津軽弁(つがるべん)または津軽方言(つがるほうげん)は、青森県津軽地方で話される日本語の方言である。東北方言(北奥羽方言)に属する。津軽海峡の対岸である北海道の松前郡も津軽弁の影響が大きい。
青森県内の方言は、津軽地方の津軽方言と南部地方の南部方言に大きく分かれる(南部方言のうち、さらに下北方言を分けて3区分とすることもある)。両者はそれぞれ、江戸時代の津軽藩と南部藩の領域であり、津軽弁と南部弁の違いは明瞭である。境界は平内町狩場沢と野辺地町馬門の間で、1 kmほどしか離れていない両集落の間でも明確な方言差が認められる。このような方言差から、青森県民同士でも互いの方言がわからず、相互の理解が困難となることもある。これを逆手に取り、青森県のローカルテレビ番組には南部弁話者に津軽弁の意味を当てさせるようなクイズ番組も存在する。
南部弁はいくつかの下位方言に区分されるが、津軽弁の内部差は比較的小さい。そのなかでも、藩都だった弘前市付近は敬語が発達し都会的な言葉とされる。また日本海沿岸部(深浦・鯵ヶ沢周辺部)にも特色が認められる。
津軽方言一般は敬語表現があまり発達していないが、弘前城下で話されていた弘前方言は例外で、敬語が発達し丁寧な表現が多い。現代でも、津軽の人たちは青森市よりも弘前市の方言を「きれい」「上品」と評価し、津軽弁の標準語とみなしている。弘前方言では、「ごす」(ございます)や、間投助詞「ねさ」「ねは」などが付いた丁寧な表現が女性を中心に使われていた。現代ではこのような表現はほとんど聞かれなくなっている。
共通語とは発音が大きく異なり、独特の言い回しが多いため、日本語話者では難解な方言として有名である。津軽地方以外の人にはほとんど理解できないため、全国放送のテレビ番組では津軽弁に対して共通語の字幕を付けることが多い。津軽地方の医療現場で、地元出身でない医師や看護師が患者の津軽弁を誤認するという問題も起こっている。津軽弁を聞き慣れない人には外国語のように感じられることもあり、2010年には津軽弁とフランス語を聞き間違えるという内容の「トヨタ・パッソ」のCMが話題になった。
よく知られた津軽弁の表現は、下にある「どさ」「ゆさ」である。長い文章を短く表現するという東北方言の特徴を端的に表しているが、道行く人にいきなり「どさ」と言っても言葉が足りないため通じないと思われる。「どごさ行ぐの」「湯さ行ぐどご」の省略形であり、「さ」は方向を表す助詞である。
津軽弁の方言詩人高木恭造の命日である10月23日は「津軽弁の日」である。1988年に伊奈かっぺいらを中心とする「津軽弁の日やるべし会」が制定したもので、毎年津軽弁による弁論大会などが開催されている。
津軽弁の単語の中には、共通語では現在ほとんど使われない古語が転訛したと見られるものがしばしば見受けられる。イントネーションは出雲地方との共通性も指摘されている。
津軽弁の発音の特徴は、他の東北方言、北奥羽方言とおおむね共通する。
津軽弁の語のアクセントには、ある場所から高くなり、それ以降もそのまま高く続くという規則性がある。共通語のアクセントの場合は、あるところから低くなるという特徴があり、低くなる直前の拍を「アクセント核」と呼ぶ。津軽弁の場合は、高くなった直後の拍をアクセント核と呼ぶ。例えば、「雨」は2拍目にアクセント核があり、「低高」と発音し、「雨も」は「低高高」である。「帯」は1拍目にアクセント核があり、最初から高い「高高」。「帯も」は「高高高」。「飴」にはアクセント核がなく、単独では「低高」だが、助詞が付くと高音部が移動して、「飴も」は「低低高」となる。
動詞の活用は基本的に共通語と同じだが、五段活用をする動詞の「行こう」「やろう」などにあたる形はなく(代わりに「行ぐべ」のように「べ」を使う)、四段活用である。また「買う」「習う」などのワ行四段動詞が、「かる」「ならる」のように、ラ行四段活用やラ行変格活用となることがある。一段動詞の命令形は、「起ぎろ」、「開げろ」のように「ろ」語尾を使うが、日本海側の西津軽郡では「起ぎれ」、「開げれ」のように「れ」語尾とすることがあり、秋田弁や北海道方言と共通する。サ行変格活用の「する」は、未然形では「しねぁ」または「さねぁ」(しない)、終止形は「し」または「しる」、仮定形は「せば」、命令形は「しろ」または「しれ」「せ」となる。
形容詞は、終止形語尾が連母音融合を起こした形、例えば「赤い」なら「あげぁ」が語幹となっており、それ自体は活用しない。連用形は「あげぁぐ」(赤く)、仮定形は「あげぁば」(赤ければ)となり、語幹に直接「ぐ」「ば」などの接尾辞を付ける。カリ活用は発達しておらず、過去形「赤かった」は「あげぁくてあった」「あげぁふてあった」と言う。南部弁でカリ活用が発達しているのとは対照的である。
形容動詞では、連体形が「しずがだもり」(静かな森)となって、終止形と同形になる。また仮定形も、「静かだら」(静かならば)、あるいは「静がだば」のように「-な」ではなく「-だ」に統一された形となる。
共通語の「が」にあたる、主語を表す格助詞は使われず、無助詞で表す(例)花咲いだ(花が咲いた)。「を」にあたる対格も普通は無助詞だが、強調する場合には「ごど」「ば」などを使うことがある(例)「さげごどのむ」(酒を飲む)。係助詞「は」も用いられず、「雨ぁ」(雨は)のように軽く母音が入る程度だが、強調する場合には「きゃ」「だきゃ」があり、「わきゃ行く」(私は行く)のように用いる。
共通語の「に」にあたる語には、「ね」と「さ」がある。「さ」は元々は「へ」にあたる方向を示す語であったが、意味範囲が拡大している。(例)「せんせさ聞ぐ」(先生に聞く)、「静がさなる」(静かになる)
準体助詞としては、例えば「行くのをやめる」なら「行ぐのごどやめる」「行ぐのやめる」「行ぐんずやめる」のように複数の言い方がある。「行ぐんず」は、五所川原市を中心とした日本海側で使う。
文末の動詞・形容詞に付いて意味を強める「じゃ」(「でぁ」とも)がある。(例)さびじゃ(寒いな)
間投助詞では、「さ」「きゃ」「の」「な」「ね」がある。「さ」「きゃ」は主に女性が使い、「の」は男女両方、「な」は主に男性。「ね」に「す」を付けると丁寧になる。弘前の年配女性では「ねす」の変形「ねさ・ねは」が使われ、上品な表現とされる。
「から」にあたる理由(順接既定条件)の接続助詞には、「降るはんで」(降るから)のように「はんで」を使う。室町時代の京都で使われた「ほどに」が、「ほでえ」「ほで」「はで」と変化したもの。南部弁では「すけ」を使い、津軽弁の「はんで」と対立する。「はんで」は「ばて」となることもある。「けれども」にあたる逆接既定条件の接続助詞には「ばって」を使い、「ども」などを使う南部弁と対立する。順接の仮定条件には、「行くってせば」(行くとすれば)のように「せば」「へば」を使い、逆接の仮定条件には「降るばたて」(降るとしても)のように「ばたて」を使う。
一人称代名詞には、主に「わ」が使われ、ほかに「おら」等もある。「わ」は古語由来の語で、対応する二人称は「な」だが、「な」は現在の津軽では急速に衰退し、「おめ」が使われるようになっている。「わ」の複数形は「わんだい」「わんだじ」、「おめ」の複数形は「おめだじ」。
「お茶っこ」「机っこ」のように、名詞に「こ」を付けて親愛の意味合いを添えることが多い。東北方言一般に使われる接尾辞である。
津軽弁は、南部弁に比べて地域差が小さいが、弘前を中心とした中南地域と、五所川原を中心とした西北地域とは語彙等に若干の差がある。
津軽弁は若者の間で少しずつ変化している。逆に、昔からの津軽弁の意味をわからない人も増えている。ちなみに、新しい津軽弁と言っても津軽地方のすべての人に共通に利用し、理解できるというわけではないので注意が必要である。(新しいといっても、数十年前から使われている言葉も記載している)
友人との会話の一例。地域によっては多少の違いがある。
1. 「おぉ、おめこったどごでなーっちゃんず?」
2. 五所川原編〜待ち合わせ〜
東京などで「津軽弁」または「東北弁」というと、「〜っぺ」や「〜だっぺ」という語尾を想像されるケースが多い。これはこれらの語尾が著しく田舎を連想させるためであるが、語尾に「〜っぺ」や「〜だっぺ」を付けるのは茨城弁をはじめとする宮城県から千葉県にかけての方言であり、津軽弁で用いられるのは「〜だべ」である。また青森県出身で津軽弁話者の吉幾三が『俺ら東京さ行ぐだ』という歌を発表しているが、この歌の歌詞に登場する方言はステレオタイプ的かつ共通語に近付けたものであり、正確な津軽弁ではない。吉幾三の歌であれば、『TSUGARU』が正確な津軽弁に近い。
津軽弁には、他の方言にも見られるように、共通語に表現しなおすことが困難な独特の表現が見られる。主に形容詞に見られ、代表的なものに「あずましい(主に居心地がよく安心でき、落ち着く様子)」「しない(発音は「しねぇ」に近い。馬肉やすじ肉等において、噛んでもなかなか噛み切れない様子)」「むっつい(ゆで卵の黄身や甘食等において、口の中の水分が足りずもっさりとして飲み込みづらい様子)」などがある。
(括弧内)は出身地。
このうち青山、橋本、麻生は個々のラジオ番組(いずれも青森放送)にて、時折ながら津軽弁を使っている。
また津軽弁はその独特な発音と表現により文学作品の表現に使用されている。これは琉球文学を例外として、本土の方言では関西弁に次ぐ数の多さである。浅利慶太によれば、劇作家の加藤道夫は「日本で一番美しい言葉は東北弁だと思う。あのやわらかな響きが標準語だったら、日本におけるオペラと詩劇の完成は一世紀早まっただろう。」と語ったと言っている。
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