アダム・ロバート・オッタビーノ(Adam Robert Ottavino, 1985年11月22日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区出身のプロ野球選手(投手)。右投両打。MLBのニューヨーク・メッツ所属。愛称はオット(Otto)。
2003年のMLBドラフト30巡目(全体878位)でタンパベイ・デビルレイズから指名されたが、この時は入団せずにノースイースタン大学へ進学した。
2006年のMLBドラフト1巡目(全体30位)でセントルイス・カージナルスから指名され、契約を結びプロ入り。
2009年はシーズン開幕前の3月に開催された第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のイタリア代表に選出された。
2010年5月29日のシカゴ・カブス戦でメジャーデビューを果たした。しかし、右肩を痛めて故障者リスト入りし、シーズン終了後に40人枠から外れた。
2011年はメジャー登板なしに終わったが、AAA級メンフィス・レッドバーズでは141イニングを投げて健康面での不安を払拭した。オフの11月18日には再び40人枠に加えられた。
2012年4月3日にウェイバー公示を経てコロラド・ロッキーズへ移籍した。5月に2シーズンぶりのメジャー昇格を果たし、中盤以降はカルロス・トーレス、ジョシュ・レネキーらと共に、75球程度に投球を制限されたロッキーズの先発投手を救援する“ピギーバック(ハイブリッド)”投手として貢献した。
2013年より、自身のイニシャルである「O」にちなんで、背番号を「0」に変更する。
2015年4月27日、右上腕の炎症で15日間の故障者リスト入りとなり、その後の検査で右肘のトミー・ジョン手術が必要であることが明らかとなり、5月14日に60日間の故障者リストに入り、シーズン中の復帰は絶望となった。12月19日に3年契約で契約を延長した。
2016年2月18日、引き続き60日間の故障者リスト入りすることになった。7月5日のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦でメジャー復帰した。最終的に34試合に登板して1勝3敗7セーブ、防御率2.67という成績を残した。
2018年は75試合に登板してナショナルリーグ最多となる34ホールドを記録した。オフの10月29日にFAとなった。
2019年1月24日にニューヨーク・ヤンキースと3年総額2700万ドルの契約を結んだ。また、ヤンキースの一桁背番号で唯一の空き番号であり、ロッキーズ時代より着用していた背番号0を背負うことも決まった。ヤンキースの選手が背番号0を着用するのは球団史上初のケースとなる。同年はチームトップの73試合に登板し、6勝5敗2セーブ29ホールド、防御率1.90という好成績を記録し、移籍1年目にしてリリーフ陣の柱となった。
2021年1月25日に後日発表選手または金銭とのトレードで、フランク・ヘルマンと共にボストン・レッドソックスへ移籍した。オフの11月3日にFAとなった。
2022年3月14日にニューヨーク・メッツと400万ドルの単年契約を結んだ。 オフの11月6日にFAとなったが、新たに2年$14.5Mで再契約。
2023年はシーズン開幕前の2月10日に第5回WBCのアメリカ合衆国代表に選出された。オフの11月3日に契約延長オプションを破棄して、FAとなった。
スリークォーターから、最速98.9mph(約159km/h)・平均93mph(約150km/h)の速球(フォーシーム・シンカー)と、平均83mph(約134km/h)の横に大きく曲がるスライダーで全投球の大半を占める。2015年以降は稀に90mph(約145km/h)程度のカッターも使う。かつてはスライダーよりもチェンジアップを投げる割合が高かったが、ロッキーズ移籍後は速球とスライダーが投球の中心となった。
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