鍛冶ケ谷(かじがや、英: Kajigaya)は、横浜市栄区の町名。現行行政地名は鍛冶ケ谷一丁目及び鍛冶ケ谷二丁目と鍛冶ケ谷町、住居表示は鍛冶ケ谷町が未実施区域、鍛冶ケ谷一丁目及び鍛冶ケ谷二丁目は実施済み区域。
栄区の中北部に位置し、鎌倉街道(神奈川県道21号横浜鎌倉線)の南東が鍛冶ケ谷一丁目、北西が鍛冶ケ谷二丁目、JR根岸線の北側が鍛冶ケ谷町となっている。北は港南区日野南、東は栄区元大橋、南は中野町・桂町、西は柏陽・小菅ケ谷、鍛冶ケ谷町の北は小山台に隣接する。地形及び利用状況については南西から北東へ向かう谷地を通過する鎌倉街道を中心部とし店舗が点在する住宅地、そこから南北の小高い丘陵地と谷戸にかけてが住宅地・緑地となっている。交通はJR根岸線本郷台駅から500m~1.5km圏内であるほか、鎌倉街道経由で大船・上大岡・桜木町方面などへの路線バスが利用できる。一丁目の南東には、中野町とまたがる丘陵地に本郷ふじやま公園があり、古民家が移築・保存されている。
住宅地の地価は、2023年(令和5年)1月1日の公示地価によれば、鍛冶ケ谷2-23-10の地点で17万4000円/m2となっている。
1965年(昭和40年)から第百土地により、現在の栄区域初の宅地開発が行われ、1972年(昭和47年)からは東武グループによる本郷台団地の開発が始まった。
鎌倉時代にこの地に鍛冶師が住んでいたことから、この地名がつけられた。かつては鎌倉郡鍛冶ケ谷村で、1889年(明治22年)に笠間・中野・桂・公田・上野・小菅ヶ谷の各村と合併、本郷村大字鍛冶ケ谷となる。1939年(昭和14年)4月1日に横浜市戸塚区に編入され、戸塚区鍛冶ケ谷町となった。1973年(昭和48年)に鍛冶ケ谷町と中野町の一部から元大橋が新設。1986年(昭和61年)に分区により、栄区鍛冶ケ谷町となる。1994年(平成6年)から1996年(平成8年)にかけて鍛冶ケ谷町と小菅ケ谷町・桂町などの各一部から小菅ケ谷と柏陽が新設された。1996年(平成8年)12月21日に鍛冶ケ谷町と中野町の一部から鍛冶ケ谷一・二丁目が新設され、同時に住居表示が実施された。また、中野町と上郷町の接する位置に飛地が存在する。
2011年(平成23年)、横浜市内30番目となる市民の森である、鍛冶ヶ谷市民の森が鍛冶ケ谷二丁目に指定され、2014年(平成26年)4月1日に開園した。
2023年(令和5年)4月30日現在(横浜市発表)の世帯数と人口は以下の通りである。
国勢調査による人口の推移。
国勢調査による世帯数の推移。
2023年(令和5年)4月30日現在(横浜市発表)の世帯数と人口は以下の通りである。
国勢調査による人口の推移。
国勢調査による世帯数の推移。
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2021年8月時点)。
2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである。
経済センサスによる事業所数の推移。
経済センサスによる従業員数の推移。
町内の警察の管轄区域は以下の通りである。
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