筒井 壮(つつい そう、1974年11月1日 - )は、大阪府茨木市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)、コーチ。現役引退後の2007年から阪神タイガースのコーチを務めている。
プロ野球選手・監督であった星野仙一の次姉の息子であり、星野の甥にあたる。
上宮高等学校では1年夏に右翼手としてエース宮田正直らを擁して夏の府大会決勝へ進むが、中村紀洋が4番を打つ渋谷高に敗れる。2年秋からは一塁手となり、同期のエース西浦克拓、2番手投手の黒田博樹らと近畿大会準優勝を果たすが選抜の選考前に学校が辞退を表明。卒業後は星野と同じく明治大学へ進学。
明治大学では、2年時の1994年に東京六大学リーグ春季リーグ戦で首位打者のタイトルを獲得。在学中には、リーグ通算74試合の出場で、打率.305(223打数68安打)、6本塁打、36打点を記録したほか、ベストナインにも2回選ばれた。同期に橿渕聡、1学年先輩に野村克則、中村豊(高校でも1年先輩)、1学年後輩に川上憲伸がいた。
1996年のNPBドラフト会議で、星野が選手・コーチ・監督として在籍していた中日ドラゴンズから7巡目で指名。内野手として入団した。入団発表の時点では背番号4を着用することが決まっていたが、球団が発表後にレオ・ゴメスを獲得したことに伴って、背番号を37に変更した。
2006年以降も、コーチとして阪神に在籍。2012年までは育成コーチ、2013年から2015年までは二軍内野守備走塁コーチ、2016年は二軍打撃コーチを歴任した。
現役時代のメインポジションが内野手でありながら、2017年からは外野守備走塁コーチとして、主に外野手を指導している。2018年までは二軍で指導していたが、同年に二軍監督としてウエスタン・リーグ優勝を達成した矢野燿大が一軍監督へ就任したことに伴って、2019年から一軍へ異動。異動後は、試合(チームの攻撃イニング)中に一塁のベースコーチとしてグラウンドに出ている。本人によれば、「どの球場で試合に臨んでいても、『(イレギュラーバウンドなどで一塁手に)何か(守備の綻び)が起こることは避けたい』との思いから、味方の攻撃が終わるたびに一塁ベース付近の土を均してからベンチに戻ることを心掛けている」とのことである。
なお、一軍全体の走塁力の向上を図る矢野の方針で、2021年と2022年には分析担当を兼務。代走要員の選手への指示を兼務前より細かくするなどの工夫を通じて、盗塁成功率や得点力の向上に貢献している。2021年には、新人の中野拓夢内野手が出塁中に牽制球を投げられた際の帰塁の速さに着目。アマチュア時代は盗塁と無縁で、春季キャンプ中の紅白戦や練習試合でも盗塁の失敗が続いていた中野に対して、出塁の際にリードの幅を広げるよう指導した。中野は、レギュラーシーズンでプロ初盗塁から12回連続で盗塁を成功させるなどの活躍で、正遊撃手の座を木浪聖也から奪取。結局、盗塁王のタイトルを獲得したほか、同期入団の佐藤輝明・伊藤将司と揃ってセ・リーグの新人特別賞を受賞した。
岡田が阪神の一軍監督へ15年振りに復帰した2023年シーズンも、一軍の外野守備走塁コーチとしてチームに残留。岡田の方針で分析担当から外れたものの、一塁のベースコーチを引き続き任されていて、前述した2005年以来18年振りのセ・リーグ優勝にも貢献した。
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