ニセコ町(ニセコちょう)は、北海道虻田郡にある町。
通年観光リゾート地として夏のアウトドアスポーツや冬のウィンタースポーツ、インドア体験が充実しており、日本国内のみならず国外からも多くの人が訪れている。北海道遺産には「スキーとニセコ連峰」が選定されている。
2001年(平成13年)に日本全国の自治体で初の自治基本条例となる「ニセコ町まちづくり基本条例」を策定し、住民との情報共有化や住民参加型のまちづくりを制度として保障している。2014年(平成26年)には「環境モデル都市」に選定された。行政の取組みが注目されており、全国の自治体などによる視察が多い町になっている。
現市街付近は真狩川と尻別川が合流する地点にあることから、アイヌ語で「マッカリ(ペッ)プトゥ(makkari〔-pet〕-putu)」(真狩〔川〕・の川口)と呼ばれており、それに字を当てて「真狩別太(まっかりべつぶと)」と呼ばれていた。
その後、1901年(明治34年)に真狩村から現市街を含む真狩川下流域を分村した際に、真狩別太を略し、狩太(かりぶと)村と命名された。
1963年(昭和38年)にニセコアンヌプリ一帯がニセコ積丹小樽海岸国定公園に指定され、翌1964年(昭和39年)に町議会で町名と駅名(函館本線狩太駅、現:ニセコ駅)の変更が議題となり、同年4月24日の議員協議会で次のように示された。
その後、北海道庁・同後志支庁(当時)・日本国有鉄道札幌鉄道管理局(現:北海道旅客鉄道)などをはじめとする関係機関への働きかけや、町民向け世論調査が行われ、世論調査では76.95%が賛成の意思を示した。
町名変更は同年6月25日の町議会に諮られ、満場一致で原案通り可決となった。
この動きについてニセコアンヌプリ周辺の他町の間では、「ニセコをとられた」との極論まで噴出し、その一つとして隣接の倶知安町から「ニセコ」の名称を独占することについて反対の運動もあったものの、1964年(昭和39年)6月30日付で北海道庁に名称変更を申請し、同日許可、10月1日を以って「ニセコ町」に改名した。そして、駅名は遅れて1968年(昭和43年)に変更した。
道庁への申請に際して、改称の理由は次のように示されている。
なお、改名の理由については、観光振興面のほかに、「狩太」の地名が戯れ歌に用いられたこともあったためではないか、とする説もある。
後志管内のほぼ中央部に位置しており、羊蹄山周辺は「支笏洞爺国立公園」に指定され、ニセコアンヌプリ周辺は「ニセコ積丹小樽海岸国定公園」に指定されている。尻別川は清流日本一に認定されたことがあり、サケやサクラマスがのぼる川でもある。
日本海側気候に分類され、春から夏にかけては温暖で晴天の日が多いが、冬は北西からの季節風の影響を受けて降雪量が多く「特別豪雪地帯」に指定されている。
1920年(大正9年)から1940年(昭和15年)までは減少したが、戦後に一時増加する。1960年(昭和35年)から再び減少を始め、1980年(昭和55年)には1920年の半分以下にまで落ち込み、その後、横ばい状態が続いていた。2000年代半ばから子育て世代やリタイア後の移住者、外国人居住者により人口が微増している。「平成22年国勢調査」によると人口増加率は3.3%で、北海道内では虻田郡京極町・河東郡音更町に次ぐ3番目の増加率となった。
2015年国勢調査によれば、以下の集落は調査時点で人口0人の消滅集落となっている。
「町の出来事概略」参照
ニセコ町では、日本全国の自治体で初めての自治基本条例「ニセコ町まちづくり基本条例」を2001年(平成13年)4月に施行した。「情報共有」と「住民参加」を2つの柱とし、町民が住むことそのものが誇りに思える「暮らしづくり」を発展させることを目指している。条例は、最低4年に1回の見直しを行う。開かれた行政を推進してきたリーダーは前町長の逢坂誠二であり、1994年(平成6年)に日本全国で最年少の町長(当時)として就任後、1996年(平成8年)には住民との勉強会の場となる「まちづくり町民講座」をスタート。役場の管理職会議を全面公開とし、職員の傍聴も自由とした。また、住民が5人以上集まれば町長や課長が場所・時間を問わず出かけ直接議論する場「まちづくりトーク」を設けるなど、さまざまなコミュニケーションの場面を創出した。雑誌スタイルの予算説明書「もっと知りたいことしの仕事」は、ニセコ町の1年間の仕事がわかりやすく説明されている。2003年(平成15年)、ニセコの環境を考える会が中心となって「水環境のまちニセコ」をテーマに「ニセコ町環境基本計画」を策定し、環境マネジメントシステムの構築を目指してニセコ町堆肥センターを設置した。堆肥センターの稼働により、ニセコ町の生ごみと下水汚泥や家畜糞尿は資源化されている。逢坂は2005年(平成17年)8月に任期途中で辞職して衆議院議員となったが、引き続き永続性のあるまちづくりを推し進めている。2011年(平成23年)に水資源保全条例「ニセコ町水道水源保護条例」を施行、2014年(平成26年)には「環境モデル都市」に選定された。
「ニセコ町議会」参照
警察
消防
コミュニティ放送
高等学校
中学校
小学校
インターナショナルスクール
基幹産業はサービス業と農業。2003年(平成15年)には全国初となる株式会社化した観光協会「ニセコリゾート観光協会」(第三セクター)が誕生している。農業振興については、ニセコの特色を活かした収益性の向上、クリーン農業の推進、直売組織への支援などによる農業活性化などを進めている。また、農業・観光・商工など各産業との連携により地域経済を循環させるため「ニセコ町産業連携プロジェクト」が発足され、イベントなどの取組みを行っている。
組合
スーパーマーケット
金融機関
郵便局
宅配便
2030年度末の北海道新幹線新函館北斗 - 札幌間延伸時には町内を経由するが、駅や信号場は設置されない。
町内を通る幹線道路は、シーニックバイウェイの「支笏洞爺ニセコルート」になっている
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