーあい、ちょーいす
- ちょこ
- ちょっぺ
「じゃん・けん・ぽい」の掛け声には以下のものが用いられる。
- ちっち類
- 3拍子
- ちっ・ちし・てん
- ちっ・ちっ・せ
- ちっ・ちっ・ち
- ちっ・ちっ・ほい
- ちっ・ちっ・ぽい
- ちっ・ちで・ほい
- ちっ・ちの・ひょいと
- ちっ・ちの・ほい
- 5拍子
- ちっ・ちっ・ち・の・せ
- ちっ・ちっ・ち・の・ち
- ちっ・ちっ・ち・の・ほい
- ちっ・ちっ・ち・の・ぽい
- しっし類
- しょっこ類
- 2拍子
- 3拍子
- しっこ・ぺいの・ぺい
- しょっ・こ・えい
- しょっこ・ぺんの・ぺん
- ち・こっ・ぺ
- ちっ・こ・ほい
- 6拍子
- ちょーあい類
- 3拍子
- ちょー・あい・こ
- ちょー・あい・つ
- ちょー・い・せ
- ちょいちょい類
- 3拍子
- 4拍子
- 5拍子
- ちょい・ちょい・ちょい・の・せ
- ちょい・ちょい・ちょい・の・ちょい
- ちょい・ちょい・ちょい・の・ほい
会話例
友人Aが友人Bを飲みに行こうと誘う場面
出典:
- 共通語訳
- A:○○、ちょっと、飲みに行かない?
- B:仕事から帰ってきたばかりだから、あとでいい?
- A:それなら、ちょっと休んだら、メールくれない? 駅前の○○で待ってるから。
- B:そう。それじゃ、あとでね。
- A:車、ダメだよ。
- B:わかっているよ。大丈夫。
- 伊那市西町(47歳女性、2016年収録)
- A:○○、ちょっと、のみに いかん?
- B:いま、しごとから かえってきたばかりだもんで、あとで いい(かや)?
- A:ほいじゃー、ちょっと やすんだら、メール くれん? えきまえの ○○で まってるで。
- B:(ほーかい)、ほんじゃー(あとでなえ)。
- A:くるま、だめだに。
- B:わかってるよ、だいじょーだ。
- 駒ヶ根市東町(57歳男性、2015年収録)
- A:○○、ちょっと、のみに いかんけ?
- B:いま、しごとから かえってきたばかりだで、あとで いいけ?
- A:ほいじゃー、ちょっと やすんだら、メール くれや? えきまえの ○○で まっとるで。
- B:ほーけ、ほんじゃ あとでな。
- A:くるま、だめだに。
- B:わかっとるで、だいじょーだ。
友人Aと友人Bの会話
A、Bは友人同士。ともに年配の男性。朝、AがBを起こすところから始まる(出典:)。
- 共通語訳
- A:おい、早く起きろ。もうじき夜が明けるぞ。
- B:ううん。なんだ。まだ暗いじゃないか。出掛けるまで2時間もあるじゃないか。
- A:何を言っているんだ。もう1時間しかないぞ。お前の時計は遅れているに違いない。
- B:なぜそんなに急ぐんだ。ゆうべはあのように遅くまで起きていただろう。
- A:早くしないと昼までには町につけないぞ。
- B:眠たくて起きられないんだ。もう少し寝かせておいてくれ。
- A:きのうは何も支度をしてないんだろう?まだかばんに詰めたりいろいろなことをしなければならないではないか?
- B:それもそうだ。
- A:7時のバスに乗らないと、大変なことになるぞ。早く起きないか。
- B:しょうがないなあ。じゃあ、起きることにするか。
- A:早くしろ。僕はいつでも出掛けられるぞ。
- B:きのうのうちに用意しておかなかったのは確かに間違いだった。
- A:文句を言ってないで早く起きろ。
- 辰野町小野(明治25年生まれ男性、1975年収録)
- A:やい。はやく おきろ。へー じき よか° あけるぞ。
- B:んーん。なんだ。まだ くれーじゃ(ー) ねーか。でかけるまでにゃー にじかんも あるじゃ(ー) ねーか。
- A:なにょー こいてるだ。へー いちじかんしか ねーぞ。てめ(ー)の とけ(ー)わ おくれてるに ちげーねー。
- B:なんで そんねに いそぐだ。ゆんべなー あのくに おそくまで おきてたずらー?
- A:はやく しね(ー)と ひるまでにゃー まちー つけねーぞ。
- B:ねぶったくて おきられねーだ。もーちっと ねかしといとくりょ。
- A:きのーなー なんにも よーいして ねーずら?まだ かばんえ つめたりなんか いろんな ことー しにゃー ならねーじゃ ねーか。
- B:それも そーだ。
- A:ひちじの ぱすえ のらね(ー)と えれー ことん なるぞ。はやく おきねーか。
- B:しょーねーなー。ほいじゃー おきることに しるか。
- A:はやく しろ。おらー いつでも でかけられるぞ。
- B:きのーなの いとに よーいして おかなんだなー たしかに まちげーだった。
- A:もんく いってなんで はやく おきろ。
- 伊那市長谷溝口(明治39年生まれ、40年生まれ男性、1975年収録)
- A:やい。はやく おきろ。へー じき よか° あけるぞ。
- B:んーん。なんだ。まんだ くれーじゃー ねーか。でかけるまでにゃー にじかんも あるじゃー ねーか。
- A:なにょー こいてるだ。へー いちじかんしゃー ねーぞ。おめーの とけーわ おくれてるに ちげーねー。
- B:なんで そんねに いそぐだ。ゆーびゃー あんねに おそくまで おきてたずら?
- A:はやく しねーと ひるまでにゃー まちー つけねーぞ。
- B:ねむくて おきれねーだ。いまちっと ねかしといとくりょーやい。
- A:きのーわ なんにも したくを して ねーら?まんだ かばんうぇ いれたりなに いろいろな ことー しねーけりゃー ならんじゃー ねーか。
- B:それも そーだ。
- A:ひちじの ぱすうぇ のらねーと えれー こんに なるぞ。はやく おきねーか。
- B:しょーがねーなー。そいじゃー おきると しるか。
- A:はやく しろ。おりゃー いつでも でかけられるぞ。
- B:きのーの うちに よーいして おかなんだなー たしかに まちげーだった。
- A:もんく いってなんで はやく おきろ。
- 伊那市富県(明治39年生まれ男性、1975年収録)
- A:やい。はいく おきろ。へー じき よか° あけるぞ。
- B:んーん。なんだ。まんだ くれーじゃ ねーか。いくまじゃー にじかんも あるじゃー ねーか。
- A:なにょー ゆってるだ。へー いちじかんしゃー ねーぞ。おめーの とけーわ おくれてるに ちげーねー。
- B:なんだって そんねに いそぐだ。ゆーびゃー あのくに おそくまで おきてつら?
- A:はいく しねーと おひるまでにゃー まちー つけねーぞ。
- B:ねむくて おきれねーだ。いまちっと ねかしといて くりょー。
- A:きんのーわ なんにも したくして ねーら?まんだ かばんいぇ つめたりなんか いろいろな ことー しにゃー ならんじゃー ねーか。
- B:それも そーだなー。
- A:ひちじの ばすいぇ のらねーと えれー ことん なるぞ。はいく おきねーか。
- B:しょーがねーなー。そいじゃー おきると しるか。
- A:はいく しろ。おりゃー いつでも いけるぞ。
- B:きんのーの うちに したくして おかなんだなー たしかに まちげーだったよ。
- A:もんくを ゆってなんで はいく おきろ。
- 宮田村北割(明治41年生まれ男性)
- A:おい。はやく おきろ。へー じき よか° あけるんだぞ。
- B:おー、なんだ。まんだ くらいじゃ ねーか。でかけるまでにゃー にじかんも あるんだぞ。
- A:なにょ ゆっとるんだ。へー いちじかんきり ねーだ。おめーの とけーわ おくれて おるんじゃー ねーか。
- B:なんで そんねん あわてるんだ。ゆんべわ あんねん おそくまで おきとっつら?
- A:はやく しねーと ひるめしまでにゃー まちえ つけんぞ。
- B:ねむくて おきれんじゃー ねーか。もーちっと ねかせて おいて くりょよ。
- A:きにょーわ なんにも したくを して ねーんずら?まんだ かばんに えれたり いろいろ しにゃー ならんじゃー ねーか。
- B:それも そーだ。
- A:ひちじの ばすに のらねーと えれー ことに なるぞ。はやく おきんか。
- B:しょーが ねーなー。それじゃー おきると しるか。
- A:はえー こと しろよ。おりゃー いつでも いけるからなー。
- B:きにょーの うちに したくして おかなんだ こたー、たしかに まちげーだったなー。
- A:もんく ゆっとらなんで はやく おきろよ。
- 中川村葛島(明治37年生まれ男性、1975年収録)
- A:おい。とく おきょ。へー じき よか° あけるぞ。
- B:んーん。なんだ、なんだ。まんだ くれーじゃ ねーか。でかけるまで にじかんも あるじゃー ねーか。
- A:なにょ こいとるんだ。へー いちじかんきりしか ねーぞ。おめーの とけーわ おくれとるに ちげーねー。
- B:なんで そんねに いそぐんだ。よーべわ あんねに おそくまで おきとったんずら?
- A:はやく せんと ひるまでにゃー まちにゃー つけんぞ。
- B:ねむくて おきれんのな。もー ちょっと ねかしといて くりょやれ。
- A:きにょーわ なんにも したくを しとらんずら?まんだ かばんいぇ つめたりなに いろいろな ことー せにゃー ならんじゃ ねーか。
- B:そりゃ そーだ。
- A:ひちじの ばすい のらんと えれー こんに なるぞ。
- B:しょーねーなー。そいじゃー おきることに せるか。
- A:とー しょー。おらー いつでも でかけれるぞ。
- B:きにょーの うちに よーいしとかなんだなー たしかに まちげーだった。
- A:もんく ゆっとらんで はやく おきょ。
祖母と孫の会話
七夕の前日。おばあさん(A)と小学校の孫(B)の会話。あとで嫁(C)が加わる(出典:)。
- 共通語訳
- B(孫):おばあちゃん、明日は七夕だよ。
- A(祖母):ああ、そうだったね。それじゃ、明日は芋の露を取ったりしなければならないが、おまえ、早く起きられるかね。
- B(孫):うん、起きられるよ。だけどどうして、わざわざ芋の露なんか使って来ただろう。水道の水だっていいじゃないの。
- A(祖母):いいや、七夕様へはな、昔から芋の露で字を書いてあげるということに決まっているんだよ。
- B(孫):ねえ、短冊買いに行って来てもいいでしょう。
- A(祖母):ああ、行っておいで。
- C(嫁):-次の間から-おばあちゃん、お茶が入ったから、飲みにいらっしゃい。
- A(祖母):ああ、そうかい。それでは飲みに行こう。
- 辰野町小野(1975年収録)
- B(孫):おばーちゃん、あしたー たなばたさまだじ。
- A(祖母):おー、そーだったいなー。ほいじゃー、あしたー いもの つよー とったり しにゃー ならねーか°、おめー はやく おきえるかなー。
- B(孫):んー、おきれるよ。だけーど なんだって やくやく いもの つゆなんか つかって きたずら。すいどーの みずだって いーじゃんかい。
- A(祖母):いんにゃ、たなばたさめーわなー、むかしっから いもの つよで じを けーて しんぜるっちゅー ことに きまってるだよ。
- B(孫):ねー、たんじゃく かえー いってきても いーずらい。
- A(祖母):おー、いって こらっし。
- C(嫁):おばーちゃん、おちゃか° へーったで のめー きましょや。
- A(祖母):おー、そーかい。ほいじゃー のめー いかずい。
- 伊那市長谷溝口(1975年収録)
- B(孫):おばーちゃん、あしたー たなばっさまだぞえ。
- A(祖母):おー、そーだったなー。そいじゃー、あしたー いもの つよー とったり しねーけりゃー ならねーか°、おめー はやく おきいぇるかえ。
- B(孫):んー、おきれるよ。だけーど なんだって わざわざ いもの つゆなんか つかって きたずら。すいどーの みずだって いーじゃんかい。
- A(祖母):いんにゃ、たなばっさめーわな、むかしっから いもの つよで じを けーて しんぜるっちゅー ことに きまってらーやれ。
- B(孫):なえ、たんじゃく かえー いってきて いーらえ。
- A(祖母):おー、いって こいよ。
- C(嫁):おばーちゃん、おちゃー へーったで のめー おいでやれ。
- A(祖母):おー、そーかえ。そいじゃー のめー いかずい。
- 伊那市富県(1975年収録)
- B(孫):おばーちゃん、あしたー たなばただよ。
- A(祖母):おー、そーだったなー。ほいじゃー、あしたー いもの つよー とったり しにゃー ならんか°、おめー はいく おきえーるかえ。
- B(孫):んー、おきれるよ。そいだけーど なんだって わざわざ いもの つゆなんか つかって きたんずら。すいどーの みずだって いーじゃん。
- A(祖母):いんにゃ、たなばたさめーわな、むかしっから いもの つよで じを けーて しんぜるっちゅー ことに きまってるだぜ。
- B(孫):ねー、たんざく かいー いってきても いーら。
- A(祖母):あー、いっといで。
- C(嫁):おばーちゃん、おちゃー へーったで のめー おいでやれ。
- A(祖母):あー、そーかえ。ほいじゃー のめー いかず。
- 中川村葛島(1975年収録)
- B(孫):おばーちゃん、あしたー たなばたさまだに。
- A(祖母):んー、そーだったなー。そいじゃー、あしたー いもの つよー とったり せにゃー ならんけーど、おめー はやく おきれるかや。
- B(孫):んー、おきれるに。だけーど なんだって わざわざ いもの つゆなに つかって きたんずら。すいどーの みずだって いーんじゃー ねーのかな。
- A(祖母):いんにゃ、たなばたさめーわな、むかしっから いもの つよで じを けーて あげるっちゅー こんに きまっとるんな。
- B(孫):なむ、たんざく かえー いってきても いーら。
- A(祖母):んー、いっといな。
- C(嫁):おばーま、おちゃー へーったで のめー おいなんしょ。
- A(祖母):あー、そーけー。そいじゃー のめー いかずか。
孫
北原貞蔵『暮らしとことば』「孫」より一部抜粋(出典:)。
- 共通語訳
- はあはあと息を弾ませながら、おばあさんは孫の後をついていく。そしてああつかれたつかれたといいながら孫の後を追った。
- 孫は下駄を履いていたが思うように走れないのかすっかり脱いでしまって裸足になってあちらこちらと走りまわった。
- おばあさんはこらこら下駄をはきなさいよ。裸足なんかで歩くと蟻さんが来て痛いことをしますよといいながら、脱ぎ捨てていった下駄をひろいながら叱った。
- しかし当のご本人様はそんなことには無頓着に足が軽くなったの叱れば叱るほど面白がってとびまわった。
- 今まで長い間雨降りが続いていたので、お家の中で遊んでばかりいたので、久しぶりの外のせいかよけいに喜んでいるようだ。
- おばあさんはもうすっかり諦めてしまってしょうのない子だねといって後についていった。
- いいわねおばあさんの言うことを聞きませんと今に転びますよといって注意した。
- 著者は駒ヶ根市中沢、2004年出版
- はーはーいいながら後をついて来た おばーさんわ あーごしてーと独り言をいいながら孫の後をついていく。
- 孫わかっこをへーておったが そのうちにぬいじゃって裸足になってちょこちょこと道路をはしりまわった。
- おばーさんわ こらかっこをはかんか はだしでとんだいくとと めーめがきて ちっくん ちくんするぞといいながら ぬいじゃったかっこをひろいながらやしむ。
- やしんでも当の本人わあんよが軽くなったもんでちっとばか やしんでもよけいおもしろがってやしむ程えせてとびまわる。
- いままで雨ばっかふっておったもんで おんもえでてあそべなんだもんでよけいはっちる。
- おばーさんも もうあきらめちゃってしょーがねーがきだといいながらあとをついていく。
- そしていいわい いまにゆうことをきかんちゅうとこけるぞよといいながらやしんだ。
傾斜畑
北原貞蔵『暮らしとことば』「傾斜畑」より一部抜粋(出典:)。
- 共通語訳
- ここの場所の野菜畑は少しばかりは平のところがあるが半分程も行くと坂になりだんだんと勾配がきつくなってくる。
- それですので畝を作る場合には中程まではたいらでよいですがそれからが坂になっているので大変だ。
- お父さんはいつも肥え土が下へいってしまうからといっては いつも下の端から畝を作っていく。
- 僕にはなかなかじょうずにはできない。
- なにしろ下の方から後ろ向きになって坂を登るのですから倍も体を曲げなければ出来ませんので 少し作業しただけでもう腰が痛くなってくる。
- それだけならまだ良いが鍬がどうしても深く入ってしまう。
- さきほどから僕の姿をじっと見ていたお父さんがそんな格好では畝は作れないぞといった。
- 普通の畑よりかかがまなければ鍬をつかえない。
- 上の方から畝立てを始めればとても楽だと思うんだがそんなわけにもいかず傾斜畑は骨がおれて大変である。
- それに次の畝との間隔も大きくなったり小さくなったりしてきたりしてきたのでお父さんがお前の畝は太いところや狭いところがあって丁度蛇が蛙を呑んだようだと言われた。
- 本当にそういわれればそんなような畝になってしまった。
- 上に盛り上げた土で出来上がった畝が埋まったりして浅くなったりする。やむなくもう一度手直ししながらどうやら全面積の半分くらいは出来上がってきた。
- お母さんが下の方からお茶を持って登ってきた。
- お父さんが明日はお父さんはほかのとこへ仕事に行かなければならないから精出して仕事を頼むよといった。そうして今度はその畝が出来上がったら休憩しようといった。
- 僕は今度は休憩出来るかと思って馬力をかけて畝をつくった。
- やがてお母さんが休憩しませんかねといって下の石垣のところへ莚を敷いて呼んだ。
- 著者は駒ヶ根市中沢、2004年出版
- ここんとこのさえんばたわひらっばただもんで ちーっとばかしなるいこーべだが半分くれーいくちゅーとだんだん坂がきつくなってくる。
- そいだもんで いをかうときにゃとてもごしてー。
- とーちゃわ いっかな肥え土が下えいっちゃいかんといっちゃ下のくろからはねーる。
- そいだもんで俺もやるが中々うまくいかん。
- なんしろ べーも体を曲げにゃならんもんで 腰がじきに痛くなる。
- そいだけならまんだいいが鍬がどうしても深くへーっちゃう。こんねん骨ばっかしおるんじゃかなわん。
- さいぜんから俺のしこーを見ておったとーちゃが そんな しこーじゃいをかえんぞといった。
- なんしろ てーらの畑よりかこのがらにゃ 鍬をつかえん。
- 上のくろから畝立てをはねーりゃうんとらくだに ひらっぱたわこっぺーだもんで えれー。
- 次の畝と次の畝とのえーさがでかくなったりせべくばったりしたもんでとーちゃが おめーの畝わふてーとこや せめーとこがありゃがって へんびがげーろを呑んだよーだと言った。
- ふんと(ー)にそーいわれりゃ ほんに へんびが げーろを呑んだよーな畝になっちゃった。
- 上え盛り上げた土で畝がいかっちゃったりしちゃってあせーとこなんかできたりする。そいだもんで そこんとこをもう一度しゃくりあげたりしてどーにか畑の半分くれーわできた。
- 下のほーからかーちゃがお茶をさげーてやってきた。
- 明日からおりゃ ほかんとこえ仕事にいかにゃ ならんもんで わりゃせーって やってくりょといいながら こんだーそのうねができたらいっぷくしめーかといった。
- 俺わこんだー休めるかと馬力をかけて鍬を動かした。
- やがてかーちゃがいっぷくしめーかといって下のくろの石げーきのはたんとこえ莚をひいてよばった。
製材屋
北原貞蔵『暮らしとことば』「製材屋」より一部抜粋(出典:)。
- 共通語訳
- 今日は前々からお願いをしておきました移動製材屋さんがお仕事に来てくださると言うので、お父さんは朝早くから軒下に積んであった莚やねこを納屋の方に運んだりして忙しいようだ。
- 近日中に大工さんが来られて調理場やトイレの改修をして下さるようにお願いしてありますので今日はその製材やさんが来られて挽いてくださるそうです。
- そんなことでお父さんは、あちらこちらと片付けていた。今度は電柱柱よりも大きな丸太を鳶で動かしながら囲炉裏ばたから炭を持ってきてこれは柱だとかこれは板にと記号をはじめた。
- やはりぶっつけ本番よりもしるしをしておいて製材やさんに見ていただいた方がよくはないかとお母さんと打ち合わせをしながら、この間大工さんに書いていただいた見積もりの表を見ながら記号をしていった。
- 一本一本ですので大変のようだ。
- (中略)
- お父さんがお前たちそんなことをしていないで早く食べなさいと言って叱った。
- お母さんが弟のご飯をこぼしたのを見まして、まあこんなにご飯をこぼしてみんな拾って食べなさいよ、みんな拾って食べないとお目目が潰れますよと言って食べさせた。
- 朝ご飯が済んでしばらくしたらおじさん達が五人もお早うございますといってお家の中へ入ってきた。
- 製材やの方たちだ。
- お母さんは挨拶をかわしながらお茶を差し上げた。
- 著者は駒ヶ根市中沢、2004年出版
- 今日移動製材屋さがくるちゅーもんで あさっぱらからとーちゃわ軒下えしめーこんでおいた莚やねこを納屋の方え運びはねーた。
- ちけーうちにでーくさがきて流し場とうえちょーずばをそそくって貰う ちゅーもんではーるか積んでおいたでっけー丸太を製材屋さが来て挽いてくれるっちゅーこんだ。
- そいだもんで けさは片付けが終わったら こんだー でんきん柱よりかでっけー丸太を鳶であらしてわけーずみでこいつぁはしらだとかこいつわ板だとかしるしをしはねーた。
- やっぱりてんずけよりか めーからけーておいたほうがいいずらとかーちゃとはなしながら こねーだでーくさにけーてむらった紙を見ちゃ印を付けちゃおる。
- なかなかひとんずつだもんであだじゃねーなえ。
- (中略)
- とーちゃがこら喧嘩なんかしなんでわりゃたちゃ はよーまんまを食べんかと言って叱った。
- かーちゃが弟がまんまをこぼしたもんでまーこんねんまんまをこぼしてひろって食べないって拾わせた。粗末にするとめーめが潰れるよと言った。
- 朝飯がすんだころおいさま達が五人もお早うございますといってへーってきた。
- 製材やのおいさまたちだ。そいだもんでうちんなかがどいれーにぎやかになった。
- かーちゃがありがとうございますといって挨拶してお茶を出した。
山の説明
出典:。
- 共通語訳
- A:あの山は、何と言う山ですか。
- B:あの山はねえ、仙丈ケ岳ですよ。あの山は、この部屋からの眺めが一番いいですよ。
- A:本当だね。来年は仙丈ケ岳に登りたいなあ、案内してくれないかなあ。
- B:ああ いいですよ。けれどもなかなか 疲れるよ。だが若いから 大丈夫だよ。
- お茶が入ったので、ここに座って眺めたらどうです。
- A:ありがとうございます。いい急須だね、どこで購入したのですか。
- B:なに、私が造ったのですよ。取っ手と注ぎ口はだいぶ苦労したよ。
- A:そうですか。このお茶はおいしいね。
- 主に伊那市周辺の方言を用いた会話例、2003年出版
- A:あの山わなんちゅー山ね。
- B:あの山わなえ、仙丈ケ岳ね。あの山わ この部屋から 眺めが 一番いいんだに。
- A:本当だなえ。来年は仙丈ケ岳に 登りてーなえ、案内してくれんずらか。
- B:ああ いいぜ。だけんどなえ なかなか ごしてーぜ。だがわけーから あんじゃーねーよ。
- お茶がへーったで ここに座って 眺めたら どうだえ。
- A:ありがとーござんす。いいきびしょだなえ、どこで 仕入れたのえ。
- B:なんに わしがこせーたのえ。取っ手と 注ぎ口わだいぶひずーこいたにー。
- A:そーかね。このお茶わ うめー じゃんかね。
音韻
母音の特徴
参考文献:
- 馬瀬良雄は、「母音性優位方言」であると述べており、母音の無声化は非常に少なく、母音はしっかりと声帯を震わせて発音される。これは特に南部へ行くほど顕著である。中川村片桐方言を例にとれば、「ゆったりとしている」等の印象を持たれることが多いが、これは母音無声化が非常に少ないことに起因するものが大きいという。ただし第2拍が広い母音の場合に無声化する場合がある。
- 「ウ」は極度の平唇であり、東京方言より非円唇、平唇の程度はかなり著しい。しかし唇には若干の緊張があり、東京方言よりも後ろよりの発音である。
- 東京方言では「ズ」「ツ」「ス」の具体音声に中舌化が認められるが、上伊那方言では中舌化は認められない。
- 「エ」、「オ」の具体音声は東京方言のそれより若干広い。
- 共通語の「エ」にあたるところには、狭い母音に続く場合[we](ただし語頭は[e])があらわれる。(例.上[ɯwe]、油煙[jɯwen])
- 共通語の「オ」にあたるところに、場合によって「ウォ」があらわれる。
- 東部以外では、広い母音に続く場合[o](ただし助詞「を」はいかなる場合でも[wo])、狭い母音に続く場合[wo](ただし語頭は[o])と発音される(例.尾根[one]、強い[tsɯwoi]、竿[sao])。東部では、語頭以外は基本的にすべて[wo]があらわれる(竿、顔などもそれぞれ[sawo] [kawo]となる)。
- 共通語の「…エオ」にあたるところに「…ウィョ」、「…エワ」にあたるところに「…ウィャ」があらわれることがある
- 助詞「へ」は「イェ」と発音する地域が多く、「ウェ」や「ウィェ」と発音される場合もある。
- 中・南部では共通語にはない「ĩ」という音素があり、ガ行5段活用動詞のイ音便にあたるところにあらわれる。(例.嗅いだ[kaĩda]。インフォーマントによれば、この[ĩ]は強いて書けば「キ」に濁点ではなく点一つを打ったような文字で書き表されるという。)
- 連母音[ai]、[ae]は徹底的に融合され[ee]となる(例.ない→ねー、はい→へー)。また[ie]も融合し[ee]となる場合が多い(例.ひえ→へー)。[oi],[oe]→[ee](例.すごい→すげー、どこへ→どけー)、[au],[ou]→[oo](例.ちがう→ちごー、ひろう→ひろー)といった融合は北部では比較的盛んであるが、南部では融合せずそれぞれ[oi],[oe],[au],[ou]で対応するのが普通である。[ui]は「かゆい」などの例外を除いて一般に融合しない。
- 共通語で「リ」で終わる副詞が規則的に「ラ」で対応する。例.はっきり[haQkira]
子音の特徴
参考文献:
- 南部では、[h]の具体音声は後続母音が[o],[a],[e]である場合無声声門音、[u]である場合無声両唇摩擦音、[i],[j]である場合無声硬口摩擦音で発音される。なお、無声両唇摩擦音の摩擦的噪音はかなり強く、無声硬口摩擦音の具体音声は共通語に比べ摩擦的噪音がかなり弱い。
- 破裂音[g]と鼻濁音[ŋ]とが区別される。
- 規則的ではないが、[ŋ]音が脱落する場合がある。例.わがまま[waamama]
- 北部では、共通語の[k]にあたるところに、語頭以外で時として半有声化がみられる。
- 「キ」の子音が摩擦音[ɣ]に発音される傾向が顕著であり、このことにより母音の無声化がより一層現れにくくなっている。また[ɣ]は時として脱落する場合がある。例.出来た[deita]
- 「ク」「コ」の子音が脱落する場合がある。
- 南部では、「ス」「ソ」「サ」「セ」の[s]にあたるところは、舌端が上歯の裏から歯茎前部に近づいて発せられるような摩擦音が聞かれる。また共通語の[s]のような狭い息の通路は形成されず、音調面は横に広い。そのため音色は共通語との隔たりが大きいという。人によっては舌のへりを多少そり気味に上の歯茎に近づけて無声摩擦音を出す。
- [c]を構成する拍では、共通語にない「ツォ」「ツァ」を持つ。
- 特に南部では、[c],[z]の音声は共通語と比べ摩擦が弱く、[r],[d],[t],[z],[c],[s]が後続する場合とりわけ顕著である。
- 南部では、[r]にあたるところは、ふるえ音の[r]が対応する場合が多い。ふるえの回数は、通常の速度の発話で2〜3回程度。
- 「チ」「ツ」の前の「シ」音が「ヒ」音となる傾向がある。例.七[hici]
- 「ソ」音が「ホ」音となる傾向がある。例.それでは[hoizjaa]
- [a]に挟まれた[w]が脱落する傾向がある。例.瓦[kaara]
- 規則的ではないが、共通語の[m]に[b]が対応する場合がある。例.寒い[sabui]
アクセント
上伊那方言のアクセントは有アクセントの中輪東京式アクセントに属し、体系的には共通語とほとんど同じであるが、中には異なる点も認められる。
名詞
一拍名詞
一拍名詞では、類による対立は共通語と同じであるが、以下の語に若干の違いがみられる。
なお、「帆」は元々共通語及び上伊那南部で平板型、北部で頭高型という対立を為していたが、近年は共通語で頭高型が優勢となってきており、若年層では全域で頭高型となる。
二拍名詞
二拍名詞も類による対立は共通語と変わらない。なお、第2類の語(石・歌など)は北信地方や下伊那南部で「いし(が)」「うた(が)」のように平板型で発音される傾向が強いが、上伊那方言では「いし(が)」「うた(が)」のような尾高型が多く、平板型の語は県内では非常に少ない。上伊那で平板型をとる語はほぼ全域で「人」、一部地域で「北・寺・梨」のみであり、このうち「北・人」は共通語でも平板型、「梨」は平板型と尾高型。
二拍名詞に属する語で、共通語とアクセントが異なると言われる場合のある語には上記の第2類の語も含め以下の表に示すようなものがある。このように羅列すると非常に多いようにも見えるが、大半の語は共通語と同じである。
なお、近年共通語で元々尾高型であった「熊」「匙」の頭高型が広まっているが、上伊那でも一部地域で同様の変化が見られる。また「汽車」「鹿」「父」は元々共通語で尾高型、上伊那で「きしゃ」「しか」「ちち」という対立を為していたが、近年は共通語でも上伊那方言と同様のアクセントが優勢となっている。
三拍名詞
三拍名詞では、「アワビ・黄金(こがね)・小麦・サザエ・力・二十歳(はたち)・岬」など第3類に属する語は共通語では「あわび」のような頭高型と「こがね」のような平板型が拮抗しているが、上伊那方言では「あわび」のような中高型が若干優勢であるものの、頭高型、尾高型、平板型も見られ、一定の傾向を示さない。
また、「朝日・油・命・姿・涙・柱・火ばし・眼」など第5類に属する語は共通語では「あさひ」のような頭高型が多いが、上伊那方言では「あさひ」のように中高型とする傾向が強い。
類に属さない三拍名詞でも、共通語で頭高型のものに上伊那方言で中高型が対応するパターンが多く見られ、例として「青葉・落ち葉・きのこ・去年・トマト・花火・火鉢・めがね・若葉・わさび・わかめ」などがそれにあたる。上記の語のうち「去年・トマト・花火・めがね」などは「きょねん」のように平板型をとる地域もあるが、いずれにせよ共通語アクセントの頭高型は極めて少ない。
なお、第6・7類に属する語は、長野県方言では交通不便な山間部で頭高型の語が東京と比べて多く見られるが、上伊那方言では平板型が多く、共通語に近い。第7類に属する語では頭高型の語も少なからず見られるが、その多くは東京でも頭高型である。「烏・ミミズ・苺・後ろ・便り・椿」など、上伊那内でも頭高型と平板型が混在する語もみられる(共通語では「烏・便り・椿」が頭高型、「苺・ミミズ・後ろ」が平板型)。
三拍名詞で共通語とアクセントの異なる語は該当数が多いため、個別アクセントは取り上げない。
四拍名詞
四拍名詞は、東京では尾高型の語は3拍目にアクセント核を置く中高型に移行している(例.としより→としより)が、上伊那方言ではこの現象が認められず、依然として尾高型が多い。
疑問詞
上伊那では頭高型をとるものが多く、下伊那と接する中川村や飯島町南部では頭高型をとるものが非常に多い。ただし駒ヶ根市赤穂を中心とした小地域では、平板型が非常に多い。
動詞
二拍動詞
二拍動詞では、「着く」「吹く」「伏す」「付く」などは共通語では「つく」のように尾高型のアクセントを持つが、上伊那方言ではいずれも「つく」のように頭高型のみになる。これは母音の無声化が起こらず、アクセントの山が移動しないためである。また、「切る」「食う」「降る」「来る」が付属語「て」「た」をともなう場合、共通語では「きって」のように尾高型を持つが、上伊那方言では「きって」のように頭高型のみである。そのほか、「織る」は共通語では「おる」だが、上伊那方言では「おる」、「行く」は共通語では「いく」であるが伊那市高遠町三義で「いく」。
三拍動詞
三拍動詞では、第1拍、第2拍がCa’e-またはCa’i-の構造を持つ「帰る」「返す」「入る」「参る」などの語は共通語では「かえる」のように頭高型だが、上伊那方言では「かえる」のように中高型に発音される場合が多い。そのほか、個別的な共通語との差異としては、以下が見られる。
四拍動詞
四拍動詞では、「集める」「数える」「調べる」など第2類Bに属する語を松本地方では「あつめる」のように中1高型に発音するが、上伊那にはその傾向はない。類に属さない語では北部で「(物などに)つかまる」が中1高型「つかまる」であり、松本平と同様のアクセントである。
複合動詞
複合動詞は、起伏型+平板型、起伏型+起伏型ともに共通語では平板型となるが、上伊那方言では前節部の山が消えず、以下のようなアクセントとなる。
自立語に付属語が続くときのアクセント
自立語に付属語が続く場合、上伊那方言では共通語よりも複合の度合いがさらに弱く、原則として自立語のアクセントの型を変えることはない。それは北部ほど顕著である。しかし特に南部では、共通語でアクセントの型を変えない付き方をするものが、型の対立を失わせる付き方をするパターンも見られる。共通語とアクセントの異なるもののうち、文献によって確認できるものを以下に示す。
イントネーション
- 体系的な面では、『上伊那郡誌 民俗編 下』の調査では北部のインフィーマントは下伊那地域の飯田方言について「話すスピードがゆっくりである」「ことばの抑揚が優しい」と言った印象を持っていたが、太田切川を超え駒ヶ根市赤穂へ行くと飯田の言葉に近くなるという意識を持っていた。
- わからせたい気持ちを込める終助詞「…よ」は、首都圏方言ではやさしく教える場合や聞き手の反応を待つ場合などで上昇調、わからせたい気持ちを強く訴えかける場合下降調、断定的・一方的にわからせたい気持ちを込める場合無音調が多く選ばれるが、上伊那地域で共通語の「…よ」に相当する方言終助詞の「…ニ」は常に上昇調に発音され、抑揚を非常に高く置く点が特徴的である。
方言の現状
2015年から2016年にかけて、上下伊那地域に居住歴のある短大生(上伊那6人、下伊那1人)を対象に行われた調査によると、家族や友人との会話では方言がよく使われており、また方言が好きで残したいと全員が回答した。語彙・語法別に見ると、推量の「ら」や否定の「ん」、理由・原因の「で」、愛嬌ある主張「に」、「ずく」「まえで」「いただきました」などが盛んに用いられている一方で、推量の「ずら」、「おやげない」「もごっちない」「みやましー」などは若年層では使われていなかった。また就職後の職場では使用を控えるという回答が多く、方言と共通語を場に応じて使い分けようという意識が広く持たれていた。
このうち「ずく」は、共通語に言い換えられない独特の意味合いを持ち、また信州の風土・信州人の生き方と合っているなどの理由から全県的に非常に人気の高い方言であり、好きな長野県方言に関する調査では毎回上位にランクインしているが、2015年に駒ヶ根市の中学生約250人を対象とした調査では、「ずく」を使用すると回答した割合は3割程度にとどまり、意味はわかるが使用しない、もしくは意味を知らないと回答した割合が合計で約7割に達するという前述の調査と相反する調査結果が得られた。これに対して大橋敦夫はショッキングであると評している。しかし共通語と形式の異なるものでは「つまい」の使用率が低く、「ずく」の使用率がやや低かったものの、過去否定「なんだ」や愛嬌ある主張「に」、「…まるけ」「うつかる」などは意味がわかり、かつ使用すると回答した割合がそれぞれ6割前後となった。また共通語と形式が似ているものや、形式が同一であるが意味用法が異なるものなどは使用率の著しく低い語は見られず、方言であると認識されていないものほど使用率が高くなる傾向が認められた。
出典
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