入間市(いるまし)は、埼玉県の南西部に位置する市。
人口は約14万3千人。狭山市に次ぐ県内13位。狭山茶の主産地として知られている。1966年(昭和41年)市制施行。
市の南部には、狭山丘陵の豊かな自然が広がる。
奈良時代には、前内出窯、平安時代には、須恵器窯跡群である東金子窯跡群(窯跡群としては前内出窯を含む)が操業していた。そのうち、八幡前窯跡群や新久窯跡群は、埼玉県南部の集落に須恵器を広く供給するのみならず、武蔵国分寺の塔再建の瓦などを生産していた。 市内の中核を成していた扇町屋商店街はかつて日光脇往還・八王子通り大山道の宿場町として栄えた名残りである。
古代の律令制施行による国郡里制以来の郡名「入間郡」に由来する。
1966年(昭和41年)11月1日の市制施行にあたって市名を一般公募し、応募者数2332人、応募市名297点の中から3位の「入間」(いるま)が選ばれた。なお、1位は東豊岡市(豊岡市と区別するために「東」を冠した)、2位は武蔵市であった。選出理由については、
とされる。
狭山市・入間市合併協議会を設置し、狭山市との合併を検討していた。合併期日は2006年1月1日とし、合併方式は新設(対等)合併、新市名は「狭山市」、新市庁舎は現狭山市役所とすることとした。しかし、2005年1月30日に集計された市民へのアンケートで合併反対が多数となり、住民投票でも合併反対が多数となったため、合併協議会は同年2月3日に解散した。
入間市では、一部の区域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。
郵便番号
郵便局
市外局番等
※50戸以上のものを記載。
2005-2009年度は地方交付税交付金不交付団体であった。
2023年4月1日より、従来の支所及び公民館が地区センターに再編された。地区センターは従来の支所・公民館併設館(東金子・金子・宮寺・藤沢・西武)及び扇町屋・黒須・東藤沢公民館を改組及び整備したものである。その他の公民館は地区センター分館となった。なお、社会教育法による公民館の位置づけは継続される。
2019年時点において警察署を持たない自治体としては国内で人口が最も多い。
市制施行以来、工場誘致を積極的に行い、県内有数の工業都市となっている。1966年(昭和41年)には武蔵工業団地を造成。さらに1993年(平成5年)には同工業団地に隣接する狭山台地区に狭山台工業団地造成事業を開始、1997年(平成9年)から同地にも工場誘致を行っている。
機械などの工場のほか、大消費地である東京への立地の近さを生かした食品製造工場も多い。
ほか。
「狭山茶」が特産物であり、現在も狭山茶の主産地である。名産品としてはそのほか、線維・織物、里芋、うど、椎茸がある。
かつては乳牛や鶏を中心に畜産業も盛んだったが、ベッドタウン化と工業都市化の進行により衰退の一途を辿っている。
商業圏では、国道16号に三井アウトレットパーク 入間・コストコホールセール入間倉庫店が、安川通りにイオンスタイル入間が存在する。
鉄道路線が北側の市境付近に沿って走っているため、南側の住民はおもにバスや車で駅へ向かう。ほとんどのバスは入間市駅から発着している。
タクシーの営業区域は県南西部交通圏で、川越市・所沢市・東松山市・飯能市・和光市などと同じエリアとなっている。
周辺の自治体に比べて都市計画道路の整備が進んでいる。国道16号の拡幅工事が入間市駅北口区画整理事業との兼ね合いで遅れていたが、2017年3月に工事が完了し、2車線だった区間が4車線化した。
太字は元気な入間・生き生き功労賞受賞者。
関取経験力士のみ記載
学校給食制度を実施している。学校給食センターか学校併設の調理場にて調理されたものを供されている。
また、狭山茶を使った狭山茶揚げパン、お茶蒸しパン、お茶団子ポンチなどが給食として出される事がある。
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