東急8500系電車(とうきゅう8500けいでんしゃ)は、1975年(昭和50年)に登場した東急電鉄の通勤形電車である。
本項ではインドネシアの鉄道会社であるPT. Kereta Api、PT KAI Commuter Jabodetabekに売却された車両についても記述する。
東急では、1969年(昭和44年)から当時建設していた地下鉄「新玉川線」(現・田園都市線渋谷駅 - 二子玉川駅間)向け車両として地下線火災対策基準「A - A基準」を満たした8000系を東横線に順次導入した。
その後、渋谷駅から都心方面に直通運転を行う予定の地下鉄半蔵門線への乗り入れにあたって、東急・帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)共通の車両規格が作成された。この規格に合致させるため、路線識別用の赤帯の貼付・機器取り扱いの変更、および電動車比率の向上による先頭車の電動車化などのマイナーチェンジを図った本形式を新玉川線・半蔵門線向けとして1975年から導入することになった。
本系列は8000系のマイナーチェンジ車両であるため、登場時は8000系の一部として扱われていたが、その後増備が進むにつれて8500系と呼ばれるようになった。現在でも広義の8000系と呼ばれるグループに含まれる。1991年までに400両が導入され、東急の系列として最大の両数を占めていた。
1976年(昭和51年)に、東急としては初めて鉄道友の会ローレル賞を受賞した。8630F以前の各編成には、受賞記念プレートが設置されている。
8000系とほぼ同一のオールステンレス車体で、1981年(昭和56年)度分として導入した車両(13次車)からはバッド社の技術を元に東急車輛が独自に開発した軽量ステンレス車体を採用して軽量化を図った。この車両は8631F以降の全車両と8630F以前の一部の中間車にも組み込まれている。
前面は8000系より150 mm高い高運転台構造となり、正面窓が小さくなったほか、行先表示幕の左側に種別表示幕、右側に運行番号表示幕をそれぞれ設置した。また、半蔵門線乗り入れ規格に基づく路線識別帯として、東急のステンレス車では初めて先頭車の前面に東急のシンボルカラーと警戒色を兼ねた赤帯を入れて登場した。この赤帯はそれ以降に登場した同社の新造車両にも普及し、従来車にも1989年(平成元年)以降導入されるようになった。
当初は小田急9000形に似た前面デザインも計画され、模型まで製作された。だが、「切妻以外は考えるな」という東急の方針により、前面が平らな切妻の形状になった。なお、当初は「9000系」が仮の形式称号だった。
デハ8700・8800形は、8799・8899号の次が0700-・0800-と変則的な番号が付与されている。これは東急の車両管理システムでは車両番号を4桁で管理しており、5桁への対応は大規模な改修が必要になるため、それを避けるためこの付番になっている。
8000系の電動車(M)と付随車(T)の構成(MT比)は6両編成時で4M2T(起動加速度3.2 km/h/s)であり、旧新玉川線には対応していたが、半蔵門線の急曲線・急勾配区間において故障した先行列車を救援するには電動車比率を向上させる必要があったため、本系列は5両編成時に4M1T、6両編成時に5M1T、8両編成時に6M2T、10両編成時に8M2Tとされた。
電動車比率向上および半蔵門線で使用される誘導無線(IR)アンテナを設置する中間付随車が必要とされたため、制御車(先頭車)を8000系の付随車(クハ8000形)から本系列では電動車(デハ8500・8600形)に変更し、中間付随車(サハ8900形)を新たに設定した。中間電動車は8000系のデハ8100・8200形にそれぞれ相当するデハ8700・8800形とした。
電動車のうちデハ8500形およびデハ8700形に制御装置を搭載し、対となるように隣接して連結したデハ8600形またはデハ8800形も一緒に制御する。ただし、編成の都合で電動車の両数が奇数となる場合はデハ8500形および8700形が単独で連結された。主回路制御方式は8000系と同様の界磁チョッパ制御で、主制御器は日立製作所製のMMC-HTR-20C形(直列13段・並列11段・回生15段)であった。12次車以降は制御段数を増やして乗り心地の改善を図ったMMC-HTR-20F形(直列13段・並列13段・回生14段)に変更した。
その後、1991年度増備車のうち2両はVVVFインバータ制御が採用され、8642Fに組み込まれた。8642Fには界磁チョッパ・試作型のVVVFインバータ・量産型のVVVFインバータと1編成で3つの異なる制御装置を搭載している。なお、2003年から本系列の東武線乗り入れが始まったが、8642Fは東武での乗務員教習の手間を少なくするため東武線へは乗り入れなかった。
動力台車は8000系と同じTS-807形式ながら、ISOねじを使用した「TS-807M形」を採用した。付随台車は8000系ではパイオニアIII系のTS-708形であったが、ばね下重量の軽減のため、本系列では電動台車をベースとしたTS-815M形を採用した。なお、形式をTS-807形と合わせたため、この台車は基本形式である「TS-815形」が存在しない珍しい台車である。動力台車・付随台車とも10次車からは側梁をプレス加工として、台車枠が丸みを帯びたTS-807A形・TS-815A形に形式変更された。ただし、最終増備の21次車(0718・0818号車)のみ新製時から誘導電動機に対応したTS-807C形が使用される。
基礎ブレーキは、動力台車が片押し式踏面ブレーキ構造、付随台車も製造時から14次車までは同様の構造であった。15次車以降の付随台車は基礎ブレーキを1軸2枚のディスクブレーキ構造としたTS-815C形が採用され、それ以前に製造されたTS-815M形・TS-815A形台車もディスクブレーキ化改造(1軸2枚)を実施し、形式はTS-815C形に変更された。
落成当初は字幕式で日本語表記のみであったが、1990年(平成2年)の半蔵門線水天宮前駅延伸時に水天宮前行のみ英字表記が追加された。また、一部編成で英字併記に変更されている。当時の英字は大文字+小文字で表記された。
1994年(平成6年)より8603Fを皮切りにLED式への改造が施工され、先述の英字併記に交換された編成にも施工された。このフォントは当初は明朝体であったが、2003年3月19日の半蔵門線押上開業と東武線乗り入れに伴い表示器のROMを交換した際にフォントを視認性の良いゴシック体へ変更し、同時期に字幕式で残存していた8606F・8607F・8610Fは英字を大文字表記とした新幕へ変更した。また、側面にも英字表記が入るようになった。
8616Fは行先表示器が2005年(平成17年)3月26日より、その後8634F - 8636F・8638F - 8641Fが従来の3色LEDからフルカラーLEDに変更されている。ただし、8616F・8634F - 8636Fは3色LEDに戻されている(8616F・8634Fの側面表示を除く)。
8606Fは8500系の中では最後まで字幕式行先表示器を装備していた編成。この他に8607F・8610Fが廃車時まで字幕式で残存していた。
8638F - 8641Fは大井町線用であり、前述した半蔵門線延伸などには関係がなく、ROMの交換を行わなかった。したがって3色LED式行先表示器のフォントは明朝体であった。このうち8640Fと8641Fは前面のみ幕式で、側面はLED式であったが、田園都市線直通急行に対応するため、検査入場した際に前面もLED化して出場した。
8000系と同一の客室であり、腰掛は8人掛けでエンジ色、ベージュ系の化粧板・床材、天井は冷房機と扇風機がある。
登場時より冷房装置(冷房能力8,000 kcal/h×4台)を搭載するが、地下鉄新玉川線用に新造された一部の車両は冷房準備車として冷房を搭載せずに登場し(屋根に外キセのみ載せた形態で外観は区別がつかない)、後に冷房化された。8608Fには、米・旧バッド社の協定プレートが取り付けられている。
1981年(昭和56年)の増備車より8090系の改良点を取り入れ、座席を7人掛けに短縮、仕切りパイプの形状を変更、荷棚がパイプ状から網状となった。網棚については従前の車両も後に網状へ改造された。8636Fまではこれらの増備車が必ず含まれる(4・5号車ユニットは1983年以降に竣工)。
1986年(昭和61年)以降に登場した8637F以降の編成単位で導入された車両では、9000系に準じて天井に補助送風機としてスイープファンを設置、冷房装置の能力を10,000 kcal/hに増大、7人掛けの腰掛へ中仕切りを追加、腰掛の2色化(ブラウン・オレンジ)、電動ワイパ・電子ホーンの新設など、仕様が変更されている。
腰掛の2色化は1988年(昭和63年)ごろ従来の車両に対しても行なわれた。従来の車両には中仕切りがないため、マルーン・オレンジとコントラストを抑えた配色が使用された。
8639Fは補助送風機が試験的に改良品に交換され、8642F・9000系9002F以降で本格的に採用された。
備考
所属は全車長津田検車区である。
東急8500系電車/編成表を参照。
1975年に当時の田園都市線(大井町駅 - すずかけ台駅間)に4両×10本(8601F - 8610F)が投入された。この時の編成は3M1Tとなっていた(編成表)。
後に8500系の中間車が増備されると中間に組み込まれていた8000系は東横線などに戻り、1987年(昭和62年)に混成編成は解消した。
翌1976年に増備された編成(8611F - 8616F)は、サハ8900形に代わりM2車であるデハ8800形が連結された全電動車の4両編成となった。これはサハ8900形に搭載する大容量静止形インバータ(SIV)の開発が間に合わず、補器を搭載したデハ8800形を組み込んだためである(編成表)。
その後、同年に実施された田園都市線の5両化に伴い同線で使用された編成は全て5両とされた。この時に増備された一部の中間車は8000系の編成に入っていた(編成表)。
なお、5連化された編成は、編成替えなども含めて1977年開業の新玉川線系統とは別の運用に就いていた。
1979年8月12日以降の半蔵門線・新玉川線(当時)と田園都市線の運行系統一本化により、現在の大井町線区間にあたる大井町駅 - 二子玉川園駅(現・二子玉川駅)間には入らなくなり、新玉川線・田園都市線向けに大半の編成が6・8両化され、一部の編成が東横線に移籍した。
8500系は1978年から1988年頃まで営団半蔵門線に貸し出された。外見上の区別がつかないが、車内のドア上にある路線図が営団のメトロネットワークだったことと、車内広告に営団地下鉄の広告が採用されていた点で区別ができた。
東横線には、先行して新玉川線開業用の車両(6両×2本)が導入された。その後、同線開業用車両はさらに増備され、1977年4月7日の同線開業まで暫定的に東横線で使用されることとなる。
この時に本系列のみでは必要車両数を確保出来なかったため、1976年から8000系に前述の車両規格に対応させる改造を施した。これらを本系列の中間に組み込むことにより必要車両数を確保した。
なお、これらの中には中間車の代用として8000系の先頭車に幌を装着したものが登場した。中間車代用の先頭車については1982年の中頃に解消されているが、8000系の中間車は1988年頃まで使用されていた。
新玉川線開業用以外のもので東横線が新製時配属になっている編成は、以下の編成になる。
東横線系統では、主に急行運用で使用された。ただし、6連で在籍していた車両は、1980年の急行7連化に伴い各停運用が中心となった。1982年の急行8両化以降に在籍していた車両は、8連口は主に急行で使用されたが、各駅停車が8連に増強された後は各駅停車でも運用された。また、1985年に7連で増備された8634Fは各駅停車のみ運用していた。
田園都市線で使用した側面方向幕は、各停運用は未使用、急行運用は「急行」表示しかされておらず行き先は表示されなかった。8500系として最後に製造された8642Fは田園都市線ではなく東横線に新製投入されており、東横線系統の側面方向幕を用意して使用された。
1986年に9000系が登場して以降は転属が進み、1989年までに8500系は東横線から撤退している。
編成表は東横線に在籍していた編成の編成表を参照。
1977年4月7日の新玉川線開業時に東横線から6連11本が転用された。ほとんど地下区間での運用となることから、大半の編成が冷房準備車だった(編成表)。
1986年に投入された8638F+8639F・8640F+8641Fは、田園都市線と大井町線で予備車を共用できるよう5両編成+5両編成で製造され、しばらくの間大井町線でも使用された。そのため、この4編成の乗務員室ドアは普通の編成と違う仕様になっている。
大井町線運用には主に8640F+8641Fを充当し、大井町線用方向幕、戸越公園駅・九品仏駅の両駅で使用するドア非扱いスイッチを装備している他、田園都市線のATC化後も東急形ATSを存置した。
なお、大井町線運用の他にこどもの国線用7000系ワンマン運転対応車が検査入場した際にもツーマン運転で代走することもあった。
2003年3月19日には半蔵門線水天宮前駅 - 押上駅間延伸および同線と東武伊勢崎線・日光線の相互直通運転が開始された。田園都市線と半蔵門線は従来から相互直通運転を行っているため、田園都市線所属の8500系は田園都市線から半蔵門線・東武伊勢崎線を介して東武日光線の南栗橋駅まで乗り入れるようになった。また、2006年3月18日からは伊勢崎線の久喜駅まで乗り入れるようになった。
この東武線直通に際しては、当初8500系全車に東武線用保安装置の追設で賄う予定だった。しかし、その後バリアフリー対応を推進していく方針となったため、2002年5月2日から2003年2月21日にかけて新型車両の5000系が投入されることとなった。これにより8601F・8602Fが長野電鉄譲渡分を除き廃車、5両+5両の8638F+8639F・8640F+8641Fが5両編成ずつに分割の上で大井町線に転籍した。
大井町線に転籍した8638F+8639F・8640F+8641Fは8000系の8045F - 8051Fを置き換えた。また、同線転籍時には先頭車の貫通幌と営団ATCを撤去した。パンタグラフは当初、菱形(PT43形)のままだったが、後にシングルアーム化された。
田園都市線に引き続き残った車両は、改修費を抑えるため、8603F - 8614FおよびVVVFインバータ制御装置を搭載した8642Fを除いた8615F - 8637Fに東武線直通対応の改修を行い、相互直通運転開始に備えた。その後、5000系6ドア車導入による車両不足を補うため、2004年度には8613Fと8614Fも東武線直通対応とされた。改修対象から外され、東武線直通非対応となった編成は識別のため非常扉に丸囲みの「K」のシールが貼付された。
2006年3月18日のダイヤ改正からは伊勢崎線久喜駅までも乗り入れが行われるようになった。また、このダイヤ改正から東武線非対応編成は平日の朝ラッシュ時のみの運用となり、日中運用は僅かとなった。しかし、精算運転の絡みで土曜・休日の押上行または清澄白河行として東武線対応編成に代わって運用に入ることもある。その機会は昼間より夜間の方が多く、運転本数は1往復程度だったが、2008年3月28日のダイヤ改正から土曜・休日の東武非乗り入れ編成の運用が復活(36K - 38K)し、36K・37Kは朝のみで38Kのみ終日運用が組まれていた。
なお、2009年6月6日のダイヤ改正以降、土休日ダイヤでの東武線非直通運用は朝のA34Kと、夜のP35Kのみとなっており、終日運用の東武線非直通は平日の44Kのみとなった。
大井町線所属の5両編成は、2006年3月18日から土曜・休日の大井町線 - 田園都市線直通急行に使用されるようになった。この直通急行設定に際し、誤乗防止策として、正面の帯色を赤色から赤色→黄色のグラデーションに変更し、同時に貫通扉の帯の下部に大井町線を表す認識ステッカーが貼付された。なお、大井町線内での急行運転は2008年3月28日のダイヤ改正より開始され、大井町線直通急行も全て大井町線の急行用車両である新6000系で運行されるようになった。なお、大井町線所属8500系は8638Fを最後に運用から退いた。
1997年から2001年にかけて車体・車内更新工事が施行されたが、その後は5000系による車両の置き換え計画が発表されたため、全車に施工されることなく工事は中止された。本系列は、8000系のように編成単位での施工ではなく、編成中で軽量構体化される前の12次車までが対象だった(ただし13次車以降でも8841Fのみ更新工事が施工されている)。
一部車両は車体・車内更新を同時に施工したものも存在している。
また、更新工事とは別に、交通バリアフリー法対応の関係で工事を施された編成も存在する。
更新工事施工時期以外には以下の改良が行われた。
その他にも機器の部分的な更新が行われている(更新工事と直接関係ない)。
東武鉄道への直通営業開始を前にして、2002年末期から2005年度にかけて一部の編成を対象に先頭車前面下部に排障器(スカート)の設置工事が施工された。設置工事の施工時期の違いなどにより、後述のような仕様の変更がみられる。
いずれも編成単位で両先頭車同時に施行された。
必ずしも東武線への直通を意図しないものとなった。また、スカートの形状が変更されている。
大井町線用の編成にも装着した。
2007年8月から下り方先頭車のスカートの右上部が切り取られた編成が登場した。これはジャンパ栓の形状が変更されたためであり、8613F以外の全てのスカート装備編成が切り取られた。
2019年頃より、車内の防犯カメラ設置が行われており、本系列では、車内照明と一体型の防犯カメラが採用されている。なお、既存の車内照明は蛍光灯のままだが、防犯カメラ一体型の物のみLED照明である。
5000系の導入や8590系の転属により、本形式は2003年(平成15年)から置き換えが開始された。廃車時期は以下の通り。
5000系は2007年度以降の約3年間で田園都市線に250両を導入する予定であったが、18編成で導入は打ち切られ、本形式は38編成中24編成が引き続き残存することになった。
離脱した編成の経年の浅い車両を他編成に組み込む組成変更が行われた。
なお、☆の3両は更新車と同様に座席の中央にスタンションポール(つかみ棒)が取り付けられた。
2017年(平成29年)3月、東急電鉄は田園都市線に新型車両2020系を導入することを発表した。これに伴い、本形式の残存していた24編成も2022年度までに置き換えられることになり、2019年(平成31年・令和元年)より再度廃車が開始された。運用を離脱した編成と時期は以下の通り。
大井町線で運用されていた編成も、田園都市線への2020系導入に伴う2000系(→9020系)の転属によって、以下の通り廃車された。
なお、廃車された8622Fと8630Fは部品および車両単体での一般販売が行われた。
2022年4月5日、2023年1月までに本形式の定期運行を終了することが発表された。これに先立ち、2022年4月6日より「ありがとうハチゴー」プロジェクトが立ち上げられ、記念ヘッドマークの掲出や各種イベントなどが順次開催された。
2023年1月25日、最後まで残存していた8637Fが長津田車両工場へ回送され、本形式は全編成の運用を終了した。これに伴い、東急電鉄の営業用列車はVVVFインバータ制御車のみの運用となった。
2005年から廃車になった車両の譲渡が行われている。
2005年度に6両(3両編成2本)+部品取り車2両の計8両、2006年度に6両(3両編成2本)、2008年度に6両(3両編成2本)がそれぞれ長野電鉄に譲渡され、同社の8500系として使用されている。譲渡先に合わせて起動加速度は低めに設定されている。なお、譲渡は2011年度まで行われる予定であったが、諸般の事情により中断された。
信濃毎日新聞は2022年2月25日付紙面で、同社で運行する通勤電車を2028年度までに3000系などの省電力車両に置き換え、在籍車両のうち73%を省電力車両にする方針であると報じた。報道の通りであると仮定すると、置き換えられる予定の3500系2連2本、省電力20%を補う新形式の3000系3連3本、特急電車の1000系4連2本、2100系3連2本を除くと、残りの置き換え必要数が18両となることから、8500系3連6本全車両が置き換え対象となっているのではという見方がある。
2005年度に伊豆急行へ1両が譲渡され、同社の8000系として使用されている。同系全45両中唯一の元東急8500系であるが、これは8000系のクハ8049と組んで2両編成化の試作車として2004年11月に先行改造されていたものを2005年に追加改造を施工したものである。
2008年度に秩父鉄道へ8両が譲渡され、このうち6両(3両編成2本)が同社の7000系として使用されている(残り2両は部品取り車)。
2006年度に8両編成3本(8604F・8608F・8611Fのうち8両×3本の24両)、2007年度に8両編成2本(8607F・8610Fのうち8両×2本の16両)、2008年度に8両編成2本(8612F・8618Fのうち8両×2本の16両)、2009年度に8両編成1本(8613Fのうち8両)がインドネシアの鉄道会社であるPT. Kereta Api、PT Kereta Commuter Indonesia(以降PT KCI)に譲渡された。現在は全編成がPT KCI所属となっている。KCI管内での冷房付各駅停車「Commuter Line」に使用されている。改番は行われていない。2009年に譲渡した8613FのみPT. Kereta Apiの通勤鉄道事業を分社化したPT KCI導入となっており「JALITA」という愛称が付けられている。なお、譲渡後不具合を起こし、長い間休車になっていた8613Fは休車の間に部品取りが進み復旧が困難になったため、2014年9月に廃車となった。現在、老朽化で一部編成が廃車となっている中、現存車は全てKCI所属となっている。また、8612Fは2019年に脱線事故を起こし、損傷した前4両が廃車となり、後4両は他の編成に組み込まれた。
2021年、東急は「車両を適切に保存していただくことが可能と判断できる方」との条件を付けて1両当たり176万円で販売を開始した。
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