内閣総理大臣臨時代理(ないかくそうりだいじんりんじだいり)は、日本の内閣総理大臣が欠けた場合又は事故のある場合に、臨時にその職務を担う国務大臣として予め指定された大臣が用いる職名である。ただし、この職名の使用は、実際に当該事態が発生しその職務を行う場合に限られる。
内閣法第9条は「内閣総理大臣に事故のあるとき、又は内閣総理大臣が欠けたときは、その予め指定する国務大臣が、臨時に、内閣総理大臣の職務を行う」と規定している(内閣法第9条)。
内閣総理大臣が死亡・病気・海外出張等で不在となったときは、あらかじめ指定された国務大臣が「内閣総理大臣臨時代理」の職名で職務を代行する。なお、指定されていても実際に総理不在の状態が生じなければ、当該指定された大臣の権限・呼称等は他の大臣と変わるところはない。
内閣総理大臣臨時代理の権限は基本的に内閣総理大臣と同一であるが、内閣総理大臣の専権事項については及ばない。
内閣法制局は内閣総理大臣臨時代理は閣僚を任免したり衆議院解散をすることは内閣総理大臣の一身専属的な権能に属するためできないが、内閣が行う予算編成や条約締結や防衛出動をすることは可能という見解を示している。
国務大臣の任命については、先例として石橋内閣において石橋湛山総理が病気のために岸信介外務大臣が内閣総理大臣臨時代理となったが、1957年(昭和32年)2月2日の小瀧彬防衛庁長官の任命において石橋総理が自ら任命を行った例がある(認証式や両院への通告は岸臨時代理が行った)。
首相が死亡した第2次大平内閣の伊東正義臨時代理、および首相の病気回復が見込めなかった小渕内閣の青木幹雄臨時代理は、就任後ただちに閣議を開き内閣総辞職しているが、新内閣発足まで職務執行内閣の長として首相の任務を代行した。特に伊東臨時代理の場合は、衆議院解散中の首相死亡を受けての就任であり、第36回衆議院総選挙・第12回参議院選挙(衆参同日選挙)後の新国会が新首相を指名するまで1か月以上、職務執行内閣の内閣総理大臣臨時代理の地位にあった。
なお、内閣総理大臣また内閣総理大臣臨時代理予定者(副総理、副総理格、首相臨時代理等)が死亡・重篤な病気となった場合に国政上問題が生ずる虞れがある(特に臨時代理予定者を常に明示しない方法3だと、国政上問題が生ずる可能性が高くなる)。もし、そのような事態が発生した場合は、「他に方法はないし、また、条理上許される」として首相以外の閣僚による「協議」(首相不在では閣議は開けない)で閣僚の中から内閣総理大臣の臨時代理を指定することができるというのが政府見解である。しかし、この場合は一時的に首相権力の空白期間が生ずる可能性がある。
これが問題となったのが、2000年4月の小渕恵三総理の入院である。小渕内閣第2次改造内閣では臨時代理を予め指定していなかったが、内閣官房長官の青木幹雄が「入院中の小渕から代理に指名された」として、臨時代理に就任(方法3)した。
この際、病床の小渕首相が自らの意思で臨時代理を指名することが時間的・医学的に可能であったかや首相権力の空白期間について論争となり、青木の臨時代理への就任の正当性や首相権力の空白が問題視された(五人組)。
2000年4月に発足した第1次森内閣以降、組閣時などに内閣総理大臣臨時代理の就任予定者5名をあらかじめ指定(官報掲載)するのが慣例となった。原則として内閣官房長官たる国務大臣が第1順位とされ、第2順位から第5順位は閣僚の大臣歴、議員歴等を総合的に勘案して指定される。内閣官房長官ではない国務大臣が第1順位として指定される場合は特に「副総理」と通称される。
ただ、アメリカの大統領継承制度のように役職で継承順位を定めた方がいいのではないかという指摘もある。また、臨時代理予定者が5人だけしかいないため、首相及び臨時代理予定者5人の計6人が死亡・執務不能となった場合、どの閣僚が首相臨時代理を務めるか明文化されていないことを問題視する意見もある。もし、そのような事態が発生した場合は、「他に方法はないし、また、条理上許される」として首相及び臨時代理予定者以外の閣僚による「協議」(首相不在では閣議は開けない)で閣僚の中から内閣総理大臣の臨時代理を指定することができるというのが政府見解である。
明治22年(1889年)、条約改正交渉で進退窮まった黒田内閣は、1週間後の10月25日、全閣僚の辞表を提出した。ところが、明治天皇は、黒田清隆の辞表のみを受理して、他の閣僚には引き続きその任に当たることを命じるとともに、内大臣の三条実美に内閣総理大臣を兼任させて、内閣を存続させた。同年12月24日に内閣官制が裁可され、総理大臣に問題が発生した場合には、他の大臣が臨時に命を受けて事務を代行することが定められた。同日、内務大臣山縣有朋が総理大臣に任命され、第1次山縣内閣が成立した。三条は「病痾」を理由とする辞表を提出し、兼任していた内閣総理大臣を免ぜられ、内大臣専任となった。
三条の総理大臣時代には代理の規定がなく、三条を歴代の内閣総理大臣には含めないことが研究の趨勢となっている(なお、明治天皇本人にも「西園寺公望の首相就任時に『公家から初めて首相が出た』と喜んでいた」という逸話がある)。首相官邸等で歴代内閣を表す際、山縣は伊藤博文・黒田に次ぐ第三代総理大臣とされる。
旧憲法下では、内閣総理大臣が死亡したり、単独で辞任したりして欠けた場合、次の内閣が組閣されるまでのあいだ、閣内の大臣や班列が内閣総理大臣を臨時に兼ねることを「臨時兼任」、病気や負傷などで執務不能になったり、緊急時に消息や安否が不明になったりした場合、閣内の他の大臣や班列が内閣総理大臣の職務を臨時に代行することを「臨時代理」と呼んで区別していた。
こうした場合には宮中席次で内閣総理大臣に次ぐ順位の者が総理大臣を代行するのが常であった。この原則に従って五・一五事件で、犬養毅が暗殺された際は、臨時兼任が発令され、二・二六事件では、岡田啓介は、反乱軍に襲撃されるが襲撃グループが秘書官松尾伝蔵を岡田と誤認・殺害したことで難を逃れたため(反乱軍は岡田本人を殺害と発表。)、臨時代理が発令されている。
この発令の経緯について岡田首相の秘書官であった迫水久常は、官邸内に潜伏してる岡田の生存を確認後、このまま放置しておくと他大臣による「臨時兼任」が発令されるが、その場合には岡田が脱出に成功した際に首相としての立場が無くなってしまうため、事故などのため現在職務が遂行できないだけ、の場合の辞令にする必要があるとして内閣官房総務課長に要請し「臨時代理」が発令されたとしている。「この方面に知識のある人たちから『辞令の形式が間違っている』との抗議があったが、さすがに(岡田)総理が実は生存していることまで読み取った人はなかったようだ」としている。結果的に「岡田啓介の生存」を読み取った者はいなかったが、発令の段階ではまだ岡田は首相官邸の中に隠れていた段階(脱出は翌日の27日)であり、もしもこの違いを反乱軍が正しく認識すれば、岡田を確実に討ち取ろうと躍起になるため、危険な状態であった。
新憲法下ではこの区別がなくなり、他の閣僚が内閣総理大臣の職務を代行することを一律に「臨時代理」と呼んでいる。
内閣総理大臣が死亡・執務不能となったため臨時代理した(名実ともに総理の代行をした)例についてのみを記す。
官報では以下のように記される。
国務大臣 日本 次郎 内閣法第九条の規定により臨時に内閣総理大臣の職務を行う国務大臣に指定する 国務大臣 日本元次郎 内閣法第九条の規定による臨時に内閣総理大臣の職務を行う国務大臣としての指定を解く(以上四月一日)
○内閣総理大臣臨時代理 国務大臣 日本 三郎 内閣総理大臣日本太郎海外出張不在中内閣法第九条の規定により臨時に内閣総理大臣の職務を行う国務大臣に指定する(四月一日) ○内閣総理大臣臨時代理解職 国務大臣 日本 三郎 内閣総理大臣日本太郎帰朝につき内閣法第九条の規定による臨時に内閣総理大臣の職務を行う国務大臣としての指定を解く(四月五日)
○内閣総理大臣臨時代理 国務大臣 日本 三郎 内閣総理大臣日本太郎病気引きこもり中内閣法第九条の規定により臨時に内閣総理大臣の職務を行う国務大臣に指定する(四月一日) ○内閣総理大臣臨時代理解職 国務大臣 日本 三郎 内閣総理大臣日本太郎病気快復につき内閣法第九条の規定による臨時に内閣総理大臣の職務を行う国務大臣としての指定を解く(四月三十日)
○内閣総理大臣臨時代理 国務大臣 日本 三郎 国務大臣日本次郎海外出張不在中内閣法第九条の規定により臨時に内閣総理大臣の職務を行う国務大臣に指定する(四月一日) ○内閣総理大臣臨時代理解職 国務大臣 日本 三郎 国務大臣日本次郎帰朝につき内閣法第九条の規定による臨時に内閣総理大臣の職務を行う国務大臣としての指定を解く(四月五日)
国務大臣 日本 一朗 内閣法第九条の規定により臨時に内閣総理大臣の職務を行う第一順位の国務大臣に指定する 同 日本 二朗 内閣法第九条の規定により臨時に内閣総理大臣の職務を行う第二順位の国務大臣に指定する 同 日本 三朗 内閣法第九条の規定により臨時に内閣総理大臣の職務を行う第三順位の国務大臣に指定する 同 日本 四朗 内閣法第九条の規定により臨時に内閣総理大臣の職務を行う第四順位の国務大臣に指定する 同 日本 五朗 内閣法第九条の規定により臨時に内閣総理大臣の職務を行う第五順位の国務大臣に指定する なお、右記の者のいずれかに事故のあるとき又は欠けたときは、それ以外の者の中で最も先順位の者が、臨時に内閣総理大臣の職務を行うこととする。(以上四月一日)
国務大臣 日本 五朗 内閣法第九条の規定により臨時に内閣総理大臣の職務を行う第二順位の国務大臣に指定する 国務大臣 日本 五朗 内閣法第九条の規定による臨時に内閣総理大臣の職務を行う第五順位の国務大臣の指定を解く(以上五月一日)
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