持続可能な開発のための文化(じぞくかのうなかはいつのためのぶんか)とは、持続可能な開発を実現するためユネスコが文化政策面から提言する行動規範である。ユネスコでは正式には英語で「Culture for Sustainable Development」と表記するが、一般的には「Cultural sustainability(文化的持続可能性)」と略され、ユネスコ内部でも「Culture and Development(文化と開発)」とさらに短く総括している。
2000年の「国連ミレニアム・サミット」で策定されたミレニアム開発目標(MDGs)が2015年で終了することをうけ、2014年の国連総会で新たな開発目標「ポスト2015開発アジェンダ」が検討され、ユネスコも「ポスト2015開発アジェンダの文化」を発表。その実践的な試みとして「持続可能な開発のための文化(文化と開発)」がある。
具体的には、ユネスコ所管事業である世界遺産・無形文化遺産・記憶遺産や創造産業を支援する創造都市が現代まで持続(継承・発展)してきた理由として、これらの中にこそ「人類叡智の蓄積」「ノウハウ」があると捉え、それら「文化的財」に「環境財」を交え文化産業として活かすことで持続と開発の両立を実現しようと模索するものである。
また、持続可能な開発のための文化を達成するには、ユネスコのような国際機関や国家・自治体といった行政のみならず、一般市民個々人の意識変革こそが重要で、文化相対主義に基づく異文化コミュニケーションが不可欠であり、「文化多様性」という考えに帰結した。異文化理解のための手法として、実際に体感する観光、知の宝庫である図書館・博物館の活用、インターネットを介した仮想社会的ネットワーク上での情報共有を上げている。
特にユネスコで最も成功した事業として影響力のある世界遺産をカルチュラル・スタディーズ、すなわち「学習観光」の場として積極的に利用し、社会問題意識の情操と途上国での収益源とするという保護一辺倒からの転換を掲げている。
ユネスコが持続可能な開発を文化面で実行する方針を言及したのは、1995年に「文化と開発に関する世界委員会」がまとめた『Our Creative Diversity(我々の創造的多様性)』によってで、1998年にスウェーデンのストックホルムで開催された「開発のための文化政策に関する国際会議」で「開発のための文化政策に関する行動計画」として合意された。
1998年はユネスコと世界銀行による国際会議「持続可能な発展における文化」も開催され、「持続可能な開発のための文化および文化遺産の保護」が確認された。
2002年の「持続可能な開発に関する世界首脳会議」で当時のフランス・シラク大統領が、「文化が、環境・経済・社会と並ぶ、持続可能な開発の第4の柱である」と述べ、そこで採択された実施計画で「持続可能な開発を達成するために不可欠の要素の一つとして文化多様性がある」と掲げられた。
これをうけ2005年に文化多様性条約が成立。 持続可能な社会の構築を目指す国際的な動きの中で、環境・経済・社会の各分野にわたる諸課題に取り組むに当たっては、文化多様性に配慮した開発のアプローチが鍵になると指摘されている。
また、2004年には「文化のためのアジェンダ21」をユネスコと国連ハビタットが作成。
「文化の和解のための国際年」であった2010年開催の上海万博で、国連館パビリオン内にブース出展したユネスコは万博のテーマ「より良い都市、より良い生活」を引用し、「文化遺産と都市再生」と題して文化の多様性と適切な発展(開発力)が社会的結束や平和をもたらすと主張する展示を実施した。
同じく2010年に開催された「国連ミレニアム開発目標サミット」を経て、国連総会で「文化と開発に関する決議(文化のミレニアム開発目標)」が採択(以後、2011年と2013年に追加と改編)。
そして2012年、ブラジルのリオデジャネイロでの「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」をうけて採択した「リオ+20の文化」、京都での「世界遺産条約40周年記念シンポジウム『世界遺産と平和、持続可能性』」と、2013年にユネスコが中国の杭州市で開催した「文化:持続可能な開発の鍵」(杭州会議)等での検討もあり、同年のユネスコ総会および2014年のユネスコ執行委員会を経て「持続可能な開発のための文化(文化と開発)」が取りまとめられた。
杭州会議では、持続可能な開発のための文化(文化と開発)を導き出した、「ポスト2015開発アジェンダの文化」・「文化、貧困と健康福祉」・「文化:社会的結束成功の鍵と推進力」・「持続可能な都市、遺産と創造」・「持続可能な開発アジェンダに文化遺産を導入」・「平和と和解」・「文化と地方自治」・「文化:環境維持の可能性のための推進力」・「持続可能な開発への創造の貢献」・「持続可能な都市実現への文化の貢献」が論点として議題になった。
これらの議論を経て、「杭州宣言」と行動方針が発表された。
❝文化は確実に持続可能性を可能にする。価値観や自尊心、社会的結束と関与がその力の源となる。文化は創造性と更新のための我々の最も強力な力である。❞ =ユネスコ事務局長イリナ・ボコヴァ
この他、「持続可能な開発と環境変化」や「地域と先住民の知識」として、科学的な知識とは別に地域毎に根差した伝統的習慣や先住民がもつ知恵に環境負荷を減らす開発のヒントがあるとしている。
文化や持続性を考慮しても開発とは経済活動になる。「文化のためのアジェンダ21」でも「文化と経済」として経済問題に触れているが、危惧しているのは新自由主義やグローバル資本主義・自由市場資本主義が経済的不平等(富の偏重)をもたらし、文化的マイノリティを生み出し追い詰めかねず、グローバリゼーションは固有文化やアイデンティティーをも浸食することにある。2008年のG20サミットで当時のブッシュ・アメリカ大統領は、「自由市場資本主義は時間・空間・文化・宗教に関わらず有効性を示してきた」と主張。
トマ・ピケティは『21世紀の資本』で「資本主義は持続不可能な格差を生む」と指摘。歪な資本主義が文化多様性や文化持続性を蝕んでいる。
グローバル・チャレンジ・ファウンデーションが発表した研究『12 Risks That Threaten Human Civilisation(人類を脅かす12のリスク)』の中には、「Global System Collapse(グローバリズムによる破滅」も上げられており、世界経済のグローバル化により連鎖的な経済危機や貧富の拡大で社会が不安定化しており、経済破綻が起これば世界全体に社会混乱が波及し、持続可能性が断たれる恐れを示唆している。
しかし、「文化と開発」は経済的自由主義(経済的自由権)を否定するものではない。開発によって犠牲になりがちな環境や文化であるが、開発から得られた収益が保護費用に還元されることもあり、経済成長の必要性はある。開発と保護は表裏一体の関係にあり、そのためにも持続可能な開発計画と文化的健全性、公益資本主義が求められる。
保護のみであれば国家主義・大きな政府が有効に思えるが(保護名目での強制強要は許されない)、社会主義の中国ですら市場経済を導入したことで格差は広がっており、例えば北京の都市化により昔ながらの路地胡同が失われ、深刻な大気汚染は酸性雨をもたらし歴史的建造物を危機に晒し、経済発展に伴い伝統的な生活様式も忘れられつつある。
また、先進国に共通する問題として、少子高齢化による人口減少社会の到来は文化消費を含めた経済力の低下を招き、文化の継承を危ういものにする。一定の機械化はある程度の抑止効果をもたらすが、工業化は環境負荷が大きく持続可能性に逆行するばかりか、そもそも文化は人から人へ伝承されるべきものである(ミーム)。
他方、知識経済・文化経済学の視点では、文化持続性の効果が期待される面もある。例えばクールジャパンによる「文化の輸出」などに現れる可能性がある。但し、文化の押し売り・文化侵略には注意をはらう必要があり、文化摩擦になってはならない。地域文化の尊重と多文化主義の共存に基づくエシカルな経済活動が求められ、それは紫の経済として実行される。
文化自身が持つ経済性を引き出すため(富の創造)、ユネスコは「遺産と創造性」を推進している。
“未来へ - ユネスコは大きく社会が変化する現代に、再生可能な資源 -教育・文化多様性・科学的探究・人間の知恵の無限のエネルギー - に投資し、開発を可能にし、持続可能な未来を信じる。
文化、対話、社会的結束、経済成長と創造のための力は、ユネスコ業務の中心にある。ユネスコはそれが人間の統治と法の支配を中心に、権利に基づくべきであると考える。” ~『ユネスコ70周年の祝辞』「過去から未来へ」より
設立から70年を迎えたユネスコは、持続可能な開発のための文化を今後活動の中核に据え、業務全般に意向を反映させてゆく。例えば「世界遺産の登録審査に際し、対象物件に文化的持続可能性があるもの(継承者がいることや維持に必要な文化資材の供給が安定しているなど)が優遇されることも考えられる」と木曽功元ユネスコ日本政府代表部特命全権大使は講演で触れている。
2015年6月28日~7月8日に開催された第39回世界遺産委員会において、持続可能な開発のための文化の世界遺産における実施要領が検討された。
ユネスコと協力し持続可能な開発のための文化を推進する関連組織の行動
ユネスコが持続可能な開発のための文化を推進するにあたり関心を示している活動
2015年で終了するミレニアム開発目標(MDGs)をうけ、新たに「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択され持続可能な開発目標(SDGs)が作成された。ユネスコもこれに合わせて新たな行動指標を勘案する。
ユネスコ業務の範疇として既に取り組みが始まっている分野は、貧困(目標1)・食糧(目標2)・平等(目標5)・エネルギー(目標7)と水(目標6)で、教育(目標4)・ジェンダー(目標5)・都市環境(目標11)・気候変動(目標12)・平和(目標16)なども対象となり、目標14・15の海洋資源の保全、陸地生態系の保護、森林の管理、砂漠化への対処、土地の劣化防止および生物多様性の損失阻止などは世界遺産や生物圏保護区の登録・運用に影響を与えることになる。
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