遺伝学において染色体転座(せんしょくたいてんざ、英: chromosomal translocation)は、染色体の異常な再配列が引き起こされる現象である。染色体転座には、相互転座(reciprocal translocation)とロバートソン転座(Robertsonian translocation)の2つの主要なタイプが存在する。相互転座は非相同染色体間で一部が交換されることで生じる染色体異常であり、2つの異なる染色体断片が交換される。ロバートソン転座では、2つの非相同染色体が連結される。
転座によって離れていた遺伝子が連結されることで、融合遺伝子が生じる可能性があり、こうした異常は細胞遺伝学的手法や核型分析によって検出される。転座には均衡型(balanced、遺伝子情報が余剰や欠損なく交換され、多くの場合機能は正常である)、不均衡型(unbalanced、遺伝子の余剰または欠損が生じる)がある。
相互転座は通常は非相同染色体間で起こる物質交換であり、およそ491出生に1人の割合で生じている。出生前診断によって検出される場合があるが、こうした転座は通常無害である。しかし、均衡型相互転座の保因者は不均衡型転座を有する配偶子を形成するリスクが高く、不妊、流産、異常を持つ子の出産へつながる可能性が高くなる。転座を有する可能性のある家族には遺伝カウンセリングや遺伝子診断が行われることが多い。平衡型転座の保因者の大部分は健康でいかなる症状もみられない。
配偶子形成の際に減数分裂のエラーのために生じる染色体転座と、体細胞の細胞分裂の際に有糸分裂のエラーによって生じる転座を区別することは重要である。前者は子孫の全ての細胞での染色体異常につながる。一方で体細胞での転座は、慢性骨髄性白血病におけるフィラデルフィア染色体のように、特定の細胞系統のみで影響が生じる。
非相互転座は、ある染色体から他の非相同染色体への一方向の遺伝子の転移を伴う現象である。
ロバートソン転座は、アクロセントリック染色体のセントロメアやその近傍での切断によって生じる転座のタイプである。断片の相互交換によって、1つの大きなメタセントリック染色体と1つのきわめて小さな染色体が生じる。小さな染色体にはほとんど遺伝子が含まれないため、個体にほとんど影響を与えることなく失われる可能性がある。その結果、ヒトでは核型は45本の染色体しか存在しなくなる。アクロセントリック染色体の短腕に位置するわずかな遺伝子は全てのアクロセントリック染色体で共通であり、またさまざまなコピー数で存在する遺伝子である(核小体形成域)ため、表現型に直接的な影響は生じない。
ロバートソン転座はアクロセントリック染色体のすべての組み合わせで観察されている。ヒトで最も一般的な転座は13番染色体と14番染色体間の転座で、1000出生あたり約0.97人の割合で生じる。ロバートソン転座の保因者にはいかなる表現型の異常もみられないが、流産や子孫の異常につながる非平衡型配偶子を形成するリスクがある。例えば、21番染色体が関与するロバートソン転座の保因者は、ダウン症候群の子供を産むリスクが高い。こうしたダウン症は転座型として知られており、配偶子形成の際の染色体不分離が原因である。父親(1%)よりも母親(10%)から受け継がれるリスクが高い。また14番染色体が関与するロバートソン転座には、トリソミーレスキューによる14番染色体片親性ダイソミーのリスクがわずかに存在する。
転座によって引き起こされるヒトの疾患の一部を挙げる。
性染色体間の染色体転座委は多数の遺伝疾患を引き起こす。例として
染色体間の転座の表記には、ISCN(International System for Human Cytogenetic Nomenclature)による表記法が用いられる。t(A;B)(p1;q2) という表記のうち、1つ目の括弧は染色体Aと染色体Bの間の転座であることを表している。2つ目の括弧がある場合、それは染色体A、Bのそれぞれどの位置で転座が生じたのかを表している。pは染色体の短腕、qは染色体の長腕を意味しており、pまたはqの後の数字は、染色体上の位置(染色後の領域、バンド、サブバンドの位置)を示している。詳細はen:Locus (genetics)を参照。
詳細については各疾患の項を参照。
1938年、ハーバード大学のカール・サックスは"Chromosome Aberrations Induced by X-rays"(X線によって誘導された染色体異常)と題された論文を発表し、放射線が染色体転座に影響を与え、大きな遺伝的変化を誘導しうることを示した。この論文は放射線細胞学の端緒を開くものであったと考えられており、彼は「放射線細胞学の父」と呼ばれている。
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