故安倍晋三国葬儀(こ あべしんぞうこくそうぎ)は、2022年(令和4年)9月27日に日本武道館で執り行われた元内閣総理大臣であった安倍晋三の国葬である。
日本における国葬としては1989年(平成元年)2月24日に執り行われた昭和天皇大喪の礼以来の約33年ぶり、内閣総理大臣経験者の国葬としては1967年(昭和42年)10月31日に執り行われた吉田茂の国葬以来約55年ぶりに行われた。また、安倍は日本において国葬が行われた人物として、明治時代以降としては26人目、内閣総理大臣経験者としては伊藤博文、山縣有朋、松方正義、西園寺公望、吉田茂に続いて6人目である。
なお、特記のない限り、本記事の本文では日付と時刻は日本標準時(JST)で記載する。
2022年(令和4年)7月8日午前11時31分頃、元内閣総理大臣(第90・96・97・98代)・衆議院議員(山口4区・自由民主党)の安倍晋三は、奈良県奈良市の近畿日本鉄道大和西大寺駅付近で第26回参議院議員通常選挙のための選挙演説を行っていた際に41歳の男に銃撃され、同日17時3分に死亡が確認された。
内閣総理大臣経験者の殺害は、1936年(昭和11年)2月26日の二・二六事件で高橋是清と斎藤実が陸軍青年将校らに殺害されて以来の出来事であった。殺害された現職内閣総理大臣・内閣総理大臣経験者としては、伊藤博文、原敬、高橋是清、濱口雄幸、犬養毅、斎藤実に続いて7人目(「殺害された日本の内閣総理大臣の一覧」参照)、殺害された戦後の国会議員としては浅沼稲次郎、丹羽兵助、11代目山村新治郎、石井紘基に続いて5人目である。また、G7首脳経験者ではイタリアの元首相アルド・モーロが1978年に殺害されて以来となった。
関係者のみの葬儀は妻の安倍昭恵を喪主とし、同月12日に東京都港区の増上寺で執り行われた。
しかし、安倍の死後、弔問を希望する各国からの連絡が殺到し、外務省がその対応に追われる事態となる。また、自民党内や保守層からも安倍の国葬を求める声が上がっていた。
2022年(令和4年)7月14日、内閣総理大臣の岸田文雄(第2次岸田内閣)は記者会見で同年秋に国葬儀の形式で政府主催の安倍晋三元首相の葬儀を行うことを明らかにした。岸田はこの記者会見で今回の国葬の費用は全額国費で賄う見通しであること、国の儀式開催を規定した内閣府設置法に基づき閣議決定を根拠に国葬を実施できることを説明した。内閣官房長官の松野博一も「内閣府設置法第4条第3項第33号に、内閣府の所掌事務として、国の儀式に関する事務に関することが明記され、国葬儀を含む国の儀式の執行は、行政権に属することが法律上明確となっており、閣議決定を根拠として行いうる」と説明した。同号は、内閣府の権限の一つとして「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること」と規定し、国葬の実施は行政権に属することを前提に「行政機関のうち、ほかの省庁ではなく内閣府が国葬の事務を担うこと」の根拠が内閣府設置法にあると解される。当初、政府・与党内では「国民葬」も検討されたが、「内閣府設置法に内閣府の所掌事務として国の儀式に関する事務が明記されており、閣議決定に基づいて国葬を実施することは法的にも問題ない」との見解が内閣法制局から示されたことを受けて、国葬の実施に踏み切ったとされる。
7月22日、同日の閣議において9月27日に日本武道館で故安倍晋三国葬儀という名称で、無宗教形式で国葬を行うことを決定した。
葬儀委員長は岸田が、葬儀副委員長は松野が、葬儀委員は全ての国務大臣と内閣官房副長官が、首席幹事を森昌文内閣総理大臣補佐官が務める。同日、松野は記者会見において国葬に関する事務を行う「故安倍晋三国葬儀事務局」を同日付で内閣府に設置したことを発表した。この事務局は内閣総理大臣補佐官の森昌文の指揮の下で、内閣府、財務省、外務省、警察庁などの職員約20人で構成する。また、外務省は海外から国葬に参列する外国の要人への対応を行うための「故安倍晋三国葬儀準備事務局」を同日設置したことを発表した。この事務局はアジア大洋州局参事官の石月英雄が事務局長を務める。同日、故安倍晋三国葬儀準備事務局は日本が国家の承認をしている195か国、承認をしていない4つの地域及び80の国際機関に国葬の実施とその日程を通知した。
9月8日、衆参両院の議院運営委員会で閉会中審査が開催され、岸田は安倍が憲政史上最長の在任期間であったことや選挙演説中の死去などを挙げて国葬挙行の正当性を改めて主張した。
9月13日、政府は歴代内閣総理大臣の葬儀で実施されてきた自衛隊による「と列」、「儀じょう」としての弔銃、音楽隊の演奏に加え、19発の「弔砲」を行うことを閣議決定した。これにともない防衛省は、9月21日、自衛隊の礼式に関する省令を制定した。
市民団体「権力犯罪を監視する実行委員会」による国葬のための予算の執行などの中止を求めた仮処分の申し立てについて、最高裁判所第一小法廷は9月22日付で市民団体側の特別抗告を棄却する決定をした。これにより、申し立てを却下した東京地方裁判所と東京高等裁判所の判断が確定した。裁判官5人全員一致の結論で、具体的な理由は示さなかった。
国葬の流れは次の通り。なお、司会は、葬儀委員会の指名により、フジテレビ編成制作局アナウンス室チーフアナウンサー 兼 報道局解説委員の島田彩夏が担当した。
9月21日、政府は国葬に伴う一般献花に関して、東京都千代田区の九段坂公園(九段南2-2-18)に献花台を2台設置することを発表した。時間は国葬当日の10時から16時までを予定していたが、整理券が配布されたにもかかわらず、当日9時時点で行列ができたため30分前倒しで献花が開始された。13時の段階で1万人が献花し、献花まで少なく見積もっても3時間以上かかる見通しであると内閣府は発表した。その後行列は3キロメートル以上に延び、新宿区の四ツ谷駅付近まで達したので、直接献花台に向かった人々は地下鉄で移動することになった。引き続き多くの人々が献花に訪れていたが、午後5時以降は列に加わることは禁止された。終了は3時間ほど延長され約19時30分であった。政府は翌日の会見で2万5889人が献花に訪れたと発表した。なお、付近では献花を終えた男性と国葬反対派の男性による乱闘も発生した。
九段坂公園の一般向けの献花台が大混雑したため、自民党は自民党本部の駐車場に臨時の献花台を午後3時に設置した。
国葬の当日以外では、上記との重複を除き以下の慰霊祭・献花式等の追悼行事が催された。
20-30代のベンチャー企業経営者らで構成される「安倍元総理デジタル献花プロジェクト実行委員会」が、ネット上で献花が出来るwebサービスを立ち上げた。9月30日に終了するまでに、52万432名が献花した。プロジェクトは安倍の「49日」にあたる8月25日から開始された。
献花数が10万人を超えた9月8日、寄せられたメッセージの一部が昭恵夫人に届けれられた。国葬の一般献花に都合がつかず参加できない人々の利用も多かった。白菊、黄菊、桔梗、百合、蘭の5つの花から1つを選択して、メッセージを投稿する形式が採用された。サービスは国葬当日の27日午後4時で終了する予定であったが、国葬が近づくにつれアクセスが急激に増えて接続しにくい状態になったため、急遽終了日時を9月30日まで延長した。
国葬実施当日の9月27日は平日の火曜日であり、前述の吉田茂の国葬の際は官公庁や国公立の学校は半休、公営競技なども終日開催を取り止めているが、内閣官房長官の松野博一は「休日とすることは検討していない」と述べている。
8月15日、政府は野党議員の質問主意書に対する答弁書18本を閣議決定した。それによると、各企業や学校などに対して、弔旗の掲揚や葬儀時間中の黙祷を要請するかについては「検討中であり、現時点でお答えすることは困難」、公営競技の中止については「現時点では決定していない」、官公庁・企業・学校などを当日休業・休校扱いにすることや民間に対して歌舞音曲を伴うイベント・番組の自粛を要請することについては「現時点で考えていない」とそれぞれ回答している。
8月26日、官房長官の松野は歴代首相の葬儀の際に各府省に対して要請していた「弔意表明」の閣議了解を見送ると共に地方自治体や教育委員会などに対しても協力を要請しないことを同日の記者会見にて明らかにした。各府省において、個別に黙祷を行うかについては「検討中」としている。
8月31日、内閣総理大臣の岸田は同日開催の記者会見において、各府省庁では弔旗の掲揚並びに黙祷を行うことを明らかにした。また、国民や地方自治体、教育委員会などに対しては弔意表明の強制を行わないことも改めて示した。
9月15日、警視庁は外国要人の来日などに伴い、同月26日から28日に首都高速道路を含む東京都内で交通規制を行うことを発表した。また、警視庁は全国から派遣された警察官を含め最大約2万人の警察官を動員し、最高レベルの警備体制を敷いた。北の丸公園の入り口には柵を設置して立ち入りを制限し、銃器を装備して重武装テロを制圧する緊急時初動対応部隊(ERT)や爆発物処理班などを配置したほか、ドローン対策としてジャミング装置などの資機材も配備した。
日本武道館周辺の交通規制や混雑により、児童や生徒の登下校などに支障が出る恐れがあるとして、千代田区教育委員会が同区内の教育機関計19校に対して、国葬当日の授業短縮やオンラインでの学習切替を検討するよう通知を出した。
国葬前日の17時から当日19時にかけて、日本武道館を含む北の丸公園では立入規制が実施され、規制区域内の科学技術館、隣接する東京国立近代美術館・国立公文書館は国葬当日を臨時休館とした。また当日に周辺を走行する路線バスのうち、都営バス高71系統は短縮運行、千代田区コミュニティバス「風ぐるま」富士見・神保町ルートは迂回運行、「風ぐるま」麹町ルートおよび京王バス050系統は終日運休とする措置が取られた。
政府が安倍の国葬を実施すると閣議決定したことに対しては、与党、野党、マスメディア、市民団体、SNSなどから賛成意見と反対意見が表明された。
各報道機関による国葬に関する世論調査・アンケート調査の結果は、以下のとおり。
銃撃直後は「凶弾に倒れた」という衝撃もあって国葬賛成の声も多かったが、銃撃事件容疑者のあまりに悲惨な境遇や、それを引き起こした宗教団体である世界平和統一家庭連合(旧・統一教会)と安倍が実際に関わりを持っていたこと、さらには8月に入って自民党議員との関係(旧統一教会問題)がメディアで連日次々と明らかになるに連れ、世論では「国葬反対」の声が多くなっていった。
一橋大の中北浩爾教授(政治学)は、国葬に反対する世論が増えた理由について、次のように指摘する。
岸田政権は国葬の実施を早々に閣議決定した。法的根拠が曖昧であったことに加えて、国会に諮ることがなかったプロセスにも批判の声が集まった。なお、8月中旬以降に実施された世論調査では、上記のとおり、すべての調査で反対が過半数を上回った。基本的には、このような状況は変わらないまま、政府の国葬方針は変わることなく、従来安倍元首相支持とみられながらも岸田首相に批判的な立場をとる者の一部からは「『検討します、検討します』とばかり言っている岸田首相が唯一すぐに決断したこと」と揶揄されたものの、国葬の儀は実施された。
2022年9月6日、神奈川県葉山町議会は本会議で「安倍元首相の国葬に反対する意見書」案を賛成多数で可決した。後日、政府や国会に提出するとしている。同年9月8日、鳥取県日南町議会は国葬の中止を求める決議案を全会一致で可決した。同様の議決は、神奈川県鎌倉市議会(同年9月12日意見書)、東京都国立市議会(同年9月16日意見書)などでも可決され、全国で少なくとも12の市町村議会が同様の可決をした。
諸外国(国名50音順)
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